花の武者に魔王は蕩け   作:飴玉鉛

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ノッブに曰く「やる気出ないんじゃが!」

 

 

 

 

 

 

 織田三郎信長は『大うつけ』と称され、家中にて侮る者が多かった。

 

 時代の望む風雲児たる才幹を有し、武を好んで鍛錬する、武家の棟梁として申し分ない器量を持つ信長がなにゆえに家中で侮られるのか。その原因は、とうの信長自身にある。

 信長は幼名を吉法師と云い、幼少期から好んで異様な格好をし、粗暴な振る舞いをして、城下にて子分を従え練り歩いては騒ぎを起こしていたのだ。これで信長の素質を見抜き、次代の主に仰げというのは無理があるだろう。他に後継者候補がいないならまだしも、真面目で優秀な信勝がいたなら尚更に。

 信長の傑出した才覚を見抜いていたのは、身内だけでも父の信秀、実弟の信勝だけ。他は自由奔放に振る舞う信長の素行を見て、正当な評価を下した。

 次の主に相応しいのは、品行方正な信勝であると。これを責めるのは酷だ、世は乱れており当主は強くなくてはならぬ。自ら才能を示した訳でもない信長よりも、真面目で優秀な信勝を盛り立てた方が生き残れると判断するのが人というものだからだ。信長の才能を見抜けない間抜けと謗るのは容易い、しかし誰しもに人物鑑定の目があるわけではないのである。

 

 だが信長には信長の言い分があった。

 

 次期当主とされて以来、父の信秀と二元体制で領国支配を廻し、政務を行うようになった信長の性別は女であり、武家の家督継承など叶うはずもない存在だったのだ。

 なのに男として育てられ、本来の性別は秘された。かと思えば男子の信勝が生まれると、信秀と母の土田御前は、男子である信勝を次の後継者にしようとしている。

 幾らなんでも勝手が過ぎるが、信長はこの扱いを是とし、信勝が後継者になるならその邪魔をしてはならぬと考え、敢えて好き勝手に振る舞うようになった。うつけな振る舞いをしていれば侮られ、周囲から当主に相応しくないと見られたなら、信勝が当主になっても自分の存在が邪魔になることはない。これこそが最善だろう、と。

 

 幼かった。

 青かった。

 

 信長は父の優秀さを知っていたし、そんな尾張の虎が決めたなら正しいのだろうと信じた。それにうつけな振る舞いは信長の素であり、これが存外に楽しかったのだ。

 信勝には悪いが、傍で支えてやるよりも、表舞台には立てぬうつけであった方が都合がよかろう。免罪符を振りかざした信長は、子供らしい子供として幼少の吉法師時代を過ごした。

 

 だが信秀は何を思ったか、近年唐突に信長を後継者に指名する。

 

 信秀は正真正銘男子である信勝に期待し、育て、鍛えていたが、信勝如きの力ではこの乱世を乗り切れぬと見切ったまで。であれば傑物の才を有した信長を当主に据えた方が良いと考えた。

 しかしこの決定に信長は激怒した。実の父である信秀を嫌悪した。

 当然だろう。今更自分を後継者にするとはどういうことだ、今まで頑張ってきた信勝の努力を無視するのか――あまつさえ、うつけと侮られるようになった今の自分の風評はどうなる。家中は既に信長を見切り、信勝を支持しているのだぞ。あまつさえ信勝に有力な家臣をつけた上で信長を後継者にするなど、正気とは思えない沙汰である。

 信秀は自身同様に信長の才を見抜いている信勝なら、うつけと侮られている信長を支え、二元体制で上手くやっていけると考えたのかもしれない。しかし――尾張の虎は、老いていた。往年の遣り手ぶりが衰え、考えが甘くなっていた。家を二つに割りかねない差配をしたことに気づかず、信長に直談判されても子供の反抗だと真面目に聞かなかった。

 

 確かに、子供の反抗ではあった。

 

 いきなり自由を取り上げられ、ストレスフルな立場にされて反発しないわけがない。だが信長が何より危惧していたのは、このままでは信勝が自身の脅威となり――逆も然り――家中の派閥争いで互いを排除せねばならぬ状況になることだ。子供らしい反抗心以前に、傑物の眼力が沈黙をよしとさせなかった。

 信長は身内で相食み殺し合うのを嫌がったのだ。このままいけばその未来は避けようがないように感じてしまったのもあり、信長は以前に増してうつけを演じるようになってしまう。信秀が自身の諫言を聞かぬなら、家中からの自身に対する評価を最底辺に落とし、信秀が信長を後継者にするのを諦めさせようとしたのだ。

