花の武者に魔王は蕩け   作:飴玉鉛

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これからの大計を練る前に

 

 

 

 

 

 ざくりと肉厚の炙り肉に短刀を突き刺し、一切れの肉を大きく開けた口に放り込み咀嚼。野性味の有る豪快な振る舞いは、ともすると粗野にも見えよう。

 しかし辺りに充満する肉の薫りは、粗野な振る舞いを『豪放磊落』という語に熟してしまう。嫌味な態度ではなく、いっそ気持ちの良い食べっぷりだ。

 何をしていても絵になり、美の結晶とも喩え得る主君。その横で、いそいそと手頃な厚さにカットした肉を鉄板で焼く小姓。偉丈夫な見た目に反して甲斐甲斐しい奉仕もどこか様になっている。

 

「かぁ――っ! 美味(うま)かっ! 世の中にゃこぎゃん美味かもんがあったんかにゃ!」

 

 鉄板で焼く肉を食み、猿顔の男が喝采を上げる。ごくりと清酒を呷り顔を赤らめ、今までありつけた試しのない美酒と美食で感涙に噎び泣きそうだ。

 そんな木下藤吉郎の反応に、傍らに陣取り酌をする半兵衛――プライベートタイムでは寧々を自称する少女は微笑んで、信長と慶次は華麗にスルーした。

 無礼講の場である。信長と赤母衣衆三人しかいない、信長の本拠と定められた城の最上階層だ。此度は身内に甘い信長が、身内より上位に位置する『顔と言葉が解る者』を招き宴会している。

 空になった信長のお猪口に慶次が酒を注ぐ。訛り全開で吼え猛る藤吉郎は、酔いながらも信長と慶次の距離感が近すぎることに気づいていたが、特に嫉妬することもなく純粋に安堵していた。孤高にして至上の人である殿にも、ああして衒いなく可愛がり心許せるモンがおる。良き哉良き哉、と。

 

 それは人として情深い藤吉郎の本音。見るからに覇者、天下に於いて比類なき最たる人、天下御免の覇王である信長だ。先の戦の最中に悟ったが、主君が他者に関する認知に難儀していたのを察してしまえていた。信長は話が通じぬ他者に苛立ち、やがて諦めた人なのだと気づいてしまったのだ。

 自身が信長に認識されている喜びより、無礼だが若干の憐れみを感じたのは自分だけの秘密であるにしても、慶次がいる限り道を踏み外すことはなさそうである。重畳、重畳。

 

 一方で――単純に計算して驚いてもいた。今食しているのは牛の肉だというが、牛は大事な労働力である。これを潰して食らえる機会は早々無く、仏門の者にしてみれば不浄でしかあるまい。下層階級出身の者なら、そもそも大事な労働力になる牛を食うという選択肢も思い浮かばないだろう。

 牛を食うという発想。実際に食っても困らぬ財力。急速に銭の力を集めている証左であり、信長だけでは実現は不可能に相違ない。信長の意図を正確に汲んで動ける能吏は、短い付き合いだがどこにもいないように見えた。ならば、慶次がその能吏に該当するのかもしれない。

 鬼のような戦闘力と、銭の力を操れる能吏の能力、信長の思考に追随できる知力。兼ね備えているものが多すぎる出鱈目な存在。花も実もある武士とはこういうものかと感嘆した。

 

 肉を食うという一事でそこまで、しかも酔いながら辿り着く藤吉郎の頭脳もまた傑物のもの。しかし傑出した何かしらの能力なき者など皆無の場だ、特に気にされることもなかった。

 

「我の前なのにえらく健啖じゃなぁ。晴れて夫婦(めおと)になりゃ、此奴の腹を満たすだけのモンを作らにゃならんのだ。難儀するぞ、キツネ? それとも厨房係を他所から雇うか? ん?」

 

 信長は無礼講と言われたからと、本当に無礼に振る舞う藤吉郎に呆れていたが、さりとて不愉快さを覚えたわけでもない。珍生物をはじめて目にして若干の微笑ましさを感じるぐらいだ。それはひとえに藤吉郎の底抜けに明るい、裏と表を臨界まで高めた感情表現の巧みさが嫌味を消しているからだろう。

