「まさかこのような顛末になろうとはなぁ」
禪院直毘人は、負傷者の搬送や崩壊した建築物の修繕などでてんてこ舞いとなった激戦の跡地で一息吐いた。
「おい、五条。お前の息子のお披露目式になるはずが、とんだ災難だったなぁ?」
「……奴は」
「うん?」
「あの加茂家の異端児は、何者なのだ……!?」
五条勝は、息子の悟や夏油傑などに詰め寄られ質問責めに遭いながら、あっけらかんとした様子で首を傾げている異能の少女を指して言った。
「……ふむぅ。正直俺にもわからん。“天与呪縛”とも違うようだしなぁ。そうだとすれば五条悟が気づかんはずもない」
“天与呪縛”。
生まれながらに課せられた“縛り”。何かを犠牲にする代わりに何かを得る。
直毘人としても、これ関係で色々といざこざが起きた手前、新たに天与呪縛を授かった者が御三家に存在するならそれを知らんはずもなし。
あるいは……。
「憲利の野郎が、何か隠してやがるのか……」
「……」
加茂家当主、加茂憲利は事態を静観するばかりで黙して語らない。
元より腹の読めぬ狸ではあったが、陰謀好きな奴のことだ。今回のような事態が引き起こされることを事前に予期して美水矢をこの場に召集していた節まである。
「五条家が力を誇示するための場で、逆に我々禪院家と
「……ぐぅっ」
何もかも、加茂憲利に操られていた……。
そう考えれば、禪院夜伽の暴走も、魔虚羅の召喚も全て説明がつく。
「ふんっ、狸め」
直毘人は彼に、憎しみと賛辞半分ずつの評価を送った。
◆
「……だからなんなんだよアレ!美水矢説明しろ!」
「……」
「なによアレって?」
「今の技だよ!!」
「石鹸掃術だけど」
「なわけねぇだろ!!」
「なんでよー!!」
なんかサトル君がすっごい詰め寄ってくるんですけど!!
一応私にもパーソナルスペースがあるのに、ズカズカ踏み込んでくるんですけど!!
「いいか!? 魔虚羅は並の硬さじゃねぇんだよ! 一発で消し飛ばすなんて普通出来るわけねぇんだよ!!」
「そんなの私がものすごく強いってだけでしょ!?」
「お前みたいなアホが強くてたまるか!」
「なんですってー!?」
「……やれやれ」
私が凄いのなんて当たり前のことなんですけど! こちとら強くも麗しい女神アクアなんですけど!!
「謝って! アホって言ったこと謝って!!」
「チッ。はいはーい、すいませんでしたー!」
「はー!?」
謝り方に全っ然誠意がないんですけど!!
カズマさん並みに失礼な人ね!!
「……まぁ、でも」
「なによ!」
「……助けてくれたのは、助かったよ」
「え……?」
「……ありがと」
サトル君は、少し恥ずかしそうに顔を背けてそんなことを……。
「……むふー」
「あぁ!? なんだその顔ムカつく顔!」
「むふふ。だって、日本に私の信者ができたのって初めてなんだもの」
「だぁれが信者だ! お前みたいなアホの信者になる奴なんて碌なのいねぇだろ!」
「わ、わああああ!サトル君が今言っちゃいけない事言った!!このっ……もう、術式解きなさいよ!」
「解くかよバーカ! バーリア!!」
そうして、私はサトル君と取っ組み合いの喧嘩をしながら。
“御前試合”は終わったわ。
◆
「わぁ! このお菓子美味しい!」
「そいつはウチの職人の作品だな。コンテストの審査員とかやってるベテランだよ」
「へー。サトル君って和菓子職人の家系なのね」
「なわけねぇだろ……」
そこから少し時間が経って。
“御前試合”が行われた後に開かれる予定だった立食会は、ゴジョウ家のお屋敷がボロボロになってしまったこともあって。中止の可能性もあったんだけど……“ゼンイン”っておじさんの提案で、この広場にテーブルが並べられて予定通り開催されることになったわ。
やっぱり事件が解決した後は宴よね! まだ子供だからお酒が飲めないのは残念だけど、お子様用に振舞われたジュースもすっごく美味しかったから私は許すわ。このご馳走に女神の祝福を与えましょう。
どこもかしこもご馳走だらけだから、とにかく色んなものを食べようとしたんだけど……なんでか私に声をかけて来る人が沢山いて。適当にあしらっても次から次に来るものだから困っていたら。
「おい、行くぞ」
サトル君が私の手を引いて人混みから連れ出してくれたわ。
「ねぇ、サトル君」
「なんだよ」
「私、少女漫画でこういう展開見たことあるんだけど」
「……あっそ」
サトル君は後ろを振り向かずにずんずんと歩いていく。
「サトル君も憧れてたのね。こういうシチュエーション」
「うっせぇよ! 誰が憧れるか!」
ぷぷぷー、お子ちゃまなんだから。
私は大人のレディだから、こういう時も動揺したりなんてしないけど……。
「あぶだっ!?」
「だぁ!? てめっ、何躓いてんだ!」
「い、いったぁ〜い!!」
もう!!
