フォティアとの剣戟の
彼女は手練れだ。戦士としても魔導士としても。
フォティアが、大振りに
退くべきだ、と本能的な畏怖が命じる。そのときになって、此処にいる実感が強まり、誘いに乗る決断をした。力強く踏み出し、
瞬発的で意想外な一撃に、フォティアの薄ら笑いが失せた。
魔力を纏った蒼い
アズランドはそこから手短に
全身が小刻みに跳ね、苦悶の声を上げた。が、怒号が――電撃に晒されながらも完成させた魔術が発動し、彼女を中心に炎が円形に迸る。
アズランドは素早く跳んだ。熱が及ぶ寸前で逃れることができたが、怒りに燃えるフォティアの斬撃が繰り出され、片手剣で受け止めるも、痺れを覚えた。
「ちくしょう! なんでだ!」
物凄い剣幕でフォティアは喚いた。
「おっかないな」
斬り結びながら、アズランドはゾッとする。併せて、野獣じみた形相に、銃口を向けていた。
銃声は二回。フォティアの眼前で引き金を引き、彼女が避けた先を予測してさらに引いた。いずれも魔力を帯びた弾丸である。
二発目は鎧の腹部に命中し、一部を損壊させた。
奇妙な戦闘だ。フォティアの激情の理由もそこにあるのだろう。
卓越した槍捌き。巧みに魔術を操る腕前。
それらを駆使するフォティアが優勢で、
にもかかわらず、より手傷を
「キミは今、激しく怒っているが。楽しいかい?」
「なんだってっ!」
怒りに任せて仕掛けてきたフォティアと、アズランドはまたもや斬り結んだ。その手ごたえから確信した。これまでのように、力を発揮できていないと。消耗の一途を辿っていると。
「キミも孤児だったらしいね」
「だからどうしたってのよっ」
アズランドは微苦笑を
「世の中は、“たら”や“れば”ばかりさ」
フォティアは無視して、アズランドから離れた。
「もしもキミが、貴族の家柄に生まれていれば。こうしていることなんて、あり得ないことだっただろう」
アズランドが喋りつづけるのに構わず、フォティアは魔術の呪文を発していった。
「もし――俺のご先祖様が、望みを叶えていたら……王子様、か。想像し難いな、それは」
ふと、アズランドは苦々しい顔をした。
フォティアは呪文を六節まで唱え終えた。魔術式もなしで。二つ分の呪文を胴体で構築し、その魔力を留めていた。並大抵ではない荒技で、鍛えぬいた肉体があってこそだった。
次の一声で、高位に値する魔術が出来上がる。
「それに、そうでないから“こそ”俺は、リザと出逢った。
フォティアが勝ち誇った笑みをみせたが、アズランドは屈託ない笑顔で伝えた。
フォティアが魔術を解き放とうと動きかけるも、一瞬早くアズランドがつぶやいた。
「
フォティアの表情が崩れ、愕然となった。足元に突き刺さっているナイフの存在に。それらが青白い光を散らすさまに。
いつの間に、という疑問を抱くのが彼女の表情からアズランドは見て取れた。片手剣で貫き電撃で怯んだわずかなあいだだけ――そして、魔術で圧倒しにかかる予感に従って仕掛けた小細工。
瞬く間に雷光がフォティアの身を震わせ炙った。それは数秒にも満たなかっただろう。
がくんと両膝を地べたにつけたフォティアの首筋に、アズランドは剣身を添えて告げた。話の
「今の俺にはなによりも大切な存在――それだけはたしかだ」
フォティアは抵抗しなかった。余力を振り絞れば、一矢報いることは存分に可能にアズランドは思えた。
「さっさと殺しなさいよ」
ただ、不敵な笑みで見上げてきた。
「なにしてんのよ」
フォティアはアズランドの所作にひどく絶望した様子だった。頬をひくつかせている。
「その願いには応えられないよ。俺が引き受けたのは、キミを殺すことじゃない」
やや
「馬鹿みたい……」
絞りだすように言って、フォティアは項垂れて沈黙した。
「さて、あっちも終わっていてほしいところだけれど」
