ゼーレンヴァイス   作:朽木 堕葉

38 / 61
アンド・ヴァイス・ヴァーサ 善意と悪意は似て非なれどもⅡ
     1


「これではまるで戦争よ!」

「ああ、そうだ。これは戦争だよ」

 エリーゼとケートネスが、机越しに対面している。

「そう、れっきとしたこれは反乱なんだ」

 エリーゼの歯に衣着せぬ物言いに気圧されることなく、ケートネスは冷静に――冷淡に言って返した。言葉の裏には、非があるのはこちら側じゃない、という意思表示がある。

 エリーゼも即座に意図を察した。負けじと言ってのける。

「同じ国の人間同士――まだ、話し合いの余地があるはずでしょうっ」

「ないよ」ケートネスは即答した。

「なんですって!」

 エリーゼが睨みつけると、ケートネスは視線を逸らした。エリーゼもつられるように目で追うと、窓の外は朝焼けの空に変じている。どこか昨夜の街中の火の手を彷彿とさせられ、良い気はしなかった。

「街の被害状況も、じきにわかる。敵の所在――潜伏先もね。すぐに反乱者どもを鎮圧してみせる」

 窓から視線をエリーゼに戻したケートネスの目の奥で、光が揺らいだ。刃物にような鋭いが、すぐ折れてしまいそうな脆さが窺える。その安っぽさは、エリーゼには既知のものだ。

「この一件に片がついたら、キミも準備をしておくことだ」

「準備ですって?」エリーゼは眉をひそめた。

「僕とキミの婚礼の準備さ」

 エリーゼは押し黙った。それを見越していたふうに、ケートネスはつづける。

「キミに拒否権はもうないんだよ。一年前、キミがそうなるように、僕に仕向けたことだ。各地の騒ぎで先延ばしになったのは致し方ない。だが、今回のような反乱が二度と起きないように、国が盤石であると証明してみせなければ、第二第三の反乱を招くだろう」

「……それはこの反乱を鎮めてからの話ね」

 エリーゼは胸の痛みを(こら)え、告げた。安物のナイフがかつてないほどに、胸を貫いている感じだった。

「反乱軍は、空の玉座(エンプティ・スローン)を組織名・合言葉にしている。敵の真意は明らかだ」

 迷った素振りをみせ、ケートネスは言い足した。

「……キミの誠意はどこにある?」

「誠意?」

「キミが渋る理由がどこにあるのか、とずっと思っていたんだ。あの少年を騙しているのが、心苦しいのかい?」

 エリーゼの胸で、痛みが増した。ナイフに抉られる感覚。言い淀みがちに反論する。

「私とロウェルは、そんな……そんな関係じゃないわ」

「なら、なんら問題はないじゃないか」

「そうね」ナイフはエリーゼの急所を貫くに至った。

「キミは誰よりも――この僕よりも国を思いやっているはずだろう? 僕たちが結ばれることで、民も安心を得られるはずだ。違うかい?」

「そう、かも。ええ、きっとそうなんでしょうね」

 エリーゼはかろうじて勝気な表情を維持していた。ケートネスにも、これが虚勢に映ったのだろうか。

「これが戦争である以上、キミが立ち上げた〈蝕天秤(エクリプス・リーブラ)〉に協力を求めることはない」

「……そう」

「これは王としての決定なんだ。内通者がどこにいるかわからない以上、それは〈蝕天秤〉も同様だ。わかるだろう?」

「ええ、そうね」

 戦況は一切、エリーゼには教えられない。言外にそれは理解していた。

 エリーゼはフラワーゴーレムを伴い、執務室から退室した。入れ違いに、宮廷魔導士アリアンがノック音を響かせ、

「入れ」

 信頼の表情を湛えてケートネスは迎え入れた。

 アリアンは一礼し、「こちらを」手に持っていた書状を卓上に差し出した。

 ケートネスがそこに記された文面を読み上げた。

【三日間の猶予を与える。それまでに、降伏を宣言しない場合、この国は途方もない悲劇を体験するであろう。――我らは空の玉座を願う者なり――】

 ケートネスはぐぐっと歯を食いしばる。喜怒を顔に表していた。

「いいだろう、望むところだ」

 くしゃっ、と書状を握りしめ、

「三日間くれてやるのは僕のほうだ。返り討ちにしたほうが、民の心証にも良い」

 宣言するように吐き捨てた。

 

 

 戦火から一夜明けた主要な通りは、ゴーレムや兵隊が臨戦態勢で配置されていた。エリーゼは、フラワーゴーレムの肩に身を預けながら、〈蝕天秤(エクリプス・リーブラ)〉へ帰路につく。

「これまでは――前王様の時代は平和だったのに」

 どこからか、だれかが言った声がエリーゼの耳朶(じだ)を打った。

「平和、か」

 フラワーゴーレムの顔にエリーゼは身を寄せた。

「平和って、なんなんでしょうね……」

 わかっていたけれど、フラワーゴーレムは精結晶(スピリットクリスタル)を明滅させるだけだ。クスッ。力ない自嘲をエリーゼは吹きこぼした。

 “下も上もなくすこと”

 それが導き出した答えのはずだったのに。

 “上が下に。下が上に”

 それはロウェルの夢から背くことだと思っていたのに。

 なんだか、裏切られた気持ちだった。それから頭を振った。

「裏切ってるのは、私のほうか」

 切々と眉根を寄せて、ぽつりとつぶやいた。

「ロウェルを裏切って。ケートネスも裏切って。私自身さえ裏切って――果てになにがあるというの?」

 

 

 王宮の騎士団長室の窓から、次期王妃の様子をオネストは憂い顔で見ていた。やたらと整えた口髭を弄っている。考えに耽る際の癖で、それを見兼ねた様子で、従騎士の少女が気遣うように声をかけた。

「あの、オネスト様。いかがなされたのです……?」

「ああ、カレンか」

 オネストは向き直ると、心配かけまいと豪気な笑みをみせた。

「ずいぶん、考え込んでいらしたようですが」

「いや、なに。詮無きことだ。おまえが気にすることでない。心配をかけて、すまなかったな」

 がはは、と笑い声を上げて、オネストはカレンの頭に手を乗せ、無造作に撫でる。

「い、いえ。(わたくし)こそ、差し出がましいことを……」

 カレンは委縮し、おさげ髪をゆらゆらさせて、弱々しく言った。

 目を細めながら、オネストはこれでいいのかもしれない、と思っていた。

 ケートネスが騎士団の解散と、魔導師団の縮小を検討していることについて。そうなれば、若い命を無駄に散らせてしまうこともなくなる。

 時代は変わるものだな、レグナシオン。旧友の名を胸中で呼んだ。思い描いた姿は、血気盛んな青年の頃であったが。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。