花の武者に魔王は蕩け   作:飴玉鉛

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本日二話目。


ぐだぐだ運命の巻、藤吉郎伝

 

 

 

 

 

 漠然とした“餓え”に苦しんだ幼少期だ。

 

 腹の満ちぬ貧しき生活への餓え。

 自らを虐げる家を忌避する一方、幸福そうに笑う他家を見て羨む餓え。

 綺麗な羽織を着て上から物を言う者を見ての餓え。

 

 旅に出た。此の世の下を這いずり、汚水を飲んで汚泥を舐め、天の中心にある日輪に触れ餓えを満たそうと。()()()()()とはどういうものか知りたい故に、()えるまま(うえ)を目指した。

 

 そして知る。天下は存外に狭く、容易く、複雑怪奇なようで単純であると。天下とは人と人の集合体であり、人を知り抜けば如何様にも上へ行けると。

 気づいたなら、思い通りだった。『上の人』に取り入り、愛嬌を振りまき、渡れば出世は簡単。どこまで上にいけるか試す中、奇妙な全能感を覚えた。

 思えばその全能感こそ失敗の元だった。

 今川家の隆盛を知り、今川家に於いて成り上がろうと今川の家臣、飯尾に仕える松下に仕え、松下の当主に気に入られたはいいが、横と下の繋がりを軽視した故に足を引っ張られて退転を余儀なくされたのだ。成る程と得心したものである。天下が人の集まりならば、上があれば下もある。下と横からすれば同列の者の成り上がりは面白くなかろう。

 

 失敗を糧に、次で活かすべく他家へ移ろうと今川氏の領国を離れた。

 

 今川氏の下での失敗は一つの哲学を齎した。人は下を見たがるというある種の蔑視だ。人は見下せる他人を求める――比較して劣る者、媚びる者を求めていた。根暗な馬鹿は軽蔑する一方で明るい馬鹿は気に入り、気が利くなら可愛がる。全員がそうではないが、大部分はそういう性質を有しているのだ。

 『上』からは可愛がられた方が都合が良い。『上』に登り詰めるには気に入られていた方が豊富な恩恵がある。『下』はほぼ恩恵がないが、『横』と同様に立ち回り次第で脚を引かれ『下』へ引きずり降ろされる危険性があるから、細心の注意を払って気を回す必要があるのも分かった。

 

 答えは上には愛嬌満点の追従者、下と横には大盤振る舞いの気前良し。

 

 元より失うもののない下層階級の者。裸一貫、成り上がるなら失敗を反省しても、次の挑戦に尻込みする奥手さは無用である。男――木下藤吉郎はそのように前向きだった。

 仕官先を求め尾張に来たのは、知己のある商人共が盛んに尾張へ出向いていたからだ。楽市楽座なる政策を実施し、織田弾正忠家が商人達の庇護者になったからである。銭の力を重視する? もしや人の世の巡りを自分以外に知る者がいるのかと興味を持ったわけだ。そこで織田家の情報を集め、当代の当主の遣り口を知った。

 

「面白いわ!」

 

 藤吉郎は飽くなき餓えで上を知る。策の全貌は情報不足ゆえ知り得ぬが、織田上総介信長の策は極めて効率的で無駄がなく、名声を気にせぬ結果主義。家督継承に於ける争乱は面白かった。

 次の仕官先を決めた。尾張に織田家は数あれど、先代の信秀が築いた地盤を用いる弾正忠家が尾張織田氏を統一するだろう。戦と出世の匂いをぷんぷんに発している。仕えるならここだ。

 決めたなら行動あるのみ。どのように取り入ろうか藤吉郎は思案した。

 普通に仕官を求めるのが手堅いがそれだけでは足りぬ。成果主義の実力重視なら、どこまでも成り上がれる自信はあるが、どうせなら何かの取っ掛かりがないか探りを入れた方がよかろう。徒労に終わる可能性は高いが、可能性が何もないよりは遥かにマシだ。

 藤吉郎が目を付けたのは、美濃から尾張に派遣された役人や将兵だ。彼らは本意ならぬまま織田に仕える仕儀となった者達。彼らには大なり小なり不満があろう。不満とは付け入る隙、取り入る餌がそこらに転がっていてもおかしくない。彼らの大半は諦め、織田で身を立てようとするだろうが、中には面白い企てをする者が居るかもしれなかった。

