花の武者に魔王は蕩け   作:飴玉鉛

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勝ち続けるしか生きる目は無し

 

 

 

 

 

 

「宴も闌、そろそろお開きにして寝るかのう。其の方も一緒に寝るか、クマ」

 

 酒を好まぬ質だからか全くの素面で信長が宣うと、寧々はさっさと帰ろうとほろ酔い状態の藤吉郎に寄り添った。だが、信長と同じく素面なままの慶次郎が主を諌める。

 

「殿」

「冗談じゃって。そう睨むな……我を睨むとか生意気じゃぞ。なに、そういうお年頃なんか?」

 

 慶次郎は仏頂面を僅かに歪める。分かっていて惚けているのに鬱陶しさを覚えたのが半分、クマという仇名が受け入れがたい気持ちが半分という貌だ。

 が、慶次郎に鬱陶しがられるなど想像もしていない信長は気づかない。とうの慶次郎自身も、まさか己が主に斯様に不遜な感情を懐くとは思いもせず、この心の輪郭に名を付けられなかった。

 

「睨んでいる心積は毛頭ござらんが、殿にそう受け取られたのなら謝罪致す」

「惚けんでいい。本音を言え本音を。我と其の方の仲じゃろ?」

 

 ウザ絡み、あるいはダル絡み。本人が否定しているのにしつこく追求する信長は自然体だが、彼女は自覚した方がいいだろう。信長の声には冷気に近い覇気が籠もっているのだ。本人にその気がなくとも他者を威圧する凄みがあり、不慣れな藤吉郎は酔いを覚まし一気に意識を覚醒させた。

 寄り添う寧々を押しのけて――「ぁんっ」――慌てて姿勢を正し、主の顔色を伺う金毛の男を横目にして、慶次郎はまるで堪えた様子もなく相槌を打つ。

 

「ではお言葉に甘え、無礼講の場を借り本心をば。……仮に我の不如意にて目つきが悪くなっているとするならば、一向に進歩せぬ殿のネーミングセンスに頭を痛めているからでござろう」

「うぐっ……い、言うようになったではないか……!」

「さあ。藤吉郎殿と半兵衛殿、両人を労うのに時を掛けるのはここまででよいと愚考致す。そろそろ本題に入らせて頂いてもよろしいですかな」

 

 さらりと信長のネーミングセンスを揶揄し、慶次郎は強引に話の舵を切り直すも、寵愛する小姓の辛辣な様に信長は内心悲痛な想いを抱いた。

 ――嫌味! めちゃ嫌味! 可愛くないぞクマ! そんなに嫌か? クマが()()にこうも反抗的になるの初なんじゃが!? ちょっとどころか滅茶苦茶『しょっく』なんじゃが!

 今まで全肯定マンだった慶次郎の小さな反抗に、信長的は結構な衝撃を受けた。思わず信長が黙り返事をしないでいたからか、慶次郎は呆れながらも身を寄せて耳打ちする。

 

「信長様」

「っ……お、おう! なんじゃ?! あっ……いや、そうじゃな、本題に入っていいぞ」

「御意」

 

 耳元を擽る吐息と声に、ぴくりと肩を揺らした信長は、ほんの微かに頬を染める。構わず、元の位置に座り直した偉丈夫は、同じく浮かしていた腰を落ち着けた両人を見渡す。

 

「殿のお許しが出た。これより我らが進むべき道、執るべき方策を語り合おうぞ。手前味噌だが赤母衣衆筆頭たる我が進行役を務めさせていただこう」

 

 藤吉郎と寧々は、やはり単なる慰労の宴ではなかったかと思うも、特に異論を挟むでもなく耳を傾ける体勢になる。功績を立てることに貪欲な藤吉郎は言うまでもなく、彼の為になるなら何事でも労を惜しむ心積のない寧々も真剣な表情だ。後に今孔明と謳われることになる『竹中半兵衛』は予測を口にした。

 