痛みでなおのことアズランドは苦い笑みとなり、ロウェルがいるであろう方角を見遣った。
打って変わって、重い打撃音が鳴りやまらなくなっていた。
ロウェルとレグナシオンの戦いも本気ならば、問答もより核心をぶつけ合う。
ロウェルの蹴り上げを紙一重で避け、レグナシオンが緩やかな動作かつ手早く退いた。代わりに街灯をへし折ったロウェルは、おっさんを追わず、悲壮に叫んだ。
「エリーゼのことが信じられないからって……。エリーゼと一緒にいる俺にも嫌気が差して、黙っていなくなったのかよ、おっさん‼」
おっさんはすぐには答えてはくれなかった。
「……そうであるのだろうな」
やがてレグナシオンは他人事のように言った。ロウェルはたまらず石畳を蹴って肉薄した。鈍い音がした。ロウェルの腹から。
「終わりだ、小僧」
レグナシオンはロウェルの腹から拳を引いた。
激しく吐血して、ロウェルは横倒れになったのを感じた。真っ白になった意識の片隅で。
俺がおっさんに
ロウェルの黄土色の目から、光が消えつつある。意識を手放す寸前、声が響いた。
――エリーゼはだれよりも、キミの途方もない夢について
アズさんの声、と漠然と思った。いつ、どこで聞いたんだっけ? 大事なことを教えてくれようとしていた。
俺の夢のために、エリーゼは頑張ってくれている。そうだ。
俺にその夢を見せてくれたのは、だれだっけ。そうだった。
ロウェルの目にふっと光が宿った。鋭い光がギラリと。
大の字に倒れた身が突如、跳ね上がった。踵を返していたレグナシオンも意表を突かれたようで、呆然とした顔でいる。
その顔面にロウェルは渾身の一撃を叩き込んだ。ともに
「俺に夢を与えてくれたのはあんたじゃないか! それはあんたの夢だったんだろう⁉ エリーゼは俺とあんたの夢を叶えようと必死なんだぞ‼」
ぶっ飛んだレグナシオンを、長いをマフラーをひらつかせてロウェルは追撃した。そして、怒鳴った。
「今のあんたの夢が、こんなことだなんて、がっかりだ!」
さらに殴り飛ばし、
「どうしてだ。なんで、こうなったんだよっ」
蹴りまで浴びせた。
レグナシオンは成すがままされつづけた。次第にロウェルは怒りと悲しみを綯い交ぜにした凄惨な形相になってゆく。
辛抱できず、血に濡れた拳に激情を秘め、
「人を信じることから逃げてたら、悪い出来事ばっかに見えるに決まってんだろうがぁ‼」
願いをレグナシオンにぶつけた。
レグナシオンは家屋の壁に背中から叩きつけられ、ぐったりとなる。ロウェルのあらゆる攻め手を受けても、苦悶の声を一切こぼさなかった。
はぁはぁ、とロウェルは息を切らした。微動だにしないレグナシオンにまさか、と思い近寄ろうとしたが、
「言ったであろう。とっくに諦めた、と」
抑揚のない声が制した。なぜか聞き返す行為さえもロウェルに許さなかった。
「それでも――一縷の望みで夢をだれかに託してはおきたかったのだろうな。途方にくれていたワシを助けてくれた小僧たちのなかで、ロウェル。おまえがいちばん目を輝かせておったから」
レグナシオンは静かに笑った。ロウェルはじっと聞き入ることしかできない。
「ロウェル……おまえが希望だったのは、間違いない。そして、ワシがこうして自ら夢に背いたのも、な」
やっとのことで、ロウェルは口を開くことができた。
「なんでなんだよ。諦めたからって、こんなことしなくったって……」
「いずれにしても、悪意はくすぶっていた。どこもかしこも。放っておけば、べつのかたちで、ほかのだれかが行動を起こしていた」
「だからおっさんが、そいつらかき集めたってのか?」
レグナシオンは否定しなかった。ただこう述べた。
「王都以外の各地で、
「じゃあ、もしかしておっさんは……逆にいろんなとこで暴れ出すやつらを抑えていた?」
