さながらそれは、岩石が次々と落下してきたようなものだった。ザド・キルエが連続して拳を叩き下ろすが、レグナシオンはすべて寸前のところで避けつづけた。
一歩でもズレていたら、一巻の終わりである攻撃を。
やがて、ピタッと止んだ。ザド・キルエにそんな感情があるのかは不明だが、当惑したようでもある。
そこへレグナシオンが
表面の一部が溶解した箇所へ、瞬く間に跳びあがり、正拳を叩き入れた。鈍い音がした。それだけだった。胴体を蹴って飛び退き、レグナシオンはぼやくように言った。
「この手応えで、まるで無傷か。骨が折れそうだの」
なんとも面倒な、という表情で、深くため息をつく。そして、毅然と両手を構え直していった。
鋼を打ち鳴らす音が何度となく響いていた。凄絶に。激しく。
手にする大剣で、オネストは幾度なく、襲い掛かる拳を打ち払っていた。
と、ザド・キルエが
オネストは目を見張った。そして、「ぬんっ!」と力を込めるや、聖剣を振り払い、球状の魔力は軌道を変えて斜めに飛んで行ってしまった。
「ウォレリア国時代から苦難をともにしてきた聖なる剣だ。容易くへし折れるなどと思うでないぞ!」
オネストが勇ましく吠える。両手に握る大きな聖剣は、煌びやかな光を帯びて――オネストともども、決して
「これでも刃が通らぬか」
急に雨でも降ってきた、というような調子で平然とサロースはつぶやいた。ザド・キルエの損傷個所に斬り込んだところだった。長大な魔法剣は雷を纏い、バチバチッと鳴っていたが、効果は見込めそうにない。すでに数度はこの斬撃を与えている。
焼け石に水だな、と胸中でこぼすと――サロースは油断なく迅速に後退した。直後、蚊でも止まっている部位を
咳き込みながらそれを目にしたのち、
「さて、どうしたものか」
険しい顔で思案を重ねた。突破口はないものかと。
アズランドなら、どうするだろうかと脳裏によぎったことは、敢えて抑えて。
胸部の隙間から青い輝きを漏らす――ザド・キルエ本体と交戦するフォティアは悪戦苦闘していた。
そのくせ、相手は疲れ知らずに、攻撃を繰り出してくる。堪たまったものではない。
「くそっ! 歯応えがあり過ぎるんだよっ」
拳が土砂を巻き上げた拍子に、フォティアは体勢を崩した。すかさず、押し潰そうとしてきた拳を戦斧でどうにかいなすことはできたが、完全に横倒れになってしまった。
即座に起き上がろうとしたフォティアが、驚愕に目を見開いた。こちらへ狙い澄ました右腕の大砲の空洞に。そこから光が満ち溢れるさまに。
「ちくしょう! こんなところで……!」
絶体絶命と悟り、フォティアはきつく目を閉じて悔しさのあまり叫んだ。
が、フォティアがくらったのは大量の水だった。耳が聞いたのはジュウウという蒸発音だった。
おそるおそる、目を開けてみる。ハッとなった。その後ろ姿に。
「イクトス、どうして……」
イクトスは振り返ると、ばつが悪そうに笑った。そうしながら、呪文を唱え、新たに魔術を発動させ、立て続けに地中から水柱が勢いよく立ち昇り――拳を押し退けると同時に、それはザド・キルエの目隠しを兼ねていた。
フォティアは一瞬、礼を述べるべきか迷ったが、口にしたのは悪態になってしまった。
「逃げ出したへっぴり腰のくせに」
イクトスは肩をすくめて、涼しげに受け流す。苦笑交じりに、こう言った。
「神の意思に柔軟に従った結果なんですがね」
誰よりも、とボソッと付け加えるが、ザド・キルエの駆動音と被っていた。
「へぇ。じゃあ、今は神はなんて言ってるのよ?」
「アレを止めよ、とお申し付けを受けまして」
イクトスは唇を曲げて、おどけたように一礼してみせた。
「ふぅん。邪魔はしないでよ」戦斧を振り上げフォティア。
「それは誓って」優美な宝玉を備えた杖を掲げイクトス。
ザド・キルエ本体の眼が、左右に動いて二人を見ていた。心なしか、取るに足らないものを見る様子で。
リザを
辺りに散らかっていた
アズランドはそっとリザから身を離した。リザは嬉しそうに微笑したままだった。しかし、光が失われた目は、もはやだれも見てはいない。アズランドは手を伸ばし、その目を静かに閉ざした。
アズランドの目もさして変わらず、光のない茫然としたものだった。涙はとうに渇いていた。目は周囲で火が揺らぐのをただ映すばかりだ。やがて、ふっと瞳の奥に異なる光が宿った。
「俺は今……
力ない声が口をついて出た。
「リザを
声に力が満ちた。後悔で溢れた声音によって。
「だが神よ……それでも、俺は怖くて堪らない」
リザに視線を移し、訴えかけるようにアズランドは告げた。
「リザを独りにさせてしまうことが、ひどく恐ろしくて、しょうがないんだ」
リザの穏やかな眠り顔を目に留め、一度、目を閉じた。瞼の裏に焼きつける。再び目を開くなり、叫んだ。
「神よ……
リザを抱えたまま、すっくと立ち上がった。決然と誓いを立てる。
「絶対的な恐怖と、俺は戦うっ。神よ! それは純然たる勇気であると誓う! だから――」
アズランドはリザの胸元に触れた。そこにある
「ありったけの力を俺に貸してくれ‼」
血に濡れた妖精宝珠を握りしめて、
果たして、神は――フォルティス・ヴェル・ヘルモーズは応じた。
――
赤く赤く燃えていた。
空が夕焼けに。
村が火の手に。