「尾張統一の為の大戦は済み、弾正忠家――織田家による掌握が済んだとはいえ、早急に国内の統治を固めるのを最優先とするべきでしょう。しかしそんなことは言うまでもないこと、であるなら慶次郎殿は尾張の統治体制を固めた先を取り沙汰し、現況最も困難な敵勢への対策を練りたいのですね?」

「左様」

 

 半兵衛になった寧々の問いに慶次郎は首肯する。

 

 半兵衛にとって慶次郎は、信長の懐刀にして夫の友人だ。正体がなんであるかに関心はない。が、智謀を以て身を立てる者として冷静かつ客観的に評価するなら、尋常の理に属する者に勝ち目はない存在である。仮に敵対する事態になろうものなら、尋常に属さぬ理――妖術の理にて対処せねばなるまい。

 彼女は妖術を扱える。独自の研鑽を積んで、あと十年もすれば古の諸葛孔明と同等の力を振るえる域に手が届きそうだ。その頃になれば慶次郎を完全に打倒する策も立てられる。が、今はそうではない。天地がひっくり返ってもどうこうできるわけがなく、だからこそ逃げの一手を打とうとした。

 藤吉郎が自宅に乗り込んでくるのを見て、彼に一目惚れでもしなかったら、半兵衛は焼身自殺に見せかけて行方を晦ませていただろう。それほど信長に仕えるのが嫌だったのだ。

 

 そして――半兵衛だけでなく藤吉郎も、信長も、慶次郎も悟っていたが、妖術がある以上、この日ノ本に於いて慶次郎利益こそが絶対無敵の存在とは言えないのだ。最強ではあるかもしれないが無敵ではない、ならば特殊な兵装や妖術の使用で罠に嵌めればどうにかできる可能性はある。

 手元にある戦力が絶対無敵の唯一無二、という盲信は誰もしていなかった。慶次郎を投入したら確実に勝てるのだと、思考停止して突き進めばその先にあるのは破滅だけ。慶次郎と同等か、それ以上の猛者がいるかもしれない。半兵衛と同等かそれ以上の妖術師がいるかもしれない。だから油断無く大方針を立て、万一の可能性を警戒しながら進むしかないのだ。

 

「美濃の斎藤は、道三が健在な内は放置でよい。故に織田家が対さねばならぬのは、現在でも明確に敵対し織田家の領国を奪取せんとしている今川家だ。西三河支配の牙城、安祥城に今川家が目を付けているのは明白。今川家としては織田家が尾張を完全に掌握し切る前に軍事行動を起こし、三河より織田家の影響力を駆逐するのを目標としていよう」

「それがしは以前、今川家の家臣の家臣の家臣じゃった。木っ端みたいなもんじゃったし、大した情報は握れておらなんだが、風の噂に伝え聞いた限りじゃと織田家は殿の御父上の代で、三河の松平との合戦に勝ち人質を取っておるんじゃなかったかぎゃ?」

「竹千代か。そういえば彼奴がおったな」

 

 ――もし信長がクーデターを起こして家督を奪わず、信秀の死を待って家督を継いでいたなら、信秀の代で松平と今川の連合軍に敗れ、竹千代と信秀の弟で人質交換をしていただろう。

 しかしそうはならなかった。後の徳川家康こと竹千代は、未だ織田家で人質として囚われたまま。彼が傑物であることを信長は察していたが、特に親しいわけでもなかった。人質に過ぎぬ竹千代と弾正忠家の御曹司だった信長が、親しく接することができるような機会はあるはずもない。

 面識があり、言葉を交わしたことがあるだけ。当時、ほとんどのガキがガキ大将の信長に屈服していたのに、竹千代は全く信長に阿らなかったから印象に残っていたが……それだけだ。なんとなく優れた才能を感じないでもなかったが、竹千代は幼い頃からの人質生活で鬱屈としており、食指は動かなかった。

 

 そのことを信長は思い出す。そしてどうせなら竹千代を利用できないかと思案した。しかし慶次郎は信長の表情で意図を汲み、竹千代なる者の利用に否定的な見解を先んじて示す。

 

