花の武者に魔王は蕩け   作:飴玉鉛

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神仏の化身を称するならば

 

 

 

 

 

 

 半兵衛が唱える慎重論は理解できる。己という実例があるのなら、類似した力や系統の異なる技、同等か格上の存在を想定し、警戒を怠らず行動した方が賢明だという考え方には同意しよう。

 

 しかし、しかしだ。此の世に生誕してより十三年、討滅すべき妖魔の類いを探っていた我は、人の世の情報は与太話を含んで収集し、精査してきたという自負がある。

 

 故に人界に在る人々の性能は把握し、我や半兵衛の如き逸脱者などそう多くないと考えていた。我は妖魔や神仏の実在を確信している、その確信がどこから来たのかと自問したなら、生まれた時から識っていたと答える他にない。であるのに、我が我の活動圏内にて妖魔や邪悪な神仏を発見できておらず、半兵衛がはじめて出会った妖術師だったということは、一般的に妖魔は絶滅し神仏も人界から去ってしまった可能性が考えられるだろう。

 そうではなくまだ人界にいるのだとすれば、全体の分母自体が縮小し、妖魔は隠れ潜んでいると結論せねばならない。どちらにせよ絶滅傾向にあるか、何某かの理由で表社会から遠ざかっているのは想像に難くない。我の如き機体、半兵衛の如き妖術師は人目を憚って、己の力を他者の為でなく、己の為だけに振るう者がいるだろうとも推測は出来た。

 要点は、実際にその手の者が実在するか、確認できていないことであろう。居るかもしれないし居ないかもしれない、だが不測の事態に備えて慎重に行動しよう――などというのは、流石に弱腰が過ぎるのではないかと思う。我は武器であり武人で、半兵衛は妖術師で知恵者だ。スタンスに差異が出るのは仕方ないことだが、慎重も過ぎれば臆病になる。

 

 故に我は決めた。我は積極的に実力を発揮しよう、と。

 

 自重するべしとの意見は無視する。我の行使する武力で以て敵を討ち、抵抗せぬなら問答無用で制圧してしまえば良い。もし我や半兵衛に並ぶ者がいるのなら、我の武力を目にした時、勝手に相手から出て来てくれるはずであろう。出て来ないなら存在しないのと同義、対抗勢力の存在を詳らかにした方が対策も練り易い。半兵衛は裏に隠れておればよいのだ。我に対抗できる者を、半兵衛が裏から対処した方が効率的であろう。

 ――自問。以前まで半兵衛の思考に同調していたのに、急に斯様な心変わりをした原因は何か。深刻なエラー、バグに侵されてはいないか? ――自答。人は変わるもので、我もまた人である。ならばこれは心変わりではなく、取得した情報に基づいた『心境の変化』というものだ。アップグレードした結果の判断ならば、バグやエラーと断じられはしない。

 

 大雑把さも、言い方を変えれば胆力と云う。

 

 腹を決めた我は武田の軍を蹴散らした。よく鍛えられている精鋭だったが人の範疇である。人の身で対処の能わぬ化外を討つ為に研鑽し、改造してきた我に敵う人間など理論上存在し得ない。

 対妖魔殲滅兵装『大弓・日本号』による連続射撃。単なる大槍を矢に見立て射出するだけの余技。これだけで人の軍は撃滅可能だ。敵味方問わず理解不能の化け物を見る目を向けてきたが、我はこの時の為に用意していた台詞を口にして唱えた。

 

「――遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ! 我こそは織田上総介が一の臣、本多慶次郎である! これぞ天下に静謐を齎す御方、織田上総介の御力となるべしとのお告げの下、授けられた八幡大菩薩の加護! 我欲にて天下を乱す俗物共が、御仏の加護授かりし我に敵うと思うてか!」

 

 大喝してしまえばよい。法螺を吹けばよい。信心深く、迷信深い人の世だ。理解の能わぬものを無理に理解させてやる必要はなかった。理解は出来なくともそういうものとして受け入れさせてやればよいのだから。そして堂々としていれば、存外信じてもらえるものである。

 理解不能の語に宿る含意を恐怖というマイナスから、超常存在からの授かりものとして、『よく分からないが崇高で素晴らしい目的に用いられるもの』だとフラットな心象にすげ替える。宣伝戦略一つで人が受ける印象は変わるのだと我は学んだ。美濃を平定する時にこの考えは大いに役立ったものだ。