 彼女はサルを気に入っていた。しかしその妻になるという半兵衛を特段好ましく感じているわけではない。だが好ましい人物ではなくとも、せっかく顔が見えて言葉が分かる人間なのだ。らしくもなく歩み寄ろうと信長の方から話を振っていた。可愛い家臣の室になるなら身内同然だ、という距離感のバグが気安さに滲んでいる。

 

「たくさん食べる藤吉郎様も素敵です。極限まで喜びを露わにし、極限まで深めた思考を腹に呑む、まさに天より落ちてきた日輪の人。藤吉郎様のなさる振る舞いは見ていて楽しい、夫の腹を満たす役を他者に譲る気はありません」

 

 気取った様子もなく、自称『寧々』は応じる。信長特有のカリスマ性が全く効かない少女で、人として眼中にない相手ではあるが、立場は理解している。寧々は邪険にするでも、されど媚びるでもない寧々にとって普通の対応をしたが、信長は鼻で笑った。先の戦で見事な策を練り、敵軍を翻弄した天才軍師とは思えぬ見通しの甘さだったからだ。

 

「その細腕でどこまでやれるか見ものじゃな? 料理ってのは存外に重労働でのう。我もちょいとばかり戯れにやってみたが、流石に毎日やるのは御免じゃわ」

「あら、上総介様は手ずからお料理をなさったことがおありなのですね? 立場上実行するのも難しいでしょうに、よく手がけられたものです」

「そこはな、鷹狩りと称し慶次と遠出した時にやってみただけよ。毒味と称して他人が口をつけたもんは食うのも億劫でな、なら温かいのを食えって慶次めが言いよったんじゃ。自分で仕入れたもんを自分で調理して食う、これがなかなか旨くてな……そん時に慶次めが栄養なる概念を教えてくれたんじゃ」

「栄養……? 初耳です、栄養とはいったい……?」

 

 寧々はやっと信長を見た。視線的な意味ではなく、興味関心という意味で。

 同じ女同士である。何か通じるものがあったのかもしれない。

 

「詳しくは知らんが、肉には動物性たんぱく質、とかいうもんがあるらしい。コイツは人にとって必須になる栄養で、幼少期にこれを欠かしたら成長に妨げがあるらしいわ。これを食わんと体と頭は弱くなるんじゃと。ってわけじゃ、其の方も肉を食え、肉を。細い体じゃ子を産むんも難儀するぞ」

「藤吉郎様のお子! な、なるほど……このお肉、あまり口に合いませんでしたが……強い体に仕立てねば、藤吉郎様にお子を差し上げられない可能性があるのですか……?」

「おう、我の慶次めは博識でな? うちの侍女めがよそで胤を貰ったんはええんじゃが――いや良くないから斬ったけど――」

 

 話が弾みを見せる。好感度メーターが見えたなら、グンと跳ね上がる様が目撃できただろう。

 信長の話す内容に目の色を変えた寧々は、あからさまなまでに距離感を縮めていた。

 同類だ、と感じたのかもしれない。同類で、なおかつ好む対象が違うなら、競合することなく意気投合できる。主従には死んでもなりたくないが、女友達としてなら最高だと察知したのだ。

 人としてではなく、主従としてでもなく、女同士としてなら最高の人かもしれない。慶次に対して垣間見える執着心も、女として見たら可愛らしいし。

 などと、自身が奇妙な対象にされているとは流石に察せられぬまま、信長は得意げに会話した。

 

 一方、藤吉郎は信長の性別など眼中にないゆえ、せっかく反目しそうな寧々が信長と親密になりそうな空気が有るのを邪魔する心積にならず、ならば自分は慶次とお近づきになろうと思った。

 特に上から目線で指示するでもなく、なんなら放置気味にされているとはいえ、身分の上では直属の上司なのだ。信長の親衛隊『赤母衣衆』の筆頭である慶次と親密になるのは利が有る。そうでなくとも個人的に慶次へ興味があった藤吉郎は、得意の媚びを売るでもなしに気軽に話しかけた。媚びても無駄な相手であるのは見れば解る故だ。

