「入れ」
「失礼します」
厳格、かつ聡明な男性の声に促され二階堂あやめは襖を開いた。
「あやめか。何の用だ」
胡座をかいて座り、筆を取っていた壮年の男……加茂憲利は鋭い目であやめを睨みつけた。
いや、そのように見えるだけで彼は見てくれほど悪い人間ではないことをあやめは知っている。
「当主様。美水矢様のことなのですが……」
「そろそろ来ると思っていた」
あやめが口火を切ると、憲利はふぅとため息を吐いてかけていた眼鏡を置いた。
「謹慎はまだ解かん。1週間しか経っていない」
「えぇ、承知しています。しかし……」
「しかしも何もあるか」
憲利は厳格な態度であやめに否を突きつけた。
加茂美水矢が謹慎を言い渡されてから早一週間。お付きであるあやめが美水矢に同情し彼女を自由にしようと画策するには頃合いの時期だ。
そうした事態を読んでいた憲利はあやめに対してあらかじめ用意していた答えを口にした。
「これは美水矢に対する罰ではなく、教訓だ。美水矢は常日頃からやれ式典に出たくないだの、やれ勉強は疲れただのと怠惰を隠そうともせん」
「えぇ、ですが……」
「だからあいつの言う通り、“何もさせない”という体験を与えたのだ。その結果、あいつはどうなる?」
この1週間、美水矢は今までの煩さが嘘のように大人しくなった。反省して謹慎を守っているから? いいや、彼女はそんな玉ではない。
「美水矢も思い知ったのだろう。何もしないということがいかに困難なことなのかを」
何もせず、日々をただひたすら食って寝てで過ごす毎日。
一見誰もが憧れるようなそんな日々は、数日もすればすぐに地獄の日々へと変貌する。
自分が何もしていない間、同年代、あるいは並んでいた実力者がたちまち力をつけ自分の先へと進んでいく恐怖。何もしないということは自身の成長を止めることだ。
親しい者に置いていかれるという孤独は何よりも享受し難いことを憲利はよく知っている。
「美水矢は五条悟と親しかった。だがこの間もあやつは鍛錬を積んでおろう。謹慎が解かれたその時、美水矢と五条の間には隔絶した実力の隔たりが生まれる」
それを実感した時、きっと美水矢は泣いて謝るだろう。呪術の修練をさせてくれと自ら懇願してくるに違いない。
憲利は、あの自由奔放な美水矢が泣きついてくる姿を夢想して唇を吊り上げた。
美水矢は稀代の天才である。それは認めよう。しかしまだまだ子供だ。世の条理というものを知らない。
これを機に、美水矢も真面目に呪術を修めるように…….
「いえ、それが……美水矢様は、一切現状に不満がないそうで……」
「……は?」
しかし、続くあやめの言葉に憲利は口を阿呆のように開いた。
「……泣き言も言わんのか?」
「“働かずに生きていけるのを罰にしてくれた当主のおじさんには泣いて感謝しなきゃいけないわ”と仰っています」
「……」
憲利が真顔で立ち上がる。
「美水矢を呼んでこい」
◆
「はふぉははふぉはおあ」
「……」
なんか当主のノリトシさんに呼ばれて行ったら、すんごい目で睨まれたんですけど。
そんな目で見られてもこのポテチ(めんたいこ味)はあげないわよ。
「美水矢」
「はぁひ?」
「食べるのをやめなさい」
「ふぁーい」
ちょっと待って欲しいの。ノリトシさん。
あとちょっとで食べ終わるから。
「もぐ、むぐ……ふぅ」
「よし、お前に話が……着物で拭くな馬鹿者!」
「でもすぐ綺麗にできるわよ?」
この人、私を誰だと思っているのかしら。
水と清浄と美と掃除機の女神なんですけど。しつこい油汚れも99.9%除菌できるんですけど。
「……美水矢、お前は自分の状況がわかっているのか?」
「えっ……働かなくていいのよね?」
「“働くことができない”だ。私に対して何か言うべきことがあるだろう」
「……ありがとうございます?」
「“働かせてください”だ」
「え゛ぇ゛っ!?」
何言っちゃってるのかしらこの人!?
