アウラの冒険   作:鼻炎ファイター

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3 敵くだき

 勇者ヒンメルの死から二十八年。

 北側諸国エング街道沿い。

 

 断崖絶壁に面した狭い岩の小道で、行商人の馬車が脱輪し立ち往生をしていた。

 老人と少女と行商人の青年が脱輪から脱出させようと三人で力を合わせ、懸命に馬車の後ろを押す。

 

「ぐぬぬぬぬぅ……!」

 

 とんがり帽子を被った少女──アウラが、前後にグラグラと揺れ動く馬車を微力ながらも力一杯手押しながら呻く。

 道端で人が困っている時は手を差し伸べてやるものだと、老人に首根っこを掴まれ手伝わされているのだ。

 もちろんアウラは「なんでそんな事しなきゃなんないのよ」と手伝いを拒んだが、老人に杖でぶっ叩かれたために不本意ながらも手を貸している。

 

 アウラの角を隠すため、遠目で馬車を確認した老人が咄嗟に自分の帽子を被せていた。

 老人は魔族がどういうものであるかをよく理解していないが、他の人間とは明らかに異なる部位は隠しておいた方が良いと判断したようだ。

 それが功を奏し、行商人にはアウラが魔族であることはバレず、古びた帽子に珍妙な服を着た妙ちくりんな少女だとしか思われなかった。

 帽子はすっぽりと角が収まるほどにぶかぶかで、煙や火薬の匂いが充満している。

 

「そうれ、もう一踏ん張りじゃ」

 

 アウラの隣で白髪の老人が檄を入れる。

 しかし馬車は一向に脱出する気配がない。

 

 

「なかなか動かんのう」

 

 ひとしきり馬車を押し続けた後、一旦休憩を挟む事にした。

 三人は岩壁に寄りかかり、動かなくなった馬車をどうしようもなく見つめている。

 その側で馬が乾草を頬張っていた。

 

「こんな見ず知らずの私に手を貸して下さり、ありがとうございますっ!」

 

「なあに、礼には及びませんわい」

 

「いえいえそういうわけには!」

 

 アウラは二人を不思議そうに見つめていた。

 魔族は基本的に個人主義であり、助け合うという習性はほぼ無いに等しい。

 今日初めて会った名も知らぬ他人のため、ここまで尽くすことに一体何の意味があるというのか。

 

 それにこの行商人は馬車の荷台に野菜や果物、酒瓶など、大量の食料を積んでいる。

 人目の無い断崖絶壁の小道……ここで食料と馬車を奪ったところで他の人間にバレることは無いだろう。おまけに若く新鮮な肉も手に入る。

 ひ弱そうな青年である行商人は、今の非力なアウラでも手にかけられそうだ。

 

 ──まぁ、そんな事をすればいよいよ杖で撲殺される事になるだろうが。

 そんなことを思っていると。

 

「ところで、お二人はどういったご関係で? お孫さんですか?」

 

「へ?」

 

 行商人の思いがけない質問に声を漏らすアウラ。

 

「いやぁそれが、あまりに世間知らずなもんでしてな。こうして連れ出して世の中を教えてやっているのです」

 

 設定には若干不本意ではあるものの、老人はうまく誤魔化してくれた。

 魔族であることを他の人間に知れたら面倒な事になる。アウラにとっては好都合であるが、しかしなぜそこまでして自分を庇うのだろうか。

 アウラは不思議でならなかった。

 

「なるほど、どうりで妙な格好を……お嬢さん、なんとも孫思いのお爺さんを持ったね」

 

「なっ、妙な格好って何よ! それにこんな老いぼれから教わることなんて何も無いわ!」

 

「ははは、絶賛反抗期のようですね」

 

「ほっほっほ、困ったもんですじゃ」

 

 二人の人間に笑い物にされている。アウラにとってあまりに屈辱的な光景だった。

 老人が居なければすぐにでも行商人を殺めていることだろう。

 

「あなた達覚えてなさ──」

 

 そこまで言いかけてアウラはふと、自身の魔力探知が何かを捉えた事に気づいた。

 

「──ッ!」

 

 空から何か来る。

 

 魔力探知ができない老人と行商人は、突然上を見上げたアウラを不可解な面持ちで見つめる。

 

