幻想怪奇小説 シリーズ   作:庭鳥

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幻想怪奇小説 『夜の学校』

 二年二組で自分が眠っていたことに気づいたときには、既に窓から見える外は暗かった。しまった。こんな時間まで眠ってしまうなんて。社会的な恐怖、いやそれ以上に働きかける……何的な恐怖なのだ? ホラーチックな恐怖が……ヒヒヒ、ホラーチックな恐怖? フヒヒヒッヒヒヒ!

 

 ……ともかく僕は歩き出さなくてはならなかった。外に奴がいることは自明の理なのだから。恐ろしい怪物である彼女のことは、当然皆さんもこの学校の生徒ならばお知りのはずだ。見たことがないというのなら、君はきっと幸せなのだ。無知ゆえの幸せ──知っているものからは蔑まれ続けるという不幸に目をつぶればだが、フヒ──を享受するもの以外は勿論知っているはずだ。

 

 そろそろと扉を開けると、左前方の窓だ。真ん中に中庭のある校舎なので、四角いドーナツ型をしているのだ(ドーナツは四角いものもあるだろう?)。そこにあの顔面だけの巨大な女が走っている……移動している……走っているでいいだろう、顔だけで足はないようだけれど……。奴が僕の方に走ってきているのを見つけた。

 

 逃げなければ、逃げなければ……。左奥の廊下に奴の姿が見える。ならば逃げるのは右である。あるいは貴方なら左に逃げてみて、奴に触れてみるのもいいかもしれない。僕は恐ろしくてそうしなかったけれどモ……。

 

 追いかけられる、追いかけられる。つかず離れず、僕の速度を継承しながら奴は追いかけてくるのだ。ああ、どうしよう、どうしよう……と。くたびれてまいりましたので、そろそろ隠れる場所が必要なのである。僕の隠れ場所といえば、大抵押し入れの中であったことは説明の必要がないだろう。無理やり入れられた場所を、いつの間にか気に入ってしまうというのは……心理学用語でええと……ストックホルム症候群とか言ったはずだ。だが押し入れはないのだ、布団もないので、お化けの入れない場所がない。しょうがないので僕は一年一組に逃げ込んだ。一組は僕のクラスだ。そこに入ればぐぐと体が一年生として縮んて行く。だって僕は中学一年生なのだから、大きい体はおかしいのだ。(そういえば高校生の時に見たみっちゃんはずいぶん背が高かった。あの人は結局みっちゃんだったのだろうか。)

 

 逃げ込んだ先には二人の人がいた。みっちゃんだ。彼女はアサガオを育てるのがうまい。僕なんかはすぐに水をあげすぎて腐らせてしまったので、彼女のものを宿題にスケッチしたものだ。

 みつくんとファラベちゃんの二人がいたのだ。そう、転校生で仲良しのファラベちゃんは……何を育てるのがうまかったかな? 彼女はどうにも優しそうな顔立ちで、僕にとっての問題は日本語でコミュニケーションが取れないことぐらいだった。彼女とは仲良くなったのに中一の時に転校してしまったんだ。ワンワン泣いてしまったよ。せっかく仲良くなったのに、時間を無駄に使ってしまった。

 

 ここらでチックタックと揺れる柱時計なんかを出してみればいいかもしれない。チックタック、チックタック! 揺れる、ええと鳩……でもない……揺れているのは振り子か……読者は阿呆で間抜けだから、きっと動いていれば柱時計なんかでも、赤子のように笑ってくれるはずだ……。

 でも柱時計は出てこないのだ。許してほしい。すなわち僕の侮辱もなかったのである。どうか許してほしい、というか許しを請う必要はあるのか? だってそれは存在しなかった例え話なのに? ……あまり僕を馬鹿にしないでもらいたい。僕は狂人であるが侮辱を許容する気はない。

 

 はてさて、ええと……みっちゃんが学校に来なくなったのはイジメのせいだ。どうやら僕もいじめっ子の一人?であったらしい。世間的にはそのようになっている。僕は彼と一番の仲良しであったのにである。おかしいじゃないか。

