ゼーレンヴァイス   作:朽木 堕葉

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 “安くて早くてお味もお約束!”

 ふっと点灯(てんとう)した街灯(がいとう)に、一枚の張り紙が照らし出された。

 その軒下(のきした)に貼られた宣伝文句を見て取った一行が、ぞろぞろと入店(にゅうてん)していった。

 看板には〈格安料理屋トラヴァー〉とある。

 (テーブル)を囲んで、注文を(うかが)いに来たウェイトレスを交えながら、ワイワイと談笑(だんしょう)を始めた作業着(さぎょうぎ)の一行は、自立稼働型人形(オートマタ)技師(ぎし)たちだ。

 東側(イーストサイド)には多くの工房(こうぼう)が点在する。

 組み立てから解体、そして整備まで。油にまみれながら、自立稼働型人形に命を吹き込み、ときには奪ったりもする。そんなふうに、日夜勤しむ者が多く見られる区域(エリア)だ。

 技師たちの卓に、新たに一人が歓迎されて席に座った。装いは軍服だったが、通常と異なり、銃火器の類いは身に着けていない。

 錬金術師だった。

 自立稼働型人形の部品の製造には、錬金術師でなければ生み出せないものがあり、必然的にこの区域に出入りしているのが目に付く。互いに手を取り合い、技師と錬金術師の関係は良好だ。

 また、(はし)のほうの卓で、その様子を見て、面白くなさそうに酒を(あお)るものが続出(ぞくしゅつ)してもいた。

 一様にローブ姿をした魔導士たちである。

 錬金術師の補助役として、魔導士協会から遣わされた末端の魔導士たちであるらしい。鬱憤(うっぷん)が溜まっているのか、自棄酒(やけざけ)が止まらない。ぶつぶつ何事か言っている。

 それらの客層(きゃくそう)(はさ)まれながら、ロウェルたちは三人で、食事をしていた。

「やっぱり、この店の(めし)、美味いっすねえっ」

 ロウェルが、こんがり焼いた鳥の香草焼(こうそうや)きを、大雑把(おおざっぱ)にナイフで刺し上げて、噛みちぎる。がつがつと食らった。

「それに、財布にも優しいとくれば、言うことはなにもないね」

 アズランドが頷いた。甘酸っぱい香りのソースを掛けられた焼き魚を、フォークで切り分け、口に運び入れて味わう。

「アズランド、あなた……いつでもそれよね。まあ、たしかに、味は悪くないからいいけれど」

 エリーゼが(おおむ)ね同意して、チーズを溶かし込んだスープをスプーンで口に含み、(たの)しむ。

 その三人の背後に立ち、フラワーゴーレムが首を回すようにして、順番に精結晶(スピリットクリスタル)の光の視線を当てていた。

 (かたわ)らでは、ロウェルの杭打ち機が向かい合って寝ており、合わせて見ると重量感が凄かった。木の床は、今のところ穴が空くような気配はない。

「いつでも、と言えばだけどさ」

 ふと、思い出したように、アズランドが顔を上げる。コップの水を飲み切ってから、言葉を(つな)いだ。

「ロウェルの例の日課って、いつからつづけているんだい?」

「えっ?」

 とりあえずロウェルは、口のなかのものをごくん、と胃に流した。そして、考えてみて、

「んー。いつからだったっけ……?」

 疑問符(ぎもんふ)(ちゅう)にたくさんつくって、悩んだ。

「五年前には、もうやっていたんじゃない?」

 エリーゼがロウェルを見た。

 ロウェルとエリーゼが知りあってからの年数が、それくらいのはずであるのは、ロウェルも覚えている。鮮明(せんめい)なほどに。今でも色褪(いろあ)せないでいるのは、強烈だったからだと思う。

