調理室に入る直前、ミナトはフウカの髪にゴミのようなものがついていることに気づき呼び止め、そのゴミをとろうと手を伸ばしていた。
「え…?……ッ!!」
(ちょ、待って、近い近い…ミナトの顔がこんなに近く……!!)
フウカよりも身長の高いミナトが少し屈んでゴミをとろうととした事で、顔と顔が急接近した事にドギマギしながら思わず目をつぶってしまうフウカ。
「……とれた。……髪が長いと大変だな色々」
頬が赤いことやフウカの様子が少しおかしいことに内心?を浮かべるものの特に気にせずにゴミを取り、世間話的に髪の話題に入るミナト。
未だ心臓はドキドキと高鳴ってはいるが何とか平常心に落ち着かせて、かねてより思っていた事を吐露するフウカは少し挙動不審だ。
「やっぱり…髪切った方が、いいかな…?」
料理を作る者としてこの長い髪は切った方がいいのでは?そう思った事が多々あったものの、今まで決断出来ずにいたフウカは思わずそうこぼしてしてしまう。
しかし、
「…………………俺は……フウカは…長い髪の方が……似合ってると思うぞ……」
心なしかほんのりと赤くなった顔でミナトは無表情に言う。最後らへんは少し尻すぼみになってしまったものの、それはきちんとフウカへ聞こえていた。
「へ、へ〜……なら、切らないで、おこうか…な。うん」
思わずニヤけてしまう顔を見られまいとそっぽを向くフウカ。
その日の調理室は何だか甘い空気が流れ、その日の給食のカレーはいつもより甘かったらしい。
ゲヘナ学園給食部の日常は朝から始まる。
朝
前日に下準備したものを昼までに作るため、風紀委員会並に、あるいはそれ以上に早く学校へと登校し、食堂にて給食4000人分を作る。
その際何かしらのトラブルが起こる事を想定して基本的に2時間前には料理を完成させるべく作り始める。
また、給食部が管理する菜園の水やりなども同時に行う。
この時間帯に美食研究会が攻めてきた場合、何としてでも部長及び副部長の誘拐を阻止せねば昼の給食部での料理の効率が激減し、味の低下につながる。
二人とも誘拐された場合、昼の時間にて阿鼻叫喚の地獄絵図が出来上がり、風紀委員会の仕事が増える。
昼
食堂へ来た生徒へ給食の配膳や会計などを分担して行う。
いちゃもんをつけてくるような輩には風紀委員会に連絡。
それまでの繋ぎとして謝罪や制圧を行うが、後者になることはほぼない。
また、この時間になると美食研究会が襲撃してくることが多いため、その対策として風紀委員会への連絡は迅速に出来るようにしている。ここで美食研究会が来なければ自由時間が確保出来、それぞれが好きに過ごす。ここに、給食配達等も行う事もある。
夕方
昼が終われば給食の時間は終わるが、給食部はまだまだ働く。
足りなくなった材料があれば大型デパートへ買い出しへと車で赴き、留守番を任される者は明日の給食の下ごしらえ4000人分を行う。余った料理は各自で夕ご飯として食べ、残りは冷凍保存、廃棄、もしくは、差し入れとして風紀委員会や万魔殿へ持って行く。
夜
食堂の清掃や下ごしらえの最終チェックをし菜園の水やりをして帰宅。
各自料理の研究。給食の改善案などを行い就寝。
ここで美食研究会が来て誘拐されることも多々あり、時間帯で言えばこの時間は誘拐率が高い。
これが、ゲヘナ学園給食部総員
はっきり言おう。
超がつくほどブラックだ。
部員数が3人という深刻な人手不足な上に、そのうち一人は料理の工程に触れるだけで何故かモンスターが生まれるという神秘を通り越して恐怖もんの怪現象を引き起こすため、実質2人でまわす事となっている。
給食を作り終わってそれで終わりというわけでもない。
翌日の準備から研究など時間がいくらあっても足りない。
極めつけは美食研究会の誘拐である。
ふざけんなの一言である。
もう一度言おう。
ブラック・オブ・ブラック
それがゲヘナの給食部だ。
「……………フウカ」
ゲヘナが誇るブラック組織のトップ3に入る魔窟。
給食部にて、
黒髪で
蒼い瞳の
無表情で無感情な目元と、隈の目立つ
腰からボロボロの伸縮可能な黒い翼を生やした
男子高校生の平均的な身長よりもやや高い背丈の
線の細い少年が、高速でキャベツをみじん切りしながら、
隣で同じくキャベツを高速でみじん切りにする少女へと話しかける。
その声は低く、感情が乗っていないが彼はコレがデフォルトである。
「どうしたのミナト?」
普段は料理に集中して話しかけてこない少年、黒松ミナトが唐突に話しかけてきたことに少し驚きながら、しかし、キャベツをみじん切りにする手を止めることなく少女は返事をする。
「…………俺はさ、……この光景を見たことのないやつが………美味くないとか不味いとか………好き勝手言っている現状を………どうにかしたい」
そんな気が滅入る事をどうして料理中に話すのよ、と思いながらも少女は難しい顔をする。
「でも、現実的に考えて、給食4000人分を実質2人でまわしているから、細部まで気遣うのが難しいと思うけど」
少女、愛清フウカがそう言うのも無理のないことなのだ。
この2人、料理に関しては一流の腕を持つもののたった2人で4000人分をしかも時間制限付きで作っているため、妥協してしまう部分があるのは事実だ。
「…………それでも、出来るだけ美味い飯を………食わせてやりたいんだ……俺は」
フウカはそんな彼の言葉に少し微笑む。
フウカは「皆のために何かしたい」という献身から給食部で毎日給食を作っている。
ミナトは「腹を空かしてるやつに美味い飯を食べさせたい」という想いから給食部に所属し給食を作っている。
フウカはそんな彼が好きだ。
誰であろうと、お腹を空かした者を放っておけない
