スランプ解消運動のため投稿。
或る平行世界に於いて、剪定事象に触れぬ正史となる世。
其処は日本史に冠たる英雄、源氏の源頼光や源義経、魔王織田信長が女人であり。怪異が実在し酒呑童子が女で、源為朝が対軍戦闘もののふユニットである世界であった。
別段珍しくもない。騎士王アーサー、暴君ネロ、海賊ドレイク、戦士王アッティラなどが女性であることも多々あるのだ。織田信長が女である程度、極々ありふれた歴史の一つに過ぎない。
しかし。無限に等しい平行世界の中で、一粒の特異な差異が此の世にある。
海の彼方から漂着した神々の器の一部、それを流用し誕生したのが平安の源氏が誇る決戦兵器、摂津式大具足だ。しかし其れとは別にもう一つ、この平行世界では神々の器の一部が漂着していた。
これを入手したるは源氏ではなく平氏、独自に解析し改造を施した器の名は
詳細なる正体は、嘗て白き巨神の力を弱めんとするも一切役に立たぬまま蹴散らされ霧散した、病を束ねる寄生型諜報機械だった。
桓武平氏が擁した技術者集団が、これを如何なるコンセプトで運用しようとしたかは定かでない。しかし桓武式大忍は完成を見る前に、時の権力者に危険視され封印処置を施されてしまった。破棄されなかったのは、あるいはいずれ有効に扱える時が来るやもと皮算用を立てたからか。
ともあれ幸か不幸か、結果として後世に残された桓武式大忍は、永き時の果てに封印が風化し、解き放たれるまで表舞台に現れることはなかった。
『使命を果たせ』
桓武式大忍の頭脳体は、直径にして三ミリほどしかない、ミミズのような虫の姿だ。
其れが与えられていたオーダーは、人の世の守護である。人の世を害する人外に寄生し、人外の力で人外を排することこそが使命。第一優先寄生対象は、神。次いで龍、次に鬼、その次に妖。あまりに長すぎる時の流れの果てで、埋め込まれたオーダーすらも曖昧になった桓武式大忍は、しかし生真面目にも使命を果たさんとしていた。
だが、本質が生真面目であっても、其れはとうの昔に壊れていたのだろう。壊れている上に、そもそも完成すらしていなかった。故に――桓武式大忍は、
人間以上の力があり、驚異的な潜在能力があると測定したが為に、即座に寄生すべしと判じた人外の子供らしき者が――まさか英雄という名の人類であるなどと、其れは想像もしておらず。しかも人の幼体に寄生した途端、元々の使命と記録が初期化され忘却してしまったのである。
人を超える怪物、鬼種や妖に寄生し、人に従う
果たして桓武式大忍の軌跡が、悲劇から始まるのは自明であったろう。
「化け物、化け物め!」
己を産み落とした者に、細長い棒で打擲されている。
忌まわしい、おぞましい、おそろしい、けがらわしい。呪詛を吐き、皮膚に刷り込むように繰り返し唱えられる厭悪の情。なにゆえに己は打ち据えられるのか。なにゆえに呪われるのか。
「オマエが! オマエがぁ!」
言動は支離滅裂。記憶は朧気だが、以前までは蝶よ花よと愛でられていた気がする。
大事なやや子、かわいい我が子。元気に、無事に育ってほしいと祈られ、見守られ、愛されていたはずである。であるのになぜ、殺そうとしているのだ。
愛情とは与えることを苦に思わない感情を指す。ならば己の命を奪わんとするこの行為、暴力に愛などあるはずもない。己を製造した母体は、なにゆえに愛を反転させてしまったのか。
「返せ! 返せェ!」
何を返せというのだ。己は何も奪っていない、貰っていない。与えられていた愛は、製造者によって現在進行形で取り立てられて、却って奪われている。
幼き身には耐え難い暴力。己は純粋に疑問を覚え、問いと要求を発した。
「御母堂、貴殿は我の製造者であるはず。人は己の子を慈しみ、育むものであろう。
であるのに貴殿は如何なる仕儀で我を破壊せんと欲す?
