それは余りにも唐突な変化だった。そのボロボロな体に光沢が覆いはじめ、それと同時に彼の周りから鋭利な刃物を思わせる空気を醸し出し始めた。その変わった空気は、私自身一度も感じたことが無いような気配だ。なんて言えば良いのだろうか。まるで、そうまるで一度主と一緒に見た、日本刀というものを思い出させる。
それらの変わり切った空気にも可笑しいとは思うが、それ以上に今の状態も可笑しい。魔力のない人間が、魔力を込めた人間の動きを止められるはずがない。身体強化系の術式を使っていなくとも、魔力を付与するだけで物体の耐久性や力は上がる。アームレスリングのチャンピオンでも、魔法を使った子供に負ける程の力関係があるのに。
ならば目の前の少年は? 魔力もない。只の人間。その筈なのに、目の前で私ですら膂力で負けるほどの力を出している。そんな事はとうてい有り得ないはずなのに。だが、現実はそうだ。そして、
「放しやがれ!」
須佐は彼の腕を振り放そうとするが、まるで意味をなさないでその腕は握りしめられている。ここまでギリギリと骨が軋む音が聞こえてくる。彼奴は莫迦みたいな魔力と身体能力で力技を得意としている。それこそ、ヴィータクラスの力を平気で使えるほど。私だったら、今彼がしていることなど出来やしない。
「痛いんだよ!!」
我慢の限界が来たのだろう。須佐は片腕だけで、大剣を振るう。片手で振るうというのは異常なまでの膂力が無ければできない。それだけの膂力を持ってはいるが、しかしその膂力に実力が見合っていない。技量がそこにない剣を、彼は振るい上げられた大剣の刃を首を僅かに横にすらしてすれすれにしか避けず、逆にその大剣とクロスするかのように、須佐の腕を握っていない手で思いっきり殴りつけた。
まるでボクサーがするようなクロスカウンター。見ている私ですら、一瞬ほれぼれとした一撃だ。
「がぁ!!?」
そしてその結果がまた信じられない。須佐は確かに性根も何もかもが腐っているような男だが、それでも莫大な魔力で身を護っている。まともなダメージを与えるのは生半可ではない。それなのに、目の前の彼は生身でそれを行った。
「『無事か、女子?』」
少年のような声と、重く済んだ鉄のような音を響かせて、彼は言葉を紡いでいた。この年代の子供に出せるような声じゃない。 いや、むしろ私ですら、こんな状態でこれほど落ち着き払った声を出せるとは思えない。
「お前は、誰だ?」
震えている声を自覚しながらも、何とかそれだけの言葉を私は絞り出せた。そして、帰ってきた答えは私を驚かせるには十分すぎた。
「『我か? 我は建御雷』」
莫迦な! 建御雷は彼が持つロストロギアの名前のはず。何故その名前がここで出る? 私の困惑を表情から読み取ったのか、彼は説明を始めた。
「『お前たちには既に失われたものを使っているだけだ。それにしてもこの肉体が先祖がえりをしていて助かった。でなければ、この子の肉体が我の力に負けはじけ飛んでいた。ほかの神は降ろせずとも、建御雷之神の祭祀であり続けた血筋を引くこの子だからこそ、我が力を受け要られる。この子こそが、我の神代なのだ』」
どこか誇らしげにそう伝える彼の顔は微笑みすら浮いていた。
「『それとだ。あの小娘に伝えておけ。お前たちはすべて自分たちの尺で判断をつけすぎている。世の中というものは科学などでは測れない現象もあるという事を。脆弱な人間がすべてを支配した様な気持ちでいると、何時しか今回のようなしっぺ返しが待っているぞと。それと、本来ならあの小娘は殺してくれようと思うたが、それでも我の雷を僅かながらに耐えられたのだ。褒美だ。我がつけた傷を跡形もなく癒してくれる』」
「ば……莫迦な!?」
それこそ有り得ない。あの傷が癒えるはずがない。運動機能に重度の影響が残り、今もなお苦しんでいるほど。それだけ深い傷だったのだ! それが癒える!?
