「嫌なんですけど」
「……」
蟹の身をほじくり出しながらそう言うと、ハヤ……なんとかさんが真顔になっちゃったわ。
「あっ、春菊あるじゃない。もーらい!」
「美水矢、お前それ好きなのか? 俺苦くて無理だわ」
「あらあら、サトル君ったら子供舌じゃない? プークスクス!!」
「あぁ!? んだと!!」
この美味しさがわからないなんて、サトル君も可愛そうねー。
「……」
「まぁ、なんだ嬢ちゃん。一旦座れよ。せっかく高い料理なんだ」
「そうだ、早見寧。場を弁えろ」
「恥を知った方がいいで恥を」
あら、お刺身もいけるわね。
「まぁ、気に入らん相手は力で従わせるって潔さは気に入ったがな! 裏でコソコソ動くような陰湿なやり方よりよほど良い」
「いらんことを吹き込むな禪院。早見寧に貴様のような
「親馬鹿極まりすぎてねぇか?」
「ほら美水矢、あーん」
「あらいいの? あーん」
「あー……んむっ、うまこれ」
「ぶっころ」
「……お父様。私は本気です」
私が楽しみにとっておいたかき揚げを拐ったサトル君に掴み掛かっていると、ハヤちゃんが私の後ろに立っていた。
「そして美水矢、あなたは早く悟様から離れなさい」
「ふぇ?」
「無礼講の席とは言え、五条家の次期当主とされる悟様にそのような馴れ馴れしい態度……加茂家の者として恥ずかしいわ。あなたのせいで私たちの品格が疑われるの」
……な、なんかこの子怖いんですけど。
もしかしてこの子、アレかしら。サトル君の事が好きなのかしら。
「……サトル君はやめた方がいいと思うの。生活とか合わせるの絶対大変だと思うわ」
「なんの話だよ……」
「お? なんだなんだ、もしかしてそういう事か? ブハハ! 青いなぁ若人!! 」
「貴様もなんの話だ」
「マセたガキやなぁ」
ハヤちゃんが大胆な告白をしたものだから、ちょっと場が温まってきちゃったわね。
いっちょやったろうかしら、“花鳥風月”。
……ところで。
「……」
真っ赤な顔でプルプル震えてるハヤちゃんはこのままでいいのかしら。
◆
「そういや悟、お前呪術高専に入ると聞いたぞ」
「あ? なんで知ってんだよジジイ」
「勝の奴が話していた。止めても聞かんとなぁ」
「あ〜……オヤジの奴、禪院家にまで言いふらしてんのかよ」
サトル君がうんざりとした顔でしいたけを口に入れる。
「コウセン? ウ○トラマンの話?」
「バッカちげぇよ。“呪術高等専門学校”。日本に二校しかない呪術の学び舎だ。ってかそんなことも知らねぇのかよお前」
「女神に下々のことなんてわかるはずないじゃない」
「なるほど? 確かにな。……そういや、女神様の中には糞から生まれてくるって奴もいるらしいぞ」
「……何が言いたいのかしら」
「いや……」
サトル君が私の方を向いて笑った。
「お似合いだと思って」
「“ゴッドブロー”!!」
「ハイ効きませーん! 無限なので効きませーん! 雑魚乙!!」
「ちょっと! ズルいんですけどそれ!」
「……憲利。こいつらに次代の呪術界を担わせて大丈夫か」
「……まぁ、才能はあるからなぁ」
あーもう! なんで触れないのよこのインチキバリア!!
「悟、御三家の術師は基本的に高専には入らん。あれは在野の術師のための施設だ。何故お前は入りたがる?」
「ほらほら触ってみろよ!……あ? いいだろ別に。入っちゃいけねぇって理由もねぇだろ」
「……さてはお前、家が気まずいのか?」
「別に。けどあいつら、俺の顔色伺うか媚び売ってくるかの二択でクソうぜぇし。だったら学校でも行ってた方が暇つぶしになる」
「暇つぶし、か。お前らしいな」
「あーもう! このバリア全然解けないんですけど!?」
「そりゃそうだろ。“最強”舐めんなっての」
ちょっと待って、めっちゃムカつくんですけど!!
