「ふっ……!」
先手を取ったのは夏油だ。
距離を詰め、接近戦に持ち込む。隙を作ったら“河童”で動きを止め、そのまま畳み掛ける。
「まっ、そうくるよな」
「!」
対して五条悟は、夏油と同じく前に踏み出した。
距離を取られると予想していた夏油は、予想外の動きに警戒を強める。しかし作戦は変わらない。あちらから近づいてくるなら好都合──。
「──ッ!!」
「おっ、よく避けたな」
気づけば。
五条悟が目の間におり、そして拳を突き上げていた。
拳は、瞬時に首を逸らした夏油の顎を掠めるに留まったがまともに喰らっていれば昏倒していただろう。
地面を蹴り、距離を取る。
「あ? なんだ逃げんのかよ。そっちから近づいてきたのに」
(……なにが起きた)
夏油は五条悟から目を離してはいなかった。
だが気づけばすぐそこまで接近されていた。考えられるとすれば無下限呪術──いや、この試合中は使えないはずだ。そもそも夏油自身が呪力を感じなかった。
……まさか。
「……術式関係なく、呪力を足に集中させただけか」
「ピンポンせいかーい。まっ、バレたとこで問題ねぇけど」
……呪力による身体能力の強化は基本だ。
だが、足や腕といった一箇所に呪力を集中し、瞬間的に身体機能を増幅させることは、不可能ではないが、それこそ一線級の術師になってようやく可能な芸当だ。
感覚としては、少しでも解き終わるタイミングがズレれば途端に成立しなくなる複数の立体パズルを、同時に動かしていくようなもの。
5歳児に出来るはずもない高等な技術。
(……だが彼には六眼がある)
それこそ一流の術師ですら扱えない無下限呪術を、この歳で扱えるだけの才能が五条悟にはある。呪力の局所的強化はそれに比べれば安易なものだろう。
なるほど、術式なしで他の術師を圧倒できるはずだ。
基本的な呪力操作のみでこのレベル。
……格が違う。
(……このままじゃ5分と保たないな)
今の攻防で、夏油は五条悟に対して正面から戦うことを諦めた。
「“牛鬼”」
ここからは彼を“詰める”。
「……へぇ」
五条悟は、夏油の背後に現れた呪霊を“視て”目を細めた。
蜘蛛に似た体の構造と、翁の人面。足元の“河童”と同じく、ここが水辺であることで呪力量が底上げされている。その総量は、場合によっては1級上位……下手をすれば“特級”に届きかねないものだ。
とてもこの歳の術師に扱える存在じゃない。となれば……
「なんかの“縛り”で呪力量底上げしてんでしょ。召喚した場所から動けないとか、制限時間があるとかさ」
「どうだろうね。お得意の“眼”に聞けばいいんじゃないか?」
……術式は“毒”。だがそれ以上のことはわからない。
「知る必要もねぇよ」
たかだか一匹、呪霊が増えたところで……。
「!」
五条は、反射的に地面を蹴ってその場から飛び退いた。
「……なるほどね」
さっきまで五条が立っていた場所には、大きな穴が空いていた。
加えて、酸のようなものが残っているのかシュウシュウと白煙を上げている。
遠距離型だ。
「ふっ!」
夏油は“牛鬼”を後衛に残し、宙に浮いた五条悟へと詰め寄った。
遠距離。そして近距離。
「ちっ」
着地点で迎撃の構えを取る夏油に対し、五条は防御姿勢を取る。
「河童!」
「……!」
攻撃……と見せかけて河童が五条の手首と足首を捕まえ、捕らえる。
さらに、身動きを取れなくなった五条に対して牛鬼が照準を定める。
「終わりだ」
ダメ押しに、夏油が五条悟の足を払って体勢を崩す……。
「……ごっ!?」
「温いんだよ、何もかも」
……の前に、拘束をいとも容易く解いた五条の足蹴りが夏油の頭部を襲った。
「今度呪霊で拘束する時は硬度を上げとくんだな……って、あだぁ!?」
「キー!!」
拘束を脱したはずの河童が、突如五条の足を掴んで引き摺り倒した。
「……」
