リザがジグと茜色に染まる〈ウォルスタンド〉に到着した頃、
こんな活気とは無縁の生活を過ごしてきたジグは、ワクワクを抑えきれない様子だった。手短にお礼を言って別れ、リザは人混みを搔き分けて〈
次第に
近寄れない、と困っているとエリーゼの顔をそのなかにリザは見つけた。
「エリーゼ!」
ぴょんぴょんその場で跳ねて、必死に手を振る。幸い、すぐにエリーゼはこちらに気づいてくれた。
「リザ?」
エリーゼが払いのけるように手振りをするだけで、聴衆は道を譲った。すぐに目の前にやってきては、驚き顔で訊いた。
「どうしたのよ。もう、解決したの? アズランドは?」
「あのね――」
リザなりに事細かに説明していった。
〈アピス農村〉や
「
エリーゼは苦笑して、労うようにリザの頭を撫でた。同情的に言葉を継ぎ足す。
「根本的にわかってないのよね。アイツってば……」
とりあえず二人は、〈
と、その机に二人分のレモンティー入りコップが置かれた。受付嬢のサラの気配りだった。
「ありがとう」
「助かるわ」
リザとエリーゼがそれぞれお礼を言うと、
「いえいえ。ごゆっくりー」
受付嬢のサラは、カウンターの内側に戻っていった。視界なんて存在しなさそうな前髪のままで。
「記憶喪失の女性、か……」
エリーゼは聞いた話を整理して、焦点を彼女に絞った。黒い花のなかで眠っていただなんて、如何にも怪しいじゃない、と。
「その人、なんでか知らないけどアズランドにゾッコンなのよね?」
「……うん」
リザが頷くまでには少し、間を要した。
胸中お察しするわ――と共感しかけて、エリーゼの脳裏に閃くものがあった。思いつきに近いが、その直感に従うことにした。
「ねえ、あなたの例の愛読書って、上の部屋にある?」
「えっ? うん、あるよ」
きょとんとリザが小首を傾げる。
「ちょっと、持ってきてくれない?」
「いいけど……どうして?」
「ちょっと気になることがあるのよ」
「わかった。少し待ってて」
リザが階段を駆け上って駆け降りてくるまで、一分というところだっただろうか。
「はい、これだよ」
「ありがとう」
エリーゼは手渡されたリザの愛読書を机の上に置いた。パラパラと捲っていき、流し読みがちに目を通した。
何度読んでも好みではない、が。今は興味を抱いてエリーゼは読み解くことに専念した。
「簡潔に言うけれど、幕引きはこうだったでしょう? 愛を誓い合った王子と王女は、共に湖に身を投げる。その後、祖国を追放された騎士は旅のなかで、不思議な花園に迷い込んだ。そこには白く大きな花が咲いていて――幸せそうに抱き合う王子と王女の姿が見えたのよね。そして騎士は、自らの手の甲に残る白き花の痣に口づけて祈りを捧げる」
「うん……」ぐすんときた様子でリザ。
「何度目の感動かは知らないけれど……どう思う?」
「どうって?」
「幾つか共通点があると思わない?」
エリーゼは人差し指を立てた。
「一つ――湖に身を投げる。これが実はその沼地だとしましょう。密会に利用するための、深い森って描写だったじゃない」
「そういえば……」
中指を立ててエリーゼはつづける。
「二つ――騎士が迷い込んだ先に見つけた巨大な白い花よ。実際は黒かったっていうけど、そこも被るわね」
たしかにそんな気もするけど、という顔をしたあと、リザは言った。
「でも、その二つくらいじゃないの?」
「……うーん。その騎士様の手の痣は、忠義を誓う際に王女が魔力で授けた加護らしいんだけど。そこは当てはまらない、か」
そのエリーゼの言葉を受けて、リザがハッとなる。
「忘れてた! アズの手にも、痣があったのっ。黒いお花のだったけれど」
エリーゼの眉がすっと寄っていった。
「本当?」
「うん」
「これは、本人に尋ねてみるしかないわね」
エリーゼは本を畳んで立ち上がった。リザがまだ座ったまま、見上げて訊く。
「本人?」
「この物語の著者はまだきっと、存命なはずよ。お年寄りにはなっているはずだけれど」
そして、エリーゼは本の表紙の端にある文字をなぞりながら、声にだして著者名を読んだ。
「ジャック・クロスロード」