夏の暑さが少し和らぎ外出するだけで汗だくにならなくなり始めたころ、翠屋にシュークリームを食べに俺と禍津日は行った。俺は甘いものは嫌いなのだが、禍津日は甘いものが好きだ。だから、よくこうして甘いものを食べに翠屋まで来る。付き合わされる俺としてはたまったものではない。ここに来るたび、何故か禍津日は俺にも甘いものを食べさせようとするのだ。
今も俺は目の前にあるショートケーキをどうにか片付けようと、いやいやフォークを突き刺す。
そんな時だ。声をかけられたのは。
「禍津日に幸。貴方達も翠屋でお昼?」
バニングスが一番前で、いつもの五人組が翠屋の入り口の方にいた。どうやら、せっかくの日曜日。彼女たちは彼女たちで楽しんでいたのだろう。翠屋に来たのは、彼女の言葉から考えて、ランチを取りに来たのか。
せっかく会ったのだからと、私たちが座っている椅子の隣の椅子に、五人組は座った。キャイキャイと騒がしいながらも楽しそうに雑談していた五人組だった。時折、禍津日もその会話に入り込み、楽しそうに話をしている。
甘いのは苦手だけど、禍津日の楽しそうな顔が見られるのならここに来るのも悪くはないか。
俺がようやくケーキを食べきった時、開校記念日と休日を使ってどこかへ出かけないかと五人から誘われた。
もちろんこれは俺を誘ったというよりも、禍津日を誘ったのだろう。しかしとうの禍津日は、俺も一緒に参加するならと返事を返してしまい、向こう側もそれを了承してしまった。まさか次の三連休に予定が入るとは思わなかった。
どこへ行くのかという話を決めるために私たちは、翠屋の近くに有る高町の家で相談することにした。昼を少し過ぎたころであるから、帰るのは三時くらいになるかな? フランにお土産でシュークリームを買う事になっているから、早めに終わってほしいものだ。
その思いは見事に裏切られた。
喧々諤々の大騒ぎを女子たち六人が高町の部屋でするのを俺は見守る事しかできない。
誰かが海と言えば山と言い、キノコ狩りと言えば紅葉狩り。どれだけ候補を出すつもりだと言いたくなるくらい、六人は知る限りの娯楽を言いつくし、ようやく候補を絞り何処に行くかを決めた。
そのころには、話をする前は高かった日は暮れて、赤い陽光を高町の部屋に届けるほど日が暮れていた。
それだけの時間をかけて、決まったのは海鳴の近くに有るキャンプ場でキャンプするというものだ。
「これほどの時間をかける必要あったのか?」
思わずそうつぶやいた俺は悪くない。貴重な一日を潰したんだ。この一日でどれだけ歌の練習が出来た事か。高町家からの帰り道、そう禍津日に尋ねた。
しかし現実は非常である。
「それは違うな。お前はいくら歌う練習をしても、これ以上上手くはならないだろう」
高町家で繰り広げられた仁義なき女の舌戦。最終的に決まったのは禍津日が行きたかった海ではなかったが、それでもみんなと一緒に行くのが楽しみなのか、普段より反応が遥かに早い。内容の強烈さはそれよりもすごいが。
まあ、禍津日が喜んでいるのならそれも良いかと気持ちを持ち直し、俺は帰り道を少し早歩きで帰っていた。
あ、やばい。フランをどうしよう。
案の定家に帰って事情をフランに説明すると、顔を真っ赤にさせてご機嫌に食っていたおやつのシュークリームを俺に投げつけてきた。あまりの速さに俺は避けそこない、顔面でシュークリームを食う羽目になった。
「水も、いや生クリームも滴るいい男、か」
「何をかっこつけている。さっさと洗って来い」
何だろう。この二人はもう少し俺を心配してくれてもいいのではないか? 辛辣すぎる。
顔を洗って戻ってきた俺にやはりフランは怒っているのか、その可愛らしい幼さの残る顔を命一杯ふくらまして、そっぽを向いていた。
「なあ、フラ――」
「嫌、聞きたくない!」
……伸ばした腕はどこに行けばいいのだろう。ポトと音を鳴らして床に力なく垂れ下がった。
がくりと項垂れたまま、俺は目の前でご機嫌斜めなお姫様の機嫌を取るしかないのか。
そう考えた時、禍津日は驚くことを言った。
「別にフラン、お前が来たってかまわないぞ?」
「お、おい!! 禍津日!」
何を言っているんだ!?
「まあ、そう慌てるな。簡単な事だ。フランは私たちにおいていかれるのが嫌で、怒っているのだ。だったら、一緒に連れて行けばいい」
「簡単に言うが、それは不可能だろう」
そう、不可能だ。
フランは幻想。吸血鬼だ。太陽の光を浴びれば体は焼け、流れる水には触れられない。また、なによりも最大の特徴として背中の翼が嫌でも目立ってしまう。
「何、それらの対処方法はある。太陽の光は、これを塗れば大丈夫だろう」
そう言って渡されたのは、美容効果があるとコマーシャルでここ最近見かけるUVカットの日焼け止めだった。
「え?」
「以前、すずかが持っていたゲームではヴァンパイアが日焼け止めを塗ったら、太陽の光でも焼かれなくなったぞ。今の時代、吸血鬼なんてそんな扱いだ。それに、元々フランは力が強い。太陽光を直接浴びなけれ日の光の中でも活動できる」
「いや、それはそうだが」
俺の言いたい事は違う。そこじゃないんだよ、禍津日。
泣きそうになるのを自覚しながら、俺はもう一度説得を試みた。
「禍津日、俺が問題にしているのはそこじゃない。フランの格好はいくらなんでも拙いだろう」
ぴこぴこと猫の尻尾のように動いているフランの羽を見ながら説得する。さすがにわかってくれるだろう。そう期待していた俺は、次の言葉に諦めるしかなかった。
「何だそんなもの。幻術で周りを騙してしまえば良いだろう」
忘れていた。俺と違って禍津日はこういった術も使えるんだった。
こうなってしまえばもう何を言っても無駄だろう。フランは禍津日を味方と判断したのか、抱き着きながら行きたいとその瞳で訴えかけ続けている。そして俺に向ける瞳には殺意に近い何かが込められている。
一方の禍津日はフランの態度に母性を刺激されたのか、フランを抱きしめて無言の圧力を俺に向けて発している。
俺は今の二人にとって打破すべき敵らしい。
「わかった。わかったよ。ただし、フラン。正体がばれないように俺たちのいう事はきちんと聞くんだぞ」
「うん!!」
喜び跳ねまわるフランをよそに、俺はこのキャンプが果たして無事に終わるのか、心配になった。
ああ、高町たちに連絡もしないとな。これから起きるかもしれない不安を想うと、胃が痛くなる。