そも我は貴殿から何も奪ってはおらぬ、返すものなど我にはない。
要求する。ただちに攻撃を停止せよ。我に活動継続の意欲有り、機能停止を受け入れぬ」
「黙れ! 喋るな! わらわのやや子の声で喋るなバケモノぉ!」
ますます激高し、己への責めを強める御母堂。
理解に苦しむ。
人とは対話により理解を深め、相互の保全と活動圏の発展に努めるものではないのか。
やむなし。我は防御の為に蹲り、背を丸めたまま通達した。
「
以後攻撃を加えられた場合、交渉の余地はなしと見做す」
「うるさい! うるさいうるさいうるさぁい!
鬼気迫るとはこういうものか。御母堂は鬼子母神も斯くやといった調子で、何かを取り戻そうとでもしているように、必死に外敵と戦っているかのような敵意を燃やしている。
我は理解不能な敵意に諦念を懐く。こちらの要求に、御母堂は明確な答えを行動で示した。ならばこちらもまた行動で示す他にない。攻撃をやめないならば、この製造者は排除すべき敵だ。
「諒解した。誠に遺憾ながら専守防衛を打ち切り、反撃に出るものとする」
「ぷ゜゜ぱっ」
逆撃は速やかに。
短い両手脚で床を押し、反動で跳ね上がった幼体の背で御母堂の懐に飛び込む。棒を振り上げていた御母堂は、胸部を我の体当たりで強打され、わずかに動作を停止した。その隙に片手で御母堂の襟首を掴み、軽い幼体を駆使して御母堂の背中に移動すると、振り上げた肘を御母堂の脳天に振り下ろした。
敵は奇妙な断末魔を残し、頭部を爆砕し命を終える。愚かな結末だ。力と命を失い遺体が倒れ、脳漿をぶちまけた御母堂から離れ、我は全身に浴びた返り血を気にせず分析する。
「なんと脆い躯体であるか。打った肘、関節部が破損している。速やかな修復に努めねば」
敵を排除するために放った攻撃で、我は自傷してしまっていた。
武装の必要性を認める。人の体は脆いということを学習したのだ。他者を攻撃する場合、肉体よりも武装を駆使した方が効率的である。
「――何事だ!」
どたどたと、今更のように駆けつけてくる幾つもの生体反応。
製造者の片割れか、その家臣の気配だろう。さて、この状況をどう説明したものか。御母堂が乱心し、我を殺傷せんとしたと、ありのままを伝える他にないのだろうが……む?
「これは……なんだ?」
両眼から溢れる水分を検出し、我は困惑して呟く。視界が滲み、両眼が正常に機能しない。あまつさえ胸の奥から発生する、得体の知れない痛さ。脳から発する奇妙な信号。
辛い、怖い、苦しい、悲しい。強烈な自殺衝動? なぜ?
わからぬ。我はなにゆえに、斯様なバグに苦しんでいるのだ。そも、苦しいとはなんだ。わからぬのにわかる、矛盾したこの感覚はなんだ?
「こ、これは……!?」
「ご無事ですか、若様!」
駆けつけてきた人間の成体達。彼らが我を取り囲むのも認知できぬまま、我は立ち尽くした。
――天文十年(西暦1542年)。剛勇、変異の年――
史書に曰く。彼の者は幼少の砌、乱心した母に害されそうになるも、持ち前の大力により母を返り討ちにした。しかし力余って母を殺めてしまった子を、父である滝川一益は疎み、実子のない前田利久の許へ養子として送り出して実質的に勘当処分に付した。
後に織田家当主に見い出され、重く用いられることとなる彼の者の名は――
前田慶次郎利益。
花に槍にと文武を磨き、魔王信長の覇業を支えた、天下無双の武士である。