 これにて敵からはともかく、人感センサー類にて感じられる味方からの心情は、プラスにまで回復はしなかったがマイナスではなくなった。このままの調子を維持したなら、やがてプラスに傾いていき我の武力を神仏のお告げだと錯誤して盲信していくであろう。最初からこうしていればよかったのだ。

 

 そして我は桶狭間にて主が義元を討ち取ったとの報せを受ける前から、近くに松風号を配置した。松風号は変形機能を有しており、我と合体することも能う他、人型の鎧武者となって我の影武者になることも能う。信長様に危機があれば即座に駆けつけ、松風号が救援信号を発したなら我も出動していた。

 桶狭間合戦の結末を把握した松風号は、急ぎ我の下に帰還している。我が愛機は隠密行動時でも音速を超えて疾走できる故、今の日ノ本の技術水準では有り得ない早さで事態を把握できる。義元のいない今川など、黄身のない卵のようなもの。好機であると判断した我は、即座に駿河に侵攻し陥落させた。

 八幡大菩薩の加護! 八幡大菩薩の加護! そう連呼していたなら我が武力を用いても割と信じてもらえる。純朴な人に悪い気はしたが、下手に実力が拮抗して戦が長引くよりはマシだろう。

 ……いたいけな少年の今川氏真は、我を見て失禁するほど怯えていた。どうやら駿河城の城門を殴り壊す我を見て、トラウマになったらしい。申し訳ないし、いたたまれなかったが、死にたくなければ大人しくせよと申し伝えて拘束した。後の火種になりそうなら、悪いが死んでもらうことになるだろう。

 

 我は三河と駿河を制圧し、周囲の抵抗勢力を武力で薙ぎ倒して降伏させた。殺傷する人の数は最低限にして、大半を臣従させ所領を安堵し、統治の混乱を抑えた。頭が今川から織田に変わっただけの体制としたのだ。支配構造を支える人間の入れ替えは後回しで良い。

 

 そうして我は駿河の地に居直り、不穏な動きを見せる者、勝手なことをする者を睨みを利かせ、出動と武力鎮圧を繰り返して、一向一揆でも容赦なく矢の雨で制圧した。

 

 我は思う。

 

 平伏し降参する武士達の青白い貌を見て。我を畏敬し神仏の化身と信じる百姓達を見て。(ぼう)力を競う? 命を奪って得る名誉? ……弱い者虐め(こんなもの)の何が楽しいのか全く解らぬ――と。

 

 無為だ。無益だ。やはり乱世など、早々に終わらせねばならぬだろう。

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 あはは……あはははは、あはははははは!

 

 ――笑っていた。嗤っていた。忌々しい今川義元の仲介で、折角遊び友達(しゅくてき)の晴信と始めようとしていた、二回目の川中島での戦を台無しにされた神仏の化身が。

 義元の要請で援軍として派兵され、どさくさ紛れに三河の正確な地図を作製しようとしていた、武田の誇る知将が散々に打ち破られる様を見て、彼女は声高らかに嗤っていた。

 

「あはははは! なんですかアレは、アレが人だと? あんなものが? あははははは!」

 

 少数の騎兵を従え、適当に『戦の仲介をしてくれた義元への礼に、ちょっと助けに行ってきます』と名分にもならぬ大義を唱え、隼の如き用兵でひそかに三河へ浸透して来てみれば。

 噂には聞いていて、ちょっと興味を持ってはいたが……弱い者を蹴散らし、理外の力で蹂躙する、己と同じ神仏の化身と称する者を見つけてしまった。

 嗤うしかなかった。笑うしかなかった。恐怖する少数の馬廻衆など意識の隅からも欠落させ、ただただ腹を抱えて笑い転げてしまいそうになる。

 だって……だって、アレはこちらに気づいていた。気づいた上で、今川でも武田でもないなら、下手に仕掛けて無駄な火種にはすまいと()()()()て、この、この毘沙門天の化身を、()()()()()()()を見る目で……自分が他者に向ける目で見られたのだ。笑うしかないだろう、こんなもの。

 

