すべてのなろうにさようならを   作:ハンバーグ公デミグラスⅢ世

24 / 30
第二十三話

 

ーーー

 

暫くして、私は教皇領へと戻った。

相も変わらず秘密だというのに市民は私たちを大歓迎した。

 

私はそれに対して一切の興味を示さなかった。

教皇からのありったけの賞賛も、褒賞として与えられた司教相当の階級も

私の心のわだかまりを晴らすには足りなかった。

 

やがて私は自分の所領に帰った。

妻エルザは相も変わらずその手腕で教会の会計と領地の経営に追われていた。

 

どうやら彼女は私が不在の間に領内のインフラ整備を断行し

街道沿いに宿場町を設置した。これによって、領内での商工業流通が増え

近隣の村々は大いににぎわうようになった。加えて、それら商人の関税を減らし商用倉庫などを誘致して

貨幣の集積を図っているそうだ。

 

彼女は私の所領をいずれは都市にしたいらしく、その野心に向かって

東奔西走していた。

 

私は以前よりも賑わいが増えた所領の様子を喜びつつ、どこか落ち着かなかった。

昔と変わらず、苔の生えた城館にたどり着いてから私はやっと体を休めることができた。

 

私は水を浴びて身を清めてから居室で少し寝た。そして夕方になって目が覚めて中庭の椅子に腰かけた。

 

「お帰り、あなた」

 

私が椅子を揺らして中庭を眺めていると妻のエルザが横に座って話しかけてきた。

私は彼女の声に生返事するばかりで、上手く会話できない。

 

彼女は心配そうに私の顔を覗き込む。

 

「どうかした?何があったのさ、ロルドで」

 

「わからない。わからないけど、なんだか体が重い」

 

私はそう言ってまた額に手を当てて、考え込んでしまった。

彼女は顔をしかめる。

 

実際、そうとしか言いようがないのだ。

この心のわだかまりは心臓を叩いて形容しようのない痛みを発している。

 

これがなんなのか、原因が何なのかは妻との対話でも明らかにはならなかった。

だが彼女はそんな私を静かに抱きしめてくれた。

 

今の私には、根本的な解決よりただ優しい抱擁が必要だった。

 

ーー

 

そんな心の不調もよそに、使命はまたもや降りかかってくる。

私は教皇から次は大陸西端のレーズラント連合王国へ行けと命じられた。

 

レーズラントはかつて”農業スキル”とやらを持つ人間がその奇術でして荒れ地を切り開いた国だ。

今では、大陸随一の穀倉地帯として豊かさを享受している。

 

しかし、農業スキルを持っていたその本人はすでに死に、その子孫である王女が国を治めているらしい。

私は再び武器を帯びて、街道を北へと進む。

 

妻のエルザは心配そうに私を見つめる。

だが私はそれに対してまた気休めの言葉を並べ立てて適当にあしらってしまった。

 

思えば、私は彼女に支えられっぱなしだ。

ホードリックの王夫婦を見ても明らかなように、愛というのは不断の努力と歩み寄りが無ければ

維持することが困難だ。

 

そういう意味では、私は歩み寄らないばかりか努力すらしていない。

ずっと彼女が私の手を引いて、夫婦の綱を掴み続けている。

 

こんな事では、いずれ彼女がつぶれてしまう。

私はそのことを考えると頭が痛くなった。

 

 

レーズラントへの道中、

今回は商人の列に便乗させてもらう事はなかった。

私は一級騎士の中でも次席騎士長の称号を賜り、教会から手練れの従者を付けてもらったからだ。

 

勿論専用の馬や装備品なども山ほどだ。

アッテンボローと同じく、私も教会騎士の中ではかなりの上位へと昇進したのだ。

 

従士は20人ほどで、採用経費はすべて教会持ちだ。

いままで散々な扱いであったが、ここに来て相応の報酬を貰えたと言える。

これらの従士団は、私の旅の段取りををするだけでなく今迄一人で行っていたあらゆる行動を助けてくれる。

 

