ゼーレンヴァイス   作:朽木 堕葉

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 リザがジグと茜色に染まる〈ウォルスタンド〉に到着した頃、街中(まちじゅう)がお祭り騒ぎになっていた。

 こんな活気とは無縁の生活を過ごしてきたジグは、ワクワクを抑えきれない様子だった。手短にお礼を言って別れ、リザは人混みを搔き分けて〈蝕天秤(エクリプス・リーブラ)〉を目指した。

 次第に人気(ひとけ)は増し、煉瓦(れんが)造りの建物のギルド前こそ、人が密集していた。

 近寄れない、と困っているとエリーゼの顔をそのなかにリザは見つけた。

「エリーゼ!」

 ぴょんぴょんその場で跳ねて、必死に手を振る。幸い、すぐにエリーゼはこちらに気づいてくれた。

「リザ?」

 エリーゼが払いのけるように手振りをするだけで、聴衆は道を譲った。すぐに目の前にやってきては、驚き顔で訊いた。

「どうしたのよ。もう、解決したの? アズランドは?」

「あのね――」

 リザなりに事細かに説明していった。

 〈アピス農村〉や生きた森(リビング・フォレスト)での出来事。最後に、アズランドが困っていると強調した。紛れもない事実だし――と腕を組む二人を思い出して、きつくリザの眉根が寄った。

経緯(いきさつ)はわかったわ。教えてくれてありがとう」

 エリーゼは苦笑して、労うようにリザの頭を撫でた。同情的に言葉を継ぎ足す。

「根本的にわかってないのよね。アイツってば……」

 

 

 とりあえず二人は、〈蝕天秤(エクリプス・リーブラ)〉一階のフロント脇にあるソファーに落ち着くことにした。ギルドへの依頼者が主に利用しているものだ。背の低い机もある。

 と、その机に二人分のレモンティー入りコップが置かれた。受付嬢のサラの気配りだった。

「ありがとう」

「助かるわ」

 リザとエリーゼがそれぞれお礼を言うと、

「いえいえ。ごゆっくりー」

 受付嬢のサラは、カウンターの内側に戻っていった。視界なんて存在しなさそうな前髪のままで。

「記憶喪失の女性、か……」

 エリーゼは聞いた話を整理して、焦点を彼女に絞った。黒い花のなかで眠っていただなんて、如何にも怪しいじゃない、と。

「その人、なんでか知らないけどアズランドにゾッコンなのよね?」

「……うん」

 リザが頷くまでには少し、間を要した。

 胸中お察しするわ――と共感しかけて、エリーゼの脳裏に閃くものがあった。思いつきに近いが、その直感に従うことにした。

「ねえ、あなたの例の愛読書って、上の部屋にある?」

「えっ? うん、あるよ」

 きょとんとリザが小首を傾げる。

「ちょっと、持ってきてくれない?」

「いいけど……どうして?」

「ちょっと気になることがあるのよ」

「わかった。少し待ってて」

 リザが階段を駆け上って駆け降りてくるまで、一分というところだっただろうか。

「はい、これだよ」

「ありがとう」

 エリーゼは手渡されたリザの愛読書を机の上に置いた。パラパラと捲っていき、流し読みがちに目を通した。

 何度読んでも好みではない、が。今は興味を抱いてエリーゼは読み解くことに専念した。

「簡潔に言うけれど、幕引きはこうだったでしょう? 愛を誓い合った王子と王女は、共に湖に身を投げる。その後、祖国を追放された騎士は旅のなかで、不思議な花園に迷い込んだ。そこには白く大きな花が咲いていて――幸せそうに抱き合う王子と王女の姿が見えたのよね。そして騎士は、自らの手の甲に残る白き花の痣に口づけて祈りを捧げる」

「うん……」ぐすんときた様子でリザ。

「何度目の感動かは知らないけれど……どう思う?」

「どうって?」

「幾つか共通点があると思わない?」

 エリーゼは人差し指を立てた。

「一つ――湖に身を投げる。これが実はその沼地だとしましょう。密会に利用するための、深い森って描写だったじゃない」

「そういえば……」

 中指を立ててエリーゼはつづける。

「二つ――騎士が迷い込んだ先に見つけた巨大な白い花よ。実際は黒かったっていうけど、そこも被るわね」

 たしかにそんな気もするけど、という顔をしたあと、リザは言った。

「でも、その二つくらいじゃないの?」

「……うーん。その騎士様の手の痣は、忠義を誓う際に王女が魔力で授けた加護らしいんだけど。そこは当てはまらない、か」

 そのエリーゼの言葉を受けて、リザがハッとなる。

「忘れてた! アズの手にも、痣があったのっ。黒いお花のだったけれど」

 エリーゼの眉がすっと寄っていった。

「本当?」

「うん」

「これは、本人に尋ねてみるしかないわね」

 エリーゼは本を畳んで立ち上がった。リザがまだ座ったまま、見上げて訊く。

「本人?」

「この物語の著者はまだきっと、存命なはずよ。お年寄りにはなっているはずだけれど」

 そして、エリーゼは本の表紙の端にある文字をなぞりながら、声にだして著者名を読んだ。

「ジャック・クロスロード」

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