すべてのなろうにさようならを   作:ハンバーグ公デミグラスⅢ世

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第二十六話

ーー

 

夏の気候。雲の切れ間から太陽が覗く

あたたかなレーズラントの8月は王女と私の肌にほんのりと汗をにじませた。ここは、教皇領よりもはるかに熱い。

 

からっとした晴れかと思えば、時折降る小雨が湿気を発して

快適さを阻害した。

 

王女は何をしていたかというと、ひたすら

貴族の調停に励んでいた。

 

私闘を禁じることはもはやできないらしく、

彼女は必死にそれらの戦闘の規模を小さくすることを望んでいた。

しかし、貴族にとってはそうもいかない。攻め手側の貴族はほとんどが領地を黒土に侵されているものだ。

 

「じゃああんたがどうにかしなさいよ!!!」

そう言ってやや年増な貴婦人が手袋を王女に投げつけた。

彼女は、私が行きのボートで見た私闘の主導者の貴族で

亡き夫に代わって領地を切り盛りしているらしい。

 

「耐えてくださいだって・・!?ふざけんじゃないわよ!

ウチの領土は黒土に食い荒らされて・・餓死者だらけよ!おまけに負債も溜まって・・・!戦争するなってんなら、あんたがしっかりしなさいよ!!」

夫人はヒステリックに叫びながら王女に飛び掛かろうとした。

従者が羽交い絞めにして止める。

 

王女はそれを見て暫く押し黙っていた。

私は彼女がどうするのか気になって、後ろから眺めた。

 

するとどうしたことか

メアリーは突如椅子を立ち夫人の前で土下座した。

 

「どうか・・・っ!!どうか・・っ!この通りです!!

無暗な戦闘は、より国力をすり減らすだけの行為です・・・!

どうにか、おやめいただくようにお願いいたします・・・!」

 

と言った。それに夫人はたじろいで、「頭下げても、飢えた民は戻ってこないわよ・・・!」と吐き捨てて、部屋から走り去った。

 

王女は汚れた額を拭きもせず、顔を上げると再び椅子に腰かけた。

「陛下、よろしいのですか?レーズラントの連合王たるあなたが」

 

「こうするしか、道はないのよ。私には農業スキルもなければ、皆を納得させられる血筋もない。淫売の娘と罵られても仕方がない」

 

彼女は寂しい顔でそう言った。大人っぽく見えるが

到底こんな重責を担える年齢ではない。

私はロルドの反乱軍の少女を思い出しつつも

彼女には忠実な部下がいたという違いを見つけてしまった。

 

今の空っぽの王女メアリーは単に王冠がかぶさっているだけの

ティーンエイジャーに過ぎない。

 

「しかし、こうやって事件を収めるたびに頭を下げているのですか。難儀ですな」と私。

 

「いいえ、これで収まりなどしません」

王女は苦虫を噛み潰したかのような顔でそう告げた。

私にはその言葉の意味を図りかねたが翌日になってその意味がわかった。

 

翌朝、停戦に合意した伯爵夫人が消えたと騒動になった。従者や門弟たちが探したが見つからないという。

 

王宮の兵士たちも総動員してやっと発見したのは10時頃であった。伯爵夫人は城のはずれの倉庫の中で首を吊っている状態で発見された。

昨日から身に着けていた黒ドレスのまま自殺を図ったようで、その死に姿は小奇麗だった。

 

「ミレット伯爵夫人の死亡が確認されました。遺書には、謝罪と継承についての要件が」

無表情な家令は王女に向けて淡白に告げた。

責任感からか、あるいは絶望からか、彼女はその細首を吊ってしまったのだと言う。

 

「ですが、こうなってくれたおかげで争いは収まるでしょう。

死者に鞭打つのは不本意ではありますが、彼女に戦争に一切の責任を負わせてこの私闘に終止符を打ちましょう」

とメアリーは言った。

 

私は彼女が単に幼いだけではない事を知り、ますます興味を持った。

しかし、私は心の殆どではやはり彼女の死を願っている。

 

何故ならそれが、私の使命だから。

例え友好国であろうと、教皇の指令に変わりはなかった。

 

ーーー

 

ペーターは街へ出た。減ってしまった従士の代わりに彼は買い出しを命じられていたからだ。

最初こそ騎士がする仕事ではないと反目していたが、お駄賃を貰えることが解ってからは

彼は嬉々として市場へ向かった。

 

レーズラントの市場は他の国のそれよりはるかに豊かだった。

教皇領なら高値が付くだろう出来の良い野菜や穀類もここでは半分ほどの値段だ。

 

だからペーターは出費を安く抑えようとするのには苦労しなかった。

何故なら、教会領で食べているような精進料理はここでは半額以下で作れてしまうからだ。

 

ペーターはちょっとばかし高級な野菜を入れても彼らには判らないだろうからあえて抵当な(それでも、実の大きい)野菜を買って荷車に詰めさせた。

彼はそうして買い出しを終えると、次は何をして遊ぶかと考えた。

 

結局彼は女郎部屋へ行こうと決め、裏路地へと進んだ。

 

「もし、あなた。高名な騎士様とお見受けいたします。どうですか?ここいらで少し休んでいきませんか」

彼が角を曲がると、さっそく後ろから声を掛けられた。

 

