幻想怪奇小説 シリーズ   作:庭鳥

4 / 4

*最終話です。ここまでお付き合いくださり、諸君、アリガトウゴザイマシタ!無論、最終話と申しましても、夢幻の住人たる読者の方々とはいつでも会えることでしょう。

作者、河村録六より。


夢現怪奇小説 『浸食』

 

「エスカレーターが欲しいなぁ。」

 

 と思い始めたのだ。階段は嫌いだ。エレベーターはもっと嫌いだ。だが、はてさて、エレベーターとはどこに売っているのだろう。容易に買えるものでもないものだが……。

 

「あっ。」

 

 一つ思い当たる節があった。ならばそこに向かって歩いて行こう。車というやつは、僕には運転できないらしい。適格でないとかなんとか……まあ金もないからどうでもいい。僕の住んでいる家というのは、安アパートであるのだが、エレベーターがないのはいいが、階段なのだ。つまりエスカレーターが欲しいのである。エレベータでもなく、階段でもなければつまりはいいのだが……梯子では転びそうだし、ロープもうっかりすれば巻き殺されてしまいそうだ。エスカレーターがいいだろう……。

 

 

 寒々とした道を歩きながらいく。古臭い街、寒い季節、寂しい人々の群れ。黄昏たような気持ちになり、歩道橋の上でしばし煙草を吸うことにした。ちょっぴりだけ、将来を悲観したのだ。

 このまま僕のいく道はどこへ行くというのだろう。狂って、治って、そして? どうなる? その療養の先になにがあるのだろうか。幸福は、もたらされるのだろうか。それを勝ち取る気力はもう既に僕にない、出がらしなのだ。転がり込んできてくれるのだろうか。しかしエスカレーターなのだ。それが買えれば、当面は大丈夫なのだ。

 

 ……と。おかしいことに気づいた。あたりがいやに暗いのである。はて、はて? 今は昼であったはずだ。うとうとでもしすぎたか、と手元の煙草を見たがまだ煙がくゆっている。それほど時間もたっていないようであった。……ううん? これは一体? 煙草を踏み消しながら周囲を見渡す……。すると、である。

 

 

 歩道橋で視界がよくて助かったのである。遠く、路地の隙間から巨大な"顔面"が見えたのである。ぎょっとした。ここは現実であるはずだ。頬をつねってみた。……あれ、痛くない。てっきり現実だと思って生きていたのは夢の方であった。びっくりした。

 気づいてみれば、いつの間にか周囲に人がいなかった……。なんだ、僕は、どうも、現実のつもりで夢を過ごしていた。時々あるのだ、そうであるならば、気を抜いてもいいだろう。夢の中ならば、つまりあの怪物に捕まらなければいいのである。

 

 

 ともかく、現在地は歩道橋……高台にいるのはよかった。夢を覚ますのに、これほど都合のいい場所もない。

 

「よっ……と!」

 

 僕は勢いをつけて、手すりを飛び越えた。そのまま道路に身をかがめて叩きつける映像を見る。こうして吃驚仰天、目は覚める……が。

 

「うえっ!?」

 

 カエルのつぶれるような声と音が出た。僕は道路の上で跳ね起き、目を覚ました。痛い、足から血がにじんでいるのが分かる。……痛い? 夢の中で? おかしい、これはどうにもおかしいことだ……。頬をつねってみる。今度は痛い。おかしい、オカシイ……。夢の中で、現実と区別のつかないことはある。しかし現実で夢と区別がつかないことなどあろうか?

 

 そろそろと後ろを向くと、怪物が歩道を律儀に走りながら迫ってくるのが見えた。どっちだろう、はわからない。しかし追われているのは確実なようである……。はじめて僕は、真の恐怖に駆られたように逃げ始めた。……走って逃げ始めた、のである。オカシイ、どうにもオカシイ……夢の中だったら走れないはずだ。走れるなら、ここは現実? いつの間にかその二者の区別がつかなくなり始めていた……。いや、いや、どうやら現実のようだ。

 つまりは、あの恐怖は夢の外にまで出張してきたのだ。なんとまあ、健気なことか。しかし一向考えてみれば、あの人たちは僕に指一本触れられないのだ。今まで逃げてきたのと同じだ。

 

 

 怪物の足は遅い、走れる分現実で夢を見る方がいいかもしれないのだ。だいたい、夢と現実の区別なんぞそんなにあるものでしょうか。貴方は蕩ける脳みその夢の中で、想像力だけの現実を生きているかもしれないというのにです。ケーブルの繋がった、水槽の脳みその中で揺れる、揺れる……。それがちょっとばかし怪奇色に染まったぐらいで、そんなに大騒ぎすることでもないのです……。

 現実が夢になって、何が困るというのでしょう。現実だって考えてみれば夢みたいなものじゃないですか。嫌になる、嫌になる、嫌になる。この世が嫌にならない人がいるというのなら、それは、君は楽しい夢のなかで暮らしてるだけじゃないですか? だってそうでしょう。現実が辛く苦しいんだから、楽しいのは夢のはずだ。無論、辛いばかりの悪夢もありますが。

 

 

 そして僕は怪物を容易に振り払って、目的地たるデパートにたどり着きました。ここであればエスカレーターを買えるかと思っていたのですが……いやいや店員が一人もいないんでは買いようもありませんな。千円札を差し出してみましたが、無情にも彼は飲み込んだだけでそれを吐き出してもくれないのです……。返してくれよ、僕の全財産なんだが……。まあいいや、この夢現の世界で、金など使いようもありませんから。ですのでェ、ああ、あとは終わりの話です。

 

 

 

 ……夢が現実になった。現実に見えるようになった。これだけです。僕のお話はこれだけです。オチを求められましても……底にいれば落ちることもできません。なんてね、面白くない、面白くない……。

 

 

 ああ?ふと見れば、目の前にあるのは殺人エレベーターではありませんか。デパートでうろついていたはずが、こんな場所にもあるのですねェ。……となれば今日の舞台はここということですか。つまりはあの顔面たちが僕を追い回すのも自明、ソロソロお暇せねばなりません。……これが僕のまるっきり幻覚だとして、あの人たちにつかまればどうなるかわからない。逃げるしかないというのは賢明なる読者諸君にはもちろん理解してもらえるはずです。

 

 

 まあそんなに心配もせずに、僕のことも、貴方のことも。もしかしたらあなたもこっちの世界に来るかもしれませんが、こっちはこっちで楽しいものなのですよ。

 

 

 

 グラットン、グラットン、わけなく果てよ、アラベスク……。

 

 

 それではまた、お会いしましょう。乗りたくもないエレベーターが参りましたので失礼いたします。グラットン、グラットン、わけなく果てよ……アラベスク。

 

 

 

 

 

 ウウウウウウウウウウアアアアアアアアアアアアアハハハハハハハハハハハッ!

 

 

 

(ここのところできっと君はエレベータの落ちる音でも聞くことでしょう……。)

 

 

 ガッシャァァァァーーーーーーーーンーーーンン…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おや? どうしてまだ読み続けておられるのですか? もしかして、まだ夢からおさめではない? ハハハ……それはそりゃあ……。

 

ふうん、そうでございますか。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。