ゼーレンヴァイス   作:朽木 堕葉

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魂の在り処Ⅱ
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 片膝を抱えて、わんわん泣き喚く子供が一人、いた。

 栗色の髪の、まだ、五歳にもならないほどの。男の子か女の子か、一見わからないが、

「ミ、ミリア……! アイツが、僕を……!」

 と、騒ぎを聞きつけて駆け寄ってきた少女の胸にしがみついたことから、男の子のはずだ。少女は十歳ほどだろうか。

 ――心のどこかで、あれが自分だとざわめいた。彼女に甘えてばかりでいた、自分であると。自己嫌悪の意識が、激しく主張してくる。

 男の子が指差すものを見て取り、少女が苦笑する。そこにある小石が、とんでもない化け物であるかのように、男の子は怯えていた。

「アズ? 転んじゃったの? 怪我は?」

 少女はやんわりと、男の子に訊いた。

 しかし、男の子は、まだそこにひどく恐ろしいものがあると訴えるように、びくびくしている。

 ――酷いな、と思った。心の(しん)の部分で。我知らず、殴りつけたくなるが、それは光景でしかなかった。もどかしかった。そこに行けないことに、(わび)しさもまた、強く駆け巡った。

 少女は、その小石をつかみ取り、男の子の前に静かに差し出した。

「ひっ」

 男の子が目を背けた。少女は、もう一方の手で、そっと男の手を握り、その手で一緒に小石を包んでいった。

「どう? 痛くないでしょう? なにも、怖くないわよね?」

 少女は男の子に、優しく微笑みかけた。

 男の子が驚きを孕んだ目で、手のなかのものを見つめ始めたのに合わせて、ゆっくり手を開いてゆく。

 手の上にあるのは、ただの小石だ。ちっぽけな、存在だ。段々と、男の子にも、そういうふうに、思うことができるようになってきた。

「触れてみて? そっとね」

「う、うん」

 少女に促され、男の子はそうした。

 空色の瞳に映る小石を、おそるおそる指でつついてみた。それから、指の腹で、撫で下ろしてみる。

 痛くも、なんともない。ざらざらとした感触を、指先に感じるだけで。

 ――心のすべてで、そのざらつきを思い出した。平気でいられるということを。例えなにかで、傷ついたとしても、大したことではないのだ。問題は、どうして、そうなったか知ることだった。足を引っ掛け、うっかり転んでしまった小石を、悪者扱いするのではなくて。

「もっと、いろいろなものに、触れてみなさい。そうしないと、わからないこともあるからね」

 少女はそう諭し、男の子の膝をたしかめていた。擦りむいた傷口に、表情を曇らせる。

 男の子は、もう怖がってなどいないことを示すように、小石を転がしながら、「うん」と頷いた。そそくさと起き上がり、少女のまわりで飛び跳ねる。

「大丈夫? 痛くはない?」

「痛かったけど、痛くなくなったよ」

 強がって片足立ちする男の子に、憂い顔で少女は笑った。

「さっ、そろそろ夕飯よ。みんな、待ってるんだから」

「ごめん。それじゃあ、急ごう!」

 少女と男の子は、手を繋いで庭から歩き出す。二人とも揃いの衣服を着ていた。修道服に、少し似た(おもむき)の。

 二人が扉を開いて入っていった屋敷には、〈アイディール孤児院〉と玄関口に書かれていた。黒い屋根の上では、風見鶏が風にきぃきぃ軋んでいる。

 その響きが、妙に耳に(さわ)った。

 

 

「ミリア……⁉」

 がばっとアズランドがベッドから跳ね起き、手を伸ばした。

 目を瞬かせ、しばし呆然としていた。

 きぃきぃと軋む音に、脇の窓の向こうにある屋根のほうを見遣る。夢に見たのとそっくりな様子で、風を受けて風見鶏が揺れていた。

 ここが現在(・・)で、安い造りのアパートメントの自室であると理解し、苦笑した。伸ばした手で、頭を抱え、汗にまみれているのに気づく。

「情けないな、まったく……」

 自嘲気味にアズランドの唇が歪んだ。指先に力が入り、爪が食い込んだ額から血が微かに滲む。

 そして、鋭い眼差しを、机の上にある写真立てに向ける。抱き寄せ合う姉弟(きょうだい)、といった感じの一枚の写真だった。

「“触れてみる”よ。試みた上で、判断するさ。それでいいんだろう、ミリア……?」

 (かげ)りを帯びた顔で、アズランドは写真に向かって言った。

 窓から差し込みはじめた朝陽で、写真立てが眩く光っていた。

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