クソ! いくら何でもここまで怒り狂っているとは!!
上下左右、ありとあらゆる場所から伸びてくる木、土、水の腕。俺を捕まえてそのまま引き裂くつもりなのだろう。神域であろう世界に向こうの世界から踏み込んだ瞬間、俺を殺すために四方八方から伸びてきた腕を、天羽々斬で切り刻んで道を無理やり切り開いてきた。それだけこの世界の神は怒っており、俺たちを許さないと告げているのだろう。どうやら、今俺が襲われているのは、勝手に神域へ踏み込んだ侵入者だからかだろう。それでこれだけの敵意を向けられている。
全身全霊を持って捌いてはいるが捌き切れないものが幾つかあり、それらは体捌きで何とか掠める程度に抑え込む。しかし掠っただけで体全体を持っていかれて吹き飛ばされてしまう。幸い、まだ直撃だけは喰らっていないから依然と体を動かす事は出来るが、このままではそれもそう長く続かないだろう。腕には幾十もの傷が出来、流れ出る血の量は少しずつ増えてきている。体力はまだあるが、それもすぐに底が見えるだろう。
「早く見つけないと俺の方が持たないか」
吹き飛ばされた先にある木の幹に足の裏を付けて、すぐに横へと跳び退って逃げる。蹴足のつま先を掠めるように、岩の槍が今まで足を付けていた木を貫通し、逃げた獲物である俺を求めそこから幾十に枝分れして追いかけてくる。そればかりに集中していると、こんどは背後から迫る水の鞭に気がつけなかっただろう。俺自体は以前過ごした世界で得たユーパーセンスと呼ばれる能力のようなもので、周りの気配を悟る事が出来るので、何とかよけることはできたが。もしこれが俺以外だったら少なくとも、二三度すでに直撃を喰らっているだろう。厄介なことは、この空を飛ぼうにも森の木々が邪魔で、それだけ隙をさらせば、待っているのは風穴の空いた死体が一つだけだ。
水の鞭で斬り落とされ、滑らかな切り口をさらす岩の上に着地し森の中を駆ける。重要なのはこの山にあらせられる神を倒す事ではない。あの二人を見つけだし、この神域から一刻も早く脱出する事だ。恐らくこの世界のどこかに二人はいるはず。ただその場所は分からない。少なくとも、森の中奥深くなどはないだろう。彼女たちは莫迦ではない。それどころか、かなり聡明な人間だ。こういったときにはあまり動かない方が良いということくらい分かるだろう。
となると、推測になるが二人がいる場所は、肝試しをした道の近く。
「っち!」
しかし考えはまとまっても、そう上手くはいかないようだ。囲まれた。以前の月村の屋敷の時とは違い、本当の意味で万事休すだな。あの時は命のない兵隊だったが、ここにいるのは全て命があり、全身全霊で俺を殺そうとする兵隊だ。さらに一撃でもまともに喰らえば、そこで俺という存在はおそらく消える。それだけの力が
「
羽々斬の力に乗せるよう、体を丸め、身を庇う姿勢から一気に全身の筋肉を解放する。縮んでいた筋肉の急激な動きは、刀を振る速度をより速める。竜巻状の鎌鼬すら発生させるほどに。そしてその竜巻に天羽々斬の力がなだれ込む。そこから漏れる斬撃が、近づいてくる腕を斬り落とす。少しの間の時間稼ぎはこれでなったが、しかしもともとこの斬撃は長期間続くものではない。むしろ、一瞬で消える、刹那の斬撃だ。周りを囲んだ敵を一度に倒すためのもの。それを無理に消滅する時間を引き延ばしているだけで、すぐに掻き消えてしまうだろう。
「上等だ。ならばその時間で探し出すだけ」
わずかな時すら惜しい。天羽々斬で指の腹を僅かに斬り、血を奉げる。怪しくぬらりと光る刀身の腹を額に押し付け、俺は意識を集中させる。俺ではあの二人を探すことはできない。でも、天羽々斬ならば分かる。何かに共鳴したかのように刀身に奉げた血が震え、場所のイメージが直接頭に入り込んでくる。
「そこか!!」
場所は分かった。囲いを無理やり突破すると同時に旋風巻が掻き消えた。少しでも急ぐために林の中から山道へ飛び込む。妨害が入る林よりも、妨害できる物の少ない道の方が安全かつ素早く行動できる。何より、林の乱立した道を駆ける事と整備された道を走るのでは、その速度は大きな違いとなる。
