花の武者に魔王は蕩け   作:飴玉鉛

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双つと無き武の証明 (01)

 

 

 

 

 どたどたどたと慌ただしい足音で床板を鳴らし、勢いよく襖が開かれた。

 

「ここにいるのであろう、旦那様!」

 

 『仮にも』という表現は適切ではない。正真正銘、旧今川領を任され駿河城に座す、織田家筆頭家老以上の権勢を有する重臣の居室に、誰にも止められず侵入を果たせる者など早々いない。

 スパァンと襖が破れそうなほど強く戸を開いたのは、天下一の美姫だった。

 姉によく似た可憐な美貌、優雅に咲く花のような気品を演出する和服へ袖を通し、一枚の絹のような黒髪をストレートに伸ばした少女を例えるならば、まさしく『和の極限』であろう。

 吉法師時代の信長が、本気で着飾ればこうなるだろうと想像させる容姿は、男という性の目に映れば狂わせかねない毒がある。華がある。なのにそこに在るだけで空気を清涼にし、夜を昼と見紛うほど場の明度を上げたと錯覚させる光があった。この輝かんばかりの美を手に入れたなら他には何も要らぬ、男であるだけで斯様に血迷いかねない。

 

 彼女の名は市。お市の方。

 

 市は怒り心頭に発していた。

 というのも、婚姻の儀は信長の居城で執り行うと思っていて、初夜もまたそこで行われると想定していたのだ。グフフ、これで姉上とまぐわう計略も大詰めよとほくそ笑んでいたというのに、市は駿河に送られて姉とは離れ離れ。しかも略式の婚儀で終いとなり、旦那は仕事にかまけて会いに来ない。

 それはよい。否、よくないのだった。旦那が畑に胤を撒かぬせいで、市は捨て置けない陰口を叩かれているのだ。旦那に嫌われ女の役割を果たせぬ気性難だと。直截にこれを意訳したら『顔と体は極上でも性根が腐った役立たず』となる。気位の高い市にとって、姉の事を抜きにしても我慢ならぬことだった。

 姉以外は眼中にない。が、それはそれ、これはこれ。自身に課せられた役割から逃げる心積はなく、役目として誰かに嫁ぎ子を成す覚悟はあった。市の美に目を眩ませず、一途に信長へ忠を捧げる旦那なら嫌悪の情もない。寧ろ親愛なる同志になれると信じて疑っていなかったのだ。

 

 なのに略式の婚儀という屈辱を与えておきながら、一度も顔を出さない旦那に市は憤死しそうな怒りを覚える。女の仕事すら果たさせぬ気か? この身に欲情せぬのは天晴だが、夫婦になり子を成せというのは姉からの命。これを果たさぬのは矜持が許さぬ。武家の者ならそれらしく御役目を果たせ。

 市の怒りは正当だ。直訴こそしていないし、不満タラタラで周囲に愚痴を垂れ流した事もないが、彼女が心の中で猛って紡ぐ言の葉は武家の常識である。そこに反論の余地はない。もし市の心情を赤裸々にしたなら、信長ですら何も言えず沈黙してしまうだろう。至って真っ当な正論なのだから。

 

「今日という今日は、まぐわうまで絶対に離れんからな! 初夜も迎えられぬ花嫁などと哂われては、わらわをそなたに嫁がせた姉上にも恥を掻かせよう! さあ逸物を出せぃ! さあ!」

 

 下手するとそこらの男より男らしい物言いである。あけすけで、助平な発言だ。しかしヤることをヤるのだという覚悟がこれ以上なく発露した口上とも受け取れる。市の貌は怒りの他にも羞恥の色彩で赤くなっており、夜の種蒔きを怠る夫を名実共に男にしてやる覚悟の炎でも赤く染まっている気がした。

 しかし運が良いのか悪いのか、旦那には二歳年上の姉女房に構う暇が名実ともになかった。

 旦那――本多慶次郎利益は畳の上に胡座を掻き、膝の上に人の頭を乗せていたのだ。すわ浮気か何かと疑う絵面ではない。慶次郎の膝の上にあるのは男の頭で、しかも()()()しかなかった。そして長い鋼の針のようなものを頭に突き刺し、コネコネと弄くり回している最中だったのである。

 

「……何をしておるのじゃ、旦那様」

「見て解らぬか」

『アッ……ぁ、あ、ぁぁああ、ぁ』

 

 悲鳴を上げない市の胆力が伺える。真顔で応じる旦那と、恍惚とした嬌声を上げる生首に胡乱な貌をして、市は頭痛を堪えるように眉根を寄せた。

 

「……解る訳なかろう」

 