「ちょ、ちょっと話が違うじゃない! 働かずに食って寝てるだけでいいのよね!? しばらくの間!」
「それに危機感を覚える頃合いだろうという話をしているのだ!」
「危機感? なにそれ美味しいの??」
「わからなければ美味い飯はすぐに食べられなくなると思うことだ」
「えー!」
困るんですけど! 困るんですけど!!
「あ、あの……お菓子を食べるのは我慢するから……あと、反省するから……許してほしいんですけど……」
「その袋を持って来なければ説得力はあったな」
「ぎくっ!」
……おのれ、めんたいポテチ! よくも私をハメたわね。
次からうすしおにしてやるんだから。
「とかく、お前は反省の色も見せなければ勤労をする気もないときた。正直、侮っていた。お前の怠惰さをな」
「うぅ……」
……こ、この場にカズマさんがいれば隣で一緒に怒られてくれたはずなのにぃ……。
「だが、お前がその態度を改め謹慎者として相応しい行いをするというなら……挽回の目はある」
「……卍解?」
始解はしないのかしら。
「美水矢、お前も知っている通り。我が加茂家の地下蔵には数多くの呪具が眠っている」
「ええ、もちろん!」
「知らなかったな?」
「ええ、もちろん!」
聞いたこともないわね。
「……悪意ある者の手に渡ろうものなら、大過を及ぼしかねない危険な品も保管されている。故に強力な封印と共に、大事以外では開けられんようにしているのだがな」
「……もしかして盗まれちゃったの?」
そういう封印って、破られるのがお約束だものね。
「たわけ。そんなわけがあるか。問題なのは“内部”だ」
「ないぶ?」
「そう。恐らく蔵の内部に強力な呪霊が発生した」
ノリトシさんはそう言って、服の中から一枚の赤い紋様が入った紙切れを取り出したわ。
「強力な呪いが込められた呪具をひと所に集めたことで、それぞれが持つ呪力が共鳴したのだろう。蔵を破ってはいないようだが、いつ暴れ出すともわからん」
「えー……そもそもなんで集めちゃってるのよ」
「呪具を集めて保管しておいても、すぐに呪霊が発生するほどの呪力が溜まるわけではない。元より人の手で制御できるように作られておるからこその呪具。そこが“呪物”との違いだ」
「でも呪霊湧いちゃってるじゃない」
「……」
あら、ノリトシさんが黙っちゃったわ。
「そこがわからんのだ。故に調査を行わなければならんが……我らの家の問題だ。この案件を他所の呪術師に投げることは加茂家の汚点となる」
「……そういうものかしら」
「だが私も含め、加茂家の者は皆忙しい。手の空いている者など少ない」
「大変そうね〜」
「……」
「……」
なんか。ノリトシさんにすごい見られてるんですけど。
「お前が行け」
「絶対嫌ぁ!!」
「晩飯は抜きだ」
「絶対行きまぁす!!」
「よし」
……虐待よ! 児童虐待が行われてるわここで!!
「……天罰よ。こんなの絶対女神の天罰が……」
「さて美水矢。これが地下蔵の鍵だ。封印はお前であれば解くのは容易だろう」
私が唇を噛んで抗議の姿勢を見せても、ノリトシさんはなんのそので鍵束を渡してきた。
「今日の夕飯までに決着を付けることだな。あぁ、当然だが……もし祓うのに失敗した。などということになったら飯抜き程度の処罰では済まんだろう」
「え」
「飯も……雨風を凌ぐための家も、お前には無くなる」
「えっ、え」
「覚えておくことだな。美水矢」
ノリトシさんが立ち上がって、ぽかんとしている私に向かって言い放った。
「働かざる者食うべからず。生きるべからず、だ」
……。
そんな言葉はアクシズ教典には載ってないんですけど!!