ゼーレンヴァイス   作:朽木 堕葉

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ノット・ヴァイス・ヴァーサ 命にこそ意思は宿りⅠ
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 王都〈ウォルスタンド〉に、鐘の音が鳴り響き渡る。十二時を告げるための機械仕掛けによるものであったが、それを聞いた多くのものに、祝福じみた印象を耳に残した。

 戦争(いくさ)は終わった、という実感をよりたしかにして、アズランドは見上げていた鐘塔(しょうとう)から、足元の輝く魔術式に目を戻した。隣にはロウェルがいた。彼の師匠レグナシオン、そしてフォティアの姿もあるが――二人は手枷(てかせ)()められている。

 ほかにも、重症者が寝ていた。深い切り傷から血を流して悶える真紅の軍装の者。鎧ごと風穴が空いた箇所を呻きながら押さえる騎士。

「其よ――如何なるときも愛を説く女神よ……」

 ミスルトウが呪文(スペル)の一節を唱えた。わずかに遅れて、修道服を着た魔導士が同じ呪文を唱和する。リーベ・ルチェ・エイルの名を示した彼らは、魔術式を縁取るようにして、円陣を組んでいた。

「胸に拡がる真心を拠りどころとし」

 ミスルトウが次なる呪文を唱え、また唱和が声高くつづいた。

「親愛を右手に」

「情愛を左手に」

 アズランドには二度目の体験だった。一年前、彼女らが管理するとともに幾人かが常駐する魔導療院(まどうりょういん)へ運ばれた際に。もっとも、瀕死(ひんし)で意識不明だったがゆえ、どのような魔術かはわからないが――目覚めたときには、重度の火傷さえも綺麗に癒えていた。

 そのとき、お姫様が支払った勘定(かんじょう)は、金貨十枚を超えたらしい。当時は守銭奴(しゅせんど)と、アズランドは毒づいた。それより、ずっと前にも。

 孤児院時代、荒くれ者から暴行を受けた仲間の治癒を願ったが、金銭がとても足りず、聞き入れてもらえなかった記憶が根深かった。仲間は怪我がもとで翌日、帰らぬ人となった。

 しかし、今のアズランドの目には敵意はない。恨み節を言うつもりもなかった。

 彼女らは、この数日間、無償で多くの人の治療に尽力(じんりょく)してきた。現在もこうして――と、両手を重ね合わせるミスルトウに目を遣った。

「我が祈り手は、奇跡たる光と成りて」

 足元の魔術式の輝きがどんどん強まっている。魔術式のなかを、呪文が行き交っているのだ。これが本来の、真っ当な魔導士の手順である。

「救済を此処に(もたら)さん」

 ミスルトウが魔術式の呪文を制御する気配を、アズランドは感じた。魔術の発現が近いことも、周囲の魔粒子(マナ)の変化からわかった。

 ミスルトウ含め、円陣を組む全員が、波長を合わせて次なる呪文を口にした。

恵みの癒し(グァリジョーネ・デッラ・グラッツィア)

 たちまち、魔術式から穏やかな光が昇った。まるで暖かな陽光を真下から浴びているようだ、とアズランドは思う。

 そして、フォティアとの戦闘で負った傷が、たちどころに治ってゆくのが見て取れた。ちら、とフォティアを見ると、彼女の傷も塞がるさまに、安堵を覚える。その表情がよけいなことを、とでも言いたげな憎々しげなもので、苦笑してしまった。

「おお……! すっげえ。痛みが消えてく。おっさんから受けたやつなのにっ。それに、なんか、あったっけえっ」

 みるみる傷が癒えてゆくことに、驚愕と感動を露わにするロウェル。アズランドに向き直って笑った。

「魔術ってやっぱ、すげえッスね」

「ああ、そうだな。感謝に堪えないよ――」

 重傷だった騎士や空の玉座(エンプティ・スローン)の兵隊が、奇跡を目の当たりにした様子で、死の淵から脱却したことに涙して喜んでいるのを一瞥し、

「ありがとう、みんな。そして、ミスルトウ塔長(とうおさ)

 アズランドは彼女に頭を下げた。

「私は私の使命を果たしただけです」

 美麗な容貌(ようぼう)が絵になる微笑みを浮かべる。彼女も頭を下げて、告げた。

「私もあなたたちに、感謝申し上げます。此度(こたび)の闘争で、たくさんの方が傷つき――犠牲になると覚悟していました。けれども、予想とは大きく異なりました。……救えなかった人もまた、少なからずいたことは、たいへん悔やまれますが。私はあなたたちの勇気ある行いを心より賞賛いたします」

