ゼーレンヴァイス   作:朽木 堕葉

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 保安隊員と〈蝕天秤(エクリプス・リーブラ)〉は共同して、救助活動に奔走している。昨夜からずっとである。

 それらを尻目に、アズランドは東側(イーストサイド)へ歩を進めている。本来ならば、手伝うべきなのはわかっているが、見過ごせなかった。

 リザをあんなふうにした奴を放っておけるはずがない。

 それに加えて、一戦交えたフォティアという魔導士についても。

 どうしても、調べておかなければならないことがあった。

 そういうとき、アズランドが出向く場所はだいたい決まっていた。

 東側に点在する自立稼働型人形(オートマタ)工房の裏通り――古風な酒場の前でアズランドは足を止め、入店した。

「いらっしゃいませ」

 愛想笑いで、カウンターの内側からバーテンダーが言った。齢から青年と呼んでいいだろう。彼一人だけで、マスターを含めほかの店員の姿はなかった。

 アズランドも爽やかな笑顔でカウンターに寄り、挨拶がてらというふうに言った。

「今日は風が強いね」

「帽子でも無くされたのですか?」

「ああ、西のほうへ飛んで行ってしまったよ」

「とんだ災難でございましたね」

「そう、災難でさ」

 互いにニコニコやり取りをつづけてゆく。

「ところで、ご注文は?」

「そうだね。今日はキアッキェローネ(・・・・・・・・)をお願いしようかな」

 店員はこれしか表情はありません、という愛想笑いをふっと消すと、様々な酒瓶が並ぶ棚に手を伸ばした。キアッキェローネという銘柄の酒瓶に触れた。取るのではなく、押し込んだのだ。

 するとカウンターの床の一部が開き、階段が下までつづいているのが見える。

 躊躇なくカウンターの内側に回り込み、階段を下ろうとするアズランドに、

「お気をつけて」

 一応、という具合にバーテンダーが告げた。

「用心はするさ」

 アズランドは肩をすくめて応じて、階段を下っていった。

 

 

 揃いも揃って悪人面(あくにんづら)の連中たちのあいだを、アズランドはくぐり抜けてゆく。ポーカーに興じる光景もあれば、勘定合わせでもしているのか、金貨を束にしてまとめている姿も見える。

 なかには、アズランドに挨拶をする者もいて、軽く手を振って奥へ進んだ。

 そして、もっとも豪奢な造りの扉の前で、立ち止まる。

 〈巣なき蜘蛛(ウェブレス・スパイダー)〉。

 組織名を誇るように装飾した看板をアズランドは見上げた。相変わらずだな、と少し懐かしさを覚える。以前、金払いが良いからと、護衛のみを条件に仕事をしていたギャングの名前だ。

