昨夜の出来事で頭がいっぱいになったせいだろう。僕は今日珍しく寝坊した。
……偶には良いのかもしれない。どうせ、夏休みだ。怠惰に過ごすのも時には良いだろう。何時も頑張っているんだ。休みだって必要だ。
「ハァ」
気がつけば、部屋の中でため息を何度もついてしまう。体を動かせば、考える必要がないのかもしれない。だけど、今は動く気分じゃない事は確かだ。だからこうやって自分の部屋で休んでいるのに。
「何でだろうな。動いても、動かなくても変わんないや」
動いても、動かなくてもあの気分になる。もやもやとして、嫌な気分に。如何すれば良いのだろう。如何すればこの嫌な気分から抜け出せるのだろう。
「……」
天井を眺めながら、考え続ける。
頭の中では何もかもがごちゃごちゃになり、しっちゃかめっちゃかになってしまう。
結局、いくら考えても何も浮かばなかった。
……あ、れ? 眠っていたのか?
コキコキと背骨を鳴らしながら、家の異変に気が付いた。
「お爺様とお婆様は?」
普段なら、いつもこの時間帯は軒先でお茶を飲み、太陽の光に当たりながら昔話に花を咲かせているはずだ。
だが、先ほど抱いた疑問の通り、この家にはそんな声はなく、誰もいないようだ。
「それが可笑しい」
ミールは、この世界の住人じゃない。簡単に外へ出れる訳が無い。ミール自身が外へ出ないようにしているのもあるが、何よりお爺様が許さないだろう。
あれでお爺様は策略家だ。ミールに降りかかりかけている火の粉を考えれば、当然外へ出してしまうことなどないだろう。彼女の安全のために。
「ならば、この静けさは何だ?」
その疑惑は、しかしさらに大きな疑惑で塗りつぶされてしまった。
ふと目を上げて窓を見たら、そこは青空でなく、見たこともない色に塗りつぶされていたのだから。
「何だ、これは!!?」
与えられた客間ではなく、何となく道場という場所で考え事をしていた。自分でも何でここで閑雅ているのかはさっぱり分からない。だけど、何となくここで考え事をしていたかった。
そんな事をボンヤリと考えていたら、突然魔法が発動された。
驚く私は、しかしマルチタスクで理性的にその状態を把握していく。おそらくこの魔力の波長、サーチ系統の魔法が発動されたのだろう。
そのことを理解できても、十分な対応を取る事すら許さず、すぐにこの屋敷は結界で閉ざされた。
そして、その魔法を使った魔導師は、転移魔法で私の前に現れた。その魔導師は黒い、何処までも黒いコートに、要所要所をプロテクターを使用して防御力を強化しているバリアジャケットをつけて、私の首を掴み持ち上げてくる。
「こんな所にいましたか。さあ、あの遺跡に眠っていた財宝を渡してもらいますよ」
『マスター!!』
く、苦しい!
『スナイプショット』
「っく!」
「ぇほ、げほ、ごほ!!」
えづきながらも、咄嗟に距離を取る。危なかった! ゼウスが魔法を使ってくれなかったらあのまま落とされていた。
混乱している中、私の口はその疑問を出してしまう。
「何で、何で今頃」
「貴方が転移魔法で逃げた後を探していたのですがね、少し前に似たような座標で、スクライアの一族がこの世界に流れていたという話を思い出して、こうして訪れてみたらあたりだったというわけです」
そんな! 余りにも運が悪すぎる!
「さあ、あの遺跡に隠されていたロストロギアを渡してもらいましょう。 一応言っておきますが、助けを求めるのは無駄です。結界を幾重にも張ってあるので。管理局ですら気が付かないレベルのを」
拙い! あのロストロギアは普通の物じゃない。特Aクラスのロストロギア。下手に刺激すると、一気に魔力を解放してしまうようなもの。その魔力は文明を滅ぼすとまではいかなくとも、都市一つは軽く焼き払える。そんな危険な代物でも、目の前の男は平気で裏に流してしまうだろう。
こいつの顔は手配書で何度か見た事が有る。管理局でも捕まえられない犯罪者の一人で、懸賞金すら掛けられたほどの悪党だ。そのほとんどの犯罪はロストギアの違法取引。邪魔をした管理局を殺しつくした過去すらもある。
「さあ、どこに隠したのですか?」
ダメ! 言っちゃダメ!
「ぜ、ぜう――」
!!? 何で! 何で言おうとしているの!!?
「ぜう?」
「ゼウスの――」
「めーーーーーん!!!」
だけど、いきなり響いてきた声にその声はかき消された。掻き消えてくれた。
避けもせず、防御もせず、竹刀が一方的に折れた。うぬぼれではなく、僕の実力はこれでも有段者と匹敵するだろう。そして、有段者の一撃とは、人を殺すことも可能だ。今の一撃とて、手加減はしていない。なのに、ダメージは通らず、攻撃した獲物が壊されてしまったのだ。おそらくはあれが魔法の力と言ったところか。
「いきなり攻撃してくるとは、良い度胸だ餓鬼」
怒気をはらみ、話しかけてくるが、それを無視して竹刀の代わりを探す。素手でもある程度なら戦える。だが、目の前の男には素手では余りにも非力すぎる。
道場の中を見て、咄嗟にそれを掴む。
「ふん。そんな古い剣で何をするつもりだ? 鉄どころか、青銅ではないか」
鼻で笑われる。仕方がない。僕だって目の前の男の状態ならそういうだろう。竹刀を取ろうにも、距離はありすぎる。取りに行くまでに攻撃される。魔法の攻撃力は分からないが、防御力があれほど高いという事は、その分攻撃力も高いと考えて良いだろう。
そしてそんな一撃を生身で喰らえば、死ぬのは当たり前だ。
だから、一番近くに置かれていた古刀を手に取った。僕たちの一族が祭って、奉ってきた神具を。神具でありながら、神であるといわれている刀を。
「ぉおおおおおおお!!!」
男が動く。その瞬間には既に踏み込み終え、古刀で男を薙ぎ払う。男の動きは武術家から見れば、余りにも隙が多すぎる。おそらくは、接近戦を得意としている男ではないのだろう。
しかし、その予想は当たっていたが、思惑は外れてしまった。
「な、何だ! この縄は!?」
灰色の光り輝く縄が、振りかぶっていた腕を拘束してくる。
その縄に空中で固定され、腕を振るう事も許されず、僕は動けなく隙をさらしてしまう。
「さて、さっきのお礼をたっぷり返してやろう、餓鬼!」
男の周りを灰色の球体が周り、僕めがけて殺到していく。
唯、僕は迫りくる灰色の光を眺め続けるしかなかった。