 称え合い、二人とも頭を上げた。

 アズランドは面映ゆそうに笑み、ミスルトウは変わらぬ微笑を送った。

「具合はどうだ? レグナシオンよ」

 不意に渋い声がした。オネスト騎士団長だった。彼は治癒効果を発揮中の魔術式の外にいた。大した傷を負わずにいたためだが、それが如実に実力を物語っている。

「裁かれる覚悟はできておる」

 レグナシオンはぞんざいに応じた。表情に未練や恐怖は、一切なかった。が、王都をおもむろに見渡していった。破壊跡が顕著な場所が目に映るつど、かすかに眉が寄る。

「私もどうとでもしてくれて構わないよ」

 フォティアが話に乗っかった。鼻で笑うと肩をすくめる。

「死刑でもなんでも、好きにしなよ」

 オネストは押し黙った末に、ややあって渋面(じゅうめん)で口を開いた。

「こうするほかに、なかったのか?」

「ワシを止めてくれるのは、小僧っ子かオネスト――おまえくらいしかいないと思っておったからな」

 澱みなくレグナシオンは答えた。やはり後悔とは無縁のように、聞き耳を立てるアズランドには感じられる。

「イクトス……奴だけ行方をくらませたか」

 これには幾ばくかの懸念が込められていた。

「どうでもいいよ。あんな裏切り者」忌々しげにフォティア。

「その男は、双方の部隊を襲撃していたようだが……」

 オネストも気がかりというふうに、頷いた。それは憂慮なことだが、とつぶやき、

「真に憂うべきは、この国の現状ではないか? 兵力・国力の低下はあまりにも著しい。魔導士も騎士も今や部隊規模と呼べるか怪しいものだ。ゴーレムもほぼ現存していない」

「敵、がいない今――脅威はあるまい」

 レグナシオンが自嘲気味に言った。

「それでも、だ。有事に備え、戦力を再編すべく――私は王に空の玉座の全員の恩赦(おんしゃ)を願い出ようと考えている」

 真剣にオネストは告げた。やや表情を曇らせ、こうつづける。

「たしかに、ケートネス様はまだ若き王だ。だからこそ、我らが支えて差し上げねばならん」

老獪(ろうかい)だった前王よりは、有望とみておるのか?」

「そうだ。そうでなければ、この国の未来は潰える」

 オネストは声音に熱意を宿していた。

「アズさん。恩赦ってなんスか?」

 ロウェルがぽつねんと小声で耳打ちしてきた。アズランドはなるだけ表現を簡易的なものにして応じる。

「許し難い罪を、特別に減刑――あるいは、なくすことだけど」

「マジですか⁉ じゃあ、おっさんたちも……!」

「うまくいけば、ね」

 アズランドは言葉を濁して、苦笑する。

 前王の時代などは、非合法に大金を払うことでそれが叶っていたらしい。しかし、現王のこととなると、見当がつかない。現王のことをよく理解しているとすれば、お姫様だと思った。

「騎士団長のおっさん! 俺からもお願いしますっ」

 ロウェルが懇願(こんがん)したときだった。オネストが頷き、喋りかけたところに声が割り込んだ。聞き馴染んだ声が。

「みんな、大変なのよ!!」

 エリーゼの声だった。切羽詰まった調子の。一同、振り返り視線を注いだ。

「お姫様?」アズランドが目を見張った。

「エリーゼ?」ロウェルが吃驚(きっきょう)した。

 駆けるフラワーゴーレムの肩の上から、切迫した表情のエリーゼが、それぞれ遠目に見えて。

 

 

「ケートネスがいなくなったの」

 フラワーゴーレムの肩から降りて、エリーゼが開口一番に告げた。

「誠でございますか、姫様?」

 オネストがなんと、という表情で問う。ううむと唸り、そのあいだに思案したであろうことを述べた。

「しかし、ケートネス王が王宮から出ていかれたなら、我々が見逃すはずがありません」

 アズランドも同意見だった。ミスルトウたちを王宮の前面に陣取らせたのは、ほかでもないケートネスのはずだ。そこを現王が突っ切ろうものなら、必ずだれかが気づく。

「違うのよ。私の目の前から、いきなり姿が消えてしまって……」

 少し青ざめてエリーゼが言った。その瞬間を想起したのだろう。

「いきなり……」

「姿を消した?」

 ロウェルの言葉をアズランドが繋いだ。二人して怪訝そうな眼差しになる。

「本当なのよ! その、ちょっと言い争ってたんだけど――」

 言い(にく)そうに徐々に声のトーンが落ち、

「そのときだったのよ。なんだか、私以外、部屋にだれもいないはずなのに、だれかと話を始めたみたいで――様子おかしくなって。そしたら、突然……消えたのっ」

 声量を倍増させて、エリーゼが訴えかけた。

「お姫様。落ち着いて、もっと詳しく――」

 エリーゼを(なだ)めようとしたアズランドの声が、尻すぼみに消えた。酷い耳鳴りがしていた。

 いや、違う。これは……。

 ――備えよ。機構(・・)が処断を要すると導き出した。

 声となって聞こえた。サロース塔長に、得体の知れないなにかを継承させられたときに聞いたものと、同一の声が。

 アズランドは、がくんと前のめりになった。眩暈(めまい)でふらついたのだと、アズランドは思った。が、そうではなかった。

「じ、地震⁉」

「おわっ……!」

 エリーゼとロウェルが、慌ててフラワーゴーレムにしがみつく。

 大地が激しく揺れていた。

 警告を聞いたアズランドが、真っ先にその原因を見て取った。虹の大樹の下から屹立しつつあるものを。

「なんだよ、あれ……」

 呆然と腕を伸ばした。人差し指で揺れの原因を、みなに示した。

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