大勢のクラスメイトが四つの種類別に分かれて並んでいる。ソプラノ、アルト、テノール、バスの順番に分かれている。そんな彼らは、バニングスが振る指揮棒と月村の弾くピアノの音色に合わせて歌を歌う。
全ての授業も終わった放課後、俺たちは机と椅子を退かして場所を作り、合唱コンクールへ向けての練習を開始した。練習を始めてからしばらくして、大体の形はできてきた。……俺を含めた一部を除いて。
俺自体は、単純に下手くそだからクラスの歌を滅茶苦茶にしてしまい、その所為でクラスメイト全員から笑顔でラジカセを渡されてしまった。今は教室の隅で一人さびしくテープを聞くだけしかできない。というより、それ以外するなとのお達しが来てしまっている。最初からそう言われることは覚悟していた。が、それでも実際言われるとかなり心に来るものがあった。
その為に俺はこうして一人練習に励んでいる。言ってしまえば、戦力になれないからベンチにいる様なものだ。だから、練習すればまともになる可能性はある。限りなく低いが。
だが、俺以外にも周りに迷惑をかけている奴はいる。
「いい加減にして、須佐!」
俺は今の須佐が気に入らない。俺みたいに下手くそすぎて周りに迷惑をかけてしまうのならまだしも、彼奴は歌がうまい。それなのに、あんな態度を取り続けるのはムカつく。
実際須佐は普段から好まれるような人間じゃない。彼奴は些か、いやかなり我が儘だ。その性格が歌にも出てしまい、周りの合唱に悪影響を与えてしまっている。
周りの奏でる歌が協調性を重視しているとしたら、彼奴が歌うものは自意識過剰で目立ちすぎる音だ。確かに美声だし、音程のとり方も上手いんだろう。だけど、それだけだ。昔の知り合いたちと比べたら、下手と言えるだろう。まともな道具が無かった世界でのフェスティバルで歌っていたあの人。竜が人を襲う世界での歌姫。彼らと比べたらあいつの歌なんて、ひどい騒音だとしか思えない。
だがそれでも間違いなく彼奴は上手い。それだけは確かだ。だからこそ、周りと合わせて歌えばそれで素晴らしい歌になるというのに、合わせようという気持ちすらない彼奴が気に食わない。
これがただの嫉妬であることはわかっている。だが、それでもこの胸で燻るものはそう簡単に消せない。
「何をいい加減にするって言うんだ?」
「決まっているでしょ! アンタの自分勝手な歌を止めてって言ってんのよ!」
目を瞬かせてから発した須佐の疑問の声に、バニングスはいら立ちを隠しきれずに怒鳴った。
何回注意しても彼奴は怒られた部分を直さない。バニングスに周りを無視した声量は止めろと言われ続けていた。だというのに、ずっと変わらない声量でいたらバニングスだって怒るだろう。
我慢の限界で怒りを爆発させたバニングスを不思議そうに眺めながら、彼奴は首を横に振った。
どうしても理解できなかったのだろう。首をかしげながら、須佐は余りにも勝手な言い分を話し始めた。
「そもそも何で下手なやつに合わせないといけないんだ?」
「……っ!? アンタ、それが如何いう意味か分かって言ってんの?」
「あん? どういう意味? 言葉通りだが?」
彼女は顔を床に向けたまま髪を揺らしながら、とうとう爆発した。
「……出てけ」
「え?」
「さっさとこの教室から出てけ!! アンタみたいなやつがいると、私たちの歌が壊れるの!!」
彼女の言い分も理解できる。彼女はきっと歌が好きなんだろう。さっきから指揮棒を振るときは本当に楽しそうに振っていた。それなのに、彼奴の勝手な行動で壊されるというのはたまったものではないのだろう。顔を真っ赤に染めて怒鳴り声で叫んだ彼女に、須佐は一瞬呆けていたが、すぐに表情を歪めた。
「何でおれが出ないといけないんだよ! 出るんだとしたら、彼奴みたいな役立たずだろう!?」
そう言って、彼奴は指を俺に向けて指してきた。事実だから反論出来やしないが、それでもかなり胸糞が悪くなった。そして、そう思ったのは俺だけではなかったらしい。その動作はバニングスの怒りをさらにあおってしまったらしく、彼女はとうとう、須佐の頬を叩いた。
あたり一帯が静まった。須佐は叩かれた頬を抑えた後、無表情なまま掌を上げてバニングスに殴りかかった。
「っつ!」
だから、とっさに俺は近くに有ったラジカセを投げて、須佐の手にぶち当てた。
直撃した手を抑えた須佐を、周りは酷く冷淡に眺めていた。ふつう、こういったときはバニングスだってやりすぎだという奴はいるだろう。だけど、今回こいつはいつもより我が儘なふるまいをしていた。周りの人間を怒らせるのも呆れさせるには十分すぎた。
だから、須佐を擁護するものも守るものもいなかった。
「なんだよ、何だよその目は!」
教室中に広がる冷や水のような視線に耐えきれなくなったのか、須佐は辺りに喚き散らしながら教室を飛び出していった。
「大丈夫、バニングスさん?」
「え、ええ。大丈夫よ、ありがとう。そ、それと幸もありがとね」
「別にいいさ」
喧騒がしばらく続いた。それでもすぐにクラスの騒ぎは収まっていき、また練習を再開し始めた。
そして、俺はまたクラスの端っこでテープを、って、ラジカセが壊れている!? あっ、さっき投げたせいで壊れたのか。
結局、俺はこの日教室の隅で体育座りをしながら皆を見続けるしかできなかった。
何でだ! 何で俺がこんな目に合わないといけない!
下らない学校から走って帰り、俺は部屋の家具にいら立ちを込めた拳を叩き込み、壊す。机は一撃でバラバラになった。だが、折れた固い木の感触が何故かさらに俺をいらだたせる。
「ああ! ムカつく!」
普段はシックな高級感あふれる家具が整然と置かれている俺の部屋。けど、今は壊れた家具の残骸が散らばり、あたり一帯に木片をまき散らしていて部屋を汚してしまっている。
自分のやった事だ。それでもあたり一帯が汚れている事が俺のイラつきを刺激しやがる。
『~~~♪』
「っち!」
デバイスに通信が入った。壁に向けて振り上げていた拳を降ろして、俺は通信を開いてすぐにそいつに怒鳴ってやった。
「何だ! こっちは忙しいんだ! 下らない要件ならお前を潰すぞ!」
「申し訳ありません。須佐様。しかし、一つ依頼がありまして」
俺の声に返事を返してきたのは、管理局のスーツを着た男だ。
柔和そうな顔をしているこいつだが、思想自体はなかなか過激だ。まあ、そちらの方が俺にとって都合が良いが。
此奴からの依頼か。此奴の依頼は大概犯罪者どもを壊滅させるような依頼ばかりだ。
丁度良い。犯罪者たちを吹き飛ばして、このストレスを発散するのも良いかもしれない。
「それと、少し小耳に挟みたい事が」
「あん?」
訝しんだ俺の声に、そいつは笑みを深めて言った。
「八雲幸についてです」