ゼーレンヴァイス   作:朽木 堕葉

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 国軍が真紅の軍勢と交戦状態に突入し、戦火は激化していった。 

 どちらも部隊編成はゴーレムを中心として、銃器で武装した兵士と、少数の魔導士を含んだ構成である。戦況は拮抗していた。一進一退の攻防に、逃げ惑う王都の民は、いっそう逃げ場を失っていた。

 どちらに行けば安全なのかわからないまま、逃げつづける。先頭を行く何人かが、爆炎に包まれた。無事な者は半狂乱で踵を返し走った。後続の逃げ遅れた親子を跳ね除け、転倒させても、誰にも気に留める余裕はない。

 親子は必死に起き上がり、蒼然となった。

 深紅のゴーレムが、丸太よりも大きな脚を片方上げている。アリでも踏みつけるみたいに。親子はきつく目を閉ざした。

 けたたましい音が響いた。大砲の炸裂じみた轟音が。

 親子がおそるおそる、目を開いて驚愕する。深紅のゴーレムが、崩された積み木にも似て、崩壊していくところだった。

 そして、眼前で長いマフラーが揺らぐのを見た。胴着を着た少年――ロウェルの後ろ姿に、目を見張った。

「走れるなら、急いで行ってくれ!」

 ロウェルが振り返らず叫んだ。

「は、はい。ありがとうございます……!」

「ありがとう、お兄ちゃん」 

 親子は手を繋いで、走り出した。

 ロウェルは親子の無事を願いながら、荒っぽく右腕の杭打ち機――爆噴杭打(エクリクスィ)の薬莢を廃棄し、腰の小鞄から新たに装填し直した。そのあいだにも、またどこかで悲鳴が聞こえた。あちらこちらで。

