ゼーレンヴァイス   作:朽木 堕葉

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 さながらそれは、岩石が次々と落下してきたようなものだった。ザド・キルエが連続して拳を叩き下ろすが、レグナシオンはすべて寸前のところで避けつづけた。

 一歩でもズレていたら、一巻の終わりである攻撃を。

 やがて、ピタッと止んだ。ザド・キルエにそんな感情があるのかは不明だが、当惑したようでもある。

 そこへレグナシオンが俊敏(しゅんびん)に動いた。それを見計らっていたというふうに。

 表面の一部が溶解した箇所へ、瞬く間に跳びあがり、正拳を叩き入れた。鈍い音がした。それだけだった。胴体を蹴って飛び退き、レグナシオンはぼやくように言った。

「この手応えで、まるで無傷か。骨が折れそうだの」

 なんとも面倒な、という表情で、深くため息をつく。そして、毅然と両手を構え直していった。

 

 

 鋼を打ち鳴らす音が何度となく響いていた。凄絶に。激しく。 

 手にする大剣で、オネストは幾度なく、襲い掛かる拳を打ち払っていた。

 と、ザド・キルエが(らち)が明かないと判断したのか、不意に右腕を突き出してきた。穴が空いた大きな手――大砲から魔力の塊を打ち出す。

 オネストは目を見張った。そして、「ぬんっ!」と力を込めるや、聖剣を振り払い、球状の魔力は軌道を変えて斜めに飛んで行ってしまった。

「ウォレリア国時代から苦難をともにしてきた聖なる剣だ。容易くへし折れるなどと思うでないぞ!」

 オネストが勇ましく吠える。両手に握る大きな聖剣は、煌びやかな光を帯びて――オネストともども、決して(くじ)けぬと体現するかのようであった。

 

 

「これでも刃が通らぬか」

 急に雨でも降ってきた、というような調子で平然とサロースはつぶやいた。ザド・キルエの損傷個所に斬り込んだところだった。長大な魔法剣は雷を纏い、バチバチッと鳴っていたが、効果は見込めそうにない。すでに数度はこの斬撃を与えている。

 焼け石に水だな、と胸中でこぼすと――サロースは油断なく迅速に後退した。直後、蚊でも止まっている部位を(てのひら)で叩くのにも似て、ザド・キルエの左手がそこを叩いた。

 咳き込みながらそれを目にしたのち、

「さて、どうしたものか」

 険しい顔で思案を重ねた。突破口はないものかと。

 アズランドなら、どうするだろうかと脳裏によぎったことは、敢えて抑えて。

 

 

 胸部の隙間から青い輝きを漏らす――ザド・キルエ本体と交戦するフォティアは悪戦苦闘していた。

 戦斧(ハルバード)による斬撃も、隙を見て放った魔術も、まるで効いていなかった。

 そのくせ、相手は疲れ知らずに、攻撃を繰り出してくる。堪たまったものではない。

「くそっ! 歯応えがあり過ぎるんだよっ」

 戦斧(ハルバード)を巧みに操り攻勢に出ていたフォティアだったが、息を切らし毒づいた。

 拳が土砂を巻き上げた拍子に、フォティアは体勢を崩した。すかさず、押し潰そうとしてきた拳を戦斧でどうにかいなすことはできたが、完全に横倒れになってしまった。

 即座に起き上がろうとしたフォティアが、驚愕に目を見開いた。こちらへ狙い澄ました右腕の大砲の空洞に。そこから光が満ち溢れるさまに。

「ちくしょう! こんなところで……!」

 絶体絶命と悟り、フォティアはきつく目を閉じて悔しさのあまり叫んだ。

 が、フォティアがくらったのは大量の水だった。耳が聞いたのはジュウウという蒸発音だった。

 おそるおそる、目を開けてみる。ハッとなった。その後ろ姿に。

「イクトス、どうして……」

 イクトスは振り返ると、ばつが悪そうに笑った。そうしながら、呪文を唱え、新たに魔術を発動させ、立て続けに地中から水柱が勢いよく立ち昇り――拳を押し退けると同時に、それはザド・キルエの目隠しを兼ねていた。

 フォティアは一瞬、礼を述べるべきか迷ったが、口にしたのは悪態になってしまった。

「逃げ出したへっぴり腰のくせに」

 イクトスは肩をすくめて、涼しげに受け流す。苦笑交じりに、こう言った。

「神の意思に柔軟に従った結果なんですがね」

 誰よりも、とボソッと付け加えるが、ザド・キルエの駆動音と被っていた。

「へぇ。じゃあ、今は神はなんて言ってるのよ?」

「アレを止めよ、とお申し付けを受けまして」

 イクトスは唇を曲げて、おどけたように一礼してみせた。

「ふぅん。邪魔はしないでよ」戦斧を振り上げフォティア。

「それは誓って」優美な宝玉を備えた杖を掲げイクトス。

 ザド・キルエ本体の眼が、左右に動いて二人を見ていた。心なしか、取るに足らないものを見る様子で。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 リザを抱擁(ほうよう)するアズランドの頭上を、巨大な魔力の塊が通過して、木造りの民家を粉々に消し飛ばした。

 辺りに散らかっていた(わら)が煽りを食い、見る間に燃え広がってゆく。

 アズランドはそっとリザから身を離した。リザは嬉しそうに微笑したままだった。しかし、光が失われた目は、もはやだれも見てはいない。アズランドは手を伸ばし、その目を静かに閉ざした。

 アズランドの目もさして変わらず、光のない茫然としたものだった。涙はとうに渇いていた。目は周囲で火が揺らぐのをただ映すばかりだ。やがて、ふっと瞳の奥に異なる光が宿った。

「俺は今……(ことわり)を失った」

 力ない声が口をついて出た。

「リザを(うしな)うことを、もっとも恐れていた。それなのに俺は――」

 声に力が満ちた。後悔で溢れた声音によって。

「だが神よ……それでも、俺は怖くて堪らない」

 リザに視線を移し、訴えかけるようにアズランドは告げた。

「リザを独りにさせてしまうことが、ひどく恐ろしくて、しょうがないんだ」

 リザの穏やかな眠り顔を目に留め、一度、目を閉じた。瞼の裏に焼きつける。再び目を開くなり、叫んだ。

「神よ……これ(・・)が今の俺の理だ。あんたの教義になんら反してなどいない!」

 リザを抱えたまま、すっくと立ち上がった。決然と誓いを立てる。

「絶対的な恐怖と、俺は戦うっ。神よ! それは純然たる勇気であると誓う! だから――」

 アズランドはリザの胸元に触れた。そこにある妖精宝珠(スプライトジェム)に。一瞬の躊躇(ちゅうちょ)のあと、リザの肉体の一部と化している妖精宝珠を()()がした。ぐじゅっ、と胸の穴から血が零れだす。

「ありったけの力を俺に貸してくれ‼」

 血に濡れた妖精宝珠を握りしめて、懇願(こんがん)した。

 果たして、神は――フォルティス・ヴェル・ヘルモーズは応じた。

 ――其方(そなた)が証明し得る限り、力を与えることは惜しまぬ。

 赤く赤く燃えていた。

 空が夕焼けに。

 村が火の手に。

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