しかしそう甘くはなかった。山道へ飛び込もうとした俺の体は、見えない壁に跳ね返された。
「何!? っ、そうか!」
この山の神は自然神。自然である場所ならば支配できるのだろうが、舗装された道は人工物。神域の支配領域外となっているせいで、神域からでは道へと入る事が出来ないのか。
神社に扉が出来たのは、社にご神体が鎮座され、力が集まる中心点だったからだろう。神社だけは神域に組み込まれ、それ以外の人工物がある場所は、この世界からでは入る事が出来ないという事か。
「拙い!」
体をひねりながら剣を振るう。軽い音ともに、百に枝分れした大樹の根っこが飛ぶ。考えに熱中して止まってしまったせいで、引き離した腕に追いつかれてしまったようだ。だがまだ完全に囲まれたわけではない。素早くその場から離れるが、それでも周囲から伸びてくる腕は、脅威と成り続けている。
「クソ! 体が!」
本来の体ならば、この程度でもどうにかできるのだが、この体では筋力もリーチも何もかもが足りず、押され気味になってしまう。防御の隙間から突いてきた水の槍を神剣で逸らす。かなりの圧力がかけられていたであろうそれは、地面を深くえぐり、地面の一部を吹き飛ばした。
「しまった!!」
運が悪い。抉られた地面から吹き飛んできた石で額を切ってしまった。右目が流れ出る血の所為で見えない。目を開いても、視界の右半分は真っ赤に染まり、一切見えない。このままでは……!!
寒さがさらに強くなってきた。今はアリサちゃんと身を寄せ合って凌いでいるけど、それでも寒さから体が震えるのは止めようがない。
近くにあった木の根に座り込んで休んでいたら、何か音が聞こえた。夜の一族である私ですらうっすらとしか聞こえなかったそれは、いったい何の音なのか。皆目見当もつかず、アリサちゃんを庇えるように少しずつ動いていく。
だんだんと音が近づいてくる。アリサちゃんもようやくその音に気がついたらしく、身を震わせながら音のする方を睨んでいる。
「誰! そこに居るのは!」
音が激しくなる。何かが削れる音に、物が切れた時の音がする。だけどそんな音がどうしてこんな所でするの? こんな訳の分からない場所で。
「ひっ!!?」
睨んでいた先からいきなり鋭くとがった岩や木の根っこが土煙をまき散らしながら飛び出した。見たこともない光景と、その槍状の岩や木の威力に、私は思わず意味を呑んだ。槍が通った後の地面は大きく削れ、周りの木も同じ木によって貫かれている。
だけど何より怖かったのは、
「無事か、二人とも」
血だらけになって、右腕がだらりと垂れさがっている幸君だった。痛いなんてものじゃない。折れている骨が肉を突き破って見えているのだ。泣きわめいても良い位だ。それなのに、彼は私たちの身を案じている。私の家で恭也さんたちと戦っていた幸君は、すごい強かった。言葉に出来ないくらい。それがこうも追い込まれるなんて、何が起きたのだろうか。
「こ、幸!? アンタその怪我、それにいったいどうやってここに?」
「説明は全て後だ。ここから出たいのならついて来い!」
そう言って、幸君は走り出す。そんな幸君を邪魔するかのように、あざ笑うかのように、様々なところからあの攻撃が行われる。それは訳の分からないものばかりだった。木やら岩やら水やら葉っぱやら。けれどなぜか私たちを狙う事はなく、幸君だけを狙い続けて攻撃していた。
私たちが走るために道を作りながら、必死に戦っている幸君。飛んでくるものが掠るだけで大きく吹き飛ばされて、新しい血が体を伝い流れ落ちていく。
何でそうまでして私たちを助けようとするのだろう。震えながら走り続けている私たちは、そんなこと多分できない。いつもなのはちゃん達に助けてもらってばっかりだから。
走って走って胸が痛くなっても走り続けて、私たちはいつの間にか神社の境内にいた。