アウラの冒険   作:鼻炎ファイター

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魔族って寝るのか…?


4 よそびと

 勇者ヒンメルの死から二十八年後。

 北側諸国 エング街道付近の町。

 

「くたくただわ……」

 

 宿屋の一室。

 ベッドの上で一人仰向けになり、アウラがぼやく。

 

 行商人の道案内で町を訪れたアウラと老人。

 辿り着いた頃には日もだいぶ陰っていた。

 馬車の手押しと魔物から命を守ってくれた事への恩として、ほぼ有り金を渡そうとしていた行商人であったが、なぜか老人は雀の涙ほどしか受け取らなかった。

「貰えるだけ貰っちゃえば良いじゃない」と意見したら杖でぶたれた。

 

 そのお金を使い、こうして町の下宿で寝泊まりしているという訳である。

 嬉しいことに一人一部屋で借りたため、あのうるさい老人も今は居ない。

 

「……これからどうしようかしら」

 

 いつまでもあんな老人と旅を共にするなんてまっぴらごめんである。

 今でこそ老人と共に居た方が命の危険が少ないと判断して今に至る訳であるが、ゆくゆくは力を取り戻して大魔族として返り咲く野望を諦めてはいない。

 再び『服従させる魔法(アゼリューゼ)』さえ使えるようになれば……

 それには『服従の天秤』が必要なのだが、あれも一種の魔道具であり、アウラの魔法に順応できるよう特別に仕立てた代物である。

 そこらの天秤では代わりは務まらない。一刻も早く直して──

 

「あ」

 

 手元に『服従の天秤』が無い事に気付く。

 

 そういえば、グラナト領(あそこ)に置いて来たんだった。

 

 服従させる魔法(アゼリューゼ)での魔力勝負に負けたショックのあまり、うっかり失念していた。

 今更取りに戻る訳にもいかない。

 となると一から誰かに作ってもらうか気合いで自分でこしらえる他ない(仕組みはさっぱりわからない)。

 

(うわあああ私のバカ〜〜〜〜〜ッ!!!)

 

 アウラはベッドの上でのたうち回った。

 ごろごろと転げ回って右に左にと体の向きを変えていると、テーブルに無造作に置かれた青いとんがり帽子が目に入る。

 

「……」

 

 老人が自分が魔族である事を隠すために被せた帽子である。

 部屋に入るまでずっと被り続け、町人に悟られる事なくなんとかやり過ごす事ができた。

 煙の匂いが立ち込めており、正直被っているのは苦痛であったが。

 

 しかし、なぜそこまでして自分に都合良くしてくれるのだろうか。

 夕食も簡単にではあるが用意してくれたし、わざわざこうして一人分の個室まで貸し与えてくれた。

 

 人間は美しい異性に惹かれるものと聞く。

 自分の容姿も相当に優れている自負はあった。

 まだ服従させる魔法(アゼリューゼ)が未達だった頃、その美貌で弱者を装い、人間の男を惑わせ喰らった事もある。

 決まって「好き」だの「愛している」だのと言われ、好意を寄せられた。

 

「ちょっ、腫れてるじゃない!!」

 

 頭とさすってみると、老人に杖で叩かれた所が若干膨れていた。

 ──好意(それ)にしては扱いが随分とぞんざいでは無いだろうか。

 

 今まで自ら近づいて来た人間の男は数多けれど、こんな奴は初めてであった。

 一体何の為に。こんな事をして老人に、一体どんな利点があるというのだろうか──

 

 思考を巡らせていくうちに、アウラの意識はまどろみへと落ちていった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「起きんか! もう朝じゃぞ!」

 

 老人が杖で扉をダンダンと叩き、扉の向こうで惰眠を貪る少女に訴えかける。

 返事は大きないびきで帰ってきた。

 

「全く調子の良い奴じゃの……」

 

 ひとしきり叩き終えると老人は諦め、宿を出た。

 

 

 多くの人が行き交う町の広場。その中央には背丈がまばらな四人の銅像が建てられている。

 何か祭りでもやっていたのか、華やかな飾り付けや屋台が並んでいた。

 しかし、そのほとんどは撤収に差し掛かっており、人々は後片付けに追われている。

 老人は賑やかな祭りが何よりの好物であったが故に、もっと早く来れていたらと一抹の寂しさを覚えた。

 

「世にも珍しい『寝癖直しの帽子』はいかがですかー!」

 

 屋台の商人が売れ残りを捌かんと必死で声をかけている。魔道具を売っているようだ。

 といっても、『服だけを溶かす薬』や、『鳥が逃げられなくなる鳥籠』など珍妙なもばかりである。

 その中でも目を惹いたのが、今まさに商人が手に持って売り出している寝癖直しの帽子だった。

 見た目は単なる白いつば広帽子ではあるが、聞けばどんなにひどい寝癖でも隠し通してくれる(この時点で商品名に偽りがある)と言う。

 お祭りらしく鮮やかな紫の帯に、可愛らしい小さな花が添えられていた。

 

「どれ、一つ頂こうかの」

 

「おお! 髭の旦那! 毎度あり!」

 

 お祭り気分を少しでも味わいたかった老人は、引き取り手のないその帽子を買ってやる事にした。

 今頃爆睡しているであろう魔族の少女にでも与えてみよう。

 ついでに服でも買っておいてやるか。あの珍妙な格好のまま連れ歩くというのも忍びない、と。そんな事を考えながら──

 

「ふむ……」

 

 ふと何かを思い出した老人は町の人々を見渡した後、考え込むような表情で髭を撫でる。

 

 ──角の生えている者が一人も居ない。

 