「どうしたんじゃアウ──」

 

 その刹那、馬車が宙に浮いた。

 否、大きな鳥が馬車を鷲掴みにしていた。

 

 

 

 

「……ま、魔物だぁっ!!」

 

 行商人が顔を青く染めて叫んだ。

 

 それは狡猾に魔力と気配を隠しており、大魔族であるアウラの鋭い魔力探知をもってしても、この至近距離まで接近を許してしまった。

 

 赤黒い瞳をしており、緑の体毛に大きな翼。

 頭には角の生えた鳥型の魔物であった。

 

 行商人目掛けて馬車を放り投げる。

 

「いかん!」

 

 老人は行商人に覆い被さり、地面に伏せさせる。

 馬車は二人の頭上を掠め、壁面に激突し粉々に砕け散った。

 荷台に積んであった荷物がぐちゃぐちゃになって二人に降り注ぐ。

 

「この辺りには出ないはずじゃ……!」

 

 荷物の山から老人に抱えられ這い出てきた行商人がそう呟く。

 

 魔物は岩の小道に着地すると、ゆっくりとアウラの方へ向き直った。

 

「えっ」

 

 アウラの膨大な魔力は垂れ流れ続けていた。

 本来であれば勝てる見込みが無いため魔力量の多い相手を魔物は避けるものであるが、捕食者としての勘が働いたのか。

 魔力量に匹敵する脅威では無い事を見抜いていた。

 

 

 魔物はじりじりとアウラへにじり寄る。

 

「く、来るな……」

 

 後ずさるも、後ろは岩壁。

 

 この魔物は、肉の他に魔力をも喰らう種であった。

 他の生物の魔力を喰らい、己のものとすることが出来るのだ。

 目の前の非力な魔力の塊を逃す手は無い。

 

 魔物がアウラに襲いかかる。

 

 

 

 

「でぇぇやああああああ!!」

 

 それと同時に老人が魔物に背後から飛びかかった。

 手には杖……ではなく。

 

 

 青白く光輝く剣を携えていた。

 

 

 剣は青白い光の軌道を描き、魔物の背中を裂いた。

 

 ギャアアアアアアッ!! 

 

 魔物は耳を劈くほどの金切り声を上げ体制を崩す。

 アウラから老人に標的を変えようと振り向く。

 

「ぬぅん!!」

 

 振り向き終わるのを待たずして、老人は魔物の胸元を刺し貫く。

 急所を貫かれた魔物は、たまらず仰反った後、ゆっくりと力なく老人にもたれかかり、息絶えた。

 

 程なくして魔物の体は黒く染まり、ボロボロと霧散していった。

 

「なっ……!?」

 

 その様に老人は目を泳がせた。

 どうやら魔物の死に様を見るのは初めてらしい。

 

 腰が抜けたアウラは岩壁に背中を預けたまま倒れ込む。

 

 

 老人は空へと消えていく黒い残滓を、ただただ見つめていた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「本当になんとお礼を申し上げたら良いか……!」

 

 行商人は深々と頭を下げた。

 

「いや何、わしらも危ういところでしたからな」

 

「馬車と荷物は粉々になっちゃったけどね」

 

 馬車の残骸を見つめながらアウラは言う。

 幸い馬は無事だったものの、荷物も馬車も使い物にならなくなってしまった。

 

「命があっただけ儲けものです! あなた達は命の恩人だ!」

 

「達……?」

 

 もしや自分も含まれているのだろうか? 

 確かに馬車の手押しは(嫌々)手伝ったが、行商人の命を助けた覚えはない。

 それどころか本来遥かに格下であるはずの魔物に怯え、服従させる魔法(アゼリューゼ)でもかけられたかのように硬直していただけであった。

 

「お嬢さんがいち早く魔物に気づいていなければ、どうなっていたことか!」

 

「いや、別に……」

 あそこで気付こうが気付かなかろうが大して差は無かったのではないかと思うアウラであったが。

 

「そんなご謙遜なさらず! 魔力探知、というものでしょうか? いやぁ、あなたは優れた魔法使いに違いない!」

 

(優れたも何も魔法を極めた大魔族だっての。今は使えないけど)

 

 と、心中若干不満を抱えたものの、老人に敗れてからというもの

 

