ゼーレンヴァイス   作:朽木 堕葉

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 フォティアは暴虐(ぼうぎゃく)の限りを尽くしていた。

 国軍の部隊は撤退戦に移行していたが、大した意味はなかった。壊滅的状況にあって、それが正しい戦術に間違いはない。

 五人の兵たちが横一列になり、立て続けに発砲した。数十に及ぶ銃火のなかを、フォティアがかいくぐって迫るさまに――兵たちは蒼然となる。

 肩口と頬を(かす)めた弾丸に、フォティアは口角を上げた。猛烈な勢いで直進すると、兵たちはこぞって、「あっ」と真っ青な顔で唖然となった。眼前で振りかぶられた斧槍(ハルバード)に。

 一振りで、五人まとめて上半身と下半身が分かれ、それぞれ噴水さながらに血を噴き出した。フォティアは返す刃で、逃げ帰ろうとした一人を突き刺した。五人を指揮していたであろう男は、背中から胸を貫いた穂先を両手で触れた。ともすれば祈りにも似た所作のまま、事切れた。

 つと、その穂先が魔術の火炎を放射した。彼方(あちら)側の鉄の(アイアン)ゴーレムがたちまち炎に包まれ、頭部を両腕で庇うも、精結晶(スピリットクリスタル)が溶け崩れるや、活動を停止した。

 火炎の余波が横手の家々を激しく燃え上がらせてゆく。

 フォティアは、息絶えた男から斧槍を引き抜いて、周囲を見回す。

 こんなにも赤い。これほどにも紅い。綺麗だ……。

 表情は愉悦(ゆえつ)そのものだった。

 心情は陶酔(とうすい)そのものだった。

 はしゃぐ子供のような笑い声を上げていることに、フォティアは地べたを這いつくばっているローブを着た男を見て気づいた。

 痛烈に頭を刺激する感覚が起こった。怒りの由縁。敵でなければ、戦えない。ずっと昔は虐げてくる奴が敵だった。

 今は私が敵と見定めた奴が敵だ。

「敵だらけの世界は、こんなにも楽しいじゃない」

 焦げつく臭いも、血生臭(ちなまぐ)さも――この世界に相応しい。いっとき、フォティアの顔が感傷の色を帯びた。が、次の瞬間には、喜々と変じて、這い逃げる魔導士に刃を向けている。

 鋼を打ち鳴らすような音が響いた。予想とは違う感触にフォティアは眉を寄せる。蒼い剣で、自分を押し留めた青年の顔を睨む。

「アズランド……」

「キミの周りは、いつだって赤いな」

 飄々(ひょうひょう)と言ってのけたが、この惨状に面立ちは真剣でいた。フォティアのほうは別種の笑みが浮かぶ。次なる獲物に高揚感で胸がくすぐられて。

「だったら、私を青ざめさせてみなよ。青二才(・・・)。いや、蒼い牙(ブルーファング)だっけ?」

 両手に握る武器に、敢えてたっぷり目を当ててから、不敵に笑ってみせた。アズランドは揶揄(やゆ)的な発言をどこ吹く風といった感じで、肩をすくめて言い返す。

「善処はするさ」ちら、と離れた場所まで逃れた魔導士を見た。

「……あんた、なんか雰囲気変わった?」

「さあ、どうだろう。酷い仕打ちは受けた覚えはあるけどね」

 苦笑いで応じるアズランドに、無意識にフォティアは口を開いていた。

「アイツと同じ感じがする」

「……親父さんのことかい?」

「アイツのことを親父って呼ぶなっ」

 フォティアは血相を変えて怒鳴った。怒っていた。にもかかわらず楽しくないのは、くだらない話をしているからだ、と断じた。

「そいつは失礼。ただ、押しつけられてね。塔長(とうおさ)の秘儀だかなんだか知らないけど」

「秘儀?」

「俺にだって、よくわからない。わかるのは――」

 アズランドがフォティアの隙を突いて、ステップを刻んで後退し距離をとった。独特な剣と銃の構えになると、こう言葉を繋いだ。

「キミを止めるのは俺の役目らしい」

「へえ。大した自信じゃない」

 打って変わって、フォティアの胸中は昂ぶりつつあった。雑魚ばかりの相手も飽き飽きしていたところよ。

「試みるだけさ。いつだって」

 それに、と思い出した様子で、

「こんな馬鹿げたことはさっさと終わらせなければ、リザに逢えやしないっ」

 なんともいえない凄みが声に滲んでいた。

 

 

「騎士のおっさんたちは、下がってもらってていい?」

「なんだと?」

 ロウェルが背中越しに言った。そうしてくれると助かるんだけど、という調子に、オネストは聞き間違えたかのように尋ねた。

「いや、騎士のおっさんがおっさんの友達なのはわかるんだけど。ここは俺に任せてほしいんだ」

「私の名前はオネストだ。そして、奴は――」

「うん。このあいだ知った。けど、俺にとっては、おっさん(・・・・)だから」

 差し向かうレグナシオンはふっと息をこぼした。思わず鼻で笑ったという感じだった。その笑みがスッと引いた。真紅の軍装で着飾る一兵が傍に近寄る前に。

「レグナシオン様、ご指示を」

「ワシとあの小僧に構わず、行け」

「はっ」

「用心することだ。腐っても騎士団長様が相手だ」

「戦力は我らのほうが(まさ)っておりますゆえ。……よし、全軍進め!」

 部隊長らしき男の号令のもと、空の玉座(エンプティ・スローン)の部隊が進軍を開始する。レグナシオンの命令を厳守し、鉄の(アイアン)ゴーレムさえ、ロウェルを素通りしていった。

