キャンプ場で待機することになった俺たちだったが、辺りの暗闇を利用して高町達がこそこそと離れて行った。確かに上手く隠れてはいたのだが、気配が丸わかりで、すぐに気が付いた俺は何をしているのか気になり、そのまま黙ってみていた。そしてそれを後悔する羽目になるとは。
急に辺りを漂う僅かな魔力が活発化したかと思うと、珍妙な魔法少女と呼ばれるアニメの中でしか存在しない服を着ていた。なぜあんなコスプレにしか見えない、実用性皆無の服を態々着たのだろうか。そんな俺の疑問をよそに、三人が空を飛んでいく。
あんまりなその姿に、俺以外にもそれを見ていたであろう隣の二人も度肝を抜かれたらしく、口がだらしなく開いていた。
「あれが魔法?」
ぽつりと出た俺の疑問にフランが憤慨やるかたないといった具合にぶっきらぼうに答えた。
「いや、幾ら私でもあんな魔法は使わないよ。恥ずかしいもの」
「いや、普段の服を見る限り、同じ――ゴフッ!?」
「何をやっとるんじゃ、お前たちは」
脇腹に深々と突き刺さった拳のせいで、動く事すらできやしない。そんな俺を冷たい目で禍津日が睨んでいる。
「うぷ」
「わっ! 吐かないでよ、汚いから」
「お前の所為だろう!! フラン!!」
あんまりな扱いに思わず叫んでいた。
「さて、おふざけはここまでにしとくぞ。それでどうする。幸?」
そんな不毛な争いを止めるため、禍津日は俺たちに声をかけてくる。少し恥ずかしさから居心地を悪かったが、きちんと答えた。
「決まっているさ。友達なら、助けないとな」
「……まあ、それは良いが、恰好がつかんな」
口元を抑えている俺の姿に、微妙な表情を浮かべた禍津日が言った。
「うっさい」
またもや、あの山道を登っていく。一度登った後だから、さきほどよりかは早く目的の場所まで来れた。一応の目的地である神社には二人の人影があった。高町の母と姉がそこにいた。恐らくではあるが、高町の兄と父親は行方不明になっている二人を探しているのだろう。そうすると母は連絡待ちで、姉はその護衛と言ったところか。
うなだれていた高町の母は、俺たちの足音に気が付いたのか、こちらを見て目を丸くした。
「貴方たちは……ダメよ。すずかちゃんとアリサちゃんが心配なのはわかるけど、貴方達までも迷子になってしまったらどうするの?」
自責の念に塗りつぶされながらも、それでも涙をこらえて、高町の母は俺たちを叱った。成程。こんな母親ならば、高町があれほど心優しいのもわかるというものだ。だけど、今はただ邪魔だ。
「貴方の心配も理解できないわけではない。だけど、貴方の娘たちや父親たちではこの事件を解決するのは不可能だ」
娘。その言葉に最初に反応したのは、姉だった。
「なのはの事……!」
「血気盛んなのは結構だが、今回こちらは見たくはないものを見たのだ。いや、見せられたといっても悪くはない。まさか、級友がコスプレ趣味だという事は知らなかった。魔法を使うためだけに、コスプレをするとは。世も末だ。これから彼女にどんな顔をして会えばいいのか」
「いや、なのはは必要だからあんな服になっているだけで、ってそうじゃない! 魔法ってことはやっぱりなのはの事を調べていたんでしょう!」
「いやまったく」
俺の言葉に勢いついていた姉は転びかけ、母親はそんな娘の様子に一度落ち着かせる必要があると判断したらしく、諭すように話しかけている。
確かに最初は高町の能力を調べはしたが、結局魔法使いではない俺には分からないので、放置したのだ。それに、高町の人格ならば信用はできる。今ではさほど気にしてない。
「わ、わかった。わかったからそんな顔で見ないで。怖いよお母さん」
なんか妙に高町の姉が弱弱しいな。
「うう。あんな顔をされたら」
「話を続けても?」
「どうぞ」
「魔法自体、俺たちにとって
「取り戻す? 二人を連れ去った犯人がいるっていう事? でもそれは無理よ。私もいたし、父さんも恭ちゃんも楽しんでいたけど警戒したんだから」
確かにこの三人が警戒していたら、どんな誘拐犯でも誘拐は不可能だろう。
「確かに人間ならな」
「人間なら?」