 入室の際の口上をまるっと聞き流したらしい慶次郎は、視線を市に向けることもせず、抱えた頭を弄くり回すのに精力を注ぎ込んでいる様子だった。

 あまりと言えばあんまりな光景である。政略結婚とはいえ夫婦になったばかりの相手が、人の生首を弄くり回しているショッキングな絵面を展開しているのだ。市が色をなくしてしまうのも仕方ないだろう。そしてとうの慶次郎は、市の反応を気にもせず淡々と言った。

 

「これなるは外法のカラクリ仕掛け。元は人だったが、好奇の探求の末に己を見失った、哀れな妖術師の成れの果てらしい。この者は己を失くしたがゆえの代償行為に、設定した人格をなぞる人ならざるカラクリに堕ちたようだぞ」

「はあ、左様か」

「この者は我の技術を盗み見んと忍び込んできた。隠密の技量は我でも見逃しかねん域にある。放置しては今後、どのような災禍を招くか分からん。故にこうして手ずから改造を施している」

「……カラクリ。確か……美濃から嫁いできた蝮の娘もそうじゃったと聞いておるが……忍の者に対処しておるという認識でいいのか?」

「左様。この者に『己』はない。故あれば平然と裏切るであろうし、気まぐれに出奔することも十分に有り得る。何も手を施さぬ訳にはいかん。この躯体に用いられている技術を読み込み、解析するのは我が益にもなるゆえ、この果心居士なる者に手間を掛けているのだ」

 

 姉ほどではないが市も回転の早い頭脳を持っている。普通の人としては優秀だろう。故に常識外れなものを目にして思考が止まってしまったが、とりあえず大変な事をしているのは理解した。

 頭を掻いて、嘆息した市は思考を放棄し、女人らしい柔らかな仕草で慶次郎の前に座り込む。姉譲りの新しいもの好きな感性で、理解できぬなりに果心居士の生首を覗き込む。

 

「うぅむ……面妖じゃな。生首なのに生きておるし、血も出ておらん。しかも変な声を漏らすし、なんか気持ち良さそうな貌をしておる」

「さもあろう。痛覚を最初に弄り、心地良さを与えているゆえな」

「ほう……して旦那様よ。そなた、これをどうする気じゃ?」

「我も鬼ではない。元の人格に手は加えん。ただ我や織田に尽くすよう、この者の技術では解除不能な首輪を掛けるだけだ。そうさな……織田にも忍の者が必要となろう。織田の為に身命を捧ぐカラクリ忍軍を果心に創設させ、率いさせるとしよう。棟梁とする者の姓は……加藤でよかろうよ。名は段蔵と名乗らせ、その上役の果心は――服部半蔵と名乗らせる」

 

 織田忍軍には伊賀の忍の如く、上忍、中忍、下忍という階級を設けるべし。下忍が実働部隊の兵隊とするなら、中忍が指揮官、上忍が服部と加藤だ。全員がカラクリだとしたら、相当に厄介な組織が完成するだろう。人の気配がないカラクリは忍として最適であるから。

 しかも裏切らず、報酬も求めぬとなれば、大名なら喉から手が出るほど欲しい存在だ。教えるつもりはないが、慶次郎はこの忍軍に無線通信機を内蔵し、信長の傍に置くことで意思疎通を容易にするのも有りだと思っていた。信長に侍らせるとしたなら、その忍の名は――石川五右衛門、とでもしよう。

 忍軍の内約に、近年有名な傭兵になりつつある雑賀衆に倣って鉄砲隊を加え運用するのも良し。傭兵など乱世を終わらせんとする者にとっては目障りこの上ないのだ、仮想敵として雑賀などの傭兵を設定しておくのもいいだろう。慶次郎はつらつらと計算しながら、果心居士の解析に注力していた。

 

『あっ、あっ。なかなカ、癖になりそうな感覚……っ! 結構な、お点前、デスね、本多、殿』

「これより貴様は果心居士ではない、服部半蔵と名を改めて我が家臣になるのだ。貴様の全能を織田の役に立たせてやるゆえ、有り難く思うのだな」

『まあ確かニ、殺さレぬだけ、慈悲のある措置、カ……感謝すル』

 

 やってることは非人道的な処置だ。だが戦国の世であれば、データを吸い上げた後に廃棄されないだけ温情のある裁きだろう。この時代に慶次郎の行いを批難する感性の持ち主はいなかった。

 複雑なのは市の方だ。作業を継続する旦那の態度は悪く、視線すら向けてこない。どんなに鈍くとも流石に嫌われていると悟らざるを得ない姿勢だ。斯様な態度に傷つく繊細さはないが、無理に迫り事を成そうという勢いが削がれているのも事実であるし、未知の生首に関して些か以上興味を惹かれてもいる。