なんで日本に転生してからこんな不幸ばっかり起きるの!?
「うぅ……ひ、ヒール……は、使えないのよね……」
「本当バカだな……。“反転術式”でもねぇのに、肉体の再生なんてできるわけねぇだろ。それにこんな擦り傷、どうってこと……」
「あうぅ……いたぁい……!」
……5歳になってるからかしら。元々痛いのは嫌いだけど、小さな擦り傷でもこんなに痛いなんてぇ……。
うぅ、回復魔法使いたい……ヒールぅ……。
「……しょうがねぇな。ほら」
「……ふぇ?」
私が泣いていると、サトル君が背中を向けてかがみ込んだ。
「さっさと乗れよ。傷口洗ってから絆創膏貰いに行くぞ」
「……」
……私は、サトル君の背中におぶさる。
「……なんだか」
「うん?」
「サトル君、カズマさんみたいね」
「誰だよ……」
……おっきいカエルの討伐に失敗した帰りも、こうやってカズマさんにおぶってもらいながら帰ったっけ。
ううん、いつもおぶってもらってたのはめぐみんね。私はカエルの涎で生臭くて、ベトベトのまま歩かされて……。
……今思うと本っ当にカズマさんって失礼ね。
仮にも私は女神なんですけど。
そんじょそこらの王様とか、魔王なんか目じゃないくらい尊い存在なんですけど。なんでみんな私のことを雑に扱うのかしら。
もっと私を敬ってくれても……。
「あはは! すごいすごーい!」
「見てて、見てて!」
「きゃ〜!!」
ふと、声が聞こえて目線を向ける。
……そこでは、私と同じくらいの歳の子たちが、口で泡を作ってはしゃいでいたわ。
あれ、知ってる。“シャボン玉”だわ。
「……あれが普通だよ」
「え?」
「俺たちみたいな呪術界とは関係ない……非術師の家系の子供達だ。親の方はなんかしら関係者だろうけどな」
「……」
そう言うサトル君の横顔は。どこか寂しげで。
どこか、羨ましがっているように見えて。
「……“石鹸掃術”」
私は呪術を発動した。
「……え? わ、わ! 何これ!!」
「わぁ! どうやったのこれ!?」
「え? ぼ、僕じゃないよ!」
「ねぇやり方教えて〜!!」
「……美水矢、お前」
「ふふん」
シャボン玉の形が変わって、作られたのは二人の人の形。
私とサトル君。
シャボン玉だって、私の手にかかればチョチョイのチョイよ。
「私は水の女神だもの。出来ないことなんてないわ」
「……」
サトル君は目を見開いて、そうしてまた子供たちに視線を移す。
「……そうかもな」
そう言って、年相応の子供みたいに笑った。
「キャアアア!! しゃ、ショボン玉が襲ってきた!」
「い、ぎ、でぎ、な……!!」
「た、大変!? だ、誰か! 誰か来て!!!!」
「……」
「……」
シャボン玉が、子供達を襲ったわ。
「……なんでお前は“そう”なんだよ!!」
「わ、私のせいじゃないのにぃ〜〜!!」
サトル君は私をおぶったまま、慌てて子供達へと駆け寄ったのだった。