 今まで結構な数の人間と出会いすれ違ったが、アウラ以降一人として角の生えた人物に出くわす事は無かった。

 遠目で行商人を見かけた時直感で帽子を被せたが、どうやら正解だったのかもしれない。

 

 

 ささやかなお祭り気分を堪能し終えた後、老人は古びた書店を訪れた。

 アウラの角がどうしても気になり、その事について触れた文献が無い探しに来たのだ。

 初老の店主が声をかける。

 

「おや、何かお探しで?」

 

「ええ。角の生えた人について書かれた本はありますかな?」

 

 老人が尋ねると、店主は神妙な面持ちで答えた。

 

「魔族……についてでしょうか? ありますよ」

 

 そういえば彼女は自分を大魔族だ、などと言っていたような。

 一冊の埃を被った本を受け取ると、パラパラとページをめくり始めた。

 

 

 魔族とは、人を殺し食らう生き物だということ。

 

 ──用いる言葉は全て、人を欺くためのものだということ。

 

 ──人を傷つけたり殺したりすることに、何のためらいも持たないという事。

 

 ──その殆どが、頭に角が生えているということ。

 

 

 魔族がどういうものであるのか、老人はそこで初めて知ることとなった。

 本を流し読みし終えると足早に書店を去り、宿へと急いだ。

 

 アウラを一人野放しにするのは危険だったかもしれない。

 魔族を、アウラという存在を軽んじていた。

 もし無辜の人々に危害を加えるような事があれば──

 

 

 

 

 アウラの部屋の前に着いた。

 辺りは静まり返っている。

 

 扉を叩いて確認しようとした、その時であった。

 

 

 

 

「んごぉ〜〜〜」

 

 今朝方聞いた、間の抜けたいびきが宿中に響いた。

 

「肝を冷やされたわい……」

 

 肩の力が抜け、どっと疲れが押し寄せた。

 こちらの気苦労も知らずに呑気なものである。

 

「おぉ、そうじゃ」

 

 老人は懐から赤と黄色のしましま模様をした細い棒を取り出した。先端にはやかましく火花が散っている。

 とても穏やかなものとは思えないそれを、扉と床の隙間に差し込んだ。

 

 アウラにもお祭り気分をお裾分けしてやろう。

 

 ばちばちばちばちっ!! 

 

 甲高い破裂音の連続と共に、眩い閃光と煙が扉の隙間から漏れ出す。

 

「うぎゃあああああああッ!?!?」

 

 いびきの主が悲鳴を上げ、ばたばたと転げ回る音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「ほぉ、こういった依頼をこなして路銀を稼ぐ事ができるようじゃな」

 

 町の依頼掲示板を眺める老人とアウラ。

 老人から貰った薄紫色の質素な服に、寝癖直しの帽子。アウラは律儀にそれらを着こなし、上手く町の人々に馴染んでいる。

 ──顔は煤だらけであるが。

 

 中でも寝癖直しの帽子は魔族の角を完全に隠しており、どこから見ても人間にしか見えない。しかし角は寝癖扱いなのだろうか。

 今までは高さのあるとんがり帽子でこそ誤魔化せていたものの、このような浅めの帽子で違和感なく隠せるとは、アウラも買った当人も驚いていた。

 

「冒険者の真似事のつもり? せいぜい余生を持て余した行楽旅行がいいところでしょ」

 

 まぁ自分もそれに同行しているわけだが。

 隣で老人をおちょくるアウラ。

 それに憤る事なく老人は答える。

 

「一人だったらそうだったかもしれん。じゃが共に分かち合う仲間が居るのなら、それは冒険じゃ」

 

「……はぁ? 何を分け合うのよ。報酬?」

 

「ほっほっほ、さてどうじゃろうな」

 

 なんだこのじじいムカつくな……

 不機嫌を露わにするアウラ。……と、そういえば。

 

「いつまでも呼ぶ名前がないってのも締まらないわね……」

 

「なんじゃ?」

 

 こんなボケ老人といつまでも旅を共にする気は毛頭無いが、何から何まで施されてばかりというのも面白くない。

 とりあえず適当に名前をつけてやって恩を売っとくか。

 そう思い、辺りを見回すアウラ。

 

 

「そうね……『フレムデル』とかどうかしら。あなたは今日からフレムデルよ」

 

「ほぉ? それは一体どんな意味が込められておるんじゃ?」

 

「知らないわよ。そこの酒場の看板に書いてあったわ」

 

 アウラはとある宿屋の看板を指差す。

 老人も指さされた先を見つめた。

 

『フレムデルの酒場 よそもの大歓迎!』

 

 どうやら名付けを思い立った直後に目に入った単語をただ口にしただけらしい。

 昼間にも関わらずどんちゃん騒ぎの酔っ払い達で賑わっている様が窓から伺えた。

 祭りの片付け後の打ち上げなのだろうか。なんとも陽気なものである。

 

 老人はそんな酒場を見て、嬉しそうに笑みを溢した。

 

「こりゃいい名前を貰ったわい。ありがとう、アウラ」

 

「わからないわね、適当に付けた名前の一体何が嬉しいのよ……」

 

 全くこの老人は出会ってからというもの、何を考えているのかさっぱり分からない。

 アウラは勝手に有り難がる様を怪訝そうに見つめ返した。

 

 

「さて、冒険の続きといこうかの」

 

 掲示板から一枚の紙を手に取ると、老人──フレムデルは踵を返した。

 

 

 

 




【登場人物】

●アウラ●
元魔王直下の大魔族、七崩賢の一人。
ボケ老人に名前をつけてやった。

●フレムデル●
アウラの前に現れた謎の老人。
名前を貰ってウキウキ。




Fremder フレムデ?フレムダ?フレムデール?
ちょっと読み間違ってるかもしれないです。
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