花の武者に魔王は蕩け   作:飴玉鉛

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始動からして常識破りの現実離れ

 

 

 

 

 

 

「わっはっはっは!」

 

 信長は慶次郎も見たことがない豪快な笑い様で藤吉郎を迎えた。

 

「半兵衛が妖術師で? しかも実は男子(おのこ)じゃのうて女子(おなご)で? 初対面でサルに求婚して? サルといたいからサルに仕える? 傾奇すぎじゃろ!」

 

 藤吉郎の腕に自身の腕を絡めて張り付く、中性的な容貌の乙女。色素の薄い髪と肌、細ぎすな痩身と血色の悪い顔、日の光を知らぬ日陰者めいた書生、といった印象だ。

 見目は大変よろしい。だが女だ。紛れもなく、彼女こそが竹中半兵衛重治である。彼女の目は信長や慶次郎を毛筋の先ほども映さず、ただジーッと藤吉郎だけを捉えて離さない。

 信長の有するカリスマとも言うべき覇気が全く効いていない。どころか、逆に反発させている。信長という比類なき覇者の器の持ち主を、こうまで露骨に眼中へ入れぬ様は、いっそ嫌悪という情すら飛び越えた無関心ぶりだ。信長が傑物以外を認識しない異常性に類似した様子である。

 

 だが構わない。面白いからだ。信長は半兵衛の無礼な態度を流し、爆笑している。しかし信長の斜め後ろに控える慶次郎は、主に反して深刻な表情をしていた。

 慶次郎は、彼女を男だと認識していたのだ。信長を初見で女だと認知できたのに。だが今こうして見ると明らかに女の体格であり、顔つきも中性的ではあるが女にしか見えないではないか。

 其れが意味するのは驚嘆に値する事実――半兵衛は妖術で性別を偽っていて……そして慶次郎は彼女の妖術を見抜けなかったということだ。

 信長も同様の失点を察している。半兵衛と直接顔を合わせた慶次郎が、彼女を男と称していたのを失念していない。察した上で笑っているのだ。妖術とやらの厄介さと、半兵衛の大胆さを。

 

 そして其の上で、信長は笑いながら告げた。

 

「我をおちょくってんのか? 笑えんかったら殺しとったわ」

 

 危険だ。半兵衛は危険過ぎる。信長とて慶次郎の全能力を正確に把握し切っていない。敢えて訊かずにいる能力が幾つもある。武勇の面での限界点、出処不明の知識や技能などだ。訊かないほうが面白いと思っている側面があるからだが、能力面では誰よりも信頼していると言っても過言ではない。

 先程知ったが魔力なるものを検知する能力まで慶次郎にはあるらしい。その慶次郎に、見た目という視覚情報を誤認させる妖術を、かなりの切れ者だと評価されている者が扱える? 危険過ぎて捨ておけるわけがなかった。故にこそ信長は暗にこう言ったのだ、我に仕えないなら殺す、と。

 藤吉郎はそれを察した。半兵衛は予測していた。故に動揺しない。そして藤吉郎は信長の反応を見て瞬時に理解した。この面妖で不可解な女子は、信長から殺意を向けられるほどに有能で有用な存在なのだと。そうと分かったなら話は早い。というか有能でなくても藤吉郎に行動しない選択肢はなかった。

 

「あいや、やや、お待ちくだされ上総介様!」

「なんじゃよそよそしい。『殿』って呼んでいいぞサル」

「!? と、殿! お待ちくだされ!」

 

 藤吉郎の仕官したいという想いを見透かし、なおかつそれを許すという圧縮された言葉を受け、つい嬉色を浮かべてしまいながらも、藤吉郎は己の腕に組付く女を引き剥がして跪き平伏した。

 

「おそれながら、この半兵衛めをそれがしの妻にしとうござる!」

「藤吉郎様……!」

「あぁん?」

 

 半兵衛が乙女の目で両手を組み、瞳を歓喜の雫で潤ませる。控えめに言って意味不明なまでに心を許しているのが狂的な姿だが、笑みを消した信長の凄みを前にすれば可愛いものだ。