それはきっと尊ばれるモノで、事実フウカは彼の在り方に尊敬に似た何かを抱いている。
しかし、まぁ
「じゃあどうするの?現状コレが手一杯よ?これ以上の味を引き出すことは可能かも知れないけど、やっぱり圧倒的に部員数が足りない」
ちょうどキャベツのみじん切りが終わった所でミナトはフウカの方へ向きその蒼い瞳でフウカの紅い瞳を見る。少しドキッとして頬がほんのり赤くなるもそんな事には気づく様子もなくミナトは告げる。
「…………それだ」
「つまり、ミナト先輩は部員数をもっと増やしたいんですか?」
昼時が終わり、特に至急買い出す物もないため、余った時間で牛牧ジュリを加えた給食部総員(3人)は一つのテーブルを囲う形で、ミナトの話を聞いていた。
「ああ……人手が足りない……それは純然たる事実だ。……それこそ味の質が低下する原因…というわけでもないが………まあ、………理由の一つとして挙げられるだろうな……他にもあるが……俺達が……自発的に行動出来る事の……一つとして…な」
理由としては簡単だった。
人手不足が解消出来ればそれだけ一つの料理に対して集中出来るわけだ。
現状は100の集中力を4000に切り分けているようなもので、その状態で美味いものを作れという方が無茶なのだ。
ジュリを除けばここにいるのは料理のプロと言っても過言ではない。
しかし、
「ゲヘナに給食を作りたいなんて思う子がいればもう入部してると思うけど……」
「………………………………………………(フイッ)」
思わず目を逸らしたミナトにジト目になるフウカ。
その横ではジュリが苦笑いをしている。
「…………でも……何もしないよりはいい……と思う。例えそれが……意味の無い事のように……見えるかもしれないけど……きっと意味はあるから。……この世に……意味のないことなんて……そうそう無い……と思うから」
少し目元に影を落としながら俯きミナトはそう言う。
その様子にフウカとジュリは顔を見合わせて二人して笑う。
「わかりました先輩!私料理は下手っぴで先輩達にまだまだ追いつけない未熟者ですけど……美味しい料理。皆さんに食べさせてあげたいという気持ちは本物ですから!」
ジュリが元気よくそう言う。
その言葉に顔を上げたミナトは、相変わらずの無表情ではあったが、心なしか雰囲気が明るい。
「じゃあ、ゲヘナの掲示板か何かにポスターでも作って貼る?」
フウカの言葉にコクリと頷くミナト。
「……それは俺がつくるよ……」
言い出しっぺの自分が作ろうと思っていたミナトは、そこでフウカにストップがかけられる。
「ミナト……ちゃんと寝れてる?」
その言葉にギクッ!と身体を震わせるミナト。
それに構わずフウカは続ける。
「料理の研究でちゃんと寝れてないでしょミナト。なのに、どうやって絵を描く時間なんて確保するつもり?」
「……………………………………………………(フイッ)」
その反応にまたもやジト目になるフウカだが、その目は普段と違い優しげだ。
少し身を乗り出してミナトのおでこに軽くデコピンをするフウカ。
それに「イテッ…」と小さく呻くミナトと視線が交差する。
「もう……そういう時くらい私達を頼ってよ。私は部長でミナトは副部長…でしょ?」
「………っ!」
コクリと頷く眼の前の少年を見てジュリもフウカも、料理の腕は確かで器用なのにこういう事は不器用だな、と思いながら絵の構成を考え言っていく。
無表情なミナトの口元が少し歪んでいたのは、きっと見間違いじゃないだろうと思いながら。
「せ、先輩…無理して食べなくても」
「……いや、食う」
ビチビチと蠢く触手のようなものと、紫色の液体が溢れ紫色のガスのようなものを出すコレはパンケーキだそうだ。
もう一度言おう。
パンケーキである。
もはや未確認生物と言われても納得出来るソレは食べ物らしい。
そんな危険物を食べようとするのは我らが給食部副部長、黒松ミナト。
出された食事は必ず食う事を自身の中で誓っているゲヘナ学園の2年生である。
「いただきます」
手を合わせてフォークを持ちソレに突き刺す。
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
という断末魔の叫びのようなものがパンケーキからするがそんな事を気にすること無く口元に持っていき食らう。
「ムシャムシャ…ゴクゴク……ムシャ……ゴクゴクゴクゴク…ムシャ……ゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴク」
食べる度に飲む水の量が増えているのは気の所為ではない。
「せ、先輩……そんな無理して食べなくても……」
流石に自分の料理が少し(????)不味いという事を自覚しているジュリが止めようとするも
「……出された食事は……オエッ……ちゃんと食べる。小学生でも………わかるお話」
そう言って
途中吐きそうになりながらも完食したミナト。
「ごちそうさまでした」
そうしてジュリの方へ向き一言。
「不味い」
「ふえ……」
自分の料理が不味いことを自覚しているからと言って真正面から不味いと言われるのは少し堪えるようで情けない声がこぼれる。
「けど……」
しかしミナトはそう続ける。
「?」
「想いは伝わってきた。……大丈夫いつか……美味しいものが作れるようになるはずだから」
「先輩…!!!」
その言葉に胸が熱くなるものを感じた。
今まで自分の料理をちゃんと全部食べてくれた人は初めてで、辛辣な評価は貰ったもののちゃんと見て食べてくれた事にジュリは胸の中が暖かくなるような気持ちになった。
「……………………………………………多分」
「先輩…………」
全てを台無しにした一言さえなければ……。