ゼーレンヴァイス   作:朽木 堕葉

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「リザも――アズさんまで、こんなのってあるかよ……!」

 ロウェルは涙を流しながら、巨人の一つ眼を睨んだ。

「著しい損傷を確認。危険性を考慮し、ザド・キルエは一時的な後退を実行」

 ザド・キルエ本体は、まるでロウェルの存在を無視して、(おお)きな車輪を回転させて、前を向いたまま、逃げようとしていた。

「待ちやがれ‼」

 怒鳴り、ロウェルは追った。が、ほかの三体のザド・キルエが、立ち塞がって行く手を(さえぎ)る。

「邪魔だ! 退()きやがれ!」

 ロウェルが相手にするしかないか、と舌打ちをすると、その望みが叶った。

極拳(きょっけん)!」

 一体のザド・キルエが、レグナシオンの繰り出した一見、変哲もない拳打(けんだ)を顔面に受けた。呆気なく転倒し、大地を揺らす。

剛斬(ごうざん)!」

 またべつの一体は、聖剣を両手に握りしめたオネストが、覇気を(みなぎ)らせて斬り上げた。造作もなく、後ろに倒れ込み、土煙を巻き上げる。

「下り穿て……双・試練の雷(ツヴァイ・フェアズーヘン・ブリッツェン)

 残る一体は、先ほどアズランドが本体に放った魔術の一つをまともに浴びた。放ったのは、構築するのに骨が折れそうな、魔術式に立つサロース塔長(とうおさ)だ。なんともない、かに見えて、ゆっくりと前のめりに倒れ伏した。衝撃で、アピス農村に拡がる火の大部分が消し飛んだ。

「おっさんたち……」

 感銘したように、ロウェルは三人の強者(つわもの)に視線を順に送った。三人は黙って頷いただけだった。この人たちにも託された、とロウェルは感じ、背中を押されるように、逃げるザド・キルエ本体を追いかけた。

 思いのほかすぐに追いついて、ちょっと拍子抜けしそうになった。ザド・キルエ本体は動けなくなっていたのだ。

 原因は一目でわかった。周囲が水没していた。車輪はぬかるみに深く食い込み、脱しようと猛回転している。

「この図体です。さもありなん、といったところでしょう?」

 イクトスが唇に中指で触れた。特徴的な猫目は、してやったりという具合に細められ、笑っていた。

「えと、だれだかわかんないけど、助かった。サンキュー!」

 ロウェルは感謝を述べると、イクトスの横を通り抜けた。彼が肩をすくめて、「ご武運を」と言う声を耳に、より強く駆けた。

「迎撃。迎撃。迎撃」

 立ち往生しているザド・キルエ本体は、迫るロウェルに対して右腕を伸ばした。大砲の内部が魔力の光を発するのを目撃した。寸前で回避するつもりのはずが、炎を纏って突貫したフォティアが軌道を逸らし、明後日の方向に魔力弾は発射されていった。

「やり遂げて。アイツらの分まで」

 戦斧(ハルバード)の柄を泥に突き立て、フォティアは告げた。

「ああ、わかってるって!」

 ロウェルは返事をするなり、大きく跳び上がった。ザド・キルエ本体の胸部まで。

 まず、眼前の空洞を凝視した。“アイツらの分まで”と今し方、聞いたばかりの言葉に――リザとアズランドの姿が脳裏でまざまざと駆け巡る。意識を外れて、左腕を振りかぶっていた。

 それから、空洞から丸見えの青々と光る(コア)を射抜くように捉えた。

 そこに相棒を――杭打ち機を叩き入れた。いつものように。

 想いを胸に握り手の側面の窪みを押し込んだ。当然のように。

 ロウェルは虹色の光に包まれた。ほんの一瞬にも満たない時間で、不意に胸中で問いかけていた。

 おまえはいったい、なんなんだよ……。 

 妖精宝珠(スプライトジェム)の凝縮した魔力が一対の杭を熾烈(しれつ)に解き放ち――ロウェルの抱いた疑問ともども、青い核を粉砕するに至った。

 そして、猛烈な痛みとともに、妖精宝珠もろとも杭打ち機も形を失うのを目の当たりした。ありありと目に焼き付け、自分の左腕も同様のありさまになっているに違いない、と想像した。

 それでいいとすら思えた。

 相棒と一緒に壊れるなら、構いやしないや……。

 それを最後に、ロウェルの意識は事切れた。

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