 アズランドは名乗ると扉をノックする。

「入りなさい」

 低い女性の声がなかからした。威圧的ではあったが、歓迎の意は感じられた。アズランドは物怖じせず、入室した。

 室内は(ぜい)を尽くした様相で、高級品の類いばかりだ。とはいえ、そこらの成金と趣きが違い、壁に最新鋭の小銃が立て掛けられていたり、調度品も威風堂々としている。

 そこはさすがはギャングの女ボス――タラントラというべきだった。

 アズランドは、サングラスをした強面(こわもて)と視線を交わし、気さくに口を開く。

「クリエステル嬢は不在かな?」

「おまえさんとの契約が切れてから、しばらく不満そうだったよ。近頃はべつの相手にお熱だけどね」

「それは良かった」アズランドは心から思った。

「んで、今日はなんのようだい? 大方、見当はつくけど」

「深紅の軍勢の情報――知る限りすべてがほしい」

 爽やかな笑顔から真顔に切り替えて、アズランドは告げた。

「そうくると思ったよ」

 タラントラが片手を上げて五本の指をみせつける。

「足元を見られている気がするな。ここの情報は信頼してるけれど」

 アズランドは左手の指を四本。右手の指を三本立てて、応戦する。

 タラントラは鼻を鳴らして笑った。小さく頷く。

「まっ、いいだろ」

 引き出しを開き、卓上に紐で束ねられた紙束を置いた。アズランドは代わりに金貨四枚に銀貨三枚を良く見えるように、置いてから、それを受け取った。

「ありがとう、恩に着るよ」

 アズランドが部屋から出る前、

「大切にしてやんな」

 タラントラが声をかけた。振り返れば、彼女は口元に皮肉げな笑みを刻んでいる。

「どういう意味かな?」

 アズランドは仏頂面で聞き返した。

「アンタが必死こいて動くときは、いつも女のためだろ」

 ユーモアの効いた返しでもしたかったが、咄嗟には閃かない。リザの微笑を想起し、きっぱりとアズランドはこう口にしていた。

「そうするさ。なにがなんでも」

 

 

 アズランドが〈蝕天秤(エクリプス・リーブラ)〉に戻ると、ロビーには馴染みの見慣れない顔があった。

 ソファと(テーブル)で向かい合う二人――ロウェルとエリーゼは相手を見ていない。

 悄然(しょうぜん)として目を伏せている。

 心ここに非ず――無理もない、か。アズランドは苦笑し、自分も他人ごとではないと自覚する。リザの様子が気になったが、今朝は静かに眠っていた。

「やあ、お二人さん。なんだか、らしくないね」

 迷った挙句、飛び切り晴れやかな笑顔で、卓に手を置いた。交互に視線を送る。

「そうかしら」

「べつに」

 ぼそり、と二人が応じる。アズランドは仕様がない、というふうに肩をすくめた。

 アズランドは〈巣なき蜘蛛(ウェブレス・スパイダー)〉から入手した情報を話しておくことにした。

「昨晩、暴れた軍勢は通称――空の玉座(エンプティ・スローン)。奴らは南側(サウスサイド)のほぼ全域を手中にしたそうだ。王様から見れば、不満分子の多い場所に陣取るのは、当然だろうね」

 ちらりとアズランドはロウェルを覗いた。住処である場所を占拠されたというのに、顔色に変化はなかった。つづけて言った。

「詳しい被害状況はまだ不明。だが、空の玉座の重鎮メンバーはあらかた判明している。まず、デナード・ブランド。鉱山都市フェッツルムを治める領主で、奴らが使役しているゴーレムのほとんどの出所だろう」

 そこでアズランドは眉を落とした。間をおいてから、名を列挙する。

「プエッラ・ソーラ。イクトス・ギリシャ。この二名は、魔導士教会本部の塔長(とうおさ)を担っている。前者がニヒト・ヌル・ヘル。後者がドローレム・リオ・バルドル。そして……フォティア=ウェルテックス。彼女もまた、魔導士だ」

 そこでようやく、エリーゼが反応した。

「ちょっと待って。それって――」

「そうだ。魔導士協会の長たる人物のうち、二人が離反したということになる。さらに、残る塔長の三名の死亡が確認されている」

「噓でしょう」エリーゼは愕然となっていた。

「俺もそう思いたいね」

 信じ難いがこれが事実なんだ。アズランドはロウェルの横顔をたしかめる。変化は見られなかった。

「これは暫定的ではあるが――首謀者の名はレグナシオン。元王宮の戦術師範」

 アズランドは躊躇(ためら)い、しかしこのように告げた。

「おそらくは、ロウェルの師匠と同一人物だ」

 ロウェルは顔を上げなかった。ただ、膝の上で、強く握り拳をつくっていた。

 アズランドがロウェルに対して、どのように声をかけるか考えているときだった。

 どぎつい悲鳴に顔をしかめる。どうしたっていうんだ? と、振り返れば、サラが床にぺたんと座り込んで蒼然となっている。視線の先は前髪で隠れていてわかりにくいが、隅に放置されたままの、破壊されたロウェルの紅い杭打ち機がある。かろうじて原型を残すそれにサラは触れ、