ペーターは振り向く。

そこには緑のおさげを右に垂らした、短髪の女性が立っていた。

ピタッとしたドレスは体のラインを際立たせていて、ペーターの趣味に大変あった。

 

「ようし、案内してくれ」

 

と彼は言って彼女の導きに従う。やがて、売春宿の群れを過ぎて人寂しいところへと進んだ。

ペーターは怪しいと思う余裕がないほど興奮していた。

 

そして女性はある路地で立ち止まると「この先が宿屋です。さぁ、たのしみましょ。お先にどうぞ」と言って狭い道を紹介した。

普段の彼であったり、経験のある騎士なら怪しんだりするであろう。しかしペーターはそれを考えるには興奮しすぎていた。

 

小走りでドア前までペーターが行く。しかしその扉は開かず、それどころか突如として彼は女性に腕を掴まれ固められた。

 

「なっ!?そういう、感じでヤるのか!?」

ペーターはまだそんな能天気な事を言っていたが、いよいよダガーナイフを突きつけられてからは

これが襲撃であることを理解した。

 

「・・あんた馬鹿だね」

と女が言う。ペーターは彼女の体と密接して初めてその腕や足が非常に筋肉質であることに気が付いた。

これは、明らかに鍛え抜かれた騎士や戦士の体つき。うでは細いが、しっかりとした技で固めてきている。

 

「お、お前何者だ!!??」

 

「貴方に言う訳ないでしょ」

そう言うと、彼女はペーターの後頭部をナイフの柄で強打して

気絶させた。

 

 

 

 

「何!?身分証明書と教皇からの指令書を奪われた!?」

私は帰って来たペーターの報告を聞いて目玉が飛び出るほど驚いた。

 

「す、すみません。エルマーさん・・・・」

ペーターは頭を冷やしながら、謝った。

 

しかしそんなことはどうでもいい。

今大切なのは、教皇からの指令書が失われた事だ。

あれは騎士である私とペーターしか持っていない、正式な教皇からのメアリー王女”事故死”への指令書だ。

 

これがもし王女やその関係各位にもれたら

私は信用を失うどころか、殺されてしまうかもしれない。

 

「誰だ!?誰に奪われたんだ!!」

私は平静を失って、ペーターの肩をゆすった。

 

「み、緑髪の短髪ショートで・・・・右側におさげがある女です!!」

と言った。

私はふと我に返って、一旦落ち着くと

彼の話を詳しく聞いた。

 

「あれは、訓練を受けた人間の動きです・・・!物盗りなんかじゃありませんよ」

 

ペーターはさも自分がやられても仕方がないかのように言い放った。

私は彼に油断を叱責しながらも、曲がりなりにも教会騎士である彼がこうも簡単に

手玉にとられているというなら、確かに単なる物盗りではなさそうだ。

 

私は彼の見聞きした情報で、記憶に当たる人物が居ないかまずは探した。

緑髪で・・・・短髪のおさげ。

 

そして私は、その記憶に思い当たる人物を一人見つけた。

その人物に私はさもありなん、と納得しつつもあまりにも汚いやり方にはらわたが煮えくり返る気分だった。

 

ーーー

 

一方で教皇からの指令書を強奪した緑髪の女は

そのまま来ていた服を焼き捨て、証拠隠滅を図りそれから騎士服を身にまとった。

 

そしてそのまま売春街を出ると、彼女は町はずれのあばら家に向かった。

そこはもう誰も近寄らないような日陰の家で、持ち主は死んだか不明かで

ともかくレーズラント以外の人間が隠れるのにはもってこいであった。

 

「騎士長殿。教皇からの手紙を手に入れました」

緑髪の女はあばら家に入ると、膝をついてそこで待っていた男に申し上げた。

 

「よし。よくやったケイト。これで裏が取れたな。すぐさま奴に連絡しろ」

それに対して、男がしたり顔で申し上げる。

命令を受けて、ケイトは”奴”を呼びに行った。

 

そして小一時間ほど待った後、彼女はやって来た。

「お待たせいたしました。ユリア・イスフェルトでございます」

と客人は言う。

 

男の方はそれに対して、漫勉の笑みで

「よくぞ来てくださいました!教会騎士のアッテンボローです!」

と迎えた。

 

「神聖ロルドの代表者として、感謝を申し上げます」

とユリア。この女は他でも無い、あのロルドの女小姓だ。

 

今、彼女はロルドの残党組織を率いている。

エルマーを襲撃するのには失敗こそすれども、いまだ数百人規模の私兵を抱えているらしい。

 

一方このアッテンボローは王殺しの任務を帯びながら

エルマーに戦果を奪われて終ぞ一切の海外任務から解任されてしまった。

 

そんな二人が出会って密談をするのだ。

協議することは決まっている。

 

「・・・・つまり貴方は、我々の力を借りてレーズラント王を討とうと言うのか?」

ユリアはアッテンボローの説明を聞いて、そう尋ねた。

 

「そうさ、そうすれば教会はロルドでの王国の復権を助けよう」

 

「しかし、何故貴方はレーズラント王を殺そうとする?

まさか、世界の崩壊が大王のせいだとかいう噂を真面目に信じておられるわけではありませんでしょうな?」

ユリアがそう言ってアッテンボローの顔を伺う。

 

彼はそれに対して、にんまり笑うと「ええ、もちろん。私はそんな信仰信じておりません」

と言い切った。

 

ーーー

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