 常人なら失禁する。放心する。思考停止する。戦国乱世で鍛えられた武家の武士でも、全身を緊張に支配され口を開くのに命懸けの勇気を求められるだろう。だが藤吉郎は緊張していない。自身の得る役得と信長の益を両立させる自信があり、信長が傑物なら理解してもらえると確信していたからだ。

 

「ご報告した通り、此奴はそれがしに惚れ妻になりたいと申しとりました。それがしとて正直信じかねておりまする、なんの身分も、財も、名も有さぬそれがし如きに嫁ぎたいなど……半兵衛のように由緒ある武家の生まれのモンが申しても信じられる道理はござらん! 殿と慶次郎殿の来訪を知り、自身の末路を悟って命欲しさでそれがしへ輿入れすると、その場凌ぎで口走った斬新な命乞いと言われた方がまだ信じられまする!」

「そんなっ! 私は本当に――」

「――じゃけんど!」

 

 藤吉郎の言葉に悲痛な声で否定しようとする半兵衛を遮り、大声で藤吉郎は続けた。

 

「殿の御下知で半兵衛めをそれがしの妻とすれば、それがしの傍に常に置くことで、こんモノを殿の為に働かせることは十分に能うんじゃないかと愚考する次第! 何卒、何卒お許しを!」

 

 男としての本音を言うなら。

 藤吉郎は、自身の容姿が優れていないことを知っている。生まれも貧しく、財産はない。であればこそ半兵衛の如き武家の嫡男が――あぃや、姫が――自分に惚れて妻に成りたいと言われると男として欲が出る。ぶっちゃけ半兵衛の外見が好みだ。抱きたい。組み伏せてやりたい。卑しい身分の自分が、見目優れたる武家の姫を我が物にする様は快感だ。

 しかし半兵衛をいきなり信じられるほど藤吉郎もおめでたくはなかった。直感的に信じて良いと感じてはいるものの、理性は一目惚れなんて戯言を信じず明確な理由を求めろと言っている。故に藤吉郎は理性と本能の折衷案を出し、半兵衛の言が嘘偽りでもいいように縛り付けておくべきだと判断した。

 

「……慶次」

 

 信長が一言、呼ぶ。随一の忠臣の意見が聞きたい。同じ考えだろうから、確認の意図もある。

 果たして慶次郎は信長と同じ考えを述べた。機械的に正確で合理的な判断は主に似通っている。

 

「藤吉郎の才覚は実証されておりませぬが、半兵衛を付けたのなら最低限の働きは担保されましょう。また我らが尾張を統一せしめれば、天下(畿内)に武を布く殿の構想実現へ着手する段で、殿や我のおらぬ方面をカバーする大将が必須になりまする。現状、その役を負えるのは家中では柴田殿、丹羽殿、滝川殿のみ。動かせる手勢が足りぬのは明白、その一角を藤吉郎が埋められるまでになるならば、半兵衛の如き知恵者の存在は藤吉郎にも必要になるかと」

「……で、あるか」

「加え、この者は見るからに殿と()()()様子。無理に従えようと満足に働くとは思えませぬな。されど安易に斬るのは惜しいとなれば、藤吉郎につけるべき理由はいや増しましょうぞ」

「是非もなしか。まあよい。サル、そこな女郎は其の方が使うがよいわ。もし仮に手放せば連座して罰するゆえ、手綱をしかと握り離すでないぞ」

「ははぁっ! 寛大な差配、まこと感謝いたしまする! ……おい半兵衛、オマエも跪くんじゃ!」

「はい……」

 

 よろこんで礼を言う藤吉郎だったが、半兵衛は信長へ平伏するのになんの感情も見せない。

 不満も喜びもみせないが、内心で信長に臣下の礼を示すのが不服であるのは見る者が見れば解る。

 信長は鼻を鳴らして告げた。

 

「サル、それから……キツネ。其の方らは我の親衛隊、赤母衣衆に加える故、筆頭である慶次の指揮下に入るんじゃ。励めよ」

「ははぁっ!」

「はい」

 

