アウラの冒険 作:鼻炎ファイター
勇者ヒンメルの死から二十八年。
北側諸国エング街道付近の山中。
木漏れ日が優しく、道行く老人と少女を照らす。
「一体……どこまで歩かせる気なのよぉ……」
よた、よた、と。膝に両手をつき、肩で息をしながら歩く角の生えた少女、アウラは老人に問いかける。
「近くの人里までじゃ。それにまだ半刻も歩いてなかろうが」
歩き方こそ老人のそれではあるものの、すたすたとアウラのはるか先を行く顎髭を蓄えた老人。
なんとも奇妙な光景である。
「お主、
「そうは……言ったけどもぉ……!」
ぜえぜえと息を切らしついには立ち止まるアウラ。
グラナト伯爵領には魔物の侵入を防ぐ防護結界が張られており、魔族であるアウラは入ることができない。
「全く情けない……まだまだ若いのになんたる体たらくじゃ」
老人はアウラに自分の杖を差し出す。
「はぁ!? 何言ってんの? 私は五百年生きた大魔族よ? あんたなんかよりずうっと年上よ!」
「それでは尚のこと必要じゃろうが」
「年寄り扱いしないでちょうだい!」
「じゃあこれは要らんな?」
「い、要ります……」
杖を受け取り、再びとぼとぼと歩き出した。
***
数刻前。北側諸国グラナト伯爵領、郊外。
「こっちは終わったわよ」
「……そうか。ご苦労じゃったな」
アウラは十数体の遺体を並べ、それぞれの手を組ませ終わると老人に声をかける。
空には既に日が昇っていた。
「なんで私がこんな事……」
幸い自らの手で自分の首を刎ねるようなことにはならず、一命は取り留めた。
死の恐怖は去ったが、今は老人の命令通りに動く操り人形となっている。
「というかこんな回りくどい事するより、私が死体を操ってポーズを取らせた方が早かったんじゃない?」
尤も、老人の「やめろ」という命令により不死の軍勢はアウラの支配から離れ、操ることは叶わないが。
そもそも服従の天秤がバラバラに壊れてしまった今では、
「それではいかんのじゃ」
老人は並んだ遺体の前で跪き、手を胸に当て、祈った。
人間のそうした儀式的行為についてアウラはまるで理解ができなかった。
目の前にあるのはただの死体の山でしかない。
「その、俯く格好……弔い? ってのをやらせたいんだったら、
理解はできないが知識としては断片的にではあるものの有している。
死体を埋めた場所の前で、人間が集団でそのような体勢をとっているのを見たことがある。
どういう腹積りなのかは知らないが、儀式を手伝わせようというのなら、そうすれば良い。
老人からの返事はなかった。
「……では、行くとするか」
しばらくの間──アウラにとっては冗長すぎるほどに長い時間祈りを捧げた後、老人は立ち上がった。
「どこによ」
「お主の性根を叩き直す旅にじゃ」
「はぁ!?」
旅? このジジイと? 命を奪われるよりははるかにマシではあるが。
「性根を叩き直す」という言葉の意味するところもわからない。
そこでアウラはふと、自分の体の自由が効いていることに気が付く。
「その術はわしが解こうと思えば解けるみたいじゃの」
知らなかった。そもそも
それと同時に老人の思惑がますますわからなくなった。
「馬鹿じゃないの? せっかく支配下に置いた大魔族をみすみす解放するなんて。私が自分の意思でのこのこついていくだなんて思ってるわけ?」
「ではどこへでも行くが良い。さらばじゃ」
「あら、随分あっさりと引き下がるのね」
老人は躊躇う素振りもなくアウラに別れを告げ、立ち去った。
「じゃあ、遠慮なくどこへでも行かせてもら──」
そう言いかけてアウラは思案した。
──どこへ?