例えば、戦闘を行う時も今までは多対一を強いられてきたが

今度からは彼ら、部下たちを使えばもっと有利な戦いを、それどころか無益な争いを避けることだってできるだろう。

 

彼らのうち、私の副官に付いた騎士は若い男だった。

アッテンボローのところに居た女の副官が、よく彼の言う事を聞いて優秀そうな雰囲気であったのに対して

私のところにあてがわれた副官は頭のねじの緩い青年だった。

 

彼は自分の名前をペーター・ビッテンフェルトと名乗った。

 

青二才という言葉がよく似あう彼はことあるごとに「戦闘はまだですか」とか「エルマーさんは何人殺したんですか」などと

血気に逸る言動が目立った。

 

私は彼の言動を少し迷惑に思った。

何故なら殺しなどもううんざりだったからだ。

 

ある晩、彼と私は鍋を囲んだ。

 

「エルマー様のご高名は、今や大陸全土に響いております。大王たち古代の英雄に踏みつけられていた小国や貴族たちは、貴方をまるで神のように

噂しております!」

 

私は彼の話にそうか、それはすごいなと適当にあしらっていた。

若いから仕方がないのだろうが、こういう話を食事の時に持ってくるのは明らかに場違いだ。

 

彼はそれでも空気を読まず続ける。

「貴方は英雄の仲間入りだ!ロートルの英雄たちを殺し、この次の世の中を統べるのは貴方だ!!」

 

私はその物言いに少しむっとして口を開く。

「ペーター。悪いが、俺はそんなモンにはなりたくない。だから、そういう噂も有り難くもなんともない」

 

「いやいやご謙遜を!貴方は次代の英雄!節制や我慢とは無縁の生活ですよ!」

 

「・・・・・少なくとも、俺が倒してきた”英雄”達の最後はそんな至福に満ち溢れてなどいなかった。

ペーター。この世界はもう壊れている。彼らは皆最後は普通に死にたいと思っていたよ」

 

ペーターはそれを聞いて、少し口をつぐんだ。

私はそれを見て、少し語気強めに行ってしまったなと反省するとともに

心の中が再びざわついた気もした。

 

「何か、異物でも入っていましたか」

年長のメンアットアームズ(重装歩兵。西洋の中世軍において下士官の役割などを勤める正規兵)が

胸を抑える私に向かって尋ねる。

私は手振りで「大丈夫だ」と断った。

 

それからはまた再び静かになった。

 

焚火をまたいでペーターはまたスープを飲み始めた。

4月とはいえこの森の中では体を震わせるほどの寒さだ。

 

私はその寒さから、荷車を管理している兵士に何か羽織るものを用意しろと申し付けた。

しかし返答がない。ペーターが立って、「おい」と高圧的に呼びかける。

 

それでも彼らは反応しない。

ペーターは自分の威厳も傷つけられたような気がして思わず席を立ちそちらへ行こうとした。

 

しかし私は妙な気配を感じ取って彼を制止させた。

 

思えば、20人もいるはずの兵士たちの声がやけに小さい。

寝入っている者も居るがさっきまでしていた歩哨の足音が消えているようにも思える。

 

私は木に立てかけてあった剣をとると「全員集結しろ」と命じて、鞘を払った。

だがその声が響くより一瞬早く、何者かによる弓矢の一斉射撃が野営地を襲った。

 

ーーー

 

最初の一斉射で馬の世話と荷車の調整をしていた7人が矢に射貫かれた。

半数は矢傷を負ったに過ぎなかったが、茂みから飛び出した謎の集団によって倒れた彼らは息の根を止められた。

 

私は生き残りの数人と共に焚火の周りに集まり、敵の襲撃に備えた。

 

「火の周りは敵から丸見えです!茂みに行きましょう!」

ペーターは狼狽えながら意見する。

 

しかし私はそれをよしとしない。この森は勾配があって、草木は高い。

おまけに、焚火の周りは開けていて集団戦をするならここの方が良い。

恐らくは我慢できずに茂みへ飛び出したところを、待ち構えている刺客で各個撃破するのが狙いだろう。

 