 

「こりゃ美味いですなぁ、慶次郎殿! 肉を焼く、しかも熱した鉄板で! 食うても嗅いでも不味さを感じんとは、なんぞ秘訣でもあるんですかのう?」

 

 見た目では分からないが慶次郎は11歳の小僧だ。だがそんな小僧如きにと侮り、上司に対するものとして態度を改めるのを屈辱と思う心はない。

 織田家は実力主義なのだ。なら家中でも随一の勲功を誇る神仏の化身に等しい超人を、どうして侮り上に仰ぐのを屈辱だと感じられるというのか。

 慶次郎はちらりと藤吉郎を見る。先の戦でも抜群の働きをして、今後の織田家で築く身分の叩き台にしてのけた男だ。無碍にする理由もなく、彼からすると普通の対応をした。

 

「難解な工夫はしておらぬ。シメた牛の血を抜き、可食部を塩で揉んで味噌に漬け寝かせた。鉄板の熱伝導率は真夏の暑さを知る者には周知の事実。さして上質な肉でなくとも、肉を食らう文化のない者にとっては極上の品になろう。後は『こういうものがある』と知らせた厨房の者に、褒美を餌にし創意工夫を託してやれば勝手によりよきものが出来上がろう」

「ははぁ……これはしたり。人を使う極意を極自然に伝授されたにゃ。なるほどなるほど、やって見せさせてみて褒めてやったんならそりゃ人も動くっちゅうもんだぎゃ。ほんで上がった成果で美味いもんが食える……成果が認められちょったら下んモンも励みになる。流石でござるな」

「……あまり丁寧に接さずともいいぞ、藤吉郎殿」

「はて?」

 

 うんうんと頷いていた藤吉郎に、慶次郎は渋い貌で告げる。

 畏れられ、遠巻きにされる家中の立場だ。こうも臆面もなく褒められてはなんともむず痒い。

 

「我が筆頭を務める赤母衣衆は、いうなれば殿の意を汲む新たな家老の踏み台よ。貴殿はゆくゆくは殿の家老となる身、いずれは上官と部下ではなく同輩となるのだ。卑屈な態度は改めよ」

「俺が……それがしが、家老? ……殿の? この、織田家の?」

「左様。殿は天下を統べ、静謐を齎す。ならば家老の中から大名となる者も出よう。藤吉郎殿、貴殿はやがて大名にもなり得る。大出世だ、相応の振る舞いを今の内に学んでおかれよ」

「大名……それがしが……」

 

 呆気にとられ、藤吉郎は呟く。

 

「は……はは……」

 

 やがて、笑った。燦! と藤吉郎の身が光ったかのような錯覚があった。

 笑いを堪える藤吉郎の腹の底から、滲み出る夢への野心。純粋な輝きに、今は魔の気配はない。

 慶次郎は何気なく言ったが、そんな先の展望を当たり前に言えてしまえるクソ度胸には感嘆する。藤吉郎は強烈な野心の光で頭が真っ白になりかけるも、なんとか思考の糸を手繰り寄せた。

 

「……それは、なんとも、夢のある話だぎゃ。生きてこの乱世を泳ぎ切ろうっちゅう気になる」

「さもあろうよ。殿が()()貴殿ならば、過ぎたる野心に身を焼かれることはあるまいが、誰しもが賢明であるわけでもない。家中より不忠者が出れば誅伐に協力して貰おう」

 

 瞬間――なぜだろうか――藤吉郎は、慶次郎と戦う場を想像していた。

 信長の下知で己に向かう無双の者。立ち向かうのは己。……勝てない。無理だ。百万の精兵と優れた勇将知将、あらゆる武器と策を用いても勝てぬ。

 仮に慶次郎が仰ぐ主無く単独でも、自身の首が刎ねられる光景がありありと脳裏に浮かぶ。絵図も思い浮かばぬ未経験の壁。勝てぬと思ったのは、そんな場面を想像したのは、本人も自覚できないほんの一瞬の白昼夢。藤吉郎は自身があまりにも愚かで忘恩の想像をした自覚もないまま笑った。

