ゼーレンヴァイス   作:朽木 堕葉

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サイドストーリー
サムタイム・サムホエアⅠ


「アズさんが素っ気ない?」

 リザと差し向かいの席でロウェルが訊いた。料理をがっつく手をピタッと止めて。

 いつもの〈格安料理トラヴァー〉で食事中だった。

「……気がするの」

 暗い顔でリザがこくりと頷く。拍子に、ポニーテールの髪がわずかに揺らいだ。エリーゼはちらとそれを目にしてから、

「どうせまたナーバスになってるだけでしょ」

 ロウェルの隣から呆れ気味に言った。

「うん。なんだかここのところ、元気がなくって。どうしたの? って訊いても、なんでもないとしか言ってくれないの」

このあいだ(・・・・・)は堂々と見せつけてくれたというのにね」

 エリーゼは含みを込めて笑うと、人差し指で自身の唇をそっと撫でた。ちょっとした揶揄(からか)い。通じるかは怪しいと思っていた。

「あ、あのときは……」

 リザはカッと赤面して、ぼそぼそ聞き取りにくい声で言い訳らしいことを口にしている。以前はもっと鈍感で幼い印象でいたが、意味を察することができるあたり、成長しているとエリーゼは感じた。

 問題があるとすれば、あの優男か――という確信とともに。もともと、どちらかというとリザ寄りのエリーゼからすれば、半ば決めつけに近しい。

「一緒にいないってことは、今日もはぐらかされたの?」

 リザは首を横に振って言った。

「ううん。今朝アズの部屋に行ってみたんだけれど、留守だったの」

「朝っぱらからお出かけ、ね。今のところ各地の事件が小康状態だから、組員の大半は休暇にしてはいるけど。まったく、どこをほっつき歩いているのかしらね」

 ちょうど、冷ややかにエリーゼが言い放ったところだった。

「あっ」ロウェルが窓の外を見て呆然となった。

 エリーゼとリザがやや遅れて見遣ると、アズランドが店先を通り過ぎていくのが見えた。

 エリーゼは即座に席を立ち、カウンター上に全員分の食事代を置くなり、

「追うわよっ」

 〈格安料理トラヴァー〉の扉を開いて通りに出る。

「う、うん」いそいそとリザがつづく。

「俺はあまり気乗りしないけどなぁ」しぶしぶ加わるロウェル。

 

 

 一行がアズランドの背中を見失わないギリギリの距離を維持し、尾行を始めて十分足らずといったところだろうか。

 アズランドは東側(イーストサイド)の裏通りをしばらく歩み、とある門をくぐり抜けた。

 三人が立ち並んで、看板を見上げる。

「〈ザンド流〉? 武術かなにか?」

 エリーゼが読み上げると、ロウェルが手をぽん! と叩いた。

「ああ、ここアレだ。俺はそっちのことはよくわかんないけどさ。剣術やりてー奴が出入りしてるとこだ」

「剣術……」

 リザはそっと胸を撫でおろしていた。エリーゼは疑念を捨てきれず、

「まだ、わからないわよ」

 なかに入っていった。やむなくロウェルとリザもつづいた。

 壁伝いに歩いていると、ガラス張りになっている場所にエリーゼたちは気づく。三人が覗き込んでみると広々とした内部の様子が丸見えで、数人の剣士が立ち話していた。

 奥のほうで、アズランドと甲冑(プレートメイル)を纏う剣士が話し込んでいるのがわかった。二人は話が終えると、広間の中央へ、互いに数歩ほど離れて立った。

 審判役を務める剣士が合図するや、激しい剣戟(けんげき)が繰り広げられる。アズランドも甲冑の剣士もどちらも譲らない。普段の戦いぶりを知るロウェルは、感嘆混じりに口を開いた。

「へぇ。アズさん、剣一本でもすげえんだなぁ」

 アズランドは片手剣(ショートソード)のみしか使っていなかった。拳銃も魔術も使う気はないのだろう。

「剣術の稽古ってこと?」

 拍子抜けしたようにエリーゼがつぶやいた直後、アズランドは果敢とも無謀ともとれぬ、足技を繰り出し、避け損なった甲冑の剣士をよろけさせた。体勢を崩した隙を逃さず、アズランドは蒼い剣身(けんしん)を相手の眼前に突きつけた。

 甲冑の剣士は苦笑し、降参だというふうに肩をすくめている。

「アズ、すごいっ」

 リザは音を立てないように拍手して感激している。悩みはどこへやらである。

 

 

 甲冑の剣士としばし談笑して、アズランドが立ち去ったあとも、三人は尾行を続行した。エリーゼによる強行的なものであったが、リザはリザで、まだ不安がっているのも事実だ。

「アズさんの用事なら、もうわかったじゃんか」

 ロウェルのやる気のない声に、エリーゼは断固として応えた。

「用事がすんだなら、リザに会いにいくのが自然でしょう? けど、ここはどこ?」

「……西側(ウエストサイド)