「斉射の際の発射音は恐らく10前後。おまけに、死体に刺さっている屋は短弓用の物です。

奴らは早々に近接戦闘を挑んできますよ・・!」

配下のメンアットアームズが言う。

 

実際、今も射撃にさらされているが先ほどよりその攻撃はまばらになってきたように思える。

私は部下に盾の壁(盾を持つ兵士の密集隊形で投射武器を凌ぐ行動)を作らせてそれを凌いだ。

 

「来るぞ!!近接戦だ!」

 

私は手に握る剣を掲げて号令を出す。

だが私のその声は、突撃の怒号によってかき消されてしまった。

 

焚火に照らされ敵の姿が露わになる。

彼らは30人ほどの小隊で、その内10名ほどが短い弓を持った弓兵。17名ほどがメンアットアームズ。そして残りの3名が恐らくは士官である騎士のように見えた。

土の兵士たちもチェーンメイルに厚手のキルティングを纏い、上衣のサーコートには皆同じくライオンと百合の花が描かれている。

おまけにそれを率いる騎士3名はチェーンメイルに裏打ちされた板金鎧と高価な武器を有していた。

 

こいつらは野盗なんかじゃない。プロの正規軍だ。

全身に悪寒が走った。

 

私は即座に部下に盾の壁を解く様に命じる。

そして敵が連携しはじめて数で押しつぶされないようにするためにこちらから正面の敵を攻撃を行う事を決心した。

 

「総員抜刀!こちらから斬ってかかり、混戦になる前に敵の数を減らす。全員、私の声の届く範囲で戦うように。深追い厳禁!行くぞ!」

ペーターはその命令に目を輝かせている。

 

6度目の射撃を防いだのち我々は野営地の簡易陣地から出て、まずは南側の茂みに展開している敵へ突撃した。

こちら側は搦め手のようで、8人のメンアットアームズと1人の騎士が展開していた。

 

我々が突撃を敢行したのを見て相手も迎撃に駆け上がってくる。

私は自分の手に握るロングソードを思いっきり振った。

それは私の前に立ちふさがった一人の兵士の脳天を直撃した。

 

私は彼を殺した事を確認するとすかさず刃の向きを変えて、後ろから近付いてきたウォーハンマーの兵士の首を貫いた。

ペーターも同じく、相手を斬り伏せている。口先だけではないようだ。

 

しかし、他の兵士たちはそうでもないらしく皆相打ちか、返り討ちになっていた。

最初の斬りあいで我々は13人中5人を失った。対して向こうは9人のうち6人の損失である。

 

戦術的には勝利かもしれないが、全体の数でみれば我々の不利はますます強まったと言える。

相手は不利を悟ると弓兵の援護射撃を受けられる場所へ後退した。

 

私は残った7人の部下を一つどころに集めた。

 

「このままでは、背後に回った奴らと正面の奴らになぶり殺しにされます!」

部下の一人が声を震わせながら言う。

 

暗闇でよく見えなかったが、どうやら正面の敵もこちらへ向かって突撃してきているようだ。

それだけなら何とかしのげるかもしれないが、問題は後方にも敵がいるという事だ。

 

さっき撃退した3人と10人の弓兵は未だに後ろの木々の合間からこちらの様子を伺っている。

一たび斬り結べば、後方から一気に強襲してくるだろう。

 

私は一瞬悩んだ。しかし、もはや思慮の時間はないと判断すると

ペーターを呼びつけ「お前が残余の兵を持って前面の11名を叩け。死に物狂いで戦わんと勝てんぞ」と命じる。

 

彼はそれに対して理解を示しつつも、

「しかし、後方の敵はどうするのですか?このままでは後背から攻撃されます」

と懸念を述べた。

 

私は答える。

「大丈夫だ。後背の敵は抑える」

 

 

「抑える・・・って、どうやって・・・!?」

 

 

「私が全部倒す」

 

ーーー

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。