 市は表情をくるくると替えて、悶えるように両腕を振り上げると、怒りの残滓を絞り尽くして力なく腕を下ろす。どうあれ旦那が応じる暇がなさそうなのは明白だ、なら別の事に心を向けよう。市はそう割り切って、慶次郎に自然と身を寄せながら手元を覗き込んだ。

 

「旦那様よ、此奴は人でも妖でもないカラクリなんじゃろ?」

「左様だが……なんだ、興味でもあるのか」

「うむ。この手のモンは見たこともないゆえな、ちょいとばかしわらわにも見せてみよ」

「……まあ、いい。邪魔はするなよ」

「せんよ、邪魔など」

 

 市の視線は生首の男――果心居士の断面に注がれたゆえ、慶次郎がちらりと己を一瞥したことに気づきはしなかった。破砕された悪四郎の四肢、胴体の断面も見て、触れて、生首の所に戻る。

 カチャカチャ、カチャカチャ、と機械を弄る音だけが慶次郎の居室で鳴る。じぃっと慶次郎の手元を注視する市は、飽きもせずつぶさに構造を見ていた。

 ――市は本意でない婚姻を結ばされた相手である。慶次郎は市を気色悪いと感じていたが、こうしてみると普通に接することもできそうだと感じた。生理的に無理なのは変わらないが、隣人として扱う分には悪くない気がする。というか、信長とも以前話し合ったが、慶次郎の技能と知識は大っぴらにしないことになっているため、市のように秘密を共有しても問題ない手合いは得難い人材である気がしてきた。無言の時間が過ぎ去る内、慶次郎は静かに口を開く。

 

「市。お前、技師になってみぬか」

「ん? ギシ……とはなんじゃ?」

 

 市が貌を上げると目が合った。巨体の旦那と、矮躯の奥方。さらりと流れた黒髪を耳にかけた市は、慶次郎の口にした単語の意味を訊ねる。

 指先で虚空に『技』『師』と書きながら説明した。

 

「カラクリを製作、修理、改造、点検を行う技能を持った者のことだ。我は妖術師ではないが、メカニズム――要訣となる理屈は抑えておる心積でいる。妖術と技師の業を修めたなら、お前は女としてだけでない技能で織田の、ひいては信長様の御役に立てるようになろう。我以外に其の手のスキル……技能の持ち主がおらぬのも不便であったしな」

「ふーぅむ……? つまり……なんじゃ、わらわにそなたの教え子、弟子になれってことか?」

「弟子? 捉えようによってはそうなるか……妖術の知識に関しては、この者のデータを吸い上げる傍ら取得したゆえ、教示するのも不可能ではない……ああ、弟子で正しいな。どうする」

「んぅー……」

 

 悩んだ素振りをしたのは、市にとって望外の事だったからだ。

 姫として生まれ、姫として育てられてきた身。この時代の器量良しとは外見だけでなく、女は男より馬鹿でなければならぬという決めつけがある。加え、良妻賢母であることも期待する矛盾した風潮まで付随していた。ゆえに市は字を教えられはしても、最低限の教育しか施されていない。

 女である。姫である。()()()()用途しか期待されていなかった。そしてそれは是非もない事と受け入れていたのだ。姉の為になるなら迷う余地などないのに迷ってしまうのは、そうした思想が妨げになっていたからだろう。とはいえ……元々地頭はいい。思考も柔軟だ。市は染み付いていた価値観に拘泥せず、姉に似た合理的な思考で結論する。

 

「……やろう。姉上の御役に立てるなら是非もない。どうせ側室も、妾も囲う気はなかろう? 奥を管理する手間もないとなれば、わらわは本格的に暇を持て余しかねんしな」

 

 市が言うと、慶次郎は演算した。教示に必要となる知識、設備、技能を脳内でリストアップし、それらが用意できるまでの間に座学を行うべきだと考え、教科書等の用意をする事を決めた。

 勝蔵と鍋之助も交えて教えるのもいいかもしれない。あの二人もゆくゆくは本多家の重臣となるのだから。慶次郎は多忙な身ゆえ、不在時は果心居士を師匠役の代わりにするのがいいだろう。

 

「相分かった。ではこちらで準備しておこう。日中は手が離せぬゆえ、明日の夜からお前に我の知識を伝授してやる。覚悟せよ、やめたいと言っても許しはせんからな」

「途中で投げ出す真似はせんが……夜に、か。……勉学にかこつけて、夫婦の時間とお役を切り抜ける小賢しさが透けて見えておるぞ」

「なんの話だ」

「とぼけるの下手過ぎんか? くっくっ……意外と可愛い奴じゃな?」

 