 ありえないが、富士の山の頂点に自分が君臨する光景よりも。頂点に立った信長に傅く自分を想像した方が百倍と言わず千倍、万倍も楽しかったからだ。

 

「勿論だぎゃ! なあ……慶次郎殿、今でなくていい、いずれそれがしが立派に殿の御役に立てるようなったらでええ、それがしの……友んなっちゃくれんか?」

「……友?」

「ほうじゃ。なんでかは知らんが……慶次郎殿が友になってくれたんなら、これほど心強いもんはない思うんだにゃ。訳は知らん、知らんが……頼んでええかぎゃ?」

「……まあ、藤吉郎殿と違い、我はどうも人付き合いが上手くない。つまらん男だと思うが、それでいいと申すならば――」

「決まりじゃ! んなら来たる刻、慶次郎殿とはオマエオレで呼び合おうな! そん時ゃ慶次って呼んでええか?」

「構わぬ」

 

 なんでか切実な調子に押され、慶次郎は歯切れ悪くも応じる。

 すると藤吉郎は心底ホッとしたように、童のような笑みを浮かべ喜ぶ。

 

 ――ありえてはならぬ未来。もし何かがあった時、自分を止められる者がいる。これを確信できることの安心感ときたら、日ノ本そのものが背中に張り付いたかのような巨大さである。

 

 しかし、慶次郎が構わずとも別に構う者がいた。

 

「サァルゥ? 貴様、我の慶次になぁに粉掛けとんのじゃ、コラ。一万回死なすぞ?」

「げぇっ、殿!? それがしがなんでそげいに怒られとるんでござるか!?」

 

 にゅっ、と後ろから伸びてきた腕が藤吉郎の首を挟み、締め殺そうとするかのように力を込められた藤吉郎は大いに焦った。

 何が不興を買ってしまったのか必死に考え窮地を脱そうとするも、締め付けられる喉の苦しさで意識が遠のいていく。やばい死ぬと藤吉郎が思ったかは定かではないが、信長は不満を口にした。

 

「慶次を『慶次』って呼んでいいんは我だけじゃぞ? 身の程を知れよサル」

「うわぁ……乙女過ぎません?」

「うぅっさいわキツネッ! ……是非もなし、慶次めに仇名をやるか。なんかええもんある?」

「自分で考えて下さい」

「ねーみんぐせんす悪いって言われたしな……我、名付けに自信なくなってもうたし……どうしよう」

 

 可愛らしい悩み様だったが、藤吉郎は貌を赤黒くさせられ、失神寸前だ。口から泡を吹きそうになりつつあり、流石に見てられなくなった寧々が苦言を呈した。

 

「上総介様。お悩みなら我が夫に訊ねられては? 意見は多くあった方が参考にもなりましょう」

「おお、そうじゃな。サル、言え」

 

 げぇっほ、げほげほ! 解放されたはいいが、藤吉郎は盛大に咳き込む。

 酸素を体が求めていた。必死に呼吸し、藤吉郎は苦しみながら寧々を見て、感謝の意を伝える。

 

「た、助かった……有り難うな、その、寧々……?」

「はい、どういたしまして」

「サル?」

「あっ……あっ」

 

 主に急かされ、藤吉郎は吃る。なんと答えたらいいかなど、さすがの彼も咄嗟には思いつかない。

 事が事だ、先の戦の時より緊張しながら藤吉郎が意見具申すると、信長はそれじゃと膝を叩いた。

 

「それがしに付けたみたいに外見の印象でええんでないか思いまする!」

「で、あるか! ならば――そうじゃな。慶次、これより其の方は『クマ』じゃ!」

 

 慶次郎が藤吉郎を見た。

 藤吉郎は、そっと目を逸らした。

 慶次郎は信長を見た。

 信長は、得意満面だ。

 

 嘆息した慶次郎は、眉を落とした困り顔で応じる。

 

「御意」

 

 

 

 

 

 

 

 

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