「なんだよ、これ……」

 周囲を見渡して、ロウェルは強く嘆いた。

「この惨状が憎いか? 小僧っ子」

 出し抜けの声に、ロウェルの肩が跳ねた。驚きに目が丸くなる。

 背後からだとはいえ、気配をまるで感じられずにいた。なにより、その声に、懐かしさを覚えていた。

 がばっとロウェルは振り返った。火の手を背後に佇む、老人がそこにいた。

「おっさん?」

 脳裏で記憶が勝手に蘇っていった。

 比較してみれば、金髪に白くなった髪が色濃く混じり合っているし、シワの数も増えている気がした。だが、それ以外は変わっていない。

 胴着だって、ロウェルが真似てつくったものと変わっていなかったし、控えめな笑みが、なぜかとても豪胆に見えて――

 と、影が二人のあいだで伸びた。

 色合いからして、国軍の鉄の(アイアン)ゴーレムであるのは間違いない。ここまでやってくるあいだで、ロウェルにも、打破すべきはどちらか今や一目で判断できる。

 あれは悪さをするやつじゃない。

 ロウェルが思うと同時に、鉄のゴーレムの精結晶(スピリットクリスタル)が、頭部ごと木端微塵になった。

「なっ――」ロウェルは目をまん丸にした。

 おっさんが一足飛びで跳びあがり、蹴り払う――その瞬間的な出来事を見逃さなかった。おっさんは、着地すると、変わらずの眼差しをロウェルへ向けてくる。

「おっさん、なんで……」動揺を隠せず、ロウェルは訊いた。

 ズシン、地響きを立て、首無しゴーレムが横倒れになる。

「おまえが、そんな玩具(おもちゃ)に頼るようになるとはな」

 嘆かわしい、というふうにおっさんが言った。ロウェルの両手を鋭い目つきで見ている。

「おもちゃ? ああ、これ……じゃなくって! どうしてだよ、おっさん! どうしてコイツを?」

「どうして、か」

 おっさんは笑った。可笑しなものでも、まざまざと観察するように、ロウェルに視線を送る。

「おっさん……?」

 ロウェルは呆然となった。そして、ハッとなったが、遅かった。

「それはワシの台詞じゃよ」

 その言葉が間近でロウェルの耳を打った。甲高い音と衝撃を、右腕から感じながら。おっさんの拳をまともに受けた爆噴杭打が、バラバラになるさまを目に刻みながら。

 ロウェルは動けなくなった。喪失感がいっとき自由を奪い、おっさんの追撃になんの対処もできない。おっさんが今度は、左腕に狙いを定めているのがわかっていながら。

 相棒をすべて失う――恐怖を背筋が這い上がる。

 が、そうはならなかった。おっさんはなぜか寸前で退いた。わずかに遅れて、ロウェルの眼前を重い斬撃が通り過ぎる。

「レシグナシオン!」

 気迫に満ちて、眼前で騎士が叫んだ。重厚な鎧姿だが、齢はおっさんとそう変わらないであろう大柄な男だった。

 騎士が立て続けに振るう剣を難なく避けると、おっさんは大きく後退した。その目が、ロウェルには向けるものとはべつの色を帯びる。

「変わらんな、騎士団長様(・・・・・)も」

「“不撓不屈(ふとうふくつ)”のオネスト……その名をもはや、私は誇りに思っていない」

 柄を握りしめ、言葉を繋いだ。

「そちらこそ、どうなのだ? “武芸百般のレグナシオン”と謳われた元戦術師範殿(・・・・・・)?」

 ロウェルには二人のやり取りが、すんなりと頭に入ってこないでいる。左腕の軽さに、心許なさを覚えながら――恩師の顔をぼんやり見詰めるばかりで。

 そこに一陣の風が吹き荒れた。

 旋風がおっさんの隣で散り散りになり、なかから青年が現れた。魔導士が愛用する典型的なローブに、宝玉が先端で輝く優美な杖を携えていた。

 端正で利発そうな顔立ちが――愛想の良い笑顔をみせる。特徴的な猫目は左右で色が異なっていた。水色と緑色の瞳が、ロウェルをじっと見ていたが、彼は思い出したようにおっさんに告げた。

「そろそろ、頃合いですよ。今日のところは」

「そうか」

 おっさんが頷くなり、再び旋風が生み出された。風を纏い、立ち去ろうとしているのだと理解が及んだロウェルは、ようやく声を掛けることができた。

「アンタ言ったじゃんか!」

 おっさんがロウェルの次なる言葉を、先んじて発した。

「〝悪い出来事より良い出来事が多くなれば人は幸せになれる″」

 ロウェルは息が詰まった。風が強まるなかで、おっさんが苦々しい表情になったように見えたのは気のせいだろうか。

「……今もなお、そう信じることができるか?」

 風が流れ二人が消え去ったあとで、その言葉だけがロウェルの耳に長く響いた。

 

 

「錬金術師とは新たなものを創造する者です。ただ創り出すだけではありません! より価値あるものへ昇華させてこその錬金術――火薬が今や欠かせぬ存在であるように、アレらもこの国にはなくてはならない存在となりましょう!」

 アリアンが勝ち誇ったような高笑いを上げた。

「ああ、錬金術こそ我が国に必要だ……」

 ケートネスが、嬉々として頷いた。

 王宮のバルコニーから王都を見渡し、戦闘が鎮まりつつあるのを悟った様子で、

「もはや勝ったも同然だ」

 つぶやいた。間髪入れず、それを否定する声が背後から響く。

「そんなわけないでしょう!」

 エリーゼがフラワーゴーレムの肩の上から、屹度(きっと)なっている。

「エリーゼ。良かった、無事だったんだね」

 朗らかにケートネスは言い、

「見てごらん。あれさえあれば……」

 宙に群れなすペッカードールを示そうとした。

「止めなさい」

 エリーゼは突っぱねた。

「えっ」

 きょとんとなるケートネスに構わず、エリーゼはアリアンに向かって厳しく言い足す。

「今すぐに」

 アリアンは即答しなかった。しばし考え混んでから、

「かしこまりました。王妃様のご命令とありますれば」

 芝居じみたうやうやしさで、一礼した。手にする結晶に呪文(スペル)を吹き込むと、たちまち輝きを失っていった。

 ペッカードールは一斉に宙に静止した。

 しかし一人(・・)だけ、糸が切れたようにただただ落下していく。エリーゼはまさか、と落下先に目を凝らす。

 遠目にアズランドが、その身を受け止めるのを目に留め、安堵の息をこぼした。

 リザを抱えたアズランドが、こちらを睨んでいるように感じて、エリーゼは胸の内でわかっているわよ、とつぶやいた。

「……話したいことがたくさんあるのだけど」

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