『生き地獄ですわ……』
カトレアはげんなりとぼやいた。といって、それが実際の声となることはなかった。その気になれば可能と思っているものの、まだそのときではない。
アズランドの右手の甲に宿ってから、
カトレア自身にも、よもや“花の祝福”に身を宿すなんて予期していなかったが――本来はカトレアが与えたものであるのだから、帰着するのは自然と呼べるのかもしれない。
それにしても、苦痛に過ぎますわ――カトレアは再度、声もなく喚いた。
“花の祝福”が革のグローブで覆われているのもあって、音しかカトレアには認知できないのである。おまけに、聞こえるのは――
「あっ! アズ! 見て見て、アレ、なんだか変わった噴水だね」
「ああ。あれは、この町の観光名所の一つだよ。大昔に風変わりな建築家がこの町にいたらしくてね。彼がつくる作品は、ユニークなものが多いとは聞いていたけど……なるほどね」
はしゃぐリザの声と、解説して喉の奥で笑うアズランドの声だった。
『仲がよろしいことですわね……』
カトレアはふてくされた。生き地獄――と再度、思いながら。その噴水がどんな造形なのか、非常に気になっていたのも相まって、魔力を消費してまで声を出そうかと考え迷うほどに。
そんなときだった。悲鳴が聞こえた。少年の声だった。
外の世界――アズランドたちの目には、肩口を押さえて泣いている少年が見えている。
「アズ、あそこっ」
「わかってる!」
リザが公園の樹林を指差した。
アズランドもそこに拳銃を両手で構えている。そこには
「それくらいで、狙いにくくなるだなんて……まさか思っちゃいないだろうな」
アズランドが涼やかに笑いざま、銃口から火が噴いた。
カトレアはアズランドの台詞に聞き惚れ、同時に銃声に手の甲でびっくりしていた。
どさっ、と鳥男が樹林のなかに落っこちた。鳥の特徴を併せ持つ頭部に、
「こいつがこの町に潜伏していた最後の鳥男のはずだ」
断定しつつ拳銃をホルスターに仕舞い、
「アズ! 大変なの。この男の子、傷が深いみたい!」
リザの悲鳴じみた声にハッと振り返る。すぐさまそちらへ駆け寄り、
「奴の
その子の状態を確認して、リザに頼み込んだ。
「う、うん!」リザは頷き立ち上がった。
「大丈夫だから、安心してね。すぐにお医者さん連れてくるから」
男の子に優しく一声かけてから、駆けだしてゆく。
やり取りを聞いて、状況把握はカトレアにも可能だった。
『……良い
カトレアは複雑な心境に、幾ばくかの敗北感を溶かし込み憂いた。
『やっぱり、生き地獄ですわ……』
カトレアは嘆いた。もはや口癖となってしまっている。
夜な夜なアズランドとリザの
が、実行を企てる前にこんな会話を耳にした。
「ねえ、アズ。あれから右手はなんともない?」
「ん? ああ、とくになんとも……」
アズランドは確認するため、右手の革手袋を取り外す。カトレアの視界に、二人の顔が映る。安宿の一室を背景に。
「そっか。それなら、いいの」
リザは微笑みながら、アズランドの右手の甲を――“花の祝福”を撫でた。アズランドが少し、くすぐったそうに笑んで訊く。
「どうしたんだい? 今になって、また」
「だって、アズとこうしていられるのも、フルール――じゃなくって、カトレアのおかげでしょう?」
「……そうだね。結果的には、彼女のおかげになるかな」
「アタシも最初はやきもちを焼いちゃったけど……今は感謝しているの。でないとアタシ、あんなにも、正直な想いになれなかったと思うから」
「そう、だね。それは俺も同感だよ」
アズランドとリザは目配せして苦笑し合った。そしてまた、右手の甲に目を向け、
「綺麗な白いお花……」
「ああ。寝る前なら、毎日でも見ていいなって思うよ」
カトレアは二人の微笑をまざまざと見せつけられた。
なんだか、肩透かしをくらった感じだった。カトレアはしおれた花のような笑顔で、独りごちる。
『……今しばらくは、おとなしくして差し上げますわ』