 ・こき使われたり

 ・長時間歩き詰めにされたり

 ・杖でぶっ叩かれたり

 ・笑いものにされたり

 ・下級の魔物に命を狙われたり

 

 などと散々だったアウラに対して向けられた羨望の眼差しに、ズタズタになっていた自尊心が満たされる。

 

「ま、まぁ? これでも大魔ぞっ…… 大魔法使いだものね!」

 

 一瞬墓穴を掘りかけたが、行商人の憧憬の念は止まらない。

 勝手に評価が上がり続けるアウラは気を良くし、むふー、と。ドヤ顔を披露した。

 

 

 

 

 行商人は本来グラナト伯爵領方面へ行く予定だったが、商品も馬車も駄目になったので一旦町へ引き返す事にしたようだ。

 近くの人里を目指していた二人にとっても好都合であったため、その後を着いていく事にした。

 大魔族魔法使いの一行に助けられて舞い上がっているのか、行商人は小唄を口ずさみながら馬を引き、先導するように二人の先を行く。

 

 

「そういえば、あなた剣を持ってたのね。それも光る剣。魔導具の一種かしら?」

 

 あの時助けられた際に見た青白く光る剣。

 魔導具にしては魔力が込められているような気配もなく、実際に使われている時も魔力は一切感じなかった。

 不思議に思いアウラは老人に問いかける。

 

「これは『敵くだき(グラムドリング)』。邪悪なる者が近づけば、刃が光って教えてくれるのじゃ」

 

 そう言って老人はその鯉口を切り、剣身をアウラに見せる。

 ──敵くだき(グラムドリング)は未だに青白く光り輝いている。

 

「尤も、お主が側にいるために光っぱなしで探知器としては役に立たんがのう」

 

 ほっほっほ、と老人は笑いながら剣身を鞘に仕舞った。

 自分もさっきの魔物と同一と見做されているのだろうか。

 魔族の由来を考えれば当然のことではあるが、アウラは少々不快感を覚えた。

 

 腑に落ちずむしゃくしゃしたので、行商人からお礼にと貰った林檎を頬張る。

 馬車の手押しで疲れたのと、恐怖から解放された安心感からか、いつもより少し美味しく感じた。

 

 

 

 

「ひんへんははんへひふひはふほはいへひへほはひほへふほはわかっはは」

 

「飲み込んでから喋らんか」

 

「……んぐ。何故人間がなんで見ず知らずの相手に手を差し伸べるのか。それは報酬、見返りのためよ」

 

 林檎を飲み込んでアウラは続ける。

 

「さっきの命がけのはリスクが大き過ぎるけど、他人に恩を売っておけば見返りが返ってくるわ。それが目的なんでしょう?」

「ギブアンドテイクってやつよ。魔族の間でもたまにやるわ。なんだ、人間も大して変わらないじゃない」

 

 真理を見つけたとばかりに、得意気に解説してみせた。

 

 

「……こりゃ先は長そうじゃのう」

 

「……? 先って何のことよ?」

 

「お二人ともー! もうすぐ着きますよー!」

 

 行商人が少し離れた先から二人に呼びかける。

 

 暖かな夕日の光が、道ゆく一行を照らしていた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「アウラ様も落ちぶれちゃったね。これじゃ下級魔族みたいだ」

 

 遥か後方から、一人の魔族の少女が一行を見つめていた。

 

 その名は『リーニエ』。

 

 断頭台のアウラの三人の配下『首切り役人』の一人である。

 グラナト伯爵領内にてとある赤髪の戦士の少年と交戦していたが、アウラの魔力反応が遠のいたため、一時撤退しその後をつけて来たのだ。

 

「帰ってリュグナー様に報告しないと」

 

 リーニエはそう呟くと、森の奥深くへと消えていった。

 

 

 

 




【登場人物】

●アウラ●
元魔王直下の大魔族、七崩賢の一人。
久々に自尊心が満たされ満足げ。

●???●
アウラの前に現れた謎の老人。
剣の名前は覚えているのに自分の名前はド忘れしている。

●リーニエ●
人間を殺そうとする魔族。
アウラの配下、首切り役人。りんご好き。



結界は出る分には問題無いってことで一つ……
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