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王都〈ウォルスタンド〉に、鐘の音が鳴り響き渡る。十二時を告げるための機械仕掛けによるものであったが、それを聞いた多くのものに、祝福じみた印象を耳に残した。
ほかにも、重症者が寝ていた。深い切り傷から血を流して悶える真紅の軍装の者。鎧ごと風穴が空いた箇所を呻きながら押さえる騎士。
「其よ――如何なるときも愛を説く女神よ……」
ミスルトウが
「胸に拡がる真心を拠りどころとし」
ミスルトウが次なる呪文を唱え、また唱和が声高くつづいた。
「親愛を右手に」
「情愛を左手に」
アズランドには二度目の体験だった。一年前、彼女らが管理するとともに幾人かが常駐する
そのとき、お姫様が支払った
孤児院時代、荒くれ者から暴行を受けた仲間の治癒を願ったが、金銭がとても足りず、聞き入れてもらえなかった記憶が根深かった。仲間は怪我がもとで翌日、帰らぬ人となった。
しかし、今のアズランドの目には敵意はない。恨み節を言うつもりもなかった。
彼女らは、この数日間、無償で多くの人の治療に
「我が祈り手は、奇跡たる光と成りて」
足元の魔術式の輝きがどんどん強まっている。魔術式のなかを、呪文が行き交っているのだ。これが本来の、真っ当な魔導士の手順である。
「救済を此処に
ミスルトウが魔術式の呪文を制御する気配を、アズランドは感じた。魔術の発現が近いことも、周囲の
ミスルトウ含め、円陣を組む全員が、波長を合わせて次なる呪文を口にした。
「
たちまち、魔術式から穏やかな光が昇った。まるで暖かな陽光を真下から浴びているようだ、とアズランドは思う。
そして、フォティアとの戦闘で負った傷が、たちどころに治ってゆくのが見て取れた。ちら、とフォティアを見ると、彼女の傷も塞がるさまに、安堵を覚える。その表情がよけいなことを、とでも言いたげな憎々しげなもので、苦笑してしまった。
「おお……! すっげえ。痛みが消えてく。おっさんから受けたやつなのにっ。それに、なんか、あったっけえっ」
みるみる傷が癒えてゆくことに、驚愕と感動を露わにするロウェル。アズランドに向き直って笑った。
「魔術ってやっぱ、すげえッスね」
「ああ、そうだな。感謝に堪えないよ――」
重傷だった騎士や
「ありがとう、みんな。そして、ミスルトウ
アズランドは彼女に頭を下げた。
「私は私の使命を果たしただけです」
美麗な
「私もあなたたちに、感謝申し上げます。
称え合い、二人とも頭を上げた。
アズランドは面映ゆそうに笑み、ミスルトウは変わらぬ微笑を送った。
「具合はどうだ? レグナシオンよ」
不意に渋い声がした。オネスト騎士団長だった。彼は治癒効果を発揮中の魔術式の外にいた。大した傷を負わずにいたためだが、それが如実に実力を物語っている。
「裁かれる覚悟はできておる」
レグナシオンはぞんざいに応じた。表情に未練や恐怖は、一切なかった。が、王都をおもむろに見渡していった。破壊跡が顕著な場所が目に映るつど、かすかに眉が寄る。
「私もどうとでもしてくれて構わないよ」
フォティアが話に乗っかった。鼻で笑うと肩をすくめる。
「死刑でもなんでも、好きにしなよ」
オネストは押し黙った末に、ややあって
「こうするほかに、なかったのか?」
「ワシを止めてくれるのは、小僧っ子かオネスト――おまえくらいしかいないと思っておったからな」
澱みなくレグナシオンは答えた。やはり後悔とは無縁のように、聞き耳を立てるアズランドには感じられる。
「イクトス……奴だけ行方をくらませたか」
これには幾ばくかの懸念が込められていた。
「どうでもいいよ。あんな裏切り者」忌々しげにフォティア。
「その男は、双方の部隊を襲撃していたようだが……」
オネストも気がかりというふうに、頷いた。それは憂慮なことだが、とつぶやき、
「真に憂うべきは、この国の現状ではないか? 兵力・国力の低下はあまりにも著しい。魔導士も騎士も今や部隊規模と呼べるか怪しいものだ。ゴーレムもほぼ現存していない」
「敵、がいない今――脅威はあるまい」
レグナシオンが自嘲気味に言った。
「それでも、だ。有事に備え、戦力を再編すべく――私は王に空の玉座の全員の
真剣にオネストは告げた。やや表情を曇らせ、こうつづける。
「たしかに、ケートネス様はまだ若き王だ。だからこそ、我らが支えて差し上げねばならん」
「
「そうだ。そうでなければ、この国の未来は潰える」
オネストは声音に熱意を宿していた。
「アズさん。恩赦ってなんスか?」
ロウェルがぽつねんと小声で耳打ちしてきた。アズランドはなるだけ表現を簡易的なものにして応じる。
「許し難い罪を、特別に減刑――あるいは、なくすことだけど」
「マジですか⁉ じゃあ、おっさんたちも……!」
「うまくいけば、ね」
アズランドは言葉を濁して、苦笑する。
前王の時代などは、非合法に大金を払うことでそれが叶っていたらしい。しかし、現王のこととなると、見当がつかない。現王のことをよく理解しているとすれば、お姫様だと思った。
「騎士団長のおっさん! 俺からもお願いしますっ」
ロウェルが
「みんな、大変なのよ!!」
エリーゼの声だった。切羽詰まった調子の。一同、振り返り視線を注いだ。
「お姫様?」アズランドが目を見張った。
「エリーゼ?」ロウェルが
駆けるフラワーゴーレムの肩の上から、切迫した表情のエリーゼが、それぞれ遠目に見えて。
「ケートネスがいなくなったの」
フラワーゴーレムの肩から降りて、エリーゼが開口一番に告げた。
「誠でございますか、姫様?」
オネストがなんと、という表情で問う。ううむと唸り、そのあいだに思案したであろうことを述べた。
「しかし、ケートネス王が王宮から出ていかれたなら、我々が見逃すはずがありません」
アズランドも同意見だった。ミスルトウたちを王宮の前面に陣取らせたのは、ほかでもないケートネスのはずだ。そこを現王が突っ切ろうものなら、必ずだれかが気づく。
「違うのよ。私の目の前から、いきなり姿が消えてしまって……」
少し青ざめてエリーゼが言った。その瞬間を想起したのだろう。
「いきなり……」
「姿を消した?」
ロウェルの言葉をアズランドが繋いだ。二人して怪訝そうな眼差しになる。
「本当なのよ! その、ちょっと言い争ってたんだけど――」
言い
「そのときだったのよ。なんだか、私以外、部屋にだれもいないはずなのに、だれかと話を始めたみたいで――様子おかしくなって。そしたら、突然……消えたのっ」
声量を倍増させて、エリーゼが訴えかけた。
「お姫様。落ち着いて、もっと詳しく――」
エリーゼを
いや、違う。これは……。
――備えよ。
声となって聞こえた。サロース塔長に、得体の知れないなにかを継承させられたときに聞いたものと、同一の声が。
アズランドは、がくんと前のめりになった。
「じ、地震⁉」
「おわっ……!」
エリーゼとロウェルが、慌ててフラワーゴーレムにしがみつく。
大地が激しく揺れていた。
警告を聞いたアズランドが、真っ先にその原因を見て取った。虹の大樹の下から屹立しつつあるものを。
「なんだよ、あれ……」
呆然と腕を伸ばした。人差し指で揺れの原因を、みなに示した。