ゼーレンヴァイス   作:朽木 堕葉

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サムタイム・サムホエアⅡ

『生き地獄ですわ……』

 カトレアはげんなりとぼやいた。といって、それが実際の声となることはなかった。その気になれば可能と思っているものの、まだそのときではない。

 アズランドの右手の甲に宿ってから、虎視眈々(こしたんたん)と機を待っているのだ。再びアズランドを手中にすることを。……手中にあるのは自分自身であるのは、強いて意識から外しておく。

 カトレア自身にも、よもや“花の祝福”に身を宿すなんて予期していなかったが――本来はカトレアが与えたものであるのだから、帰着するのは自然と呼べるのかもしれない。

 それにしても、苦痛に過ぎますわ――カトレアは再度、声もなく喚いた。

 “花の祝福”が革のグローブで覆われているのもあって、音しかカトレアには認知できないのである。おまけに、聞こえるのは――

「あっ! アズ! 見て見て、アレ、なんだか変わった噴水だね」

「ああ。あれは、この町の観光名所の一つだよ。大昔に風変わりな建築家がこの町にいたらしくてね。彼がつくる作品は、ユニークなものが多いとは聞いていたけど……なるほどね」

 はしゃぐリザの声と、解説して喉の奥で笑うアズランドの声だった。

『仲がよろしいことですわね……』

 カトレアはふてくされた。生き地獄――と再度、思いながら。その噴水がどんな造形なのか、非常に気になっていたのも相まって、魔力を消費してまで声を出そうかと考え迷うほどに。

 そんなときだった。悲鳴が聞こえた。少年の声だった。

 外の世界――アズランドたちの目には、肩口を押さえて泣いている少年が見えている。

「アズ、あそこっ」

「わかってる!」

 リザが公園の樹林を指差した。

 アズランドもそこに拳銃を両手で構えている。そこには鳥男(バードマン)が、秋色の木の葉を隠れ蓑にして飛行旋回していた。

「それくらいで、狙いにくくなるだなんて……まさか思っちゃいないだろうな」

 アズランドが涼やかに笑いざま、銃口から火が噴いた。

 カトレアはアズランドの台詞に聞き惚れ、同時に銃声に手の甲でびっくりしていた。

 どさっ、と鳥男が樹林のなかに落っこちた。鳥の特徴を併せ持つ頭部に、銃創(じゅうそう)がしかとあった。

「こいつがこの町に潜伏していた最後の鳥男のはずだ」

 断定しつつ拳銃をホルスターに仕舞い、

「アズ! 大変なの。この男の子、傷が深いみたい!」

 リザの悲鳴じみた声にハッと振り返る。すぐさまそちらへ駆け寄り、

「奴の鉤爪(かぎづめ)、か。たしかに傷口が深いな……。リザ、キミは医者を呼んできてくれないか。俺は応急手当をしておくからっ」

 その子の状態を確認して、リザに頼み込んだ。

「う、うん!」リザは頷き立ち上がった。

「大丈夫だから、安心してね。すぐにお医者さん連れてくるから」

 男の子に優しく一声かけてから、駆けだしてゆく。

 やり取りを聞いて、状況把握はカトレアにも可能だった。

『……良い()なのは、間違いないのですけれど」

 カトレアは複雑な心境に、幾ばくかの敗北感を溶かし込み憂いた。

 

 

『やっぱり、生き地獄ですわ……』

 カトレアは嘆いた。もはや口癖となってしまっている。

 夜な夜なアズランドとリザの愛の囁き(・・・・)を聞いているのだ。いい加減、強硬手段もやむなしという気持ちである。

 が、実行を企てる前にこんな会話を耳にした。

「ねえ、アズ。あれから右手はなんともない?」

「ん? ああ、とくになんとも……」

 アズランドは確認するため、右手の革手袋を取り外す。カトレアの視界に、二人の顔が映る。安宿の一室を背景に。

「そっか。それなら、いいの」

 リザは微笑みながら、アズランドの右手の甲を――“花の祝福”を撫でた。アズランドが少し、くすぐったそうに笑んで訊く。

「どうしたんだい? 今になって、また」

「だって、アズとこうしていられるのも、フルール――じゃなくって、カトレアのおかげでしょう?」

「……そうだね。結果的には、彼女のおかげになるかな」

「アタシも最初はやきもちを焼いちゃったけど……今は感謝しているの。でないとアタシ、あんなにも、正直な想いになれなかったと思うから」

「そう、だね。それは俺も同感だよ」

 アズランドとリザは目配せして苦笑し合った。そしてまた、右手の甲に目を向け、

「綺麗な白いお花……」

「ああ。寝る前なら、毎日でも見ていいなって思うよ」

 カトレアは二人の微笑をまざまざと見せつけられた。

 なんだか、肩透かしをくらった感じだった。カトレアはしおれた花のような笑顔で、独りごちる。

『……今しばらくは、おとなしくして差し上げますわ』

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