 

 いわば信長が父の許しもなく、前田家の次期当主とされている利益を小姓にして勝手気儘に召し抱えたのも、自身の評価を落とす行為の一貫だった。

 濃姫を室に迎えてしまった今、決定はもう覆らぬと分かっていたとしても、信長は子供らしい青さで抵抗を続けていたのだ。利益に興味を抱いたのが本当で、濃姫がカラクリだったのを暴いた未知の存在を気に入ったというのに嘘はなくとも、本心には未熟な青さが多分に現れていたのだ。

 

 とはいえ、だ。信長も本当は分かっているのだ。今更自身がどうしようと、全ては手遅れなのだと理解している。子供の駄々と、図抜けた観察眼という二面性が今の信長を形成しているだけ。未熟な精神性が拭い去られるのはまだ先のことになるだろう。吉法師時代から続く信長の少年期は、少なくとも信長の中ではまだ終わっていないのである。

 故に、現在の三郎信長の精神は、吉法師として奔放に振る舞っていたうつけの成分が前面に現れている。前田家の利益を強引に連れ帰った信長に、家中から諌め制止する声が多数向けられようと知らんぷりをして、彼女は彼女なりの手法で目に見えている地雷の撤去に取り掛かろうとしていた。

 

 

 

 ――以上の全ては()()()()をなぞった話である。

 

 

 

「ってわけじゃ。慶次、すまんが其の方が継ぐことになっとる前田家の家督をな、犬……慶次の叔父に当たる利家に譲ってはくれんか?」

 

 パチ、と駒を動かしながら信長が言う。

 パチ、と間髪空けず駒を動かした桓武式大忍――慶次郎利益は即答した。

 

「家督に纏わる決定権は拙者にありませぬ。親父殿に話を通して下され」

 

 パチ。

 

「そんぐらい分かっとるわ。先に慶次に話を通しとるだけじゃし」

「で、ござるか。拙者としては、親父殿の実弟であらせられる利家殿が、前田家の家督を手にするのに否はありませぬ。所詮拙者は養子、血の繋がりはござらぬ故」

 

 すんなり了承する慶次に、信長は一瞬駒を動かす手を止めた。

 まじまじと、慶次の顔を見る。

 

 屋敷の縁側にて握り飯を手掴みし、かぶりつきながらも将棋を指しているのは、織田三郎信長と慶次郎利益である。将棋盤越しに慶次の目を見ていた信長は、少年に未練がないのを理解した。

 彼は自分の手に入るはずだった家督にまるで執着していない。無理解からくる無欲さではなく、本当にどうでもいいと腹の底から思っているのだ。

 信長は慶次の態度に一種の共感を懐く。否、共鳴を感じる。

 

 ――織田信長の真相として。

 

 信長は、楽しくて楽しくて堪らなかったのだ。

 

 信長は耳が聞こえない……他者の言葉が聞こえぬまま生きていた。

 身の回りにいる誰も彼もが、何を言っているか理解できぬ。母も、兄弟も、家臣も、何を喋くるのかとんと理解できない。時々、稀に理解できるのが父の言葉のみで、信長は自身を異常者なのだと思い込み一種の諦念を抱いていた。しかし――この慶次とは生まれて初めて円滑な意思の疎通が出来ている。

 信長が慶次に興味関心を持ったから、というのもある。戯れに指す将棋の応手にて、慶次の思考の次元が己と同等だと悟り楽しくなっていたのもある。信長は理解したのだ、こうして普通に他者と会話を交わせて、やっと己の耳が聞こえぬ理由を知ったのである。

 自分は単に、興味がない輩の声と言葉、心を無意識に無視してしまっていたのだと。聞く価値もない囀りを聞き流してしまっていた。だって……どいつもこいつも馬鹿だから。くだらぬしがらみと価値観で凝り固まり、自明な物事をさも難事の如く騙る愚者共を視界に入れていなかった。

 

 IQという知能指数が違い過ぎる者同士は、会話が成立しないという。信長の知性と性格は、有象無象の大衆の意思や感情を理解する気にならなかった。真相を言葉にしてしまえばそれだけで、そして信長はそれを自覚しても改める気にはならず、ただ慶次という人間以上で人間以下の存在と、意思疎通を成立させられたことに歓喜していた。

 

 身内への情は、あるかないかで言えば、ある。自身の親兄弟、世話してくれる平手の爺さん、吉法師時代に従えた子分どもを愛でる心はあった。

 だが、慶次に対してはそれらに比してなお、格別の寵を向けそうになっていて。慶次の側に、信長からの寵を避けるつもりも、また寵を受けそうになっている自覚もなかった。

 

