ゼーレンヴァイス   作:朽木 堕葉

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 貴族であれ、平民であれ、そうでない者であれ――花火を目にする機会は年に一度の祭りを除けば、そうあるものではない。

 夜空で瞬く花火に、王都の住人の多くは釘付けになっていた。

 だが、それは、十発目で途切れた。

 しばらくして、再び炸裂音が鳴った。空ではなく間近――地上から。爆炎が民家の一つを吹き飛ばし、連なる隣家をたちまち炎上させる。

 民の感嘆は悲鳴へと変わったが、まともにそれが響き渡ったのは数秒ほどだろう。立て続けに放たれる砲弾は、各所で着弾し、王都の東西南北、見境なく、火の手が上がってゆく。

 砲火は数分に及び、やがて沈黙した。

 被害を免れた詰所から保安員が、拳銃を手に飛び出した。事態を王宮に報せるために。その足が、ピタッと止まった。眼前で、巨人の影が火の手に揺らいでいた。

 鉄の(アイアン)ゴーレムだった。この国でもっとも生産数が多い主力兵器だが、保安員が何度かみたその姿は、全身が灰褐色(はいかっしょく)だけのもの。

 目前のそれは、両肩と胸部、そして頭部が赤く塗られている。意匠が凝らされたそれは、味方に思えなかった。

 その(おお)きな脚の前で隊列を組む軍隊も同様だ。彼らは深紅を基調にした軍装で、国家統一以後、初めて目にするものだ。

 保安員は脂汗を噴き出し、ガタガタと震えた。投げやりに拳銃を突き出そうとした瞬間、腹に風穴ができた。血反吐を吐き、大の字に沈み、最期の疑問を口にした。

「お前たちは、いったい……」

 保安員を撃ち抜いた小銃を構えた深紅の軍装の男が、答えのように告げた。

空の玉座(エンプティ・スローン)を我々の手で」

 

 

 五体の赤い鉄の(アイアン)ゴーレムが、積み木でも崩すように家々を振り払いながら、東側(イーストサイド)から北側(ノースサイド)にかけて進行をつづける。直進した先には、王宮が佇んでいる。

  一体の鉄のゴーレムの肩の上にだれかがいた。葉巻を咥えた中年の小太りの男が愉快そうに笑っている。深紅のスーツ姿。如何にも服に着られているという感じだ。

 手持ち式の望遠鏡越しに、彼女の目を侮蔑が帯びた。

「どうした? なにか見えたのか?」

 隣からケートネスが詰問気味に尋ねる。顔を見なくとも、かろうじて動揺を抑え込んでいるのがわかる。

 そこは王宮のバルコニーの一つだった。

 声遣いに配慮せず、彼女――アリアン・フランベージュは、敵である人物について述べた。

「名前はデナード・ブランド。鉱山都市フェッツルムを治める領主でもある男ですね。あの軍勢が保有する鉄のゴーレムの数から考えるに、アランドラ山脈での採掘量を偽っていたと考えるべきでしょう」

「逆賊が! 各地での魔物騒ぎの際も、隠していたということか!」

 ケートネスが苛立ちのままに吐き捨てた。

「安心してください。所詮はただの人形(・・)です」

 望遠鏡から目を離し、アリアンは笑った。釣り上がった唇に、ありありと含みを込めて。

「こちらも、人形を使えばいいだけのことです」

 アリアンは、懐から結晶体を取り出して掲げた。無色の球体を。

 宮廷魔導士の証である外套を風に(なび)かせながら、呪文(スペル)を唱えてゆく。結晶体が赤く輝くさまに、ケートネスがごくり、と息を呑んだ。

 と、そのケートネスの頭上をなにかがいくつも飛んでいった。

 デナードがけしかける鉄のゴーレムのもとへ。

 数は十。小柄な少女の姿で、全員が虹の光を放ち、飛行している。

 揃いの姿形――全身を張り付くような黒のボディスーツが包み、顔は目元から鼻先まで、仮面が覆っている。銀に近い青髪まで、一緒だった。

 デナードはその一群を目にしても、笑みを崩さなかった。

 しかし、同じタイミングで、そこだけ剝き出しの両手の甲から、一斉に結晶が咲いたことには、ぎょっとなった。鉤爪(かぎづめ)状に伸びてゆき、美麗ながらも剣呑さを感じさせる鋭さに。

 逆にアリアンはほくそ笑んだ。新たに呪文を唱えた瞬間、結晶から七色に輝く熱線が照射されていった。

 その一斉射撃に、鉄のゴーレムたちは、出来損ないのガラス細工みたいな有りさまに変じた。

 当然よ、とアリアンは胸中で誇った。クノッヘン様の黒鋼(くろがね)のゴーレム――オクトーベルでさえ、持ちこたえられないのよ。

 落っこちて、慌て転げて逃げ帰るデナードを肉眼で捉え、アリアンは愉悦に満ちて告げた。

「いかがです? ()が造った妖精宝珠内蔵型自立型稼働人形(ペッカードール)は?」

「あれが自立型稼働人形? まるで人間のように精巧な……」

 呆然とケートネスは人形たちに着目していた。その着眼点が、深紅の軍勢を退ける様子へと移り変わり、

「素晴らしい……。これさえあれば、敵なしじゃないか!」

 嬉々としてケートネスは頷いた。王からの賛辞にアリアンは一礼し、声高に言った。

「錬金術師とは新たなものを創造する者です。ただ創り出すだけではありません! より価値あるものへ昇華させてこその錬金術――アレもこの国にはなくてはならない存在となりましょう!」

 そのアリアンの目に、別方向からペッカードールの一群に加わる一体が映り込む。

「おや? あの個体は……」

 アリアンが望遠鏡に再び目を通した。ああ、なるほど、と薄ら笑った。

「まあ、いいでしょう。あれも先生の忘れ形見です。存分に役立ってもらうとしましょう」

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