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執務室の前で、エリーゼはドアを叩くことに
ノック音が響き、「入ってくれ」ケートネスが無愛想な声で応じた。
エリーゼはなかに入った。慎重を期していたが、恐れは抱かなかった。ケートネスの表情を見て、むしろ安心した。
戦争に勝った――内乱を鎮めた王の顔にしては、敗者の如く打ちひしがれた様子だったからだ。
「騒乱は終わったようで、なによりだわ」
エリーゼは近寄り机越しに言った。上辺だけの謝辞に、椅子にもたれかかっていたケートネスの眉がピクッと上がった。
「なにより、だって?」
姿勢を正して机で手を組み、
「こんな勝利を僕は望んでいなかった」
険しい顔をした。が、エリーゼは内心でご愁傷様とつぶやくに留めた。それをかすかにでも悟ったのか、ケートネスは苛立ったように口にする。
「ロウェルが
「そうみたいね」気のない返事でエリーゼ。
「僕は圧倒的勝利を飾るつもりだった! 戦力を浪費せず、すみやかに!」
「民から見れば、どう見ても
エリーゼの発言に、虫唾が走った様子で、ケートネスは机を叩いて立ち上がった。机上の結晶――
「戦力はこの力があれば、立て直せる」
「……そんなものに頼って、あなたは」
軽蔑の眼差しをエリーゼはケートネスに向けた。それの正体も由縁も知らず、頼ろうとする王様に。
「アリアン・フランベージュはあのクノッヘン卿の後継者で天才だ! 今も彼女はこれを新たに造りに向かった。これを備えたあの人形たちが強大なのは自明だろうっ」
「あなたにすべてを話しても、きっと無駄なのでしょうね」
エリーゼは呆れて言った。最初から、話にならないのはわかってここに来た。
「キミのほうこそ、無駄話で時間を稼ぐのもこれまでだっ。脅威が去った今こそ、平和な世をみなに示すための婚儀を拒む理由なんて皆無だ!」
ケートネスは息巻きながらエリーゼに詰め寄ってきた。自然と壁際に下がりながら、胸元に手が伸びていた。エリーゼの谷間から現れたナイフに、ケートネスは息を呑み――鞘を引き抜く所作で唖然と硬直した。
かと思えば、憤慨して叫んだ。
「僕を殺すつもりか⁉ そうまでも僕を裏切り――」
「いいえ。違うわ」エリーゼは迷いなく告げた。
そして、ナイフを両手で逆手持ちにすると、ケートネスは一瞬、理解が及ばないというふうにぽかんとなった。頭を振って怒鳴り声を上げる。
「なにが不満なんだ。そんなことをして、なんになるっ」
「あなたに国民たちからの信頼はないわ。もちろん、私にも」
自身の首元にナイフを寄せつつ、言葉を繋いだ。
「それでも、私が死ぬことで、あなたの支持者に波紋を残すことができる」
エリーゼはささやかな笑みを浮かべた。せめてもの抵抗。苦し紛れ。わかっていた。私のやり口では、上手くいかない。
クスッと笑った。裏切りには間違いないけれど、これならまだマシかな……。
「キミはこの僕を利用してばかりで……!」
勢いついたエリーゼの両手を、寸前のところで憤激のケートネスが押し込んだ。拍子に片手持ちになった手首をそのまま壁に抑えつけ、刃部分には持っていた妖精宝珠をあてがう。
取っ組み合いながら、問答をぶつけ合った。
「あんなガキの遊びにばかり付き合って‼ あんなごっこ遊びの施設まで用意させておいて‼」
「……そんなだから、あなたには相応しくないのよ」
あなたが私には――という意味合いでエリーゼは伝えた。だが、ケートネスはべつの捉え方をしたらしい。
鬼気迫る剣幕に変じ、グッと手の力が激しくなる
「僕は正真正銘の国王だ‼」
おそらくこの
「だれだ!」
不意にケートネスが叫び、周囲を見回す。エリーゼも何事かと視線を一周させたが、執務室には二人だけだ。
だが、ケートネスの異変はつづいた。
「どこにいる! なにをわけのわからないことを言っているんだ!」
何者かに対して反応している。エリーゼに理解できるのはそれくらいで、ケートネスが
そのあともしばらく、怒鳴り声は途絶えなかった。それもやがて、
「僕の頭のなかで話すな!」
もう耐え切れないといった具合に喚いたのを最後に、静かになった。ケートネスが
いきなり解放されたエリーゼは、前につんのめり、たたらを踏んだ。
床に転がった妖精宝珠が、綺麗な音色を響かせるのを耳に聞きながら、
「なにが起こったというの?」
エリーゼは茫然とつぶやいていた。