 パチ。駒を動かした慶次が言う。

 

「王手でござる」

「ぬがっ……」

 

 戦闘型もののふユニットは、戦争における戦略は専門外だ。しかし将棋などの計算に纏わる分野には戦闘機械として得意分野と言える性能を有している。

 故に今まで格下としか――思考の次元が一枚も二枚も下の連中としか出会ったことがなかった信長は、たかが将棋とはいえ年下の小僧に不覚を取ったことへ愕然とした。

 呻き、盤面を睨む信長は、うむむと溢しつつ詰みだと悟る。すると、殆ど衝動的に将棋盤をひっくり返してしまっていた。

 

「おぉっと手が滑った! すまんすまん、今の勝負は無し! やり直し、やり直しじゃ!」

「畏まった。アクロバティックな手の滑り方でござるが、殿の言に偽りなどあるはずもなし。物理法則が局所的に狂っただけに相違ありませぬ」

 

 駒が散乱する畳間に、引きつった笑みを浮かべて宣う主に、慶次は不満を見せず了承する。

 

「あくろばてぃっく……? 物理……法則? それはなんじゃ、慶次」

 

 問われると、慶次はすらすらと言葉の意味と、法則について説明する。

 ふむふむと相槌を打ちながら聞いていた信長は、当然の疑問を投げつけた。

 

「なるほどのぉ。しかしわしですらはじめて聞く知識と言葉じゃ。仕入先は南蛮であろうが、其の方はそういうのをどこで学んだんじゃ?」

「む……申し訳ござらん、拙者には答える術がありませぬ」

「で、あるか」

 

 信長の問いに答えは返らぬ。

 これに、信長は単に、自分がまだ信頼されていないから、教えられないだけだと考えたが、慶次は本当に答える術がないだけだった。

 なにせ慶次は己が知り得ぬはずの知識を、生まれる前から識っていただけなのである。なぜ自分が膨大な知識を蓄えているか、自分でも解らぬのだ。

 気になる、なら慶次に自分を信頼させれば良い。信長は前向きにそう考え、あっさりと追求の手を止めて慶次と共に駒を集め、将棋盤の上に並べた。

 

 そして、戯れに問う。思考の次元が自分と同等だと感じた少年へ、英雄にも魔王にも転じられる存在は試しの球を放った。

 

「そういえば其の方は今後、我が弾正忠家がどうなるか……天下がどう転ぶか想像できるか?」

「所感でよろしければ」

「構わぬ。あとそんな堅苦しくするでない、わしと慶次の仲じゃろ? もそっと砕けてよい」

 

 パチ。

 

 どんな仲なのだ? 慶次の思考ロジックがエラーを吐く。が、すぐさま修正し、解釈した。知己を得て主従となり僅か一日後。形式的とはいえ小姓になった。小姓として親しく接しろとの下知。つまり信長はプライベートな空間で肩肘を張りたくないゆえ、リラックスした態度でいろと命じたわけだ。

 慶次は頷き、言葉遣いを訂正しつつ答える。

 

「では失礼をば……殿の御父上がいつ亡くなるかによって、領国を取り巻く状況は変化しましょう。しかし家中に於いては概ね定まっていると見ます」

「ハッハッハ! わしの親父がいつ死ぬかを論じるなど不敬じゃろ! まあよいわ、続けよ」

 

 パチ。

 

「恐縮です。弾正忠家で、殿と信勝殿の間で後継者争いとなりましょう。殿の後ろ盾である斎藤道三が健在な内は信勝派も大人しくしておるでしょうが、道三めに何かがあれば対抗の意思を明らかにする者が出てくるでしょうな。この場合信勝殿の意思は関係ござらん、神輿として担ぐ者が雨後の筍の如く湧いて出るのは自明」

 

 パチ。

 

「ま、其処に至る大義名分も、作ろうと思えば幾らでもやれるわな。で?」

「殿のお気持ち次第でござるが、反抗勢力に成り得る者を信勝派として集結させ、これを撃滅することで家中を掌握するのが殿の最善手になるでしょうな。周辺国に家督継承後の混乱の隙を晒さぬため、迅速に足元を固める手段は他にありませぬ。信秀様の御意思に沿い、信勝殿と二元体制を執って兄弟で力を合わせるのも手ではありますが、後に禍根を残すだけですな」

 

 パチ。

 

「同感じゃ。要するに親父の死期次第で状況は良くも悪くもなる、親父が死んだらわしは速攻で尾張を統一せねばならんというわけじゃ。んで、邪魔になる信勝めは早期に消せと」