「王都にある国軍の戦力であれば、比較的被害が出ずに済むと思ったのはたしかだ。ワシが首謀者で、動機も今の王でも吞み込めることだろうしの」
無意識にロウェルは握り拳をつくり、頭を振った。
「おっさんが
「ほかにも気掛かりなことはあった。魔導士たちが、不穏な動きを……」
急にレグナシオンの口ぶりが、途切れ途切れになった。ロウェルは「おっさん?」慌てて駆け寄った。
「……あるいは動かされていたのかもしれぬ」
間近でそれを聞いたのを最後に、レグナシオンは口を閉ざした。
「おっさ――」
ロウェルは静かに呼吸を繰り返すのを見て、言い
アズさんのほうは、無事だろうかと振り向いたときだった。
「武器を収めよっ! 我らは今や戦闘の由縁を失った‼」
オネスト騎士団長の大声量が、辺り一面に木霊した。
ロウェルはやたら宙を舞う紙を咄嗟に掴み取ったが、文字だけで意味はわからなかった。それでも見渡せば、深紅の軍勢が点々と掲げる白旗は良く見えたし、理由はわかった。
王宮の地下には幾つもの研究室があった。実験室は数える程度で、代わりに広大な造りをしている。
数少ないの錬金術師のほとんどがここに集って勤務していた。また、錬金術師の資格を持たない卵も、助手役として出入りしている。
部署は二つ。
第二錬金課は大きな計画に基づいていたからだ。
「クノッヘン様の計画は、私が引き継いだ。あのかたの夢が潰えても、計画は
アリアンがぶつぶつ言いながら、第二錬金課の廊下を急ぎ足で進んでゆく。等間隔に天井で光る電球に照らされた顔は、紅潮していた。頭に血が上っている様子だ。
「そうよ。クノッヘン様の
各所の研究室や実験室には目もくれず、すたすた歩み――曲がり角を曲がるなり、目を輝かせた。重厚な鉄の扉で、如何にも厳重だった。さらにアリアンには、扉に施された魔術についても知っていた。今や彼女だけが解除・施錠が可能でいる。
アリアンは駆け足気味になる。飛びつくように扉に触れ、クノッヘンから教えられた通りの手順で触れると同時に
重々しい扉を押し開けて、アリアンは顔を
ゆっくりと首を動かして、部屋中を眺めまわす。
ほかの研究室とは比にならない精緻な装置の数々。なかでも、一見、大掛かりな窯焼きに似たものにときめきの眼差しを注いだ。
妖精宝珠を生成する機械。内部には使い物にならないほどの欠片が散らばっているのがわかる。
それから、傍らにある水晶球のなかで鮮やかに多様な光を放つ
「時間さえあれば幾らでも造り上げてみせますよ、クノッヘン様。あなたの
歓喜し狂気し、アリアンは高笑いを上げた。それが、ふっと途絶えた。首が落ちて床に転がっても、表情は変わらず笑顔のまま。
左右それぞれ色の異なる猫目がそれを哀れむように見下ろした。
「よけいなことはしてくれるな、って神様からの言伝だよ」
イクトスはそれきり、アリアンと目を合わせなかった。すでに絶命していた。これからの行いを見れば、発狂して叫んでいたはず。先に仕留めて正解だろうとイクトスは思うと、手にした優美な杖を掲げた。
詠唱するつど、杖の先端にある宝玉内部に呪文が綴られる。呪文が光を強めると、杖を両手で水平に持ち直した。
「薙ぎ払え、
イクトスが杖の先から魔術を解き放った。鋭い水の刃が――併せて杖を振り払ったことで、大鎌のように部屋に備え付けられたものすべてを等しく薙いだ。
あらゆる機器を両断した水は、そのまま床に溜まった。部屋中が水浸しである。裂かれた水晶球から解放された妖精たちが宙を舞い、水鏡に反射する光は、幻想的といえるかもしれない。
とイクトスは思ったが、水上を流れるアリアンの生首と目が合い、そうでもないかと苦笑いが浮かぶ。
「
言いかけ、出し抜けに肩を叩かれたようにゾッとする。しばし押し黙ったままでいたが、やれやれというふうに肩をすくめると、
「もう、手遅れだというのですか」
げんなりしてぼやいた。