 ロウェルは動かなかった。おっさんを相手に、隙をみせるわけにはいかない。

「総員! 迎え撃てっ‼」

 オネストの掛け声に、騎士や兵たちが呼応するように叫びを上げる。

「果たして、数的優位がどれほどのものだろうな」

 まるで、レグナシオンの眼は見物だぞ、とロウェルに語るようだった。その視線はロウェルから外れ、進軍していった軍勢を追っている。

 突如として、凄まじい音がロウェルの耳をつんざいた。金属製の打楽器を耳元で聞いたような、耳のなかでキンキン響き――反射的にロウェルは慌てて振り返った。

 そして、呆気にとられた。

 オネストが両手に握る大剣が、鉄のゴーレムを肩から腰にかけて、斜めに両断した光景に。

「無理にゴーレムを相手取るな。魔導師団に任せ、その護衛に徹するのだ」

 オネストは空の玉座軍の放つ銃弾を一身に受けながら、指揮を飛ばす。重厚な金属鎧に、いつの間にか全顔面(フルフェイス)(ヘルム)を被っていた。

「すげえ」

 それ以外の賞賛の言葉が、ロウェルには思いつかなかった。

「感心しておる場合か?」

 レグナシオンの呆れ声に、ロウェルは前方に視線を引っ張り戻した。

 情けない、というふうに首を振るレグナシオンに――十年前の顔を見た気がした。それも搔き消え、厳格そのものの面立ちで問いかけてきた。

「ロウェル、おまえはなにをするために、ここに現れた?」

 ロウェルは即座に回答した。笑いかけながら。

「おっさんと話がしたいんだ」

 

 

 王宮の広間には、数多くの王族・上級貴族が集っていたが、みな一様に深刻な顔を隠そうとはしなかった。面子にかけて、どうにか取り乱すのだけは避けようとする気配はそこかしこにあった。

 建国記念式典に用いられた四階の大広間が、今は王族や(ゆかり)ある者たちの避難先となっていた。

 エリーゼもそこにいた。

 例外なく、エリーゼの表情もまた暗い。

 胸がやたら重かった。鬱屈(うっくつ)さを紛らわそうと、フラワーゴーレムを連れ添い、窓際に寄った。

 先刻、リザの偽の姉妹たちが、闇に消えるのを目の当たりにしたとき、リザを王都から避難させられてよかったと心底、安堵した。それにも、内乱中に通常の手段を使えるわけもなく、偽装に偽装を重ねて、地下社会(アンダーグラウンド)の力を借りた。

 エリーゼは窓に(てのひら)を添えた。きっと、この手を離せば、汚い手形がこびりついている。深く深く嘆息した。

 以前はロウェルの夢についてだけ、思い詰めていればよかった。

 ロウェルの夢を“平和な社会”と導き出したが、それを実現することが途方もないことなのは、十分わかっている。

 そして、身の程を最大限に活用してきたし、悪用も多くしてきた。

 この反乱はその報いなのかしら、とエリーゼは胸中で自問した。前王ペーターソンが、貧富の格差を容認し拡大させたツケといえばそれまでなのかもしれない。

「私にできること……」

 ここにいるエリーゼがいるのは、みなと話し合った結果だ。なにかできるとすれば、ほかに思いつかなかった。

 胸の前で両手を組んだ。窓は綺麗なままだった――静かに目を閉じ、祈りを捧げた。

「ロウェル」

 

 

 ロウェルとレグナシオンは、対話と拳打を激しく組み交わしつづける。

「助けを乞う者がいれば、手を差し伸べずにはいられない――それがおまえだったな」

「おっさんがそうしろって教えてくれたんだろっ」

 攻めに転じる際に発言し、防御と併せて言葉を互いに受け止める。すでに何度ともつかない応酬(おうしゅう)だ。どちらも譲らない。

 徒手空拳(としゅくうけん)でロウェルは臨んでいる。

「だがしかし、陽の当らぬ場所で飢えに苦しみ、死にゆく者を、おまえは救えたか?」

「……それは」わずかに言い淀んだロウェルが圧された。

「そうして命を落としてきた者の数と、此度(こたび)の戦火による犠牲を(はかり)に掛けてみるがいい」

 ゾワッとロウェルの髪が逆立った。瞬発的な連打に、レグナシオンの目つきが変化する。

「だからって、こんなやり方があるかよ!」

「今の王政のままでは、決して変わらぬよ」

 断言するレグナシオンに、ロウェルは笑い飛ばすように言ってのけた。

「エリーゼが変えてくれるさっ」

 瞬間、レグナシオンが失意の顔になり、つぶやくように言う。

「……おまえと親しいあの王家の娘か」

「エリーゼのこと知ってたのか、おっさん」

 目を見開きながらも、ロウェルは攻勢を維持した。油断なくすべて受け止めるレグナシオンは、泰然(たいぜん)とも憮然(ぶぜん)ともつかない様子で応じる。

「オネストも言っていただろう。王宮で戦術師範の地位にあれば、目にする機会くらいはある」

「じゃあ、わかるだろ!」

 レグナシオンが俄かに厳格な面構えになった。腹の奥底に秘めていたものが、急に目覚めでもしたふうに。手数で圧倒していたロウェルの顔面に的確に拳を叩き入れ、吹っ飛ばした。

「おまえはあの娘に希望を抱いているのか? それとも単なる思慕か? 無駄なことだ。どちらにしても、叶うことはない。だからワシは諦めたのだ」

 ロウェルがどうにか足に力を込め、横転を免れている合間に、レグナシオンはまくしたてる。

 クラクラする頭が、むしろロウェルにそう考え至らせる結果を招いた。

「おっさんが廃棄区画からいなくなったのって――」

「おまえがあの娘と一緒にいるのを見た、あの日からだ」

 レグナシオンが告げた。失望の塊のような声で。

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