 キツネ。

 信長は特定の者へ仇名をつける。可愛がる者には特に。藤吉郎は見た目でサルと名付け、半兵衛にはキツネという仇名を与えた。外見が由縁ではない。人を化かす徒という意味でもなかった。とある妖怪狐は取り憑いた相手に、よく食べるが太ることなく逆に痩せていく呪いを課す。信長はそういう意味にこじつけて、半兵衛をキツネと称したのだ。

 鈍い者には伝わらないだろうが、藤吉郎に半兵衛の扱いを気をつけろと暗に伝え、同時に半兵衛には下手な真似をしたら油で揚げて食う――つまり殺すと脅したのである。

 

 斯くして信長の覇道に猿と狐が加わった。戦が始まる少し前のことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 形骸化している守護の斯波氏の下、尾張には分裂した守護代の織田氏が複数在り内紛の最中だ。故に尾張織田氏にとっては国内統一こそが急務であるのだが、現在弾正忠家は苦境に在った。

 

 先代信秀は第二次小豆坂の戦いで、今川家宰相の太原雪斎が指揮する今川松平連合軍に大敗し、今川の勢力に押されていた。さらに織田大和守家も敵対を表明し今川に与しているのだ。

 

 弾正忠家の勢力は三河にまで食い込んでいる。今川が西三河支配の牙城、安祥城を奪取しようと企図しているのは、信長からすれば明白であった。故にこそ信秀を隠居させ、信勝を討ち、完全に弾正忠家を掌握した信長の行動は素早い。今川が兵を差し向けてくる前に、尾張を我が物にせんと企んだのである。

 

 信長は対立している大和守家を含む、複数の織田家全てに書状を送る。内容はシンプルだった。織田上総介信長は、戦国乱世で於いてすらも前例が少ない無礼さで挑発したのである。お前たちは弱くて愚かだから、下にいる民草が哀れでならない。お前たちの領国は強者である自分が支配するべきだろう。国を差し出せば命は助けてやる、臣従しろ――と。

 誰がどう見ても愚かなのは信長の行為であろう。弾正忠家の勢力などで、他の織田氏を纏めて相手にできる道理はない。しかしこうまで明白な自殺行為でも、面子に泥を掛ける行いを武家が許しておけるわけがないのも道理だ。他の織田氏の当主は激怒し、増長している愚かな信長を叩くべく兵を挙げた。

 

 大慌てしたのは弾正忠家だった。信長の愚行で、纏まったはずの家中が再び割れそうになった。

 しかし、戦装束に身を包んだ信長は、不敵に笑って腹心に語りかける――

 

「源為朝は若くして九州を我が物とした。ならば其の方が、たかが尾張一国の統一に手こずりはするまいな? 我は伊勢守家を破る。其の方は他を片付け、武名を天下に轟かせて参れ」

 

 ――と。

 

「御意」

 

 こうして後世に於いても戦国無双と謳われる由縁、戦史研究者たちの頭を悩ませる、現実味なき尾張統一の乱が勃発したのだ。

 今為朝、今項羽、戦国無双の花の武者が出陣し、対するのは大和守家の軍勢――信じ難きことに其れを討伐せんとしているのは慶次郎利益、単騎であったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なお源為朝は生前手加減をしていた模様。よって全力なら生前の為朝と同じ働きが出来る今の慶次郎より数段強い。
桓武式大忍は専門分野が違うため、摂津式大具足の流れを汲む為朝に戦闘力で及ばない。なのに戦闘力に長け、成長という拡張性を含めれば為朝に匹敵できるのは、慶次郎という肉体のおかげに過ぎない。

なお状態として、初期化されてしまっている今の『慶次郎利益』は、能力や思考形態こそ桓武式大忍に寄っているものの、大本は慶次郎本人。大忍のせいで内面は育ってないものの、成長するにつれ本来の人間性が顔を出し始めるかもしれない。顔を出しても環境の影響で傾奇者にはならないだろうけども。

なお、ノッブは普通に慶次郎を乱用するので戦史研究家は泣くことになる。
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