目の間にいる女に、いやな予感がする。強いわけではないだろう。立ち方からして、それは分かる。だが、そうだとしたらおかしい。相対しているだけで冷や汗が流れるのはなぜだ?
風で赤いドレスの裾が舞う、くるりと。
「っつ!」
とっさに、前に出る。盾の守護獣であるこの身に、怖気が奔った。なにかされる。潰さなければならない。
その判断は正しかった。くるりと、女は身をひるがえすと、ドレスの裾から黒い液体が辺り一帯にばらまかれる。
「盾の守護獣をなめるな!」
とっさに張ったシールドは、強度は低いものの、シグナム達をも覆い守れるものだ。目の前の液体がなんであるかはわからないが、魔力をまとっていないことからこれで守れるだろう。
「あら、じゃあ、その盾の隙間から蜂のように突き刺しましょう」
「なに?」
微笑む女に不信を抱くと同時に、ヴィータの叫び声が聞こえた。
「ザフィーラ、防ぎきれてねぇ!!」
「なっ!」
ヴィータの方を見ると、シールドをすり抜けるように、液体が中に入ってきた。いや、まるで最初から防ぐ事が出来ていない。液体がシールドを最初から内容にすり抜けている。
このままシールドを張り続けると、回避の邪魔になるだろう。魔法を解除して、回避行動のための空間を確保する。すぐさま、ヴィータは後ろへ避け、怪しい液体をかぶることなく避けきった。
だが、これで一つはっきりしたことがある。眼前で笑みを浮かべている女は、訳が分からないが、管理局の把握していない、ここ最近確認された魔法の担い手である可能性が高い。となると、危険だ。
テスタロッサが、感電死しかけるほどの電気使い。そして、あのシグナムの火を切り裂いた少年の技量。この女にもそれらに匹敵する力があるやもしれん。
全力を出さねば、こちらがやられる。だが、戦えるか? 我らは皆、この任務に不信を抱いている。このしこりを抱いて、全力を出せるほど人でなしではない。
「くそ‼」
ヴィータが凍りついたグラーフアイゼンを手に、憤りをあらわにしているが、その気持ちもわからないでない。やはり皆、動きに精悍さを欠いている。
「さあ、落ちなさい!」
先ほどの液体が、球状に丸まり放射される。面積が小さくなったためか、先ほどと比べようがないほど速い。だが、ただ撃たれた弾丸を避けられないほど、我らは弱くない。各々攻撃を喰らわぬよう動き、反撃をしている。デバイスの使えないシグナムとヴィータをサポートしなければならないか。いや、シャマルがすでにサポートを行っている。ならば、すべきことはひとつ。私が前に出る。
「させるか‼」
左腕を顔の横まで持ってきた彼女目掛けて、私は狼としての速度に、人を超えるパワーで殴り掛かった。これでも、拳を使う間合いの接近戦ならばわれらの中でも最も強い。そう簡単によけられる一撃ではない。
「キャ!」
その証拠に、女は私の拳をまともに受けて吹き飛んだ。
しかしその割には、手ごたえが鈍すぎる。いや、確かに鳩尾を打ったはず。しかし、途中から衝撃そのものがなくなったような。
っつ!!?
腕のガントレットが‼
感触が気になり、腕を見るとガントレットが黒く染め上げられていた。構成魔力の一つ一つがあの液体と同じ色合いに黒ずみ、それが広がっている。
すぐさま、ガントレットを構成する魔力を破棄する。虚空へとそれは掻き消えた。
もしあのままならば、私自身にもなんらかの影響を受けていたことだろう。
「あら、気が付かれちゃった」
「姑息な真似を」
恐らくであるが自動防御の類か、あるいはカウンターとしての機能をあの黒い水は持つようだ。だとすると、接近戦は少々手厳しい。だが、遠距離での攻撃は今、ほとんど使えない。デバイスを失ったシグナムでは、剣の間合いならばまだしも、遠距離戦はできん。ヴィータの凍りついたデバイスでは、魔法の発動させることすらできんだろう。あの二人はデバイスを使う。逆を言えば、デバイスを失うと、力が弱まる。
残るは私とシャマルだが、シャマルでは威力が低すぎる。補助を専門とするあいつでは、私の一撃をも弱めた女の守りを貫くことはできん。
不利だとしても、このまま私が接近戦を仕掛け続けるか、それとも苦手であるが遠距離魔法を使って距離を取るか。
……距離を取るか。相手の力が不明なのだ。不用意に近づいてこれ以上、あの液体に触れるのはまずい。
魔力弾を放ち、牽制しながら皆のところまで下がる。
「逃がさないわ」
再び放たれる黒い弾丸。しかしこれだけ動きを見れば、避けるには十分だ。
おそらく、敵はそう戦いの経験があるわけではない。むしろ、経験事態そうないだろう。ひとつひとつの動作が遅く、大ざっぱだ。おそらくあれだけの力、それ単体で十分だったのだろう。その力をもってすれば、敵対した存在など簡単に倒せたはず。
だが、それは相手が雑魚にしか通用しない力だ。いくら強くとも、経験がないのならばなんとでもできる。握りしめた拳に力がこもる。
「鋼の軛!!」
魔法陣から出現させたそれを持って、まずは相手の機動力をそぐ。
唐突なそれに、相手は逃げることもできず確かに縛られる。しかしそう長くは続かないようだ。鋼の軛が段々黒く染まっていく。早めに決着を付けねば。
「テオラーッ!!」
魔力を右腕に集約する。高町のようにこれを放出することはできないが、相手へ直接ぶつけることはできる。同時に、鋼の軛を開放させた。剣となって貫いていた魔力は、ひとつひとつの魔力弾へ変わり、一定範囲を旋回し蹂躙する。
鋼の軛が消え去ると同時に、私の拳が襲いかかる。彼女では防ぎようがない。
「行け、ザフィーラ!」
「オオオッ!」
白い魔力光が消え去り、女の姿が見えた。その顔は笑っている。
「あなた、運がなかったわね」
黒い魔力弾が私を襲った。
「カハッ!!」
バカ、な。返し、技……だと?
意識を失った人狼が、堕ちそうになり、どこかへ消えていったわね。淡い光の魔方陣で。まるであの妖怪の賢者がする移動みたいに。まあ、あれよりかは見た目が優しかったけれど。
それにしても、危なかったわ。鋼の軛だったかしら?
まあ、私に一度近づいた時点で、不運になるのだから仕方がないわね。例え厄に触れずとも。
「もう、大丈夫かしら」
戦闘能力のある最後の相手も落としたし、後は膠着状態にすればいいわね。正直慣れないことをして疲れ切ったわ。あとは、彼女に任せましょう。禍津日様の救出は。