体中を傷だらけにしながらも、月村とバニングスを元の世界まで連れ戻せた。扉が閉まりかけていたのには慌てたが。帰ってきた神社には先ほどの光景が信じられなかったのだろうか、まだ目を丸くしたままの高町家の二人がいた。その二人も、俺が連れて帰ってきた二人を見て、ようやくその顔に笑みを浮かべた。
「ああ、無事だったのね?」
「あ、助……かったの?」
「ありがとう、幸君。貴方のお蔭、で?」
雲から零れ落ちた月明かりで、俺の姿が他のみんなにさらされた。高町家の二人は息を呑んでいる。俺の姿は、それほどひどいということだろう。体中の傷からとめどなく流れ落ちる血に、腕の開放性骨折、つまりは骨が肉を貫いて飛び出しているのを見たのか、桃子さんは血の気を失い倒れた。慌てて高町の姉が支えたから、倒れて頭を打つということはなかったが、それでも顔を蒼くしていることに変わりはない。
「するしかないか」
ため息をついて、誰にも聞こえないように呟く。使う術は記憶をあやふやにする、所謂記憶消去魔法といえるもの。厳密に言えば、思い出そうとしても靄がかかったように、この事を深く思い出す事が出来なくなるという術。フランがすれば確実に記憶はごまかせるのだが、フランだと威力が強すぎて余計な記憶もあやふやになってしまう。だからと言って禍津日にやらせれば、それ以上に酷いことになるだろう。二人とも力がありすぎるから細かい制御を苦手としているからな。結局二人と比べれば術を使うのが下手くそでも、力は弱い俺がするしかない。
だが、俺から何かを感じたのか、高町の姉は二人と自身の母親を庇い、小太刀を引き抜いて殺気を叩き付けた。これが高町だったら俺の殺気に似たこの感覚に気付くことはなかったのだろう。高町はどうやらなぜか戦い慣れている節がある。その割に殺気とか悪意というものに疎い節があるが。
「何をするつもり?」
「今日会った出来事を忘れてもらう。これは覚えておくべき事ではない。忘れて良いものだ」
左手一本で振るわれた刀を受け止める。ぎしりと天羽々斬の鞘ごと押されていく。やはり、片手では力負けするか。
「母さんを、あの子たちを傷つけるのなら私は貴方を傷つけるのを辞さないわ」
「そんなつもりはない。それに、既に彼女たちは心に傷を負っている。忘れるということは罪ではないさ。自分の心を守るために忘れることは、正しいことだ」
「だとしたら、それは当人たちが判断する事よ。貴方が勝手に記憶をどうにかして良いものではないわ」
さらにぎしりと力が加えられる。フランが飛び出そうとしたが、それは禍津日に抑えられている。
今は技術でどうにか誤魔化しているが、そろそろ力で完全に負ける。そうなれば、さすがに抑えられるとは思えない。後ろで呆然としている二人も、高町家の二人にもこの事は忘れてもらわなければならないのだから。
「だとしても、だ。確かに
力の一旦、それを少しだけ解放する。俺の全身を黒々とした泥の塊が覆う。その泥の一部が高町の姉が持つ刀に触れると、刀はまるで長い年月を放置されたかのように、簡単にボロボロと刃毀れをする。
「なっ!?」
「しっ!!」
驚愕で動きの固まった高町の姉目掛けて、蹴りを叩き込む。遠心力を生かした回し蹴りは、彼女のこめかみを捉え、意識を奪う。倒れ込む彼女を、折れた腕で無理やり支える。
「っづ!!」
痛いなんてものじゃない。折れた骨がさらに肉を突き破り、肉に埋もれているものが体の中を引っ掻き回す。目じりには涙がたまっている事だろう。痛すぎる。
「大丈夫かな、幸?」
「何も言うな。男の矜持という奴だ」
聞こえてくる声に反応する余裕もない。
とりあえず、月村とバニングス、高町家の二人にさっさと術をかけ、表面上だけでも傷を塞ごう。痛みに耐えながら、俺は術を使った。
すずかちゃんとアリサちゃんが見つかった。その連絡が来たのは、竹見先輩がこちらについてすぐのことやった。なのはちゃんのお母さんからの電話で、先輩には来てもらって悪いけど、帰ってもらい私たちはその連絡を受けてすぐ二人が今いる神社へと駆けこんだ。
「「すずかちゃん!! アリサちゃん!!」」
「すずか! アリサ!」
「なのはたち、ごめん」
「ごめんね、なのはちゃんたち。心配かけて」
良かった。見る限り怪我はしていないようや。
「なあ、すずかちゃんにアリサちゃん。一体どこにおったん? 私たち結構探したんやけど」
「ううん、それが私たちも分からないの。多分同じような場所をぐるぐる回っていたからだろうけど、その所為で方向感覚が分からなくなっちゃって。それに、何で道を外れたのかも忘れちゃって」
場所が分からないは遭難したんやから分かるけど、道を外れた理由は分からん? なんや、変な具合になってきた。桃子さんたちにその事をひっそりと尋ねたんやけど、返ってきたのは「きっと混乱しているのよ」という、どうにも釈然としない答えやった。本当にそうなんか。二人はただ忘れているだけなんか。なのはちゃんにフェイトちゃんは、二人が無事なことを喜んでいて、私みたいに不審に思ってへん。
二人にこのことを話すのも一つやけど、私の勘だけじゃ証拠がうすい。一人で少し探ってみたほうが良さそうや。
いくつかのサーチャーを山の中に解き放つ。あんまり私たちは使わへんけど、索敵や探索にはサーチャーはかなり使える。やから私も自分用に少しだけ持っている。まあ、やっぱりほとんど使わへんけど。エイミィさんが優秀すぎるから、使う必要がないんや。魔法を管理外世界で使うのは御法度なんやけど、ここにはロストロギアもあるみたいやし、ある程度は大丈夫やろう。
しばらくしたら、サーチャーに反応があった。いまだ喜び合っている皆から離れて、サーチャーが映している画像を確認する。どうやら山にある森の奥に何かあるようや。
映し出された画像には、幸君と禍津日ちゃんがおった。何かを話しているようや。だけど、それ以外には魔力がこもった物はありそうにない。可笑しいな、魔力の波長を検出するよう調整したはずなんやけど、エラーか何かか。まあ、ええ。サーチャーとの通信を切ろうとしたとき、二人の話声が届いた。
『すまん、な。禍津日』
『さすがに限界か。
二人の話すことが理解できず、私は画面の中で対面している二人に気を取られた。
そしてサーチャーが映し出す画像には、信じられない光景が映し出された。幸君の体が粒子のように崩れ、禍津日ちゃんへと流れ込んだ。有り得ない映像。有り得ない光景。それは私の理性を固まらせるには十分すぎたんや。