「松平家の嫡男は用いるべからず。西三河を失陥し、家中の有力者を捕虜とされた場合、人質交換の駒として用いれるのもありまするが――」

「――織田家による三河支配を視野に入れたなら、早々に()()して頂くのが宜しいかと」

「今川家と三河支配を二分し得る松平家は、今川家当主義元めの強い支配下にある。じゃけど今川家を首尾よく打倒できたとしても、松平家が健在ならそん家が支配する岡崎城や、近隣の駿河国とかの支配の妨げになるから……じゃろうか? ほんで松平家の今の当主広忠は病弱っちゅう話だぎゃ、子も竹千代っちゅうもんだけ。……どうにも邪魔になりそうじゃ」

「藤吉郎様の仰る通りと存じます」

 

 慶次郎の後を半兵衛と藤吉郎が継いで言うと、信長は眉を顰める。

 

「全部上手(うも)ういったらそうなる。じゃがな、なんでもかんでも思い通りにいくとは限らんのが世の常っちゅうもんじゃろ。殺すんは簡単じゃが取り返しがつかんこうなったらどうすんじゃ」

「お言葉を返すようで恐縮でござるが、殿や我らは()()()()()()()()()()()()()()()()。少なくとも今後十年は、我らが描く理想的な道を最速で駆け抜ける必要があるかと」

「チッ……」

「え、なんでだぎゃ?」

 

 舌打ちして黙った信長に代わり、藤吉郎が疑問を発した。答えたのは半兵衛だった。

 

「藤吉郎様、思い出して下さい。上総介様の統べる尾張には、下剋上に等しい遣り口で家督を奪い、当主を隠居させた経緯がございます。そして美濃から私含めた多くの者が押し寄せ半数近くの役職の席を占め、更に他の織田氏を駆逐し早すぎる統一を見ました。即ち上総介様の支配は盤石ではなく、不満を募らせる者は多いということでしょう。一度でも崩れたなら不満を抱いていた者達が蠢動し今川家の調略を受けて、たちどころに総崩れとなるでしょうね」

「なるほどの。為政者側の視点は抜けちょったわ。そぎゃんことなら確かにちとマズそうだぎゃ」

「ちょっとどころか、かなりマズイです。上総介様に失敗は赦されておりません。勝ち続け強さを示し続けねば、内側から破裂し滅びる他にない。上総介様の支配が盤石になるのは、たった今慶次郎殿が仰った通りに十年の時が掛かりましょう。尤も――勝つことしか考えなくて良い分、楽と言えば楽ですけれどね? 負け方を考慮に入れぬ策しか要らぬのですから」

 

 ――信長の甘さが招いた危機である。弟の信勝を生かしておいてやろうとしたばかりに、小さな負けや失敗すら赦されぬようになったのだから。

 とはいえ信長に後悔はない。負けたら終わり、死んだら終わりは戦国乱世の倣いである。大胆な物言いをさらりとした半兵衛を見遣った信長は、その知略を試すように命じた。

 

「キツネ、対今川の策を申せ。負けたら諸共に死ぬ『策戦』じゃ、其の方に全賭けしてやる」

 

 先の戦で実力の一端を示したとはいえ、新参も新参の半兵衛に、自らの生死を託すと言う。信長の下知に藤吉郎は驚くも、半兵衛は泰然としていた。

 

「御意のままに。では、まず竹千代殿には死んで頂きます。流石に病死は無理があるので、極秘裏に松平家に使者を出して人質返還の代わりに同盟を打珍しましょう。ことの成否、交渉が表沙汰になるならぬは問わず、やるだけやって誠意を示す形ということで竹千代殿を送り出し――今川の手の者に殺された、ということにします。これには私の妖術を使いましょう」

「いきなりキマった手じゃな……」

「上総介様や藤吉郎様にも魔力はあります、今度お二人に魔力の扱い方は指南しましょう。さすれば慶次郎殿には遠く及ばぬまでも、魔力強化で常人を凌駕する戦闘力は手に入りますし。それはさておくとして――西三河は絶対に取り戻したいと考えている今川家は、宰相の太原雪斎を総大将として安祥城へ攻め込んで参りましょう。我々はこれを討ちます」

 