「……こうなったら」
「……? お、おい美水矢? お前何し……」
“石鹸掃術”!!
相手は死ぬ!
「女神に対して舐めた態度取ったこと、後悔させてあげるわ!」
「お、おい待て! 解く! 術解くって……おーい!!」
……
…………。
「うっ、うっ……! えぐっ……!!ぶええぇぇぇぇぇ!!」
「泣きたいのは俺なんだけど。マジでお前何やってんの? バカなのか? バカの世界チャンピオンなのか? さっき糞から生まれてくるって話したけど、実はお前バカから生まれたバカの女神だろ」
「わあああああ!!」
加茂美水矢が突如行使した術式により、店内は惨憺たる有様となった。
私たちが取っていた一室は水浸し。運ばれてきていた料理は勿論、隣室にまで被害が及ぶ始末。
美水矢はお父様と禪院家の当主、悟様にわんわん泣いていました。
……私、こんな子に嫉妬心で狂っていたのね。
「……おう、憲利。早かったな。店のモンはなんて言ってた」
「“幸い破損物はなかったですが、同じことはないようにお願いします”とのことだ。懇意にしていた店なのだが通いづらくなったな」
「ブハハ! 災難だったなぁ!!」
「お前も当事者だぞ禪院」
「え〜……」
店の中から疲れた顔をしながら出てきたお父様は、禪院直毘人の他人事な態度に嫌気が差しているようでした。
「……美水矢、お前は」
「……うっ」
美水矢も流石にきまりが悪いのか、苦々しい表情でお父様を見上げていた。
それを見て、私はようやく思い至った。
(……あぁ、そうか。私は何もする必要なんてなかったんだ)
加茂美水矢はどうしようもなく愚かだ。
放っておけば、あんな女は勝手に周囲からの評価を落として堕落していく。きっと今に、誰もあの女のことなんか気にしなくなる。
私が潰す必要なんてなかったんだ。
「ちょっといいか、当主様」
(……え?)
だけど。
お父様と美水矢との間に、何故か悟様が割り込んだ。
「……あー、まあ、なんつうか」
悟様は美しい白銀色の頭髪を手で乱しながら、何事かを言おうとしていた。
(……やめて)
何も言う必要なんてない。
あなたは完璧な存在。個として完成された呪術界の最高傑作。他者に施しを当てる必要なんてない。
誰もを見下して、唯我独尊に振る舞っているのがあなたがするべきこと。他者を労る必要なんてないのに。
「煽ったのは、俺だから……あー……」
あぁ、どうして。
「……今回の責任は、俺も一緒に取るよ」
そんな非道いことを言うのかしら。
「……」
「えっ、いいの!? サトル君!」
「……お前が喜んでるの見ると取り消したくなるんだけど」
「ははぁー、ありがたき幸せ……!」
美水矢がその汚い頭髪を地面に擦り付けた。
「しょうがねぇ奴だなほんと……」
なのにどうして悟様はその姿を、まるで……慈しむかのように。
そんな目、私にはこれっぽっちも。
「……いいだろう」
お父様が二人のそんな様子を見て、大仰に頷いた。
「加茂美水矢、そして五条悟。お前たち両名は……」
悟様にひっつく美水矢と、それを鬱陶しげにしながらもどこか楽しげな悟様。
「……2ヶ月間の謹慎処分とする。よく勤めるように」
あぁ、どうして、こんな……。
「……え?」
絶望に打ちひしがれる早見寧は、不意に背後に気配を感じた。
「加茂早見寧様、ですよね」
……彼女は今回の席でただの一度も言葉を発することはなく。まさに影のように振る舞っていた。
だが彼女は見ていた。
自分と同じく、加茂美水矢を忌まわしく思う存在との邂逅を。
「初めまして。私は禪院夜伽と申します」
「夜伽……」
その名前には聞き覚えがあった。
加茂美水矢がその名を轟かせることとなったあの日。
“十種”を用いてその場の全員を危機に陥らせたという禪院家の“落ちこぼれ”。
彼女の目は深く、暗く、強い執着心に彩られていた。
「私……あなたとは、仲良くできそうな気がするんです」