ゼーレンヴァイス   作:朽木 堕葉

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ノット・ヴァイス・ヴァーサ 命にこそ意思は宿り-エピローグ-
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 薄暗いどこかの森のなかで、派手なスーツを着た男が大いに手間取っていた。かき集めてきた木の枝や葉っぱに顔面を寄せて、やたらめったら火打石を鳴らすが、着火する様子はない。

金ぴかのゴーレムが頭部を手で支えた格好で寝転がり、一向に焚火とならないでいるのを、見守っている。まるで他人事のように。

「くそっ! なんでよりにもよって、ライターもオイル切れで、マッチもしけってんだよ。とんだ災難だぜ!」

 悪態をつく派手な男の近くを、一匹の妖精(スプライト)が横切ったところだった。

 派手な男が火打石を地べたに落とし立ち上がった。厚ぼったい唇をへの字にして、夜空を仰ぐ。

「なにがどうやら、よくわからんが――あのデカぶつどもは消えてなくってやがる……上手くやったんだな、錆ついた鋼鉄(ラスティー・スチール)

 感嘆してつぶやく男に、妖精は天に昇る光の柱を見上げた。

 じっと見て、首を傾げるような仕草をした。

 いつか、どこかでの思い出が、なぜかその妖精に見えた。人が眠っているあいだに夢を見るのと、まるで変わらなかった。

『ねえ、平和ってなあに?』

 栗色の髪をした幼い男の子が、不満顔でこちらを見上げた。涙の余韻を残した顔で。

『そうね。みんなが仲良くすることよ』

 男の子に妖精は優しく笑いかけた――ことを思い出した。 

『じゃあ、ここは平和って言えないね』

 男の子はいじけた。孤児院らしき場所の中庭で、両膝を抱えている。

 不満顔になる男の子に、クスッとなったのを――思い出した。

『ライと喧嘩したこと、まだ気にしているの?』

『だって……』

『ふふっ。そうねぇ。みんなが仲良くできることなんて、不可能なのかもしれないわ。でもね』

 頭を優しく撫でた。栗色の髪のサラサラとした手触りとぬくもりを――思い出した。

『もっとたくさんの人が、平和について考えたり――仲良くできたり、あなたみたいに疑問に思うようになれば、きっと良い世界になると思うの』

 男の子はすぐさま応じた。

『じゃあ、平和は絶対に叶わないってこと?』

 この子は、悲観的だけれども、物事の飲み込みが早いということを――思い出した。そう、この子は臆病だけれど優しいの。

『そうかもしれないわね。でも……』

 しょんぼりとなる男の子に微笑して告げた――ことを思い出した。

『一生懸命に頑張れば……可能な限り、平和に近づけると私は信じているわ』

 不意に、孤児院の物陰からべつの男の子がやって来た。この子は、おどおどと身構える。

『いや、あのさ。その、なんていうか……』

 男の子は歯切れが悪そうな素振りをみせたのち、軽く頭を下げた。

『さっきは、悪かった。……言い過ぎちまった。負けたのは悔しいけど、おまえのせいじゃないよ』

 意想外な言葉に、アズが目を丸くした。首を振り申し訳なさそうな表情になる。

『いいよ。僕がへたっぴなのは事実だし……。ごめん』

『じゃあさ。練習しようぜ。教えてやるから』

『う、うん。でも――ミリア』

 尻込みするアズは、不安げにこちらを見上げる。頷いて微笑してあげると、持ち前の勇気を発揮して、駆けだしてゆく。

『わかった。やってみるよ!』

 妖精は夢から()めたあとも、暗い夜を穿(うが)つ光の柱を見つめつづけた。

 それはきっと、悲しかったからかもしれない。

 

 

     ※

 

 

 足音に背後を振り返ったエリーゼが、堪らずぷっと吹き出して口元を両手で押さえた。想像以上に、傑作(けっさく)すぎたのだろう。

「……だからイヤだって言ったんだよ」

 ロウェルがむすっとした顔で不満を述べた。〈アッシュガルズ〉の王家の衣装――ケートネスとまったく同じ服装に仕立てられた格好で。

 王の風格は微塵もない。まさしく服に着られているという感じの装いに、エリーゼの笑いがおさまるまで時間がかかった。

「やっぱり、いつもの胴着じゃダメなのか?」

 そわそわと、ロウェルは落ち着かない様子でぼやく。エリーゼがロウェルに触れ、衣装のよれた部分をそれとなく正しながら言う。

「ダメよ。お披露目(ひろめ)なんだから。最初くらい、ビシッと決めなさい。それに、いずれは王も王妃でもなくなるんだから」

「んなこと本当にできんのか?」

 さんざん言って聞かされたことに、ロウェルは首を曲げた。

「ええ、政治を一人の人間が――国王が牛耳る時代は、終わらせてみせるわ。あなたの()には、もっとべつのかたちが必要なのよ」

「でも、さ……そうするのってものすごく、大変じゃないのか?」

 フフッとエリーゼは含みを込めて笑った。大変に決まってるでしょ、と顔が物語る。だから私がここにいるのよ、と言わんばかりに胸を張りながら。

「前にも言ったでしょ。あなたは前を見ていればいいって。遠くは私が見ていてあげるから」

 こういうとき、どういうんだっけ、とロウェルはしばし考え込む。どうにか捻りだして喋った。

「持ちつ持たれつってやつ?」

「そうよ。さっ、行きましょう。みんながあなたを待っているわ」

 エリーゼがロウェルの一つだけの手を握った。引っ張り寄せるようにして、歩き出す。ロウェルは大いに慌てた。

「お、おい。ちょっと待てって……! まだ、心の準備が――」

 ワァアアア!

 二人が王宮のバルコニーに並び立った瞬間、大歓声に包まれた。

 あっけらかんとロウェルは観衆を見渡した。

 オネスト騎士団長が感無量というふうに頷いている。隣で口元を緩めているおっさんと、遠目に目が合った。

 その背後あたりでは、フォティアがつまらなさそうにあくびをし、イクトスはささやかな拍手をしているのが見える。

 サロース塔長(とうおさ)も咳き込みながらもそこにいたし、ミスルトウ塔長が粛々と祈り捧げる光景もあった。

 廃棄区画の友人たちが、寄り集まって騒いでいる。なぜかサラも加わっていた。パト爺さんはいないようだったが、あの人らしい、となんとなく思った。

 不意に、アズランドとリザの声援をロウェルは耳にした。人混みのなかに、笑顔で手を振る二人の姿を見かけたが――すぅっと消えてしまった。

 相変わらず忠実(マメ)な人っすね、アズさん。リザもありがとな。

 ロウェルは二人に感謝をし、深呼吸をした。

 王宮外から国民たちの熱い視線を受けながら、ロウェルとエリーゼは顔を見合わせると、繋いだ手をゆっくり掲げてみせた――

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