 太原雪斎を討つ。なんでもないことのように半兵衛が言うのに、信長は何も言わず藤吉郎は生唾を呑み込んだ。太原雪斎――海道一の弓取り、今川義元が最も信任を置く老僧であり、彼の教育係でもあった当代随一の軍師だ。名声高らかなる雪斎は、外交官としても武田や北条と縁を持ち、大局的視野を持つ者なら解るように今川義元を天下人に最も近づけた者。いわば今川家の大黒柱であり、義元にとっても親より大事な師だろう。

 彼がいる限り織田家に勝利はない、と半兵衛は断言した。ここで雪斎が攻めてこない訳がなく、そしてここで雪斎を討たねば織田家は詰む。まさに千載一遇の好機なのだと今孔明は言った。

 

「な、なんでだぎゃ?」

 

 藤吉郎が問うと、半兵衛は重々しく言った。

 

「雪斎はおそらく、妖術師です」

「……まことか?」

「はい」

 

 信長が低い声でする反駁に、短く返答した半兵衛は根拠を言った。

 

「藤吉郎様以外のお二人はご存知でしょうが……太原雪斎は今川義元の教育係であり、義元の業績とされるものの殆どは雪斎が創出、演出したものです。いわば雪斎こそが『海道一の弓取り、今川義元である』と言っても過言ではないでしょう。別に義元が無能というわけではなく、雪斎に準じる能力はあるのかもしれないですが……雪斎が差配したからこそ現在の今川家があるというのは動かぬ事実。そして彼の老僧は戦に強いだけでなく、外交官としても規格外の働きをしているのですが――」

「――その外交の働きで、妖術を使ったとしか思えぬ業績があるんじゃな?」

「はい。具体的にどこで妖術を使ったかは言うまでもありません。恐ろしいのは、雪斎は間違いなく妖術の使い手であるのに……妖術を使った痕跡がどこにも見当たらないことです。そんな真似は私にも不可能と言っておきましょう」

「現状でキツネより上手の妖術師じゃというんじゃな」

「正直、妖術の腕と歴戦の経験で、私はあの老僧に劣るでしょう。しかし、近く起こる安祥城を起点に起こる合戦でだけなら、我々は雪斎を討てます」

 

 ――情報アドバンテージか。

 

 ぽつりと呟いた慶次郎に視線が集まった。

 

「高名な雪斎は無名の半兵衛殿や藤吉郎殿を知らぬ。それに殿の手腕も知り得ぬ。穿った見方となるが今の織田家の勢いは我なくしてありえぬもの。外部からすれば殿の才は不透明であろう」 

「クマのことを知ったなら、あの老人はクマの武に最たる警戒を置くじゃろうな。キツネの言うように尋常ならざる理を知り得ておるならば、妖術による対策を練るのは火を見るより明らか」

「妖術がどういうもんかがよぉ分からん以上、策を練らせるんは下策。慶次郎殿は対今川じゃのうて別の方面に、雪斎の警戒心を上げぬように向かわせたんがええっちゅうことだぎゃ?」

「はい」

「話は分かったぞ、キツネ」

 

 信長は――覇気漲る美貌をニヤリと歪め、犬歯を剥く。

 そうして嫌らしく、したたかに、壮絶な表情で半兵衛を見据えた。

 

「要は今川の妖怪ジジイを、分からん知らんの二重策でハメ殺すんじゃな?」

 

 織田家随一の猛将、柴田勝家は信勝に与した罰に、しばらく戦功を稼ぐことは出来ぬ身。彼や慶次郎を使えないならば、取れる方策も限られる。

 半兵衛は冷え冷えとした白皙の細面に、極寒の妖気を滲ませて首肯した。

 

「はい。つきましては慶次郎殿、貴方様に用意してほしい物があります」

「我にか?」

「ええ。貴方様になら出来ると存じます。急ぎ堺に単身で向かって下さい」

 

 何をさせようというのか。半兵衛は不遜に、冷酷に、残酷に宣言した。

 

「今川義元の分身ともいえる宰相、太原雪斎には――ただの一兵卒に討たれて頂こうかと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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