 だが、解る。解るのだ。アレは――この身と同類だ。人の世から逸脱した力を持つという点で、共感した。勝手に共鳴した気になってしまった。

 弱く脆い人というものが解らぬ。強きに阿り、弱きを踏みつける人というものが。弱いくせに強さを求めて足掻き、自身より弱い者を踏みにじる人間という存在の意義が理解できぬ。

 しかし理解できぬからこそ、理解しようと努め仏門に帰依し、それでもやっぱり理解できぬまま、そういう弱い人間を守る為に、己にはこの強さが与えられたのだと信じ、死ぬまで守ることを決意したのだが……殺すことしか出来ぬ己に、本当の意味で人を守れるのか疑問を持っていた。

 強さへの虚しさ。強いがゆえの虚無。解る、ああ、解るぞ。だから他より強い晴信と戦うのは楽しくて良かったのだが……もっと、楽しそうなのを見つけてしまった。

 

「あははははは! ……はぁー、おかし。こんなに笑ったのは初めてです」

 

 涙すら浮かぶほど笑って、笑って、笑って笑った。

 

 長尾景虎。彼女は満面の笑みの中、澱んでいた瞳の光を晴らし、まるで新しい玩具を見つけた幼子のように純粋な瞳で馬廻衆に命じた。

 

「よきものを見ました。こうしてはいられません、帰りますよ」

 

 一度も交戦せず、なんの成果もないままだが、そんなことは日常茶飯事だ。

 景虎がそうしろと言ったならそうせねばならない。長尾の家はそういうもので、景虎はにこにこと笑いながら言った。

 

「帰ったら晴信に文を送りましょう。『織田の勢い凄まじく、やがて天下に覇を唱えよう。しかして織田の遣り口に大義はなし! 無辜の民草に痛苦を味わわせよう! 斯くなる上は我らで合力し織田を討つべし、独力で抗するのは至難を極めると我思う』とでも書きましょうかね? あははは!」

 

 この身に宿る『強さ』が本能に囁いていた。アレと戦うには、弱き者は足手まとい。されど独力でも些か厳しそうだ、と。己でも認める強き味方が、最低でも一人いるだろう。

 ああ、そうだ。

 景虎は感じたのだ。

 単独の強さという一点で……アレは、生まれて初めて見た格上だ、と。

 ならば。

 ああ、ならばだ。

 全身全霊で挑み、そして殺してみたい。この気持ちはまるで――人が言う、恋に似ている。

 

 頬を上気させた景虎は、乙女のように嗤っていた。

 

 長尾・武田連合軍。景虎の描く構想は、現実味を帯びようとしている。晴信はきっと一度は疑い自身の目で確かめようとする。そして負けるだろう。自分の目で見て、やっと景虎の手を取る。

 楽しみだ。ああ、とても楽しみだ。

 

「本多慶次郎……私と同じ、神仏の化身。そなたは人を理解できていますか? 理解できておらぬのならば……私と教え合いましょう。ええ、ええ、私達はきっと――出会う為に生まれてきた」

 

 

 

 

 

 

 

 




本多慶次郎利益
 無双し過ぎたら変なのに目を付けられた。
 一応あちらさんには気づいていたが、武田でも三河武士でも今川でもない旗を掲げていたので無視した。長尾家の少数部隊で戦いに関与しないなら、無益な殺生をすることはあるまいと考えて。
 まさかその少数部隊を景虎が率いていたとは思いもしなかった。識ってたら攻撃を仕掛けていただろう。捕虜に出来たら多少のことにはお釣りが来るので。
 数は少ない、手出しもしてこない、なら放置でよい。長居するようなら蹴散らすが、武田の援軍を破ったら撤退したしまあいいか、と見逃した。
 景虎のポテンシャルは、彼女の特性から感知できなかった。毘沙門天の加護ではなく、この景虎はまだ完全な人でも妖魔でも神仏でもない為、センサーが反応しなかった模様。


長尾景虎
 名前ころころ変わるからもう長尾景虎で固定することに。
 なんか運命感じちゃった。
 ちなみに慶次郎と景虎の相性は抜群に良い。他世界線で上杉景勝を主君にした、前田慶次みたいな因縁だろうか。なので運命を感じちゃったのも無理はないかもしれない(強弁)
 相性の良さではノッブを凌駕する(!?)
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