「……」
五条と夏油、両者共に地面に仰向けで倒れる。
「てめぇ……!」
「……まだやるつもりかい?」
「あったりめ……!」
「“石鹸掃術”!」
「おわぁっ!?」
「うおっ!?」
再び立ち上がろうとした二人だが、突如として足を取られ、盛大に転倒する。
「ふふん、お笑い番組でこういうのやってたわよね?」
「……」
「……み、美水矢」
地面にいつの間にか撒かれていたのは、洗剤だった。
「もう戦うのはいいじゃない。二人とも強かったわよ?」
彼女のそんな、緊張感のない言葉に五条と夏油は顔を見合わせ……。
盛大にため息を吐いたのだった。
……
…………。
「まっ、最終的に勝ったのは俺だろ。誰が見ても」
「ふむ。 河童に転ばされてた状態が勝利なら、まぁそうなんだろうね」
「てめぇ……」
「どっちでもいいじゃない。そんなことに拘っちゃって、お子ちゃまねー」
……なんだ、これは。
自分を含め、あらゆる術師が地に伏しているこの状況で、何故かその中心に立っている三人は和気藹々と話している。
五条悟に並び立っている。
……あの前髪の術師。彼はまだいい。五条悟との先ほどの攻防は見事だった。御三家の血筋でもないにも関わらずあれほどの才覚を見せているのは、場合によっては夜伽以上の才能の原石だ。
だが、あの女は。加茂美水矢は……何もしていない。ただ騒いでいただけだ。
彼女のことは知っている。海外の血が混じっているにも関わらず“赤血操術”を受け継いだ加茂家の汚点。
しかも、どういうわけか生まれつき呪力量が途轍もなく多い。そのくせ術式を操るセンスが壊滅的なために何故か呪術を家事に使っているような身の程知らず。
一部の者は彼女を“呪術を戦闘ではなく生活に活かすなんて見たこともない”と評価していたが、冗談じゃない。
呪術は他者を下し、自らの地位を押し上げるためのものだ。便利な家事道具などに使われてたまるものか。
……私は彼女を認めない。
彼女を否定しなければならない。
「……“
絶対に。
「“
「いかん!あの子を止めろ!!」
「“赤縛”!!」
……私に向かって、憧れた人たちの呪術が放たれる。
もう誰も信用できない。
「“
──アオォォォォ
狼の遠吠え。
虚空より出現する、“繭”。
──バリ、バリッ。
その繭を突き破って。
──。
禪院家の誇る“十種影法術”の中でも、歴代の術師が誰一人調伏できなかった規格外の存在。
最強の式神が産声を上げた。
……ギ、ギギッ。
──ガコンッ。
◆
今より500年前。
江戸時代、慶長に行われた御前試合で、当時の五条家と禪院家の当主による決闘が行われた。
その結果は、両者共に死亡という悲惨なものだった。
五条家当主は六眼持ちの無下限呪術使い。
禪院家当主は十種影法術使い。
この事件を期に、禪院家は“十番目の式神”の調伏の儀を行うことを固く禁じていたのだが……。
今日ここに。
その日の悪夢の“再現”が実現されてしまった。
……。
「……なんだありゃ」
「式神、か……?」
五条と夏油は、突如現れた巨躯の存在の警戒を強めた。
「? なんかボディビルダーみたいな人がいるわね」
美水矢はいつもの調子だ。
「……“適応”、“退魔の剣”って。まさか……」
「そこから離れろ!悟!」
五条悟の六眼が見抜いた術式。それは噂だけで聞いたことがある禪院家最強の式神のものだった。
そして、普段ほとんど叫ばない父の怒号。
五条悟は瞬間的に“無下限呪術”を使用した。
「……チッ!」
それは結果的に正しかった。
「どうなってんだよ、クソ親父!」
無下限により隔たれた向こう側に立つ魔虚羅は、今まさに五条悟を不可侵たらしめる“無限”を、突破しようとしていた。
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