「『ふん。少々我が扱うには拙い神技だが、まあ、お前たちが行えば問題はない。傷口に蒲の穂の粉をまぶしてみろ。そうすれば癒える』」
有り得ない。そんな医療の方法なぞは聞いたことがない。
「『天津神である我の力を国津神が残した治療で治せるというのは少々イラつくが、力が昔と比べて衰えているのだ。仕方がない。本来ならその程度では癒えない傷を負わせられたのだがな』」
しかし、そんなこちらの内心を無視して、訳の分からない事を一方的に口にした彼だったが、しかし抑えられている須佐がその腕を力づくで振り払った事によって、関心が移動したようだ。
「『ほう。人間にしてはなかなかの力だな。しかし、その程度』」
「うるせぇ!! さっきまで黙ってやられ続けていた奴が!」
余りにも勝手な言い分。思わず顔が歪むのを止められない。暴行をしていることなど誇ることなどでは無いと言うのに。
だが、そんな事は彼には関係ない。何故だろうか。今の私はなんとなくわかる。須佐が何をしようとも、彼には勝てない。彼は人に如何にかできる存在とは到底思えないのだ。
「『だからどうした。武器が無いから戦えなかった、この子は。しかし今は違う。我がこの子に力を貸す。ならば、貴様程度幾らでも屠れる』」
「ふざけんな!!!!!!」
拳を後ろまでひいてからの一撃。確かに見た目は派手だ。しかし、その一撃は簡単に見極められる。実際、彼は須佐の一撃を首を右に僅かに傾けるだけで避けきり、カウンターの一撃をその喉元を貫手で貫いていた。
余りにも冷酷な一撃。喉という急所へ容赦のない一撃。例えばそれが頬を殴ったのならまだわかる。素人にも比較的当てやすく、ダメージになりやすいと思われている顔を狙うからだ。しかし、顔よりもなお狙えるとしたら首が良い。顔の急所は案外当てずらいのだ。玄人でもそう簡単に当てられない。狙うとしたら鼻の下、額の個所。そこらへんだろう。だが、そこを狙ったとしても、相手は顔に攻撃されたら咄嗟に反応して避けられるか、必死になって防がれてしまう。何せ、顔が弱点というのは誰もが知っている事なのだ。攻撃側だけではなく、防御側も分かる事柄だ。そこまで意識されてしまえば、簡単には攻撃を当てることはできない。
しかも、須佐と彼の背丈を考えれば、そこを狙うのは少々難しい。彼の方が背丈が小さいから、当てられなかったのだろう。
だから、彼は喉を攻撃した。そこも急所であり、むしろ剣の世界ではそここそが一番の狙いどころ。彼はそこを狙っていたが、須佐はそこに防御の意識が全くなかった。だから抵抗する事すら許さず、沈められた。
「『さて、うるさい輩は黙らせた。お前の主たちに伝えろ。この子を鍛えないといけないのでな。貴様たちに少しだけ協力してやろう。余所の世界の技術と触れ合うというのは得難い経験だ。しかし、それはあくまで我が貴様らを利用するだけ。貴様らの為にではないという事を理解しておけとな』」
それだけ告げると、体の周りを覆っていた青色の光が薄れていき、彼は倒れた。どうやら、限界を迎えたらしい。あの異様な、一種の生物の格としての差すら感じた力を持っていたのに、今ではそれらが全く感じられない。
「シグナム!!」
ああ、そうだ。こんなことを考えている場合ではなかったか。早く彼とテスタロッサを治療してやらなければ。
またアースラのベッドで起きた僕は、何が起きたのかを思い出し、何をしたのかも思いだし頭を抱えた。
僕がした行為が何であるかわかったからだ。というより、夢の中でお告げとして建御雷之神に伝えられた。如何やら、僕は彼の神を降ろしたらしい。つまりは、神降ろしを実行したようだ。生きた人間の器に、神の魂を降ろす。それが如何いう意味であるか。下手をすれば担ぎ上げられる可能性もある。とはいえ、そちらに関しては下種な考えを持った存在が建御雷之神は嫌いらしく、例外なく叩きのめすらしい。……落雷を当てるんじゃないよな。
それと、こちらは良いニュースだ。如何やらテスタロッサは復帰できたようだ。神降ろししていた時の僕が言った通りにしたら、あの傷が綺麗に、しかも後遺症もなく治ったらしい。良かったと思う。とはいえ、彼女のトラウマになったしまったらしく、僕の顔を見ると悲鳴を上げて隠れられた。少しショックだ。
しかし、良い事が有れば悪い事もある。僕は夏休みの終わり頃までベッドに縛られることが決定した。しかも、僕を襲った彼奴は、厳重注意になったそうだ。ふつう、あれだけの事をしでかしたのだから首どころか逮捕されるのが当然だと、あの件以来何故か仲良くなったシグナムさんに教えてもらった。中々礼儀に厳しいところや、ベルカ時代の風習を持ち出してしまうところが玉に瑕だけど、それ以外は正直アースラの中ではまともな人だ。そんな人がかなりの怒気をはらんで叫んでいたのを聞いてしまい、少し怖かった。
如何やら、この件に関しては、この部隊のさらに上が決定したらしい。だから、この部隊の人間はそれに逆らえないとの事。そう言いながら、手に持つコップを砕けんばかりに持って彼女は僕にそう叫んでいた。
そして、何よりも残念なのが、ミールの帰りを見送れなかったことだ。でも、彼女は次元世界間で通話できる携帯を残していった。今では毎日通話してお互いの近況を聞いている。そうそう、確か、ミールはこれから有名な古代遺跡の発掘をするらしい。かなり大規模な発掘になるけど、今から楽しだそうで、ディスプレイに映る顔には笑みが浮かんでいる。僕自身も彼女がトラウマを克服出来たようで、うれしい。今度、発掘したものをレプリカになるけど、持ってきて色々と教えてくれるそうだ。家族全員で楽しみに待っていよう。
おそらくは人生で一番長く、濃厚な夏休みを過ごした僕は、今までと大きく変わっていかなければならないと思う。でも、あの時みたいに、何を守るのかまでは変えないようにしないと。でなければ、いつしかそれは簡単に掌から零れ落ちそうで怖い。
ここで修行していると特にそう思えてしまうのだから。アースラにいる僕の後輩たちは、今何を犠牲にしているのか理解していない。きっと、それは誰かが教えても、本当の意味で気がつけないだろうから、せめてそれを理解してもらうまではここから離れらないな。というよりも、修行が終わるまでは離れるなとも言われているけど。
今では、滅茶苦茶議論を交わされたけど、何でだかアースラと自宅を行ったり来たりして、実践を積み続けている。時には危なっかしい事もあるけど、とにかく前に進み続けよう。今できることはそれだけなんだから。
腰に建御雷之神を差し、僕はいつも通りに神棚に礼をして、今度は竹刀ではなく鞘から剣を抜き放つ。さあ、この雄々しい雷のように、あの時の気持ちのまま進んでいこう。そんな思いにこたえるかのように、わずかに剣が震えて、蒼い光を放ったような気がした。
それに満足した僕は、すぐに鞘を刀身にしまい、神棚に奉納する。そして、僕の家族に元気良く挨拶をする。
「行ってきます」
「「行ってらっしゃい」」
フェイトは怪我が治りました。じゃないとこれから話が進まなくなるので。