 間近でニヤニヤと笑う貌が、主と被って見えて慶次郎は一瞬動揺する。

 が、瞬時に心の乱れを押さえつけ、視線を外し手元の生首に向けた。

 

 カチャカチャ、カチャカチャ。果心居士は頭を弄られながら思う。――うぶな遣り取りをしているというのニ、怖いほどソレガシを弄る手は精確だナ。己に埋め込まれている反逆防止措置(プログラム)がどんな代物なのカ、今から楽しみでならヌ。これを解除するのヲ一先ずの努力目標にしよウ――と。

 まだ見ぬ明日が、市と果心居士は楽しみになっていた。存外、この者との巡り合わせは良縁だったのかもしれないと感じてしまって。

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 喧々諤々。

 激論を戦わせる家臣を眺めながら、肘置きに置いた指をトントン、トントンと上下に動かす。

 口を閉じ、静謐を保っているのは僅かに五名。其の内の一名、山縣三郎兵衛尉昌景を見遣った。

 

「お前はどう思う」

 

 口を開いた途端、雷鳴が鳴り沈黙が堕ちたかの如く場は静まる。

 問われたのが誰かと視線で探り、向き先が解ると全員が耳を凝らす。

 山縣三郎兵衛尉昌景は武田四天王の一人にして戦国最強の騎馬隊『赤備え』を率いる小男だ。体は痩せて細く、体重も軽かろう。冴えない風体と兎唇が相俟って醜男というのが客観的評価だ。

 しかし、どうだ。その身から放出される武威は、常に戦場に在るが如く張り詰め、噴火寸前の富士山のような迫力がある。武田の武の象徴である彼と、長尾の武の象徴、鬼小島弥太郎との一騎打ちは今も語種になる勇猛さを誇った。彼を矮躯の醜男と侮る者は死するのみであろう。山縣は、武田の『最強』なのだ。

 

「御館様の御意のままに」

 

 簡素簡潔な答え。主――武田晴信の判断を絶対とする武士の言葉。

 武田晴信は今が脂の乗り切った全盛期だった。漲る覇気と武威は山縣の比ではない。さながら甲斐一国の天地を覆うかの如く、されど巨峰のように自然と圧する威があった。

 肘置きを叩く指を止めず、晴信は所感を口にする。

 

「そうか。なら、俺の考えを言おう。――あの戦狂いの言、信じるには値しない」

 

 おぉ、と過半数の家臣から嬉色の滲んだ声が上がるのを無視し、晴信は続けた。

 

「が、織田の勢力が常識外れの早さで成長しているのも事実だ。今は急激な膨張で足場が緩く、地盤を固めるために大人しくしているが……いずれ武田単独では抗し得ない大国になるだろう」

 

 遺恨を捨てろとは言わん、と晴信は言った。

 

「彼奴が偽りを述べていないなら利用できる。今は同盟を結ぶ気はない。俺に信用してほしければ、北条を打ち倒すのに協力しろと伝えろ。織田征伐の戦を共同するのはその後だ、とな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




果心居士
 初代服部半蔵。忍者として織田忍軍を率いる立場にされる。
 技術力の差をわからされてしまって逆らえなくされた。
 でも左目以外全身カラクリになって、アイデンティティを喪失していた果心居士としては、在り方を固定されるのは悪くない。持ち得る能力を注ぎ込み、織田の天下統一に尽力する。
 娘として加藤段蔵を制作した後、折を見て引退して服部の家督を人に譲り、本格的に忍軍の闇に潜むことになる。機能停止するまでの猶予は100年ぐらいある模様。


 慶次郎が教材や設備を作り終えたら織田の技師になる予定。
 それまでに知識の詰め込みのため猛勉強を開始する。
 子供が生まれなかったら、娘の茶々が『メカ茶々』になる可能性が…。
 もしくは妖術を教わって慶次郎の遺伝子と掛け合わせ、人工的に茶々が生み出されるか…?
 どちらにせよ型にはまらぬ生き方をしていくことになる。

武田晴信
 景虎ちゃんから同盟の打珍を受けて宇宙猫になった。けど織田の勢力拡大が早すぎるし、慶次郎が噂通りのヤバい奴な可能性を景虎という存在のせいで否定できず、織田の国との地力が広がる一方だと判断して消極的停戦を提案。共同で北条を討とうとも提案し、景虎がこれに乗ったら一旦信じてみる心積。
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