ゼーレンヴァイス   作:朽木 堕葉

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 わけもわからず、アズランドはリザを追いかけていた。燃える街のなかを全力で。

 と、飛行するリザの行く先で、幾重にも虹の瞬きを放つ人影を目の当たりにした瞬間、理解した。

「だれだ! アイツ以外に、こんなろくでもないことを考えつくのは……!」

 憤りに任せて、アズランドは脇にある街灯を叩いた。ぜぇぜぇ、と息を荒くつきながら。

 鉄の(アイアン)ゴーレムを一掃した一群にリザが加わった。すっと目を細める。射抜くような視線で、彼女だけを見据えると、アズランドは叫んだ。

紛い物(・・・)だ! リザ、キミの居場所はもう、そこじゃない‼」

 再び駆けだそうと、アズランドは石畳を蹴ったが――刹那的な判断で、咄嗟に後ろに大きく跳んでいた。

 先ほど、怒り任せに殴りつけた街灯が断たれ、燃え盛る民家の残骸に倒れ込んだ。

 たった今、街灯を断ち切った人物を、高々と舞う火の粉のなかで、アズランドは見た。

 景色となりつつある炎を背後に、一際目立つ、血の色に似た赤く長い髪。

 身長は高く、アズランドよりやや低いほどで、鎧を纏っている。騎士団がするようなものより軽装で、前時代的にいえば、戦士の風体と呼んでいいだろうか。

「へぇ。そこらのよりは、やるじゃない」

 女戦士は感心した様子でいる。興味を示したような紅い目をアズランドに向け、手にする斧槍(ハルバード)を構え直す。穂先にはべったり血の跡が残っている。

「あなた、名前は?」

 女戦士は屈託なく訊いてきた。よく見ると童顔で、さながら遊び相手を見つけた少女の様相だ。

「……何者なんだ?」

 アズランドは警戒を怠らず、問い返した。両の手は右の腰にあり――片手剣《ショートソード》の柄と、ホルスター内の拳銃に手をかけた状態である。

「ああ、こちらから名乗るのが礼儀よね」

 思い出したように合点し、

「フォティア=ウェルテックス。二度は言わないから、覚えておいてよね」

 正体不明の女戦士は笑みを崩さず名乗った。わずかに逡巡(しゅんじゅん)し、アズランドも口を開いた。

「アズランド……。アズランド・アイディール」

「覚えたわ。それじゃあ、始めようじゃない」

 待て、と言葉を発するのを止めて、アズランドは冷静に対処した。出し抜けに突き込まれた斧槍に対して即座に抜剣(ばっけん)して弾く。斧槍の痛烈な一撃に左手は痺れを覚えたが、右手は油断なく、フォティアの顔面に銃口を突き出そうとし――失敗した。フォティアに右腕を掴まれ、留められたのだ。

 アズランドは目を見開き、“鍛え上げている”という言葉が胸中に浮かんだ。身体的にも、その斧槍捌きの両方において。

 重量でいえば、ロウェルの杭打ち機に相当しそうな斧槍を片手で支え持ち、二撃目を仕掛けようという態勢に入っている――にわかには信じられない。

 それでも、片手での横振りの斬撃。初撃ほどの力はないと確信はある。その確信のもと、アズランドは片手剣で受けて立つことにした。

 剣戟の音が高々と響いた。アズランドもフォティアも健在だった。

 とはいえ、このままでは不利と判じて、アズランドは次の手を打った。

()よ――勇猛《ゆうもう》であれと謳う戦士よ……」

 アズランドの口から呪文(スペル)が発せられた途端、フォティアの顔色が変わった。不敵な笑みをみせ、アズランドから距離をとるなり、

()よ――昂ぶり怒れと()える戦士よ……」

 昂った調子で、彼女もまた、詠唱を開始する。

「剣を抜くが決断たり得るならば」

 奴も魔導士……? 何度目ともつかない驚愕を顔に表しながら、アズランドは詠唱を急いだ。

「剣を突くが英断たり得るならば」

 対してフォティアの詠唱はどこか緩慢でいる。

「怒りこそ我が誉れ。(もう)きこそ我が証し」

 アズランドはそれを余裕と解釈し、眉根を寄せる。語気荒く、魔術を発現させる一節を唱えた。

「降り散れ……落雷(ブリッツ・シュラーク)

 アズランドの目つき――視線の先から、フォティアはなにやら感じ取ったらしい。唇を曲げた。楽しげな笑みのかたちに。

 そして、彼女は退いた。直後に雷が降り、石畳に穴を空けた。散弾銃による弾痕に似ている。その範囲外ギリギリから、フォティアは空手をアズランドへ向けた。

「荒れよ……渦巻く炎(フィアッメ・ヴォルティコーゾ)

 魔術が手から解き放たれた。

 火炎の放射が迫ってくる。アズランドは横っ飛びに、逃れたが――その火炎は、手の先から円を描いて範囲を広げていた。完全に避けるに至らず、炎熱がアズランドの右腕を襲う。

「くっ」

 アズランドは歯噛みして、右腕を勢いよく突き出した。銃口でフォティアを捉えるとともに、ジャケットの発火をただちに消したのだ。腕の火傷は問題ない程度、とわかる。

「へえ。やるじゃない。あの老害(・・)たちより、歯ごたえあるわよ」

「老害たち?」アズランドは眉を寄せる。

「そっ。あんなのよりさ、もっと私を楽しませてよ」

 フォティアは目を輝かせている。わくわくしてたまらないというふうに。

 そのときだった。

「もう、時間よ」

 ボソッとつぶやくような少女の声がした。どこから、とアズランドは探しかけ――二人の交差する影のなかから、ぬっと少女が現れるのを目の当たりにした。

 次から次へと今度はなんだ……。アズランドは胸中で毒づく。

 新たに姿をみせた少女は華奢で、黒い薄衣を纏っている。やせ細っていると言ってもよいにもかかわらず、妖艶な雰囲気を漂わせている。

 その理由を両目が布で覆われているせいか、とアズランドはなんとはなしに考えた。

「まだ、いいじゃないプエッラ。なんなら、このままぜんぶ潰してもいいしさ」

 不満そうにフォティアは少女に抗議するが、少女は胸元に手をいれた。

 パキッ、と取り出したチョコレートを齧ると、透明感のある声を発した。

「べつに構わないけど。 られるのはあなただけだから」

「ハイハイ、わかったよ。せっかくのお迎えだ」

 渋々、という感じにフォティアは少女の隣に並んだ。

「待て、いったい、なにを企んでいる? こんなことをしてなんになる?」

 アズランドは切っ先と銃口を二人に向けつつ、きつく問いかけた。

「また会えるよ。近いうちにね」

 不敵な笑顔でフォティアは告げた。ある種の親しみさえ含む様子で。

 その顔は、少女と一緒に影に沈んで消え去った。

 影があった場所に、屋根が焼け崩れ落ちて燃え盛った。

 アズランドはそこから目を離すと、空を仰ぐ。リザはまだ、ゴーレムを撃退する一群に混じっている。両手の得物を手にしたまま、走り出した。

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