ゼーレンヴァイス   作:朽木 堕葉

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果てに花咲く色は-エピローグ-
     ※


「少し、待っていてくれるかい?」

 両手の武器を収め、気まずそうにアズランドはリザに笑いかける。リザは、なにか言いかけて口をつぐんだ。ぐっと押し堪えた素振りをして、

「待ってる。……少しじゃなくても」

 心細そうな微笑で答えた。

 アズランドはその表情を目に刻んで、踵を返して離れた。今度は、不安顔で狼狽えるカトレアと視線を交える。

「キミのこと、好きだったんだと思う。ただ、それは――俺じゃないだれかの想いが根付いていたからなんだ」

 苦笑気味に、まずは自分の言葉として伝えていた。

「ヴルツェル……?」

 それから、真顔でアズランドは代弁していった。

「約束を護れないですまなかった。あなたを心から愛していた。あのとき――近衛騎士でも聖女でもなく、二人で歩んでいられたなら……」

 ふっとカトレアがその場にくずおれた。彼女の目からつうっと涙がこぼれ落ちる。

「……後悔が滲んでいたよ。たぶんそれは、死の際の言葉だったんだろう。キミの想い人の――」

「ヴルツェル」

 カトレアは項垂(うなだ)れた。それっきり、沈黙した。ふるふると震えるばかりで。

「終わったのか?」

 ロウェルが近づいてきながら、確認するようにつぶやく。

「いいや、まだだよ」

 アズランドはズボンのポケットに手を突っ込み、そのままリザのもとに歩み寄った。しばし、リザを見つめた。といって、熱い眼差しというのでもない。

「ア、アズ?」

 しかしリザは、動揺の声を漏らした。「ちょっと、ごめんよ」とアズランドがポケットのなかから手を伸ばしてリザの頬に指が触れると、きつく目を閉じ「キャッ」と悲鳴を上げた。

 だが、実際にアズランドが触っていたのはリザの青髪だった。しばらくして、

「うん、いいね」

 アズランドは満足して頷いた。

 リザは目を開いてきょとんとなっている。そこへ苦笑するエリーゼが、携帯していた手鏡をリザのほうへ掲げてみせた。

 鏡のなかを覗き込んで、リザは目をぱちくりさせた。

 鏡に映るのは、セミロングの青髪をリボン付きのヘアゴムで束ねたリザの姿。首を少し回した拍子に、束ねたポニーテールがちょこんと揺れた。

「時々でいいんだ。一緒にいるとき、そうしていてくれると、嬉しいかな。いや、ただの俺の趣味なんだが……」

 面映ゆい表情で、アズランドは自身のこめかみを指で搔いていた。

 リザにも段々、アズランドの行動の意味を飲み込めてきた様子だった。照れくさそうに言った。

「よくわからない。ちゃんと、教えて」

「今回の一件で思ったんだ。“資格がない”で片付けて、後悔するのは()そうって」

「それで?」リザが小首を傾げて先を促す。

 躊躇うことはなかった。真面目腐った面持ちで、アズランドは告白していった。

「……俺は一度、キミを殺そうとした男だ。そのくせ、キミに好意を抱くようになっていた。めちゃくちゃだなって我ながら思うんだが、俺はリザを愛している」

 「だから」とつづけて、

「……俺の傍にいてくれないか?」

 微笑してみせた。まるっきり情けない笑顔だった。だが、リザはそれに魅入るように、

「アタシにも言わせて」

 頬を紅潮させてつづけざまに話した。

「アタシたちは、アズの大切な人の命を奪ったの。絶対に(ゆる)してもらえないと思う……」

 アズランドは目を細めた。口の端に苦々しいシワを刻んで、リザに耳を傾ける。

「でも――アタシはアズのことが大好き。本当に。絶対に。だれにも負けない」

「わかっているよ」

「だから、お願い。アズと一緒にいさせて」

「ああ」

 リザは喋るほどに、顔を真っ赤にして、ついには涙ぐんでしまっていた。いたたまれなくなり、アズランドはリザを抱き寄せた。

「……すまなかった」

「……ごめんなさい」

 揃って謝罪を口にし、二人とも苦笑する。

 その間近にある互いの苦笑顔をしばし見つめ合い、やがて目を閉じた。どちらからともなかった。二人はキスをした。

 アズランドは時間の感覚が麻痺した感覚に陥った。一瞬にも感じられたし、長いことそうしていた気もした。

 そっと唇を離すと、アズランドは時間の感覚を取り戻す。

「見せつけてくれるじゃないの」

 エリーゼの揶揄の声が飛んだ。面白そうに含み笑いを浮かべている。

「ま、まあ、いいんじゃね」

 反応に困ったようにロウェル。

「キミらの前で、これくらいはしてみせないとね。でないとこの先、身が持たないよ」

 アズランドは、ばつがわるそうに肩をすくめた。

 そのとき――不意にカトレアが動いた。だれもが意表を突かれた。

 アズランドを抱擁するような所作で飛びかかり――ぶつかった瞬間に泥となって全身があたりに散った。

「驚かせるなあ……」

 ホッとしたように、ロウェルが構えかけた杭打ち機を下ろす。

「彼女……最期のときまで、許せなかったのかしら」

 カトレアだった泥を見遣りエリーゼ。やりきれなさそうに眉をひそめた。

「違うよ、エリーゼ」

 リザが首を横に振った。

「えっ」

「ほら、見て」

 リザのあたたかな眼差しの先――

 咄嗟に庇おうとしてリザの肩に置かれたアズランドの右手の甲には、白い(・・)花の痣があった。

 みながそれに視線を注ぐなか、朝陽が差し込んできた。数々の戦闘で切り拓かれた沼地周辺だけ、仰げば曙色(あけぼのいろ)に染まりつつある空を見ることができた。

 アズランドが朝陽に右手をかざした。苦笑しながら感想を述べる。

「まったくもって、綺麗な白だね。前より目立つのは困りものだけど」

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