「然り。殿が今後、理想的なスタートダッシュをするのに必要な要素は、殿のお声に従う兵、行動を正当化する大義名分の確保、それらを円滑に進められる銭、どう考えても手勢が少なくなるであろう殿の軍を支える武器ですな。家中に競争相手は無用。拙者――もとい、我はそのように愚考する次第」

 

 パチ。

 

 将棋盤を睨む信長は呟く。

 

「……満点じゃな。わしと全く同じ考えよ。見事じゃ慶次、褒めてやる」

「有難き幸せ」

 

 満点と云いつつ、彼女の顔から笑みは消えていた。

 はて、なんぞ気に食わぬことを言ってしまっただろうか。首を傾げる愛嬌はなく、慶次は無言で盤面を睨んだままの信長の顔を見る。

 信長は嘆息した。嘆息し、食いかけの握り飯を慶次の顔面に投げつける。慶次は躱さなかった。

 

「満点じゃがな、わしにはやる気がない。なんでわしがそんなことをせにゃならん。其の方の言はわしの考える最善手じゃが、わしが織田家を率いてゆくのに意欲があればのものに過ぎん」

「モチベーションが湧きませぬか」

「もちべーしょん……? う、む……まぁ、大体意味は察するが……まあそのもちべーしょんとやらがわしにはない。慶次よ、わしがやる気を出すだけの理由を其の方は言えるか?」

 

 顔面に付着した握り飯が、重力に引かれ落下するのを受け止める。信長にそれを返そうとすると、信長は顔を顰めて『いらんいらん、其の方が食え』と乱暴に言い捨てた。

 慶次は命じられるまま一口で食う。無言で咀嚼していると、将棋盤の駒を信長が動かした。長い黒髪をさらりと揺らし、盤面を睨む少女は皮肉げに呟く。

 

「……結局、うつけ共の為に、わしが一肌脱いでやる気になれんのよ。メンドクサイんじゃ」

「ならば是非もありませぬ。殿は家を捨て、信長であることを捨て出奔するしかありませんな」

「……そっかぁ。そうなるかぁ」

「なりまする。何もせぬ、というのは殿の立場では自殺行為。後は野となれ山となれと何もかもを捨て去り、一人の女として世をさすらう道しかない」

「……慶次は、わしがそうしたらどうする?」

「別に何も。殿が残れと申すなら織田に残り、随行を望むなら地の果てまでも付き従いましょうぞ」

 

 パチ。

 

 一手打ち、手を止めた信長は、淡々と話す慶次に目を瞬いた。

 慶次は無感動だ。ただ、『従う者』としての在り方が鋼鉄のように硬い。

 なんの臆面もなく従属を選んだ少年の顔を見詰め、信長は不意に相好を崩した。彼の言に嘘偽りの要素が一片たりともないように見えたから。

 

「で、あるか」

 

 パチ。

 

 駒を動かす。なんだか、肩が軽くなった。信長は微笑み、まあ、もう少し様子を見るかと思う。

 未だにやる気は出ないが、己に従うというコイツに報いるなら、信長であることに価値はあるようにも思える。なら今はそれでいい。それぐらいにしか価値はないが、何もないよりはマシだ。

 

「王手」

「……あっ」

 

 よそ事を考え感慨に耽っていたせいで、再び詰まされた信長は、声を漏らして数秒の後。

 また、盤面をひっくり返した。

 

「やり直し。やり直しじゃ! 是非もないよネ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






なぜなに大うつけ版ノッブを要約
 本作中ではノッブが吉法師時代に大うつけな振る舞いをしていた理由が、本人は男として扱われていたとはいえ女の子で、なおかつ父と母が後継者は信勝にするつもりな差配をしていたから、本人はストレスフリーで好き勝手していただけ、としています。後継者にならんならいいや、って割り切ってたんですな。が、父は何を思ったか、信勝じゃこの乱世は乗り切れんと考えて、いきなり信長を後継者扱い。これには信長もびっくり。信勝はにっこり。母は発狂。しかもFateぐだ時空のノッブ父は、信長を後継者にしておきながら、信勝も家中で勢力を割れるだけの扱いをする始末。この中途半端さと、いきなりストレスフリーを取り上げられて反発したからこそ信長は大うつけを通し、父の葬儀に粗相をやらかす怒りを爆発。平手のじいさんが自害して諌めるまで大うつけだったのは、いわばグレてたんですよ、って感じ。

 という上辺の建前的解釈を前面に。

 興味の持てない奴らの話が耳に入らない『王は人の心がわからない』系ノッブが潜んでる感じ。
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