グラナト伯爵領侵攻は失敗に終わり、服従の天秤もバラバラとなって
五百年という歳月を全て
つまり、バカみたいに魔力だけはある、戦力としては下級魔族と同等かそれ以下に成り下がってしまったのだ。
いくら魔族幹部『七崩賢』といえど、そんな今の自分を他の魔族が見たらどんな目に合わされるか。
力の上下関係が顕著な魔族の世界では、想像に難くない。
今更人間を欺いて食い扶持を繋ぐというのか? プライドもそうだが今のアウラでは民間魔法でも殺されかねない。
それにバカみたいにある魔力が災いし、魔力を喰らう魔物の格好の餌食である事は間違いない。
極め付けには──
今まさに『歴史上で最も多くの魔族を葬り去った魔法使い』がこちらへ向かっているだろうということ。
アウラに別れを告げ、エング街道を目指す老人。
真横から差す日差しが暖かい。
パイプ草をぷかぷかとふかしながら歩みを進めていると、遠く後ろの方から何やらバタバタと駆け足の音が聞こえてきた。
「ちょっとー! 待ちなさいよぉー!! し、仕方ないから、着いてってあげるわぁー!!」
「なんじゃ、無理せんでええんじゃぞー」
歩みを止めず、振り返らず。それ見たことかと言わんばかりの笑みを浮かべながら、つい先程別れを告げたはずの声にそう呼びかけた。
***
昼下がり。
木々の匂いがいっぱいに広がる山道を行く二人。
「ドアから道は〜始まって〜 み〜ちは続くよどこまでも〜」
陽気な歌を口ずさみながら、老人は軽快に歩く。
「お主も歌ったらどうじゃ? 愉快な旅路に歌はつきものじゃぞ」
「歌? そんなのが一体何になるってのよ……」
「つれないやつじゃのう…… はるか〜かなたに続く道〜」
横から老人を見上げながら、老人よりも深く腰を曲げ、杖をつきながら歩くアウラ。
老人にしては結構な長身であり、角を含めても頭一つ分以上の身長差はある。
腰を曲げている分、高低差は更に広がっていた。
「まるで『小さい人』じゃのう」
「まるでも何もそのまんまじゃない。馬鹿にしてんの?」
はっはっは、と。老人は楽しそうに笑った。
「そう言えばお前さん、名はなんというんじゃ」
「はぁっ!? そんなことも知らないで私に喧嘩ふっかけて来たの!?」
呆れた……と顔で訴えかけた後、アウラは自慢気に答える。
「魔王直属の大魔族『七崩賢』の一人、断頭台のアウラよ。……というかこういうのって先に名乗るのが礼儀ってもんなんじゃないの?」
「おお、そうじゃった。すまんのう『七面鳥』のアウラよ。わしの名前は──」
そう言いかけて老人は立ち止まった。
下の方で「七面鳥って何よ!」と喚く声が聞こえる。
「はて、なんじゃったかの……」
「嘘でしょ……」
本当にボケ老人じゃない……こんなのに負けたっていうの……?
そんなことを思うアウラに追い討ちをかけるように。
「おぉ、あそこに野うさぎがおるではないか。道を尋ねてみよう」
「泣きたくなってきたわ」
アウラは野うさぎと会話をし始める老人を、ただ茫然と見つめることしか出来なくなっていた。
時を同じくして。
舞台は北側諸国グラナト伯爵領、郊外へと戻る。
夥しい数の甲冑の遺骸。
その全てが胸で腕を組み、綺麗に列を成している。
その中で少女が一人、地面を見つめたまま立ち尽くしていた。
目線の先には、バラバラになった服従の天秤。
「…………」
二つ結いの白髪に、長い耳。
白い衣服を身に纏ったエルフ。
歴史上最も多くの魔族を葬り去った魔法使い──
『葬送のフリーレン』がそこに居た。
七崩賢『断頭台のアウラ』を討つべくやって来たのだが、そこにアウラの姿はなかった。
アウラは五百年分の膨大な魔力を有し、それを最大限に活かした魔法を用いて長年人類を苦しめてきた大魔族である。
それを人知れず打ち負かし、更には死者を弔う余裕まであった事が伺えた。
──とても人間業とは思えない。
「一体、誰が……」
【登場人物】
●アウラ●
元魔王直下の大魔族、七崩賢の一人。
命が惜しいのでじじいについていくことにした。
●???●
アウラの前に現れた謎の老人。
たぶんボケてる。
●フリーレン●
魔王を倒した勇者一行の魔法使い。
山道を行く老人とアウラのテーマ
https://www.youtube.com/watch?v=m1uTpLqUrBU