 

 伝手のある知己の商人達から情報を漁った。

 

 誰それが何を買い求めたかを知るだけで動向は読める。銭の力とはすなわち情報、情報とはすなわち黄金に勝る値打ち物。人が人であるならば銭には抗えぬ。藤吉郎は果たして、銭の流れから一つの面白い手掛かりを得た。美濃竹中家の嫡男が、性急に様々な雑貨を買い求めたというのだ。商人が仕入れた話によると、竹中の嫡男は織田上総介の腹心――尾張に武名轟く今為朝、今項羽とも謳われる慶次郎利益の訪問を受けた直後であるという。

 竹中の買い求めたものを知り、慶次郎という縁を知った藤吉郎は竹中の宅へ侵入を試みた。そこで藤吉郎は知ってしまった。世を渡り歩いてきた藤吉郎は世界の裏を知っている――()()()()()()を彼は認知していて、竹中の宅から妖術師の魔力を嗅ぎ取ったのだ。

 

(ここだ)

 

 藤吉郎は天の差配を得た思いだった。一足飛びに織田上総介に取り入る切っ掛けを得たのだ。幸いにして慶次郎利益の外見は特徴的――見上げるような大男で、冷淡な風貌をした若者。黒い巨馬がいたなら確定で慶次郎であろう。藤吉郎は機を伺った。竹中の行動からして、竹中は網を張っている。織田上総介か、慶次郎が訪れると読んでいるらしい。

 ならばそこに便乗するまで。藤吉郎は城と竹中の宅を繋ぐ道に張り込み、時を待った。果たしてそこを通る者が居る。噂に伝え聞く慶次郎その人と、彼の愛馬に乗る貴人。ああ、間違いない。慶次郎が傅く者など上総介しか有り得まい。好機到来、ろくに顔も見ず必死の思いで行く手を遮った。

 

 そこで藤吉郎は二つの運命と出会い、二つの衝撃を同時に想う。

 

(――なんと、美しい御方じゃろう……こんな御方が此の世におったんか)

 

 織田信長。美貌もさることながら、発する覇気の波動が男の魂を鷲掴む。まさに超世の傑、人の世を超えた人であり人でない御方。

 

(なんという圧じゃ……! 本当に十一の小僧だぎゃ!? こん俺がほんの一睨み、軽く怒鳴られただけで身が竦む! 肝が潰れそうになっとる……!)

 

 慶次郎利益。歳なんぞ関係なく、天下を圧し狭める武威に金の玉が縮む。正しく天下無双の器、明らかに人ではない規格外の力を隠さず発する武者。

 藤吉郎は人として『上』の信長に魅せられ、生き物として『上』の慶次郎に圧倒された。だが、だからこそと言うべきか。藤吉郎は総身を焼き尽くすほどの歓喜を覚えていた。

 

(易い世じゃあ想っとったぎゃ、んなこたぁない! こん二人がおるなら捨てたもんじゃないわ! 俺は嬉しい、嬉しいぞ! 俺は、俺はこん二人に出会う為に生まれてきたんじゃなか!?)

 

 ――効かぬ者には頓と効かぬが、効く者には抜群に効く織田信長のカリスマ性が刺さった影響と言えるだろう。藤吉郎は人生がひっくり返るほどの衝撃を覚え、惚れた。織田信長という埒外の存在と、慶次郎利益という理外の存在に。情欲や打算に拠らず惚れる心地は誰もが経験できるものではない、藤吉郎はまさに運命に出会ったと言える。

 

 信長に仕えたい、この御方の為に生きたい、この御方の役に立ちたい。慶次郎と誼を通じたい、知りたい、友になってみたい……この二つの想いが藤吉郎の中で柱になっていった。

 

「それがしの見立てじゃと、これより先は妖術師の仕掛けがあり申す!」

 

 ――だが、まだだ。藤吉郎にはもう一つの運命が待ち構えていた。

 

 信長と慶次郎を先導してやって来たるは、竹中半兵衛の待ち構える地。

 妖術もまた奥深く、種も仕掛けも様々だが、効能は単調な型に収束する物。藤吉郎には面識なき竹中半兵衛の企みがどのようなものであるか想像できないが、面識のある慶次郎には読めた。

 

「微量の魔力反応を検知。大した仕掛けではなく、害意は低いと推測……殿、この藤吉郎なる者の報せは真であった様子。どうなさるか御下知を」

 