「少しだけ話をしよう。山にある神社というものは、大抵その山の神を表している。たとえば、もっとも有名な例でいえば三輪山にある宗像神社だ。あそこは本殿こそないが、山自体がオオモノヌシノカミ、つまりは大国主神が持つとされている。この山もそうだ。ここは、山の神が治める土地。本来ならば、何もなかっただろうが、今回は色々と最悪な面ばかりがそろった」
そこで一つ言葉を区切る。二人は突然の話についていけないのか、訳が分からないという顔をしている。
「今は名前は分からないのかもしれないが、この社に祀られている神は、かなり高位の存在だ。こちらの世界に干渉できる程度にはな」
さらに、と俺は続ける。
「山岳信仰の多くは女人禁制が多い。穢れを嫌う傾向が強いという事だ。それは祀られている神に至ってもそうだろう。この山も古来は女人禁制だった可能性が高い。神を刺激してしまう女性たち。そこにきた月村という特別な存在。よくは知らないが、彼女の血が特別なことくらいは俺たちですら知っている。さらには俺たちのような神をよく知っているような者たちが集った事で、これが起きている。言ってしまえば、これは俺たちが原因だ。この
そう。この神隠しは俺たちが原因だ。もし、俺たちがこのキャンプに参加していなければ、こんなことは起きなかっただろう。全ては俺たちが来たせいで、かみ合わないはずの歯車がかみ合ってしまった事に起因する。
「だから、助ける」
いやそうじゃない。ただたんに俺は友達になったあの子らを失いたくないと思っているだけ。それでいい。昔はもっと非道な事をしなければならない事もあった。だけど今は平和な世界なのだ。友達を失わないために動きたいだけだ。俺も禍津日も。
平和な、最初の人生の時と同じだった意識を変える。これからは人間の行動では解決できない。神の世界に踏み入れなけらばならない。精神の構造自体が入れ替わったように、俺の中で優先順位が変わる。普通の、一般的な事を過ごすための行動順位から、戦うための行動順位に。
来い。そう思ったら、すぐに来てくれる。掌にいつも握る重さが加わる。人を殺すための武器でありながら、神の威光にもなる神代の剣。この世で最も尊い物質から作られ、それ自体が神であるという特別な剣。天羽々斬の重さが。
「頼む、禍津日。それにフラン」
「うん」
「ああ」
準備はできた。あとは二人が道を切り開いてくれるだろう。
「-----♪」
透き通る歌声が響く。世界に満ち溢れている穢れが禍津日の元へ一時的に集まっていく。これで少しの間だけ、この神社の周りには一切の穢れが無くなるはずだ。穢れが無い空間とは、特別な空間。神々が
「……なにこれ」
七つ目の鳥居と社のちょうど中間に、蜘蛛の巣状に広がった亀裂があった。何もない宙を、ひび割れが奔り、そこから言葉にしがたい、俺たちにとっては慣れた力が放出されている。まさしく高町の姉が言った通り、一般人からしてみれば、何だこれと思うだろう。
「フラン!」
「キュッとしてドッカーン!」
俺の声に合わせてフランが能力を使う。フランの能力は何も物質的な面しか破棄できないわけではない。むしろその能力の恐ろしさは、概念にまで破壊という力が伝わるという事だ。これ以上今の俺たちではひび割れを広げることはできない。だが、壊す事ならばできる。鍵がかけられて入れなかったとしても、扉自体を破壊してしまえば、その空間に侵入することはできる。
数秒拮抗するかのように空間はうなっていたが、フランが最後に力いっぱい手を握りしめると、破裂音と共に亀裂が穴となった。光を飲み込む黒い闇に、思わず唾を飲み込んでしまう。
これで山の神の居住につながる世界への扉は壊れた。あとは連れ去られた二人を取り戻すだけだ。
「さて、二人を助けに行くか」
その言葉を聞いた高町家の二人は、咄嗟なのだろう。俺に手を伸ばしてきた。それを無視して、俺は飛び出す。鳥居を次々にくぐると、変化が起きた。俺の体の感覚が溶けていく。世界に散らばるかのように。もはやうっすらとしか体が知覚できなくなると同時に、俺はぽっかりと空いた穴をくぐった。