 というのも、やはり世の中に存在するスカート捲りだの、ズボンを下すだののくだらない遊び気分で、陰惨な性欲を覆い隠した悪戯というものはなくなるべきである。僕も随分とやられたものだ。みつくんもその被害者で、ええと確かその日は僕の手が滑って、ええと……そうハハハ、パンツまで脱がせてしまったのだ!! ウハハハハハハ、あれは笑えたはずだ。だってみんな笑っていたじゃないか!! 僕がちっとも面白くなかったのは、多分僕が狂人のせいだろう。

 

 みっちゃんはそれから学校に来なくなった。僕だって、そのくらいやられたことぐらいあるさ。なんで、来てくれないのだろう。しかし、面白くもないのに、悲しくもないのに、みっちゃん。彼は、友達。彼がいなくなったので、学校はもともと死ぬほどつまらなかったのに、さらに冥府の国ほどつまらなくなった。……誰のせい?それは、そう。語る必要があるか?二度とそんなことを聞くな、既に知っている。いくらでも。

 

 今度は僕がみっちゃんを救うのだ!と、そのように使命感にかられたのは当然だろう。僕は本当に、彼を救いたかったのだ。どんな手を使ってでも、僕のただ一人の友達を、僕自身の唯一の命綱を断ち切られるわけにはいかなかったのである。そうだ、彼を失うのは、本当に僕にとって、孤独の入り口であった。すべての孤独は学校から始まる。閉鎖空間のなかで腐敗した秩序が横行し、それに無能な教師どもも迎合する。せざるを得ない。それが小さな社会のゆえんだ。彼らはそうして、勝者と敗者を選別する。敗者は無残に打ち捨てられ、今後の一生誰にも求められない。

 

 ドカンと音がして、扉は吹き飛ばされた。僕はみっちゃんの手を取って駆けだし始めた。冷たい手だ。ずいぶん冷たい。彼の手を握っているのも苦しいほど寒い。だが、だが。救いたかった。僕は彼を……ああ、そうか。救いたかったのである。なんで、僕ではなかったのだろう。連れていかれるべきは価値のない僕であったはずだ。後ろの扉を抜ける二人の映像が見えるはずだ。

 

 階段を駆け下りるときには、ごくりと何かの悪寒を感じたが、しかしみっちゃんといればそれも平気なのだ。彼女がにこりと笑うだけで、僕には無双の勇気が湧いてくるのだ。いなければ何もない。空っぽなのだ。僕には彼が、少なくとも中学の場において、必要であったのだろう。

 

 下駄箱の群れを抜けて、玄関の扉に向かった。外だ、外に逃げれば助かる。解放なのだ。下校した生徒をあの顔面は追いかけてこないはずだ。カラカラとなる扉を急いで押し開けて、みつくんの手を引きながら飛び出した。

 

 

 

 ふと……振り向くと、奴とみっちゃんが一緒にいた。

 

 

 

 奴に、あの顔面に左腕を噛みつかれているのを見た。彼は校舎の中に引きずり戻された。手を伸ばす、扉が閉まる。ガラス越しに見えた彼女の表情が分からない。でもきっと僕を恨んでいたはずだ。僕なら助けてほしいと思うはずだ。そしてどうにもならないことすら知ってるのに、怨嗟の言葉を吐き散らかすはずだ。なんで彼はなんにも言ってくれなかったのだろう。

 

 

 外は寒い、閉じた扉、ガラスの奥。顔面がどこかに悠々と歩き去っていく(たしかあっちは職員トイレの方角だ)。きっとみっちゃんは駄目だろう。彼が学校に来れなくなって、どうして僕は行けていたのだろう。彼女ではなく、僕が残るべきだったのではなかろうか。戻ろうとした。扉は開かない。夜の学校は閉じられるものだからだ。

 

 

 

* * * * * * *

 

 

 

 懐かしい夢を見た。みっちゃん、みっちゃん……はて、あんなに仲良しだった子の性別すら忘れてしまった。はたしてあの人はどちらだったのだろう。生きてるのだろうか、死んでるのだろうか。マトモデショウカ、僕と一緒でしょうか。一緒なら、今からでも友人としてやり直せるかもしれない。

 ……無理だ。なによりも最低な僕がそうしたくはない。……誰のせい? それは、お前の、せいではないか。

 

 

 

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