「……やられたな」
煙と閃光。
それが晴れた後に残っていたのは、破られた“帷”と破壊された門だけだった。
「爆発……これがあの呪霊の術式か……?」
加茂憲利は自身の経験に基づき呪霊の術式、その正体の輪郭を掴もうと考察を伸ばす。
爆発。それが呪霊の持つ術式であったならば……なるほど。地下蔵に閉じ込められていても使えなかった理由にはなる。爆発はあのような狭い空間での使用は躊躇われるだろう。あの地下蔵自体が長く呪具の保管場所であった事で部屋全体が僅かに呪力を帯びるようになっていたのだから、倒壊は呪霊の体も傷つける。
「だが、追跡に気がついたのはどういう理屈だ……」
美水矢と呪霊が揃って地下蔵から脱出した瞬間から、憲利はその動きに勘付いていた。
しばらく泳がせたのは呪霊の心意を図るためだ。高い知性を持った特級呪霊であることはもはや疑いようもないが、美水矢を利用して何をしようとしていたのかが気になった。
だが追跡の途中で二人は背後からの追跡者に勘付いたようで、これには素直に驚かされた。
あの美水矢に高度な隠蔽術を見破るような豊富な呪術知識と警戒心があるはずはなく、生まれたばかりで経験の浅いだろう呪霊もまた然り。
呪力を察知する索敵は呪術師にとって初等技術だ。だが索敵のための呪力操作は同時に追跡者にも知られる。相手に居場所を悟られたその時点で動き出すのが真に場数を踏んだ呪術師の定石行動だ。
だと言うのに居場所が割れてしばらく追跡をしていた呪術師は動き出さなかった。追跡を悟られたことを見抜けなかったのだ。
このことから追跡に気づいたのは単なる呪力操作による索敵ではなく、何らかの術式か……あるいは外部からの情報提供によるものと考えられる。
だが外部者が干渉する隙はなかった。あの二人は間違いなくあの場で孤立していた。だからこそ蔵から抜け出した時点で“帷”を張る準備は即座に済ませていた。
なんらかの“索敵”を行う術式を持っていると踏んだ呪霊は予想外の爆発を起こし、歴史ある加茂家には風穴が開けられた。
「……はぁ」
結局、誰にも危害を加えることはなく消えた二人の行方よりも。
どう考えても隠しようがないこの失態を、当主の立場としてどう説明したものか、ということに憲利は頭を悩ませた。
◆
「げほっ、けほっ……!」
「だ、大丈夫ですか? アクアさん……」
「ぶぇ゛っぼげっほぼぶぇっぼ!!」
「本当に大丈夫ですか!?」
「口の中に砂入っだぁ゛〜……!!」
「あぁ……ごめんなさい。ペってしましょうね」
うぅ……目の中にも砂が……。
私達は屋敷から少し離れた公園の遊具の中に身を寄せ合っていた。
「ぶぇっ、ぺっ……! 偽ウィズ、あんたなんで爆裂魔法なんて使えるのよ……?」
「爆裂魔法……? あっ、さっき使った呪術のことですか?」
「あれが呪術なわけないじゃない。どう見たって私が嫌になるくらい見た魔法だったわよ?」
まぁ、威力自体はめぐみんや元のウィズが使ってたものとは比べようもないくらい小さかったけど……。
「……なんとなく、使えそうな気がしたんです。私の中にもう一人知らない誰かがいて、その人に体を動かされたような、そんな不思議な感覚でした……」
「えぇ? なにそれ……心療内科とか行ったほうがいいわよ」
「の、呪いってお医者さんにかかれるんでしょうか」
「知らないわよ」
「そうですか……」
……な、何よ。その目は。
なんで前に「私が綺麗にした水を大量に売れば簡単に借金を返せるじゃない」って言った時のカズマさんと同じ目をしてるのよ。
その目で見られるとなんだか不安になるんですけど! やめて!!