 それは難問なようなので、と苦笑する感じに、アズランドが質問を変えた。

「じゃあ、どうして、それを始めたんだい?」

一日百善(・・・・)をやろうと思ったきっかけ、っすか?」

 ああ、それなら、答えられるとロウェルは思った。

「そうそう。前から、少し、気になってたんだ」

「いや、でも……いつも達成不足なんすよ」

「けど、止めようとは思わないんだろう? それだけの、理由があるんじゃないかい?」

「んー、そんな大した理由じゃないんすけどね」

「いいじゃない。私も知りたいわ」

 エリーゼも少しだけ、食いつく素振りをみせた。

 まあ、いいか。ロウェルは、どう説明するか思案を重ねた。

 手始めに、という感じにこう言った。

「十年くらい前、だったかな。おっさんが、一人、倒れてて」

廃棄区画(はいきくかく)のなかで?」エリーゼが小首を傾げる。

「そっ。とりあえず、みんなで――廃棄区画の連中で、運んだんだけど」

 ロウェルのねぐらは、当時からゴミで築かれた小屋だった。それでも、雨風(あめかぜ)(しの)げるだけ、マシのはずだった。

 “おっさん”というのは渾名(あだな)みたいなもので、実際は老人と呼ぶべき風貌(ふうぼう)であったことをロウェルは述べ、

「いやー、これが偏屈(へんくつ)なおっさんで」

 翌日、目覚めたおっさんは、ろくに口を聞いてくれもしなかった。

 どうにかみんなで調達(ちょうたつ)してきた食事を――多くの場合、廃棄された残飯(ざんぱん)であったそれを――分け与えても、目を逸らす始末だ。とはいえ、しばらく経って行ってみると、なくなっているのだ。ちゃっかりしていたな、と今でも思う。

「それから少しして、酒を拾ったことがあって。けど、みんな子供だし。大人もいることにはいたけど、まだあんまり付き合いなくて」

 廃棄区画の住人が、みんな親戚同士という仲ではないと伝えようとしてみたが、そもそも親戚ってどういう感じなんだ? と脱線しかけ、とにかく、そのときの大迫力のおっさんを思い出しながら、ロウェルは言った。

「その酒を見た途端、おっさん泣き出しちゃって」

「感涙ってことかな?」アズランドが相づちを打つ。

「あれ以上に、感動して泣いてる人は見たことないっすね」

 (ほこ)る場面でもないが、そんな顔つきになってロウェルは返した。

 それからというもの、おっさんは饒舌(じょうぜつ)になった。

 もともとは明るい性格の持ち主だったのか、ロウェルを含む子供たちと打ち解けていった。子供たちのほうも、残飯漁(ざんぱんあさ)りのついでに、酒の調達を視野(しや)にいれるようになっていた。

「んで、いつだったかな。すっごく上機嫌なときがあって。もちろん、酔っぱらってたんすけど……」

〝悪い出来事より良い出来事が多くなれば人は幸せになれる″と、おっさんは豪語(ごうご)した。

「俺、子供ながらに思ったんす。――たしかに、って」

 子供だから、というほうが正しいかもしれない。ロウェルは、至極単純(しごくたんじゅん)な道理に、深く感銘(かんめい)を受けた。

「んじゃさ、みんながそうなれば世界中が幸せってことじゃん!」

 と、当時の口ぶりを再現気味に、ロウェルは叫んだ。

 ほかの卓から視線が集まるのを、アズランドがそれとなく愛想笑いで誤魔化(ごまか)すのに(つと)め、エリーゼは知らない顔で通した。

「なんか、おっさんと意気投合(いきとうごう)しちゃって。そしたら、鍛えてやるって言ってくれて」

 そのときはじめて、おっさんが武術の達人であるとロウェルは知った。

 実際、恐ろしいほどに、強かった。

 子供相手とはいえ、十人まとめて挑んでいっても、顔色ひとつ変えずに全員をなぎ倒したのだ。

 デジールのような借金取りが、ゴーレムを引き連れて来たときなど、素手でゴーレムを粉砕したほどだ。

 ますます、胸を打たれたロウェルは、彼に武術の手ほどきを三年にわたって受けたことを語り――そして、ある日、忽然(こつぜん)と廃棄区画から姿を消したことを(あわ)せて告げた。

