あ、ああ。堕ちていった二人。それを救うこともできず、私はただ茫然としていることしかできない。二人が落ちていくのを冷淡な目で眺めていたフランちゃんが私の方を向く。
そのつまらなそうな瞳で私を見るフランちゃんに、思わず足が下がる。
私たちの間を冷たい風が吹き、髪の毛が視界を遮った。邪魔になった髪を抑えて前を見たらそこには誰もいない。まるでフェイトちゃんとの模擬戦中、高速機動でその姿を見失ったみたいに。
「え?」
思わず漏れた声と違い、私の体は強張って動かない。そしてそれは間違いなく隙だった。
「遅い」
「キャッ!」
声がしたと同時に、とっさに張ったシールドは簡単に砕かれ、それでもなんとか防御するのに間に合ったレイジングハートごと体を吹き飛ばされた。腕が痺れ、レイジングハートをきちんと持っているのか分からなくなっていく。レイジングハートを落とさないよう、痺れた腕に無理やり力を込める。そしてもう一度シールドを作り上げた。
「そら、そらそらそら!!」
目の前に来たフランちゃんに連続でそのまま殴られる。魔力をかなりこめて頑丈なシールドを作っているけど、それも長く持ちそうにない。今ですら軋みあげていて罅割れがいたる所にできて、壊れる一歩手前だ。
「うっ、くうぅ」
もう、駄目。抑えきれない!
「キャァアアア!!」
『マスター!』
とうとうシールドが壊れ、その分の魔力がごっそりと失われる。防戦一方だと墜ちる。それが分かっていても、私は攻撃に移れない。移れるわけがない。
だって、私は戦うための理由がない。フェイトちゃんもはやてちゃんも墜とされた。それでも私はフランちゃんを恨めない。憎しみなんて持てない。当然、敵意なんて存在しない。だって、悪いのは私たちなんだもん。戦えるわけがない。
「それでおしまい? 貴方は」
フランちゃんの声に、私はただ返す事しかできなかった。
「うん。そうだよ。私はこれでおしまい。戦えないもの」
「そう。貴方が一番マシなのかもね。でも、それでも報いは受けるべき。友達を失うという恐怖を教えてあげる」
友達を失う。その言葉に私は顔を上げて叫んだ。
「友達ってなにをするつもり? まさかすずかちゃんたちを」
「そんなことするわけないでしょう。だって、彼女たちはまったく関係ないじゃない。今回すべて悪いのは貴方達だけ。ならその罪は、貴方達が受けるべきでしょう? そうそう、私の能力はね、『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』ていうの」
能力? レアスキルの様なもの?
いや重要なのはそこじゃない。“ありとあらゆるものを破壊する”? 今までにない寒気が私の足元を凍らせていく。
「それでね、私の能力で壊れた物は“決して直らない”」
「あっ」
い、イヤ!
逃げなくちゃ。逃げて逃げて逃げて彼女の目が届かない場所に!!
背を向けて、私は全速で彼女から逃げる。
「もう遅い。『キュッとしてドッカーン』」
その声と共に右腕が爆発に巻き込まれた。
痛みはない。その代わりただ熱かった。そして落ちていく。でもそんなことは、気にならない。目が動く。
イヤ。だめ、そんな。
「あ、あああ、ああああああ」
見ちゃダメ。見たら……
『ま、su,t……』
「いやぁあああああああああ!!!!!!」
押しつぶすかのような四人の連撃。剣、槌、拳、暗器。それらを天羽々斬で捌いていく。それぞれの攻撃は一級品といえるだけの実力がある。しかしどこか機械のようで対処しやすい。まるで俺の反応に決まった動きしかしないように。だからこそ、四対一でも戦う事が出来ている。一人でも倒せれば、一気に状況はこちらに傾くが、それを相手はさせない。敵ながら連携が良く取れているようだ。
だがそんな事は知った事ではない。目の前にいる者たちを斬り捨てる。ただそれだけを行えばいい。
そのためには、無傷であることを諦めるしかないか。肉を切らせて骨を断つ。その覚悟を決めた瞬間、聞きなれた声がした。
「あらあら。そんなにお怒りになって。やはり厄がたまっているのかしら?」
その声に俺は動きを止めた。なぜ彼女の声がここでする。
「何者だ!」
「あら、ただの厄神よ。貴方達が連れ去った私の上司にあたる存在を返してもらいに来たの」
ひらひらと揺れるドレスの裾。それは普段の赤と違い、どこまでもどす黒い。おそらくは、厄を集めている途中だったのだろう。今もなお、彼女の体からは災厄がもたらす負の――汚泥の様な――臭いが漂っている。
「雛」
「お久しぶり、幸様」
にっこりと無邪気な笑顔を向けてくる。しかし俺は知っている。その笑顔の裏にある腹黒の部分を。
「さて、貴方達。悪いことは言わないわ。早く禍津日様を解放しなさい。でなければ、貴方達は災厄に取りつかれ、幸せという言葉すら思い出せなくなる」
「なにを言っている」
雛の言っている言葉が理解できないのだろう。半ばから斬り落とされた剣を持った女が、雛に聞き返している。それでも、その異常な雰囲気には気が付いているのだろう。少しでも隙があれば切りかかれるようにしている。
だがそれは意味をなさない。鍵山雛は戦う神ではない。人に巣食った災厄を流す神。すなわち運勢を決める神だ。
「行ってください、幸様。私とて、仲が悪いとはいえ禍津日様を連れ去られては困ります。この地球にある災厄が循環されず、祓われることもなく永遠と溜まり続けるなど、真っ平御免です。もしそうなったら、十年もしないうちにこの地球は滅ぶでしょう」
禍津日の仕事はひとつ。世界中にある穢れ、あるいは厄と言われる人々に寿命を与え、不幸にする源を最適な状態にすることだ。その為に祓いの神である大直日神と同時に、厄の神である禍津日の力が必要だ。世界が世界として存在するためには、厄を司る禍津日がいなければならない。
「私が彼らの相手をします。早く、禍津日様を」
「すまない、雛」
彼女に相手を任せよう。早く禍津日を取り戻す。それが俺の目的。それ以外は捨て置く。たとえ、身近な存在であっても。
非道なことくらい分かっている。それでも俺は禍津日の方が大切だ。すでに俺の賽は投げられ目は出ている。彼女とであったあの日から。
「させるか!」
眼前に飛び出してきた、ハンマーを持った幼女。だが、
『剣術 フブキ討ち』
天羽々斬を鞘に押し当てながら引き抜き、原子レベルで振動を減らし極低温にまで下げ、ハンマーへその刃を当てる。ただそれだけで良い。斬る必要はない。
「なっ!?」
なにせ、そのハンマーはもうすべてが凍り付いて、永遠に動くことはないのだから。モミジ討ちとは正反対の、火炎ではなく冷凍を及ぼす斬撃。それがフブキ討ちだ。
凍ったハンマーで俺を止められるはずもなく、切り払った勢いをそのまま利用した回し蹴りをこめかみに畳み込んで、吹き飛ばし包囲網を突破する。
そのまま月目掛けて俺は上昇をし続ける。その月の近くに禍津日はいるのだから。
「っ!」
どうやら、そう簡単にいかないようだ。胸についた痣を抑え込む。先ほどのフブキ討ちの最中に反撃を喰らっていたようだ。拳大の痣をした場所の奥で骨が軋むが、それを無視して進んでいく。あと少しで追いつくのだから。そんなものには気を留める必要もない。
「待っていろ、あと少しだから。禍津日」
天羽々斬が揺れた気がした。