私は私達を殺した人間に対し、特段殺意や恨みなど負の感情を抱いていない。何故ならそれは自然の摂理かつ弱い私たちが悪いだけの話だからだ。クトゥルフの打倒を念願にしている私達に己の弱さの原因を相手に転嫁している暇はないのだ。
しかし、こうして対面してみれば様々な感情が気泡のように沸いていく。無論良いものではない。
(私を殺しに来たのか?)
無意識に拳を開き爪を見えないよう後ろ手に構える。皮膚は柔らかけど私の爪は骨と同様鋼鉄の如き硬さを持つ。隙を見せれば一撃で首を絶てるだろう。
一触即発。しかし人間は私に何も言わず水色の鏡をおもむろに手に取りそれを構える。すると光の粒に包まれどこかへ消えていってしまった。
「…人間はそんなこともできるのか」
私は人間を見下している。というより脅威に思っていないと言った方がいいか。今は見る影もないがやはり人間は一度地球を統べていた存在だ。優秀さを再確認するとともに何故剣を抜かなかったのか少し疑問が残る。
あの人間の目的は再び栄光を取り戻すことだろう。クトゥルフによって破壊されつくされた人間の文明は再構不可能なほどに後退した。故に文明の利器に預かれない人間など生体ピラミッドの中で下の下。そう考えていたが故に私は見下していたがそんな私が同じ人間になってしまうとはな。下に見ていた人間相手に敗走した時点でプライドなど捨てたとばかりに思い込んでいたがやはりまだどこか捨てきれていなかったのだろう。私は改めて人間の強さの一端に触れ驚きを隠せずにいた。
「人間になってしまった。そう悲観していたが私はまだ強くなれるのか」
プライドを捨てろ。私は全てを喰らうと言ったはずだ。見下していた人間の業をも喰らって己の糧とするのだ。
それはそうと。
人間は消えていったが人間が掘り起こした穴は消えずに残り続けている。やもすれば私も地上に出れるのではないだろうか。
「やっ、ふっ、うりゃ」
最低限、頭から天井まで1頭身程しかない切り開かれたトンネルを慣れない視界で進んでいく。
ワームだった私達の瞳は元々暗視に強かったが、人間は地上生物なので暗さに弱いようだ。所々松明が置かれある程度の明るさは確保されているようだが酸素濃度は大丈夫なのだろうか。
「痛い…」
足元の石に躓きこてんと転ぶ。人間の体はキモイ事に二足歩行というやばい歩行方法をしている。元多足生物だった私には歩くことすら厳しいのが現状だ。だんだん慣れ始めているとはいえ意識して手足を動かさないとべちゃっと地面とキスしてしまう。
そうやって探り探り進んでいくとある一本の縦穴につながる。下に延々につながったそれは本来早く地下へ行くための手段なのだろう。ならば上へ行く方法はないかとも思えたが一本のロープが上から伸びていた。
「こんな体で登れるのか…?」
しかしやらねば日の光は見えないだろう。不浄の怪物と呼ばれた私にも平等に陽は照らすのだろうか。ロープを力を籠め掴んだ。
なんどもずり落ちつつ必死に塩水を体から分泌しながら上を目指す。途中何度か休憩入れつつも確実に私は自身の高度を上げていた。
ずり落ちることはあれど原因は握力や腕力の不足ではない。むしろロープに跡が残る程度にはこの体は思ったより力があるらしい。落ちてしまう原因はまだこの体に慣れていないというのが多い。足の本数なんて90%以上カットされている始末だ。こんな体でどうやってあの人間はあんなにも俊敏に動けていたのだろうか。見習いたいところだ。
何度も上を目指して挑戦し、一歩進んで二歩下がっていたが一歩進んで一歩下がるようになり、二歩三歩と進めるようになる。
手のひらは豆だらけ。体中はべたべたして気持ちが悪いしなんども挫けそうになる。
光に手を伸ばしガっと付いた手はロープから土に変わる。
しかし私はついに頂に手をついたのだ。二度と拝めないと覚悟していた私の目に光が灯っていた。
割とやる気はある