「……ってな、感じっす」

 上手く説明できたかどうかわからないけど。そんな、不安をロウェルは顔に表す。

「ありがとう。興味深い話を聞かせてもらったよ。……なるほど、キミのその腕を見てると、二重に納得だ」

 アズランドが、ロウェルの腕に視線を向けた。

 食事中なので、今は道着(どうぎ)(そで)(めく)り上げていた。おっさんがいなくってからも鍛錬(たんれん)を重ねた結果、(はがね)のような筋肉が出来上がっている。

 ()き出しの刃物を直視するに近い目つきになり、アズランドは笑った。

「キミも、素手でゴーレムを砕けそうだけどね」

「いやー、さすがに無理っすよ。それで、いつもアレ使ってるんすから」

 ロウェルは、フラワーゴーレムが前屈みになって見物している杭打ち機を見た。

「もとは、採掘機械(さいくつきかい)かなんかだったのかな。あるいは、実を結ぶことのなかった研究品だったとか。この街、挑戦的な技師とか多いからなぁ」

 アズランドも横目でそれを眺め遣る。少し感じ入る様子だった。作り手の熱意は凄そうだ、というふうに。

「組み立てたり、分解(バラ)したりすんのも、俺好きで。ゴミ山のなかで、見つけた瞬間――閃いたっていうか。構造は、そんな複雑でもなかったし」

 廃棄区画はロウェルにとって、ねぐらであると同時に、遊び場であり、稼ぎ場だった。状態が良い物に限るが、鉄くずは意外と、売れば金になるのだ。

 アズランドはロウェルへ視線を戻して、

「ともあれ、そうして、一日百善を掲げて日々、走り回っているわけ、か。……悪い出来事より良い出来事が、多くある世界になるように」

 しみじみと言った。

「変、すかね?」

理想論(りそうろん)だね」

 アズランドが断言した。しかし、揶揄の響きはなかった。むしろ感心したようになって、こうつづけた。

「理想は、言わば夢物語のようなものさ。決して、そこには、至れない。それが理想だ。けど、可能な限り、そうであろうとすることはできる。キミがやっているのは、そういうことさ」

「そんな、大層なことじゃないと思うんすけど」

「立派なことだと、俺は思うけどね」

「ちょっと、持ち上げすぎじゃない? ただ、愚直なだけよ」

 ややむきになったように、エリーゼが口を挟む。どことなく、煙たそうな表情を浮かべている。

「がむしゃらにやっていれば、いつか、そんな日が来るかもしれない。見ていると、俺も協力したいと思えてくるよ。……ただ――あっ、お姉さん、これひとつ、お願い」

 アズランドは言いかけ、通りかかったウェイトレスに卓上脇のメニュー表を指で示した。何杯も飲まない限りは、そうは酔わない軽めの酒だった。

 ウェイトレスが注文に応じるために去ってから、

「キミたちも、一杯やるかい?」

 アズランドが、ロウェルとエリーゼに、視線を交互に送る。

「俺、まだ十六なんす」

「私だって、無理ね」

「あれ」アズランドが意外そうな顔をした。エリーゼに対してだけ。

「なによ?」

「いや、お姫様は俺と同い年くらいか――もしかしたら、年上なのかな、と思ってたものでね」

 国の決まりで、飲酒は十八歳以上と定められていることは、子供でも知っていることである。

 ロウェルとて、どんな味がするのか、気にはなる。それでも、二年の我慢ができないわけでもない。

「私はまだ、十七よ」

 ツンとして、エリーゼが返した。困ったような笑みでアズランドは応対する。

「これはどうも、ご無礼を。日頃から、大人びた――しっかりした女性だと、思っていたもので、ね」

「おべんちゃらは結構よ。……それより、昼間にあなたは私に訊きたいことがあるって、言ってたんじゃない?」

 眉をひそめたまま、エリーゼが詰問調(きつもんちょう)で言う。

 それでロウェルも、思い出した。

 アズランドがいつもなにかを調べて回っているのは、ロウェルは印象として持っている。それこそ、ロウェルの日課のように、いつも“ちょっとした用事”と称してあちこち出入りしているのだ。

 そんなアズランドが、エリーゼに訊きたいこととは、いったい。

 アズランドは、指で卓上を軽く叩きながら、迷う素振りをした。

 そして、一枚の写真をジャケットの内側から取り出し、卓上に置いた。

「この人物について、なにか知っていることがあれば、教えてもらいたいんだ」

 長い黒髪の、こけた頬の男が写った写真だった。装いは重々しい外套であり、それには勲章が幾つも胸で輝いている。

「だれかと思えば、クノッヘン(きょう)じゃない」

 そんなことだったの? というふうにエリーゼが答える。

「だれ?」写真を覗き込んで、ロウェルは首を傾げた。

 常識を疑うような眼差しをエリーゼはロウェルに向け、アンタならそうよね、と納得した様子で、

「……偉い人よ。そうね、貢献者(こうけんしゃ)という意味では、この国で、一番なんじゃないかしら」

 と言葉を選んでロウェルに言って聞かせた。

「ふーん」

 ロウェルは、頷く。そうなんだ、という感想を抱くのがせいぜいだった。

 エリーゼよりも、偉いのかというような解釈をしていた。

「お姫様の言う通りさ。現国王ペーターソンを支え、戦乱(せんらん)(しず)めることに尽くした。宮廷魔導士(きゅうていまどうし)で、魔術的観点から王や軍略(ぐんりゃく)を補佐する人物だ。錬金術にも精通している。むしろ、こっちのほうが本業と言えるようだね」