「……っていうか、大丈夫なのかしら。トシノリさんたち爆発しちゃったけど」
「一応、誰も傷つけないように威力は調節したんですけど……」
「ちょっとぐらい当てても良かったのに」
「良くないですよ?」
偽ウィズが真顔で言い返してきたわ。呪霊のくせに。
「……アクアさん、呪術師なんですよね? よく知らないんですけど、呪術師って人を守るのが仕事なんじゃ……」
「当然じゃない。私ほど人類の守護者やってるのもそういないわよ?」
「そうなんですか?」
「なんで疑問形なのよ」
ちょくちょく失礼ね、この子。
「いえ……なんというか、言動がちょっと。破壊者寄りなのかなと」
「喧嘩売ってんの?」
「す、すみません」
偽ウィズはしゅんとして項垂れちゃったわ。
……なんかこうなると私が悪いことしたみたいなんですけど。心外なんですけど。
「あんなすごい呪術使えるなら、最初からやってくれれば良かったじゃない。あんたのオリジナルはテレポートしたりしてたわよ」
「……さっきも言ってた、私に似てるっていう人のことですか」
「えぇ」
私は足をぶらぶらさせて話した。
「最初は人違いかなーって思ったけど、爆裂魔法まで使い始めたら流石に言い逃れできないわよ? 実はあんたやっぱりウィズなんでしょ? 私を騙してるんでしょ?」
「そんなこと言われても……ウィズなんて名前、聞いたこともありませんし……っていうかアクアさんもですけど、名前が日本の人じゃありませんよね? ハーフとか……?」
「私は女神なんだから当たり前じゃない」
「???」
頭の上にハテナマークが浮かぶ偽ウィズ。
「でもそういえば、ウィズもアンデットだったわね。リッチーって日本にいたら呪いって呼ばれるのかしら」
「あ、あんでっと? りっちー……?」
ハテナマークがたくさんになってきちゃったみたいだから、私は今までの色んなことを偽ウィズに話してあげた。
私は異世界の超人気メジャー女神だったこと、人間になっちゃって貧相な暮らしを迫られていること。カズマさんという召使がいたこと。
色んなことを話していくうちに、楽しくなっちゃって。
気づいたら日が暮れていた。
「……そんなことが」
全てを話し終えた後、偽ウィズは何かを考えるように前を向いた。
「……アクアさん、一つ聞きたいことが」
「? なにかしら?」
「私のそっくりさん……ウィズさんは高名な魔法使いだった。そうなんですね?」
「あー、そうねー。めぐみんなんかも才能はあったみたいだけど、爆裂魔法に脳焼かれちゃてたし。私が知る限りアークウィザードの中で一番強かったのはウィズじゃないかしら? あ、勿論アークプリーストの中で歴代最高なのは言うまでもなく私」
「それを聞いて、なんとなく思ったんですけど」
偽ウィズが身を乗り出してきた。
「もしかしたら私。なんらかの不慮の事故で記憶を失ってしまったウィズさん……なのかもしれません」
「……なるほど」
……私はふむふむと頷いて。
「つまりどういうことなの」
「私にはウィズさんという名前も心当たりがありませんし。なぜ自分があんな術を使えたのかもわからないんです。ただ……」
偽ウィズが胸に手を置いて言った。
「バニルさん。その名前を聞いた時……なんだか胸に、引っかかるような感覚があって」
「あ〜」
それはなんとなくわかるかも。
私もバニルの顔を思い出すたびに意味もなく誰かを殴りたくなるもの。
「これはただの推察ですが、どうやら私とバニルさんはアクアさんを心の底から尊敬していたようですし」
それは間違いないわね。
「私はアクアさんを助け出すためにこの世界に来たのではないかと……そう思うんです」
「……私のために?」
私は目をぱちくりと瞬かせた。
「アクアさん。あなたは私を助けようとしてくれました。そんなあなたに、記憶があった頃の私は恩返しをしようとしたのではないかと思うんです」