「まだ油断はできないでしょ?」

「そうかもしんないけど――」

 と、ロウェルが言いかけ、リザがうつむきそうになったとき、アズランドがどこかの店に入った。

 ほら、と言いたげな顔で、エリーゼは駆けだした。

 三人は、そこそこ離れたところに停車している荷馬車の物陰から、遠目に店の様子を窺う。看板を見るまでもなく、一目でそこが花屋であるとわかった。

 店員と仲睦(なかむつ)まじげに話すアズランドを目にして、リザが顔を真っ青にしている。エリーゼは注意深く見守った。

「あの女性が目当て? あっ、花束を買って……」

 花屋をあとにするアズランドを、エリーゼとリザは足並みを揃えて追いかける。遅れて走るロウェルの口から、ぼやきがついて出た。

「なあ、アズさん花を買っただけじゃんか」

 エリーゼとリザのどきつい抗議が重なって響いた。

「だから問題なんでしょっ」

「だから気になっちゃうのっ」

 

 

 花束を抱えたアズランドは、若い女性たちに囲まれたが、最低限のやり取りを交わし、にべもなくかいくぐって、急ぎ足になる。

 エリーゼとしては、やや意外だったが――なにをそんなに急いでいるのかとも思った。たしかに、まもなく夕暮れ時ではあるとはいえ。

 次にアズランドが入店したのは、オルゴールを取り扱っている古風な外観の店だ。エリーゼたちが手頃な隠れ場所を探している合間に、アズランドはすぐに店から出てきて、あやうく鉢合わせるところだった。

「オルゴール。……贈り物としては、妥当なのよね。あの優男のセンスっぽいし」

「アズ……」

 訝しげなエリーゼの物言いに、リザは沈鬱(ちんうつ)な表情でつぶやいた。そこで、ロウェルが思い当たる節がある様子で言った。

「ん? なあ、アズさんが行く先にあるのって……」

 

 

 西側(ウエストサイド)の一画に広がる霊園は、夕方に王都の中心あたりから眺め遣ると、墓標群が(きら)めいて見える。

 急斜面の丘ゆえ、(そり)で滑って遊ぼうとする子供が後を絶たず、大人が厳しく(しか)るのが通例と化していた。

 幸い、子供の姿はなく――アズランドは丘を登る(かたわ)ら、丘の頂上に佇む魔導士協会の七つの塔に目を向けていた。やがて、丘のなかほどの墓標の前で立ち止まった。

「一年は早いものだね、ミリア」

 墓前でアズランドは微笑した。すでに供えてあった花束を一瞥し、

「あの人とはもう、()ったんだ」

 微苦笑に変じた顔で、アズランドも花束を供えた。拍子に一枚だけ花びらが宙を舞った。

 そして、座り込み、オルゴールのゼンマイを巻いていった。そっと墓標の脇に置いた瞬間、のどかな――どこか儚くもある音調が鳴り始める。

「誕生日おめでとう、ミリア。今年はちょっと、いろいろあってね。この数年間もそうだったけど……」

 アズランドは思い出した、という感じにクスッと笑うと、屈託のない調子で話していった。

「……報告することがあるんだ。実は、その――恋人ができたんだけどさ。それがふつうの女の子じゃなくって、話せば長いんだけどね」

 

 

 そっと墓前で語りかけるアズランドを見守っていた三人は、途中でいたたまれなくなって、静かに西側(ウエストサイド)の丘を下り、〈格安料理トラヴァー〉へと向かっていた。

「なーんで黙りこくってんだよ」

 頭の後ろで両腕を組みながら、ロウェルがおもむろに喋った。

「そんなこと言ったって……リザが思い詰めてたし。アズランドの行動も怪しかったのはたしかだったから」

 エリーゼは焼け石に水になるのは必至だと痛感しながらも、抵抗の言葉を並べ立てた。

「ごめんなさい」

 リザに至っては、顔にまるで反省と書いてあるような落ち込みっぷりで、自責の念に心を痛めている様子である。

「もっとアズさんのこと、信用しろよ。とくにエリーゼ」

「し、信じてるわよ。それでも、万が一がないようにこの目で確認――」

 うっ、となったエリーゼが語気荒く反論する最中に、

「おや? どうしたんだい? みんなして」

 割って入ってきた声にエリーゼの心臓がドクンと跳ねた。

「ア、アズ……!」

 硬直して立ち尽くすエリーゼをリザが横切った。ぺこりと頭を下げる。

「ごめんなさい。本当にアタシってば、ダメなの」

 アズランドは困惑を顔に浮かべている。肩をすくめると、こう告げた。

「なにがなんだかさっぱりだけど……それは夕飯でも食べながらじゃいけないかな? いつもの店の目の前だし、みんなもそうするつもりだったんだろう?」

「え、ええ。そうね。話のつづきはそこでしましょう。ね、ほら、リザもロウェルも行くわよ」

 エリーゼはロウェルとリザの手を取り、慌てて〈格安料理トラヴァー〉へ入った。

「やれやれ。尾行するなら、バレないようにしてくれたほうが、俺も気が楽なんだけど……」

 苦笑して頭を抱え、アズランドは深々とため息をついた。

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