 魔力反応? 慶次郎は妖術の気配が解るんか! 武芸一辺倒ではないっちゃあ大したもんじゃ。

 藤吉郎がそのように感心するのを尻目に、信長は慶次郎の存在から条理の外のモノを認知していた為か驚きもせず相槌を打つ。

 

「で、あるか。藤吉郎……いや、其の方は今からサルじゃ! サル、まずは其の方が行け。行って竹中の小僧を引き摺り出せい! さすれば望むがまま取り立ててやらんでもないぞ!」

 

 虚報でなく真であるならよい。信長は藤吉郎の働きを認め、早速とばかりに無茶を宣う。

 だが常人には無茶でも、藤吉郎には程度の低い注文だ。むしろ信長からサルと、普通に聞けば悪口にしかならぬ仇名を与えられたことに嬉色を浮かべた。

 

「ははぁっ! このサルめにお任せあれ! 竹中半兵衛めを上総介様の御前に連れて参ります!」

 

 喜び勇んで、妖術師の仕掛けがある危険地帯に丸腰で飛び込む。そんな藤吉郎に信長は色のある瞳を向けていて、目敏く見咎めた慶次郎は独り言のように呟いた。

 

「……殿の好みそうな()()()()()人材だが、見るに身分低く早急な任用は困難至極。だが幾らかの実績を順繰りに踏ませる手間は、殿の好むところではあるまい。さてどうしたものか」

「……」

「然らば殿より授かった、赤母衣衆の人事権を用いればよいか? うむ、それがよい。殿に非難が向き煩わせぬよう、我に不平を集めれば有為の者を用いれよう。能力があれば登用される、殿直参の士として民草にも門戸が開かれていると喧伝できれば、我を経由して殿へ才人を面通りできるやもしれん。無駄な様式を省略するのは殿の好みであろう」

「……なんか独り言デカくない? 愛でたくなるじゃろ、控えい」

「は、無礼を働き恐縮でござる。なんなりと罰して下され」

「んじゃ、特別感出しときたいし、其の方は今から我を諱で呼べ。普通は呼んじゃならんが、んな下らん慣習とか我は気にせんしな……ん? 特別感出すのに、罰? 普通に褒美じゃろ。な?」

「御意。有り難き幸せに存じまする、信長様」

「うむっ」

 

 是とは言わぬまま独り言を受け入れる態度を取った傑人は、信長様と呼ばれ満悦の様子。主の態度に慶次郎は口許を緩めるも、信長が「ん?」と気づく寸前にいつもの仏頂面に戻っていた。

 さりげに、後に新参で功足らぬまま重臣となる者は、経歴として赤母衣衆出身の項目を追加される下地を考案した一幕である。なにげに重要な場面であったが、流れる空気は甘かった。

 

 一方。

 

 藤吉郎は予想に反して、拍子抜けするほどすんなり竹中半兵衛の住まいに到達していた。

 彼は学がなく知らなかったが、竹中半兵衛の住居周りには幾つもの石柱が建てられており、これは古代中国の天才軍師、諸葛孔明の石兵八陣を模した簡易迷宮だったもので――術者だった半兵衛は侵入者の藤吉郎を見るなり、何を考えたのか仕掛けを働かせず素通りさせたのだ。

 

「――ようこそおいでになられました、我が運命」

「ん?」

 

 扉を叩く前に開いた戸。中から現れたるは一人の()()

 色素の薄い肌と髪、中性的な容貌の乙女。白い着流しを纏った怪しげな少女は、狂的な瞳に熱を込めて藤吉郎を出迎えたのだ。

 

「一目見て惚れました、結婚して下さい」

「は?」

 

 目を点にする藤吉郎にそう言ったのが、彼の天才軍師。今孔明と謳われる竹中半兵衛重治だとは、さしもの藤吉郎も思いもよらず。

 そして。後に早死にした事にして、八方へ妖術や計略を巡らせ藤吉郎の正室――()()()()()乙女だとは想像もできなかった。

 

 藤吉郎はこの日、運命に出会った。

 

 終生の主と友、妻と一日で纏めて出会ったのだ。

 

 

 

 

 

 




久しぶりに二話投稿とか頑張ったな我。きっとたくさん褒美が弾まれるじゃろうて…。
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