すべてのなろうにさようならを 作:ハンバーグ公デミグラスⅢ世
メアリー王女は私は見つめると、優し気なその声で
話しかけてきた。
「・・・・噂はかねがね聞いております。教皇エルドリッチ様はお元気ですか?」
「はい。最近は、財務の見直しを行って領地経営の布告などを出されております」
「相変わらずですね。あのお方は。貴方がここを訪ねて来たのも彼の差配でしょう。今度は何をおたくらみですか?」
メアリーは少しおどけた顔でこちらの意図を看破して見せた。
彼女は若いながらも聡明だ。私は目を泳がせて暫くあたふたしていたが、彼女に誤魔化しても仕方がないので
観念して教皇の思惑を申し上げた。
メアリーはそれを聞いて、年相応に怯えた様な表情をした。
しかし、直ぐに調子を取り戻すと「・・・そうか、我々大王が死ななければ世界は良くならないと言うのね」と
話を吞み込んだようだった。
だが、彼女は完全に納得しているようではなく、それに対して幾つか質問を投げかける。
「・・・しかし、大王たる者の条件はその神から貰った力を未だ保持しているかでしょう?残念ながら、私には
もう”農業チート”は残っていないのよ。祖父とその直系子孫以外はその力を使えないの」
私は目を丸くした。
それでは彼女は大王の条件を満たしてない。
つまり世界を救う為の人柱には成れない。
「・・・・左様でございますか・・。国内外では未だにその力は健在であると聞いておりましたが・・」
「確かに、直系の子供たちはその力を持っていました。しかし、祖父の血統から見て、私は血が薄いのです」
ーーー
彼女と私はそれから教会と連合王国の協定について話し合った。
連合王国と教会の中は非常に良好で、王宮の儀礼には毎回教皇庁から高位の聖職者が派遣されるほどであった。
これは、初代レーズラント王が国内の統一戦争を戦った際に教会の力を頼ったからである。
当時の教皇は、いまだ教化されていないレーズラントに新興を植え付けるため、
レーズラント王にしてみれば不足しがちな財力を担保してもらう為に互いを利用したのだ。
しかし、初代レーズラント王が死去してからは、利用という側面は減ってゆき両者は緩やかな協力関係へと落ち着いた。
だから私も、こうして彼女と席を囲んでいる。
メアリー王女はそれから他愛もない話をした。
私があちこちを旅しているという事を知って彼女は見聞を聞き出そうと
目を輝かせた。
私はメアリーと話をしていくうちに
彼女に好印象を持った。
飾らない打ち解けた態度も、ウィットに富んだ言葉選びも、そして時折のぞかせる年相応の笑顔も
すべてが魅力的に見えた。
今迄会ったどの女性にも似つかない。というより、私が出会った女性が皆勝気な人ばかりだったのもあるが。
ともあれ、彼女の魅力というのは若い少女特有のものだ。
なめらかな肌、つややかな口紅・・・・
いかん、一体何を考えているのだ。
私は頭の中の変な妄想をすぐに振り払った。
第一私は聖職騎士であるし、妻も居る。そんな不埒な真似などできるか!
私は顔を赤らめて、咳払いした。
「どうかしましたか?」
と彼女が聞き返すもんだから、私は余計に恥ずかしくなった。
「いや失礼、こちらの地方は綺麗だなぁと感慨にふけっていたところです。
ホードリックやロルドは最近の異常気象のせいで霧が濃かったり冷害が酷かったですから」
それに対して、彼女は浮かない顔をした。
「お話したいのは、まさにそこなのですが」
メアリーの顔つきが変わった。
先ほどまでの華やかな話題とは違い、これからする話は
暗く、重い王国の現状なのだという。私は覚悟した。
「この国は、いよいよ西端から崩れ始めています」
「と、言いますと?」
「我が国土の西側は、腐食し崩れ始めているのです。それは比喩でもなんでもありません」
私はその言葉に疑問符を浮かべた。レーズラントは肥沃な大地だ。国民は富み、幸せに満ち足りているではないか。
そんな私の心中を察したのか彼女は私に行幸へ随伴するように命じた。
ーーー
王女は馬に跨って、貴人の装いで視察に出かけた。
その目的地はさらにオーディンガムのさらに西、海の見えるマーズ伯領だった。この地域は、彼女の大叔父が治める領土らしく、海運と穀倉の輸出で有名な土地だ。
彼女は街道の先の丘に登るとその眼下に広がる平野を指さした。私は彼女の脇まで馬を走らせ、その先を見据えた。
そこには真っ黒な大地が広がっていた。さながら森林火災の跡のように草木はやせ細り、黒ずんでいた。
「これは・・・灰でしょうか?近くで火事が?」
「いいえ、これは”腐敗”です。世界の歪みによってこの大地は崩れ始めておるのです」
私はそれを聞いてサーっと血の気が引いていくのを感じた。
黒い大地には、枯れしなびた麦の穂が地面へ向かってぶら下がっていた。これがいずれ、世界を覆うのなら私たちはどう立ち向かえばいい?
私がその光景に絶句していると脇で彼女は静かに息を呑んでいた。
「私はこの国の王だ。しかし、国土が喰われてゆくのを眺めるだけなら、私は何のためにここにいるのだ・・?」
ぼそり、と彼女は言った。
さながらそれは独白のように。
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