「こ、これ、どうやったらこんな壊れ方するんです?」

 ひどく悲しげに尋ねてきた。アズランドは簡潔に述べた。

「ロウェルの師匠が、素手で破壊したらしいけど」

「す、素手で?」

 あんぐりと開かれた口で仰天しているのはわかった。

「いったい、どうしたっていうのよ。あなたにしては、妙に取り乱して」

 さすがにエリーゼも、困惑していた。サラは泣きそうな声で答えた。

「だ、だだだって、それを造ったの、私なんです」

「なんだって?」

 これにはアズランドも目を見開く。意想外に過ぎた。

「あなた、何者なの?」

「今はただの受付嬢ですっ。むかし、その……王宮の第一錬金課にいたんです。こ、これでも課長だったので。で、でもでも、ゴーレムの武装開発に予算をつぎ込みすぎて、採算がとれないってクビに……」

 いっそう、サラはしょんぼりとなった。

「こちらで働くようになったのも、実を言うとですね。つい懐かしくなっちゃってー。間近で見ていられるかなーって」

 さらに愚痴っぽく、つづけた。

「はぁ……。ヒヒイロカネを砕くだなんて。本当に人間ですか、その(かた)

「……今、ヒヒイロカネと言ったのかい?」

 今度はアズランドが仰天顔になった。

「なによ、それ」エリーゼが首を傾げる。

「神――その臓腑(ぞうふ)だ」

「神の?」

「神話の一つだ。かつて万物を司る神がいたとされるが――神に仇なす(デモニア)と壮絶な死闘の末、同士討ちになったそうだ」

「まるであやふやね」エリーゼがきっぱりと言う。

「それだけ太古ということなんだろうさ。関する書物だってその程度のものだ。しかし、その神の亡骸がこの大地であると信じるものは魔導士問わず、いるものでね。大地という当たり前の存在に理由づけできるなら、それでいいんだろう」

「やっぱり信じ難いわね」

 アズランドは同意して頷いた。ただ、とこう口にする。

「地質学者の弁では、それらの貴重な鉱物の産出先を人として置き換えてみると、そう見えるという話もある。神の臓腑だと」

「お詳しいですねえ。ちなみに、そちらの無事なほうはオリハルコン製の杭ですよ。ヒヒイロカネにも勝るとも劣らないカチコチで大した硬度を誇ります」

 サラはロウェルの左腕を注視して、解説する。

 クビにもなるはずだ、と苦笑交じりにアズランドは思うと同時に納得した。ゴーレム用なら、あの重量にも、大砲並みの反動が生じても問題はない。膂力(りょりょく)でそれを扱えるロウェルが特別なのだ。一度、腹に受けた衝撃から不思議がることはないが。

「オリハルコンは、たしか腎臓――にあたる、だったか」

「ええ。ちなみに、クノッヘンさんが製造していた黒鋼のゴーレムの素材は、肝臓に該当します。産出先の鉱山を見つけ出し、あらかた使い切ってしまったようですね」

「頑丈すぎる理由と、ロウェルのその杭打ち機で破壊できる理由……どちらも頷けてしまったよ」

 何度もその破壊力を目の当たりにしてきたのだ。アズランドとしては、ようやく腑に落ちたというところである。

「うーん。片方だけというのも不便でしょう。新しくなにか造りましょうか?」

 サラがそうだ、と指を立てて提案する。が、ロウェルは即座に首を振って立ち上がった。

「いらない……」

「え?」

「おっさん相手には、かえって邪魔になる」

 ロウェルは尻ポケットから工具を手に取った。左腕の杭打ち機のボルトをすべて緩め、はずした。

 外に出ていくロウェルに、アズランドは声を飛ばす。その背にいつもの丹力(たんりょく)は欠片も感じられない。

「どこに行くんだい?」

「どこだっていいじゃないっすか」

 振り返りもせず応じると、ロウェルは行ってしまった。

「ロウェル……」

 エリーゼが物憂げにつぶやいた。両手を胸で重ねて。

 とりあえず、話はついたかな。アズランドは思い、リザの部屋に向かいかけた――

 そこへ、〈蝕天秤〉の出入口からだれかやって来た。一見して、魔導士の装いだ。アズランドの目の前で、言った。

「アズランド様、ですね?」

 “様”ってなんだ? アズランドは胡乱な表情になった。それにも構わず、その魔導士は書状を差し出した。

 胸騒ぎを抱きながらも、アズランドはそれを手に取り開いた。ざっと目を走らせ、息を呑む。

「なんで俺に――」

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