 そこで、アズランドはいったん区切りを入れ、

魔力発電技術(まりょくはつでんぎじゅつ)確立(かくりつ)精結晶(スピリットクリスタル)錬金(れんきん)自立稼働型人形(オートマタ)の製法の拡大。……そこらで光っている電球にしたって、彼の産物によるものさ。なにせ、数々の偉業を成し遂げた“稀代の錬金術師”と称される人物なんだ」

 やや口早に偉い人こと、クノッヘン卿の経歴を並び立てていった。

「そこまで知っているなら、私に訊くことなんてないんじゃない?」

 エリーゼは、ほかになにを? と訴えるような顔でいる。

「個人的なことを、知りたいんだ。人柄とか噂話とか、なんだっていい」

 いつの間にか、アズランドは真顔になっていた。ロウェルは、なんだか、初めて見る顔のような気がした。

「個人的なこと、って言われても。私だって、王宮にそんなに出入りすることはないし……あまり、表舞台に立たない人らしいから。式典に出席したとき、一度、見かけたくらいのものよ。あれは、王子の成人祝いの場だったかしら」

「そのときの印象は?」

 少し考え込んで、エリーゼはこう告げた。

「……顔色が悪かったわね。無礼を承知で言ってしまうなら、ちょっと不気味なくらい。なにかしらの(やまい)を抱えているって、囁かれているみたいだけれど」

 アズランドは握り拳をつくり、口元に押し当てた。如何にも思案に没頭している、という感じに。

「もう、質問はないわよね?」

 エリーゼが、声を飛ばすと、

「あ、ああ……。ありがとう。参考に、なったよ」

 肩を小突かれたようになり、アズランドが返事した。いつものさまになる微笑の、出来損ないみたいなものを顔に浮かべている。

 なんか、変だな。らしくないな、とロウェルがぼんやり思った矢先のことだった。

 不意に、外から悲鳴が聞こえ始めた。ロウェルが過敏に反応し、皿の上の料理を慌てて平らげる。

「五十善目だ!」

 急いで席を立ち、椅子をぐらつかせる。ヒップポケットに差し込んでいた工具で手早く杭打ち機を両腕に装着(そうちゃく)した。まるで手袋でもみたいに軽々と。

「行ってくるっ!」

〈格安料理屋トラヴァー〉の扉をくぐり抜け、騒動の中心へ目掛けて、飛び出した。

「少し、ノルマの数を減らしてもいいんじゃないかな」

「あなたは行かないの?」

 フラワーゴーレムの肩に身を預けたエリーゼが、アズランドを見下ろした。

「今回は、彼にお譲りしようかな。それに……」

「それに、なによ?」

「注文した料理を残すのは、百の不徳(ふとく)(あたい)するものだよ」

 アズランドの視線の先には、エリーゼの注文した料理がある。

 それほど多くはないが、エリーゼがすぐに食べきるのは不可能だろう。ロウェルなら、一瞬かもしれない。

「いずれ、その不徳も帳消しにしてあげるわよ」

 言い捨て、エリーゼは肩をすくめた。

 フラワーゴーレムが木の床を軋ませてロウェルの後を追って行き、すぐに見えなくなった。

 ちょうどそのとき、ウェイトレスが、アズランドの注文した酒を運んできた。

「ありがとう」

 お決まりのような微笑で、酒を置いて行ったウェイトレスを見送った。かと思えば、

「錬金術による数々の利権……。金のため? いや、そんなんじゃない。名誉のためというのも違うだろう。それ以外の目的があったはずだ……」

 アズランドは真剣――というよりも深刻な表情で、卓上の写真のなかの人物を見つめた。

「……出不精(でぶしょう)であるのは事実らしい。それが、あのとき(・・・・)あの場(・・・)には姿を見せていた――」

 次第に、きつく睨むような目になっていった。

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